今回のヒドイ風邪で24年前の肺炎を思い出しました。当時、大学生だった私はアパートの一人暮らしで、勉強の他に、写真部の部長、バイト、教会の青年会活動等で多忙な毎日を送っていました。空腹でもバイクはいつも満タンという、少しばかり偏りのある暮らしをしていたことから察していただけるように、健康管理にはまったく無神経でした。あるときとんでもなく風邪をこじらせてしまったようで、なかなかなおらないどころか次第に悪化の一途を辿っているのが明白となり、病院で診てもらったところ、「肺炎です。気管支炎も併発しています。すぐ入院してください。」とお医者さん。それはそうでしょう。まっすぐ歩けないほどフラフラしているし、熱は40度近くあり、らくだのモモヒキにセーター、ダウンジャケットも着てコタツに入っても寒気がしていましたし、血痰も吐いていましたから。あの時は本気で死ぬのではないかと覚悟したのを思い出しました。血痰を吐いたこともあり、萎えきっていた気持ちでしたから、肺ガンではないかと考えて、おじ惑っていたのも懐かしい思い出です。とにかく‘死’を意識したのは事実です。すぐ良くなりましたが。しかし、その入院中考えたのは‘死ななかったけれども、もし、ここで自分の人生が終わっていたとしたら、一体自分の人生に何の意味があったと言えるのか’ということでした。今まで生きてきた中に何かがあるわけでも無いし、これからの人生の延長線上にこれがあると言えるものも無いと思うと、寒々としたものをリアルに感じたものです。牧師になろうと考えたのはこの時でした。何か大切なものを大切にする生き方がしたいと考えていたら、最終的に牧師職に行き着いてしまったのです。実を言うと、小さい頃から牧師さんに苦労話ばかり聞かされていた事もあり、牧師だけにはなりたくないなと考えていたのですが・・・。神様に首根っこをつかまれたような気がしました。‘牧師になる決意’のことを教会では‘召命感が神様から与えられる’というような表現をします。その説明がまずかったのでしょう。当時の大学の友人たちの間ではこんなことが囁かれていたそうです。「三野はどうやら神の声を聞いて宗教に走ったらしい」。んーーーーー、ちょっと違うような気がするんだけどなぁ・・・。
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未回復

2006/11/30 Thu 16:51

 2~3日寝ていれば風邪も治るだろうと考えていたのは甘かったようです。病院にも行ったし、薬も処方どおりきちんと飲み、無理もせず、ずっと寝て回復を待っているのですが、今日になってもまだ良くなりません。もう、木曜日だというのにです。まったく参りました。体が弱っているのか、風邪がひどかったのか、年のせいなのか分かりませんが、こんなに厄介な風邪だとは思ってもみませんでした。つくづく健康のありがたさが身にしみました。家事を手伝うことも出来ませんから、妻には特に申し訳なく思いました。全てのしわ寄せが行きましたから。回復したら、以前にもまして妻孝行することにします。
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風邪でダウン

2006/11/28 Tue 19:57

 土曜日から風邪でダウンしてしまいました。相当疲れがたまっていたようです。こんなにしんどいのは20歳の時の肺炎以来です。先々週島根に行ったときも十分疲れがたまっていた上に、帰りは5時間濡れ雀。その疲れも取れぬまま、先週は松山のいのちの電話全国大会へ行ったのが良くなかったようです。土曜日家に帰り着くと、気持ちが緩んだのでしょうか。倒れてしまいました。全身けだるいを通り越している感じで、体は自分のものでないようですし、意識ももうろうとしているのです。熱は下がってきましたが、まだまだしんどさが抜けません・・・。回復が遅いのは年のせいもあるのでしょうか。来週は愛媛で四国教区臨時総会があるのですが、行けるかどうかまだ分かりません。心臓病を抱えているとは言え、自分の体力には自信を持っていただけにショックです。気持ちそのものが萎えていますし、気持ちに余裕がなくピリピリしている様はまるで自分ではないようです。病は気からと言いますから、気持ちだけでも切り替えようといつもなら考えて実行しているのですが、今回ばかりはその気持ちがあっても体と心が付いてこないのです。無理をしてはいけないという教訓ですね。しばらく体を十分休めて、復活のときを待ちます。
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いのちの電話全国大会

2006/11/26 Sun 07:06

 しばらくブログ更新できずにすみませんでした。以前お伝えしていたように、11月23日(木)~25日(土)愛媛県松山市で行われた「日本いのちの電話相談員全国研修会(通称‘全国大会’)」に行っていました。私が事務局長をしていた時に引き受けた大会でしたから、4月にその任を離れても責任を感じ続けていたのです。8ヶ月のブランクがありますら、たいして役には立てなかったと思いますが、出来ることをさせていただきました。愛媛のセンターは相談員80名程度しかおりませんから、本当に準備・実施は大変なことだったと思います。それが形になっていること、しかも参加された多くの方から良い評価を頂いていることに大変感動しました。準備委員会の立ち上げにはじまりいろんな出来事を思い出し、閉会の部では少し涙ぐんでしまいました。みなさんほんとうにありがとうございました。
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寒さと充血

