2006年09月30日 15:47
落ち込みやすい人、悩みやすい人がいるのは事実です。悩みは尽きぬものとは言え、悩まなくもいい人が悩んでいるケースが多いのも事実のようです。私も昔そうでしたが、自分で思考の範囲を狭めて自分を苦しめてしまうのです。もう少し分かりやすく言うと、一般常識から逸脱しているにもかかわらず自分勝手な思い込みで、自分の考えを常識と勘違いしていることがあるのです。例えば、私は受験に失敗したことがありますが、そのとき家族や親戚、近所の人たち、同級生が自分から離れていくのを肌で感じました。一人ぼっちの状態に思えたのですが、神様がそばにおられるのを感じて支えられました。私は周りの人たちの態度に「こいつは受験に失敗した。だから頭が悪い」「こいつは受験に失敗した。だから今まで買いかぶってきただけだったんだ。損した」「こいつは受験に失敗した。だから駄目な奴だ」そんな声を聞いていたように思います。ところが、そばにおられる神様からは「確かにあなたは受験に失敗した。だからといってあなたの全てが否定されるものではない。」という呼びかけの声を聞いたような気がしたのです。これは大きな経験でした。失業して悩む人がいます。私も経験があります。家族を養うこと、今まで積み上げてきたものがガラガラと崩れる感じ、こみ上げてくる不安感。「私は失業した。だから、もうだめだ」と考えてしまいやすいのです。でも、それは‘今’仕事を失っているだけで、再就職の可能性や、いざとなれば生活保護もあります。今仕事を失ったからといって人生そのものが立ち行かなくなるわけではありません。自分勝手な「だから」に縛られ続けたら、「失業した。だからといって私の人生は終わりではない。むしろ、新たな人生がここから開ける。」という発想が埋められてしまいます。子育てや仕事上の失敗もそうです。「だから」駄目だと言っているのは自分だけではないのか。本当は「だからといって」と続く思考のほうが真理ではないのかと、冷静に考えてみるだけで人生は随分違ってくるはずです。ひとつのことが駄目でも自分の全てが駄目なわけではありません。ひとつ失敗したからといって全てを失敗するわけではありません。そのような狭い価値観の人たちも大勢いて追い詰められそうであったとしても、神様だけは「だからといって」と私たちを捉えて下さっています。私は心の底からそう信じています。





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