2006/11/22 Wed 06:21

 先週、所用で島根県までスクーターで行ってきました。天気予報では日曜日が雨でしたが、土曜日までには帰る予定ですし、荷物が多かったため雨合羽は持参していませんでした。しかし、女心と秋の空・・。帰る時は土砂降りになっていました。ずぶぬれは仕方ないとして、ヘルメットのシールドをミラータイプにしていたものですから、さあ大変。前がよく見えません。夕方になると更に見えづらく、夜になると絶望的な視界でした。特に対向車のヘッドライトが水滴で乱反射するのが辛かったです。安全第一ですから、背に腹は替えられません。シールドを上げて裸眼で爆走です。幸いジャケットとオーバーパンツは防水タイプだったので、それ程濡れませんでしたが、当然手袋と靴はずぶ濡れになり、袖から侵入した雨も結構腕を濡らしてくれました。道路わきに設置してある温度計は4度とか6度と低温表示。道理で寒すぎるわけです。久々に過酷なツーリングとなりました。一番大変だったのは、ウサギさんの様に赤く充血した目でしたが。
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意外な所に

2006/11/21 Tue 14:17

 聖書には良い意味で心に残る話ばかりではなく、「こんな話は聖書になければいいのに」と思わされるようなものもあります。厳し過ぎると思える所など特にそうです。ところがそれで敬遠していると損をするのです。自分なりに‘良い’と判断しているということは、自分の嗜好に合うかどうかが判断基準ということになります。それが良くないと言う訳ではありませんが、それでは一面的な読み方に偏ってしまうのです。毛嫌いしてあまり読みたくないと思っている箇所というのは、見方を変えれば‘まだ、そこからのメッセージを受け取っていない’ということなのです。そう考えてみると、厳しすぎるとか、嫌悪感を抱くといった箇所は、まだ未開なだけで‘人生の真実に出会える箇所’であり、‘予想もしなかった感動や刺激に満ちている箇所’と言えるのです。見落としているところに大切なものがあるというのはよくある話です。ましてや素通りして当然と自分で思い込んでいるところにいたっては尚更です。聖書だけではありません。自分の人生においても、嫌な経験や期間から、思ってもいなかった素晴らしいものを見つけることもあります。いつ、どこで、どのような状態においても神様は共におられるからだと私は信じています。
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男と女の思考パターン

2006/11/20 Mon 14:30

 「男と女は別の生き物のようだ」と言われることがあります。特にそのようなことを言われるのは、きょうだいは男だけ(兄弟)、あるいは女だけ(姉妹)だったという人に多いような気がします。多分、男と女の思考パターンの違いが分からないと言うことなのだと思います。私は三人姉弟の末っ子で長男、つまり姉二人で私一人が男で、その上に、父も祖父も船乗り(長期で家をあける)だったこともあり、女の中に男一人で育ったようなものでした。また、私の友人は硬派が多かったため、バランスよく、自然に女性特有の思考パターンと男特有の思考パターンが身についてしまったようです。もっとも、この違いが分かるまで、人との付き合い方が分からなくて困惑したものです。子供心にコミュニケーションって難しいなあと切実に思っていました。さて本題ですが、言ってみれば簡単なことです。男は‘自尊心を中心として思考や会話が成り立っている’のに対して、女性は‘思考や会話は共感・同意をその中心にしている’ということです。ですから、同一事象に対しても、男性と女性とで対応の仕方を変えなければいけないということです。例えば相手が悩んでいるとします。女性の場合、共感型ですから、自分との共通点や接点を探し出したうえで「それは良く分かる」「それはしんどいね」というように共感したほうがいいのに対して、自尊心の塊の男性の場合、共感しようとするとかえって駄目で、「今までのお前を見てきて知っているつもりだけど、お前なら立ち直れると俺は信じているよ」と率直に語ったほうが良いのです。反対に、女性にこういう接し方をしてしまうと突き放されたように感じるのではないかと思います。でも、勘違いしないでください。テクニックの問題ではないのです。口先だけで人間関係がうまくいくはずはありません。そういう違いを理解した上で、誠実な自分の思いを相手に伝えることが何より大切なのです。どうしてお互いの気持ちが通じあわないか分からないのは、そういう点ですれ違っているだけで、相性が悪いわけではないと言うことを理解することができれば、関係も変わっていくはずです。ただし、私は経験上言っているだけで、心理学者でも何でもありませんから、その他の複雑な人間心理については語れません。まだまだ他にもいろいろな理論があると思います。ですからこれだけで男女間の問題が解決するとは思わないでください。でも、何かのきっかけになるかもしれませんけど。
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朝型のススメ

2006/11/17 Fri 05:34

 年のせいか早起きです。大体5時から5時半には起きています。‘早起きは三文の徳’と言いますが、実際にいろんなことが出来るので朝型に切り替えて成功だったったと思っています。昔は朝型の生活ではなかったのですが、よくよく考えてみると朝型の方が何かと便利そうに思えたので思い切って朝型にしました。もともと朝に弱い方ではなかったので、すんなり切り替えられました。空気も美味しいし、徐々に頭もすっきりしてくる感覚も気持ちいいし、聖書を読んだり、お祈りしたり、勉強したり、新聞を読んだり、ブログを書いたりといろんなことが出来ます。しかも、誰にも邪魔されない時間です。家族は寝ているし、電話もかかって来ません。誰かが尋ねてくることもありません。一つ残念なのは、用件を思い出したところで、人に電話をかけられないということです。反対に「何時まで待てばこの人に電話してもいいのかな」と悩んでしまいます。朝は一人の静かな時間とわきまえるのが良いかもしれません。意外とすぐに慣れて快適になりますから、低血圧の人以外にはお薦めです。
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出張サービス

2006/11/16 Thu 09:37

 昨日は車の住所変更をしに土庄へ行ってきました。陸運局の出張登録が月に1回小豆島でもあるのです。本来は高松市の陸運局へ車持参で行かなければならないのですが、月に一回小豆島土庄町の安全モータースという車屋さんの一階フロアに陸運局が出張所を開いて手続きをしてくれるのです。往復のフェリー代も馬鹿になりませんからこれを逃すと1万円以上余計にかかってしまいます。車検が12月初旬のため、11月15日を逃すと高松行き決定となってしまいます。しかし、その出張登録を知ったのは先週金曜日でしたから、さあ大変。土日を挟んで車庫証明の申請や、戸籍謄本など15日(水)迄に間に合うように取り寄せなければなりません。もちろん当日では遅いので、前日の14日(火)が締め切りとなる訳ですが、なんとか必要書類はすべてて整え、いざ土庄へ。しかし、さすがに出張陸運局。少しは不便だろうと思っていましたが、通常の陸運局などと違って勝手が違いすぎました。昔から、家族や友人の車を譲ってもらうことが何度もありましたし、その度に名義変更など諸々の手続きをしていましたから、実は今回も転入手続きは楽勝と思っていました。しかし、にわか作りの陸運局出張所では、普通ならすぐに分かる、最初にどの窓口に行って手続きを開始するのかさえ分からないといったありさまでした。しかも、専門的な書類、特にマークシート記入しなくてはならないものの見本もファイルにひとまとめになっていて机の上に一冊あるのみ。机と言っても記入台ではなく、車屋さんのロビーにある簡易ソファーと椅子二組。しかも、業者さんらしき人たちがそこに座ってタバコをふかしながら談笑していましたから、そんなところにファイルがあるなんて思いもしません。そんな事はおろか、見本がファイルになっていることさえ分かりませんでした。最初「車の変更手続きの方は②窓口へ」とあるので待っていましたら、①窓口から行くようにと言われる有り様。なんでもない手続きのはずでしたが、1時間30分以上かかり、さすがに疲れてしまいました。しかし、これも良い経験になりました。
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髪の悩み

2006/11/14 Tue 06:20

 自覚症状の無い大学生の頃、薄毛の父から「お前、薄いなあ。俺がお前の年頃の時はもっと濃かったぞ。」と言われてショックを受けました。母方は若白髪の統で、父方は若ハゲの統なのですが、その頃から少しずつ白髪が目立ち始めていましたから、自分は若ハゲではなく若白髪の方が遺伝したんだと思っていたからです。「白髪とハゲは同時に遺伝しない」という言葉を、自分に言い聞かせるように信じていたのです。しかし、そんな何処で誰が言ったか分からない信憑性の無い言葉は、現実の前でもろくも打ち崩されたのでした。そう、私は白髪とハゲの両方を父母から受け継いでしまっているのでした。それが証拠に、どんどん白が目立つようになりながら、薄くなるスピードもその手を緩めてはくれないのでした。しかし、妻は「気にならないよ」と言ってくれているため、実は本人もそれほど気にはしていないのです。もちろん、気にしていないというのは、過敏になっていないと言うことで、白髪と薄毛なんだという自覚は持っています。だから、若い頃から育毛シャンプーであるとか、育毛トニックなどはちゃんと使っています。残念ながらロゲインのように実績があるにもかかわらず高いものは経済的に無理でした。一応最低限の注意はしつつ気にしない日々を送っているということです。ところが、先月大阪の姉から「白髪すごいことになってるねー。まだ小さい下の子のためにも染めたらどう?孫に間違われたら可哀想よ。」と言われてしまいました。いつか帰省した時の写真を親が姉の所へ送ったようなのです。孫だの爺さんだのと言われたら、子供たちより私の方が可哀想です。教会の人たちには「先生染めんほうがええわ」と言われますし、私としてはどうせ薄くなるのなら、白髪の方が目立たないのではないかと思ったりしていますから難しいところです。一番良いのは薄毛が改善されることです。最近、病院でも薄毛の診療が始まったと聞きますが、何科で診察しているのか、そもそもどういった病院で診てくれるのか、保険はきくのか、どのくらいの費用がかかるのか全く分かりません。第一小豆島では無理でしょうか・・。そんなのをひっくるめたのが私の髪の悩みでした。
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クリック募金

2006/11/13 Mon 15:13

 本日より‘クリック募金’のバナーをブログの右下に設置してみました。クリック募金と言っても、入金や送金の必要はありません。無料です。‘dff’と言う会社が取り次いでいるもので、「コスモ石油」「エイブル」「カカクコム」「JOMO」「味の素」「CHINTAI」「キリンビール」「日本製粉」「e-まちタウン」の9つのスポンサーが、クリックした人に代わってNPO法人などに募金をしてくれるのです。もちろん募金先も選べます。ただし、一人1日1社につき1回×9社(9円まで)しか出来ません。よろしければクリックしてみてください。
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浜田省吾

2006/11/12 Sun 23:25

 私のハンドルネーム‘ショウゴ’は浜田省吾さんから勝手にお借りしたものです。実は私は自他共に認める浜田省吾さんの大ファンで、若い頃は‘浜田省吾の伝道師’とも言われていました(笑)。‘愛奴’時代はまったく知りませんでしたが、ソロデビューして、出したファーストアルバムが評論家から酷評されているのを見たのが気になるきっかけでした。私が高校生の頃です。当時の私は変な所があって、マイナー志向が強く、例えばバスケットシューズというグループの「箱入りどら息子」というレコードなど買ったり、誰がカバやねんロックンロールショーのセカンドアルバム「二枚目」などを聞くようなことをしていました。ですから、その一環に過ぎなかったのでしょうが、浜田さんの歌はすごく印象的でした。何かしら身近に感じるのです。確かに、そのファーストアルバムは歌い方に癖もある上に、ジャンル的にもバラバラで一体何がこの人の本物なのか分からないという印象でした。全てがちぐはぐで歌手一人が空回りしている印象でした。しかし、「路地裏の少年」や「生まれたところを遠く離れて」など心にぐっと来るものがあったのです。ですから、ギャップを抱えているものの、潜在的なポテンシャルは他の人とちょっと違うぞという印象を受けたものです。その後、少しずつ力をつけて徐々に良い曲が生み出されるようになって行くのですが、それほど評価されることもなければ、話題になることもあまりないというギャップも私をひきつける要因だったのかもしれません。最初は興味本位だったのですが、次第に浜田さんのひたむきさ、切なさ、悲しみ、孤独、苛立ち、怒り、希望、夢といった、一人の人間として等身大の思いが込められて生み出されてくる曲に次第にのめりこむようになってしまいました。私も思春期で、何をどうすればいいのか、自分はどこへ向かおうとしているのか分からずもがいていた時代でしたから心情的にぴったり来たのだと思います。それからは、一緒に成長していく兄のような存在として聞いてきたような気がします。ある時雑誌で、売れない時代のことを回顧している記事が載っていて、それを読んだとき、「ああ、私はこういうところに共感を覚えるのだろうな」と納得したのを憶えています。かいつまんで言うと、「当時の楽しみといったら銭湯の一番風呂に入ることくらいしかなかった。仕事が無いのだから。山口百恵さんのアルバム用の曲を書いたりもした。でも、好きな音楽で生きていること自体が嬉しかった。」とそんなことが書かれていたわけです。いくら山口百恵さんと言えども、アイドル歌手のアルバム曲なんて日の目を見るものではありませんから、アーチスト浜田省吾としては虚しかったと思うのですが、音楽で食ってること自体が幸せだという発想が浜田さんの魅力だと思います。最近ではかなりのビッグネームになり、以前のように親近感が感じられなくなりつつある上に、近年発表される曲も自分的にはあまり魅力に乏しいものに感じてきています。それでも、20年以上共に歩んできた事実があって、やっぱり今でも一番大かけがえの無いアーチストです。あ、もちろん、曲は全部歌えます。
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2006/11/11 Sat 17:43

 昨晩の雷はけたたましいものでした。普通、雷はピカッ、ゴロゴロの筈ですから間違えようもありません。ところが、教会が古い木造のせいかもしれませんが、とどろく轟音のたびに窓はおろか壁まで震え、重低音と共に床までもが揺れる有り様は最初一体何が始まったのか分かりませんでした。地震?雷?火事?親父?それとも竜巻?窓の外の閃光を垣間見てやっと「これは雷であったか」と分かる始末。揺れと音響、激しい雨と風は厄介でも、雷だと正体が割れればこちらのものです。台風じゃないから家は壊れないだろうし、教会は木造平屋建てだし、十字架も木製で限りなく低い所にあるから全く心配ないとたかをくくるのでした。子供たちも昼間の疲れかぐっすり熟睡しているので、起きて泣くこともなさそうでした。朝、起きて庭に出てみると、隣家の塀補修のために粉塵だらけで白くなっていた妻の葡萄色の車が、激しい雨で綺麗になっていたのには笑えました。雷といえば、以前、姉宅のアンテナに雷が落ちて家電製品がことごとく壊れた話を思い出しました。アンテナに雷が落ちると、アンテナ直結のテレビがまずやられ、次に(テレビはコンセントにつながっていますから)、家の配線を伝ってコンセントに刺さっている家中の家電製品がやられたそうです。私は低い家に住めて光栄です。
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有終の美

2006/11/10 Fri 17:32

 私の好きな言葉に「有終の美」というのがあります。言うまでもなく‘物事をやりとおし、最後をりっぱにしあげること’あるいは‘結果がりっぱであること’という意味の言葉です。肝に銘じなければならない言葉として大切にしています。また、自分なりに、この言葉をそのまま読んで‘終わりの有ることの美しさ’と考えてみたりもします。何となく聖書で言うところの終末を連想させられて、それもありかなと勝手に納得しています。キリスト教には終末思想と言うのがあって、いつなのかは分かりませんが、全てが完成するその日を待ち望むのです。世界の終末だけではなく、人には自分の生涯の終焉となる‘死’があります。何をどれだけ持っていたとしても、人は何も持たずに死を迎えます。誰もが裸で生まれてきたように裸で死んでいきます。例外はありません。それなのに自分の欲を満たしていく行き方がいつまでも続くかのように生きている人もたくさんいます。終わりがあることを忘れて、今という時だけに固執して生きて行くなら、わき道に逸れて行ってしまうように思います。少々のまわり道は良いのですが、逸れ過ぎて本来の道に引き返せなくなってしまったら、本人は幸せを感じていようと不幸なのではないかと思います。反対に‘終わりから人生や今という時を見据えてみる’だけで、それまでとは全く違った人生になるはずです。私もあなたも必ず死にます。死ぬのが定めであるとわきまえるだけで、今現在の自分と周りの一人ひとりの命の重みの持つ素晴らしさを感じることが出来るはずです。出会いも関りも別れもかけがえのないものになります。全てのものに終わりがあるのですから、全ての事柄が大切になります。どんなに小さなものも大切になります。本当に大切なものとそうではないものの区別もつくようになると思います。‘人はどうして死ぬんだ’‘どうして終わりがあるんだ’そう嘆きたくなることが人生にはたくさんあります。けれども、終わりが有るからこそ、深く深く生きることが出来るともいえます。私は病気や事故で何度か深刻に死を覚悟したことがありました。同じような経験をされた方は「だから生きていることだけで素晴らしい」と考えるのかもしれませんが、私はクールなのか、そういうことはあまり考えなくて、終わりから今を考えるというただそれだけの姿勢が与えられているだけみたいです。終わりが有るから人生は深く美しいものになるのかもしれません。もっとも、終わりのその先に、つまり終末において、神様の永遠の慰めがあるからなのですが。
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頂き物

2006/11/09 Thu 20:57

 こちらに来てからよく頂き物をします。近所の方や教会の方から、バイク屋さん(R.S.吉田商会)からも時々頂きます。それは取れたての野菜であったり、釣りたての魚であったりします。みかんやゼリー、ガンダムのオモチャに至るまで多種多様です。今日もお隣さんから釣りたての太刀魚を10匹以上頂きました。料理の仕方までご伝授くださる事もあり、初めての味覚に感激することも多々あります。岡山にいた時分、岡山名物の‘ママカリ’は、「ご飯を借りに行くほど美味しいとは思えないけどなぁ」という印象でしかありませんでしたが、こちらで頂いたママカリの美味しかったことといったらありませんでした。私は生まれも育ちも高知なので魚にはうるさい方ですが、絶句して感動するほどの美味しさでビックリしました。魚にはうるさいといった直後で恐縮ですが、恥ずかしながら、私は魚をさばいたことは一度しかなく、妻も殆どしたことがないというのが実情です。しかし、妻も主婦としてのプライドがあるらしく、「さばけるじゃろ?」と聞かれた時「ええ」と答えてしまい、それ以来、頂き物に魚を頂くたびに、妻は突然訪れる挑戦者に背を向けることなく格闘しています。「別に『出来ないんです・・・』と言えば良かったのに」と言うと、「最初は良いかもしれないけど、いつまでも『出来ません』という訳にもいかないでしょう。それなら最初から人に頼らないでがんばろうかなと思ったの」と言うのです。前向きの姿勢に脱帽です。しかし、いつかハマチを頂いた時はその大きさに圧倒されて二人でビビリました。「ちょっと待って。インターネットでさばき方を調べて来るよ」と確かに言って書斎で調べ、10分ほど経っていたでしょうか、台所に戻ってみると、妻はハマチと格闘中!「手伝ってくれると思っていたのに・・」と元気がありません。どうやら、私が書斎に逃げたと思っていたようです。ちゃんと調べてくると言ったのになぁ・・。ここでも、妻の前向きさに驚かされました。・・などと冷静に考えていたのですが、悪戦苦闘している妻はいつもと様子が違ってピリピリしており、危なく夫婦喧嘩になるところでした。でも、何とか二人で力を合わせて、一応完成した刺身はまた格別でした。頂き物は、頂いたこと以上に楽しいものなんだなと実感しています。
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忘れた頃にやって来るかな

2006/11/08 Wed 14:06

 今日は朝から隣家のブロック塀補修作業が始まっていて、サンダーの音が響き、コンクリートの粉塵が煙のように舞い上がっています。窓は開けられないし、洗濯物は干せないので、早く修繕が終わることを祈っています。実は、反対側の隣家のブロック塀の修繕がこの前あり、それに影響されたようです。ブロック塀によくある老朽化現象でしょう、両家のブロック塀はどちらも重みで所々に亀裂が入り、部分的に崩れていました。この前の工事はやや離れていたのでそれほど気になりませんでしたが、今回は自転車置き場、洗濯物干し場、風呂場、寝室のすぐ脇なので生活にちょっと影響あります。しかし、小さい子は居るし、バイクも置いていることもあり、少々気になっていましたから、どちらかと言うと気持ち的には大歓迎です。おまけに教会の塀ではないので、費用もかからない訳ですから、なおさらです。がめついように聞こえるかもしれませんが、今までブロック塀にはよく苦労させられたからなのです。私が赴任する教会はどこも財政難を抱えていましたから急な出費は大変だったのです。岡山の教会は、何十メートルもあるブロック塀が傾いていて、ひび割れや所々に欠けが生じていましたから、素人目にも危険でした。そのとき幸いにも、教区が面倒を見てくださり費用はかかりませんでしたが、結構な期間、工事費の捻出に頭を痛めて疲れました。しかし「悪夢よ再び」。転勤先の松山のブロック塀も危険な雰囲気だったのです。つくづくブロック塀には悩まされる星の下に生まれたのでしょうか。問題は補助に頼れないということでした。全額補助はもちろん無理ですし、借り入れをしても返済できそうな余裕がその教会になかったのです。もちろん、使える資金もありませんでした。そこで苦肉の策です。巨大なハンマーを買ってきて、私ひとりで叩き壊し、山で竹を切ってきて竹垣を作ったのでした。しかし、通りすがりに近所の方々が「(先生お一人で)何が始まるんですか?」と聞かれるのには閉口しました。通る人通る人に「お金が無いんです」とも言えませんから「ええ、趣味なんですよ~」と答えていました。おまけに、しばらくの間ひどい筋肉痛だったのを覚えています。それを思うと、今回の工事は音と粉塵に数日間耐えればいいだけですから天国のようなものです。あ、肝心なことを思い出しました。実は、「もし地震が来たら大変だ」という観点からブロック塀の工事をしてきたのですが、いずれの場合も、工事完了を待つかのように、大きな地震があったのです。阪神淡路大震災と芸予地震です。多分、工事していなければ、大変なことになっていてはずです。それで言うと、近々地震が来なければ良いのですが・・・。
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まるでディスコ

2006/11/07 Tue 15:01

 昨夜天気予報を見ていると「明日は木枯らし一号が吹きます」と言っていました。確かに天気図は北風が吹き込んでくるぞという感じで、明日は冷え込みそうだと言う心配も頭をもたげてきました。けれども、「木枯らし一号」と言う何か可愛い響きの単語が耳に残って、むしろ楽しみに感じてしまいました。当然、現実ははそんなに甘くなく、昨夜からビュービュー激しい風が吹き、朝もあちこちから聞こえるバッタンバッタンという音で起こされたようなものです。「ま、新聞でも取りに行こう」と表に出たとき、何となく視界に入ったバイクは違和感を感じるものでした。「ギャーーーーー!!!!!」「むっ、娘の自転車が風でバイクに倒れこんでるーーーーーー!!!!!」あわてて走り寄ったのは言うまでもありません。よく見てみると、微妙なところに自転車のブレーキレバーだけが当たっていて、とりあえずボディーには傷が付いておらずホッとしました。きっとあの一瞬で白髪が百本ほど増えたはずです。そんなこともあり、うっかりしていましたが、今日は寒いのでした。特に今年は今日まで記録的に暖かい日が続いていましたから、なおさら寒く感じてきました。
 そこで、コタツを出すことにしました。私は以前研修で札幌に7ヶ月滞在した折に、ストーブで部屋を暖める快適さに目覚めたこともあり、コタツに執着はあまりないのですが、妻はコタツが好きですし、子供たちも喜びそうなので、丁度良いと出しました。するとどうでしょう。下の二人の子供たちは大はしゃぎ。もぐったり、上に載って立ったり、おもちゃを並べたり、コタツひとつでこんなに喜ぶとは。11ヶ月の三男は前に言いましたように最近やっと歩けるようになったばかりです。「やめなさい」といくら言い聞かせても上に上がって踊っています。ついこの前まで視界は地べたの高さだった訳ですから、コタツの上に立って周りを見渡す感覚と言うのは快感だったのでしょうか。もうすぐ3歳の次男も調子に乗って、二人でコタツの天板狭しと踊りまわっていました。音楽がかかっていたら、さしずめディスコのお立ち台です。「今日は寒いから上にもう一枚着なさい」と子供たちに妻が言うと「寒くない!」そりゃあそうでしょう。むしろ暑いよね。子供の頃読んだ「火のない焚き火」というお話を思い出しました。森の動物たちが「寒い寒い」と言って集まっていたとき、熊くんの提案で「火のない焚き火だ」と言いながら皆で走るという話です。暖かくなりたいと思ったものの、父にディスコはキツイので、隠れて腹筋して帰ってくると、子供たちはディスコをやめてトーマスで遊んでいました。
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塵芥護美守様本陣

2006/11/06 Mon 17:18

 私の住んでいる地区のゴミ収集所は2ヶ所に分かれています。プラスチックや缶、瓶、紙などの資源ごみの収集所は少し離れた場所にありますが、可燃ごみと不燃ごみは歩いてすぐの所にあります。この可燃・不燃ごみ収集所は犬や猫、カラスなどの被害に遭わないように金網で覆われ、重い鉄の引き戸の小屋になっていて、最初びっくりしました。こんなに頑丈なのはここだけかもしれません。収集所ごとに違うので、多分それぞれの地域の人たちが資金を持ち寄り自分たちの収集施設(?)を作っているのだと思います。ここは余程犬や猫の被害に遭っていたのかもしれません。しかし、金網張りに鉄の引き戸という難攻不落の鉄の城(くろがねのしろ)だけに、そのガードは固く、殺伐とした雰囲気が生まれていそうなものですが、小屋の脇にこんなユニークな札が掲げられていて、実はほのぼのとしたムードを醸し出しています。「塵芥護美守様本陣(ちりあくたごみのかみさまほんじん)」。最初にこの札を見たときは、ごみの収集所のことだとは思わず、その後ろの敷地が‘歴史的な本陣の跡地なのかな’と思ったものです。
 蛇足ですが、可燃ごみは有料化されていて、小豆島町指定のごみ袋を購入して使わなければなりません。週2回ですが、毎回2袋にならないように、もちろん破ったりしないように、ギュウギュウ詰めにする儀式を経て塵芥護美守様本陣へ颯爽と向かっています。不思議なことに、不燃ごみはどんな袋に入れても良く、可燃ごみが同じ袋で累々と本陣の中で並んでいるのに対し、月2回の不燃ごみの日は無法地帯を思わせる豹変ぶりです。ちなみに、資源ごみはそれぞれ月1回しかないので、収集日までの保管が場所をとるのが悩みの種です。とにかく潰せるものは潰し、潰せそうにないものも潰し、鋸やハンマーを使って細かくしたりしてごみのかさを減らして対応しています。もちろん、全部遊び心です。塵芥護美守様本陣には負けません。
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歌えない!?

2006/11/05 Sun 19:13

 今日は‘永眠者記念礼拝’の日でした。‘お盆’のようなものです。亡くなった方々の生前を偲びつつ礼拝をします。故人のお写真を並べて飾りますし、遠方に住む遺族の方々も、この日曜日ばかりはご参集下さったりします。それで、内海教会のような少人数の教会では久々に賑やかな礼拝となります。ところが、今日は所用のため欠席される方が何名かいらして、少し少なめでした。実はそれが本日の悲劇の始まりでした。
 わたしは音楽が苦手なので、讃美歌も得意ではありません。人数も少ない教会ですから、牧師が大きな声で歌わないとさまにならないので、自分が良く知っていて大きな声で歌える讃美歌を毎週選んでいました。ところが、始めに申しましたように、本日は特別な礼拝でしたから、それ(テーマ)にあった讃美歌を選ばなくてはならず、結果的にあまりよく知らない讃美歌を選んでいました。ヒムプレーヤー(讃美歌自動演奏機)がありますから、礼拝までに練習しておけば何とかなるだろうとたかをくくっていたのでした。しかし、予定は未定にして決定にあらず。まさにその通り。アーメン(‘確かに’という意味)。窓拭きや花の準備、その他もろもろのことをしているうちに、讃美歌練習のことをすっかり忘れてしまい、当日を迎えることに。‘でも一応讃美歌なんだから少しは何とかなるだろう’と思っていたのですが、これが大間違い。歌えないのです。メロディーが複雑で伴奏も聞き取れないくらい難しい曲。会衆席の皆も声が出ないうえに、肝心の牧師(わたし)も全くチンプンカンプン。冷や汗ものどころではないです。‘ああ、今日みたいな日に、お休みのあの方がおられたら・・・’と思ってみても後の祭りです。私なりに凄く深く反省しました。皆さん、これに懲りないでくださいね。来週からは、また歌いやすい讃美歌を選んでいますから。・・・もっとも、一番懲りているのは他ならぬ私ですが・・・。
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密かな楽しみ

2006/11/04 Sat 11:47

 実のところ、まだ小豆島の楽しみ方がマスター出来ていません。ですから日常の楽しみというと、図書館で本を借りる程度です。もともと無趣味でしたから、それもネックになっていると思います。「釣りが出来て良い所じゃないか」とよく言われますが、釣りには全く興味が無いので楽しめそうもありません。以前は時々妻と街に出かけたりしていましたが、小豆島にはブラブラ出来る街はありません。基本的に店は個人商店で、狭い上に客もあまり居ません。そう、店は買うものの決まっている人がそれを買うために行くところで、何となく行く場所ではないのです。別にウインドーショッピングが好きだとか、したい訳ではありませんが、なんとなく行ってみるところが無いのです。今までそれほど意識していませんでしたが、大きなパソコンショップや本屋など行きたくてしょうがありません。特に我が家は子供4人の6人家族ですから、経費節減のためにも買い物は安く済ませたいところなので、そういう観点からも量販店が無いのはしんどいです。土庄まで行けばちょっと大きな店もありますが、品揃えと価格がイマイチですし、1軒2軒ではすぐ飽きてしまいます。結局行くところといえば近所のスーパーに買い出しに行くくらいです。実は今それがちょっとした楽しみといえば楽しみです。結局食事が一番の楽しみですから、夫婦でメニューを考えながら食材を選んだりするのを楽しんでいるのです。小豆島に来るまでそういう時間はあまりありませんでしたから、新鮮な感じです。私も料理は手伝う方なので、「これをこうしてこういうのを作ってみようか」という会話も弾むのです。でも、本当の密かな楽しみは割引コーナーの品定めです。賞味期限ぎりぎりの食材とか日数の経った果物とかのコーナーです。すぐ食べれば問題ないし、果物も程よく熟れているものを買えばいいだけです。これはいつも買わないようなものを食べられるので結構楽しめます。・・・しかし、やっぱり密かでないホントの楽しみが欲しいですね。
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先輩の猫

2006/11/03 Fri 07:04

 内海教会で住むようになって少し困っていたのは猫でした。見た目いかにも老齢なその黒猫は我が物顔で教会敷地内を闊歩し、どこででも横になり、玄関脇をトイレにしていました。普通、初めて会う人を見たら逃げてくれそうなのですが、逃げたり避けたりしないばかりか、かえってにじり寄ってくるのです。車の下やタイヤ周辺で横になられている日には出かけることさえ出ない始末ですし、道や敷地内の真ん中に寝そべっていたら、ちろゃんと起きててこちらがバイクや車であることを分かっていても移動してくれないので、こちらの方が大回りして避けてあげねばなりません。ちょっと大変ですが、私が越してくる前からそうしているのでしょうから、、猫の方が先輩ということになり、体育会系の私としては暖かく見守り続けることにしました。トイレにしても、敷地のあちこちでされるより一箇所に限定されているほうがましなので、容認しています。ただ、私は犬派で、猫はあまり好きではありません。ですから、好きでもなく、出来れば出て行って欲しいと考えているのに、暖かく見守り保護しているという奇妙な関係になってしまいました。
 ところが、先週からその猫の姿が見えなくなり心配しています。猫は死ぬとき姿を隠して、人目に触れないところでひっそり息を引き取ると言いますし、かなり年をとって弱っていましたから、どこかで死んでいるのではないかと気になってしょうがないのです。困っていたし、好きではなかったのですが、‘ひょっこり戻ってこないかな’と考えてしまいます・・・。
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第三の選択

2006/11/02 Thu 16:57

 人というのは不思議なもので、「あれかこれか」とせかされると、本当に選択肢は‘あれ’と‘これ’しか無いように感じてしまうものです。冷静に考えれば、それ以外にも選択肢があると気付くはずなのですが、現実問題として、冷静に考えること自体が難しいのです。自分でも‘あれかこれか’と考えてしまい、思考の迷宮に入り込んでしまうこともあります。例えば、‘友達に好かれるか、嫌われるしかない’と考えてしまうと、関り方から普段の行動に至るまで不自由になりそうです。しかし、‘人がどう思おうと我が道を行く’という選択肢もあります。‘勝つか負けるか’に至っては極論で、仲良くするという選択肢が厳然としてある訳です。ところで、この第三の選択ということを考えるとき、深刻な問題に絡んでくる場合のあることを思います。いじめの問題です。
 最近、いじめによる中高生の自殺者が増えているようで胸が痛みます。新聞などで公表されている遺書などを見ますと‘このままいじめられながら生きていくか、死ぬしかない’という追い詰められ切羽詰った思いがあるように思えます。本当に辛くて苦しくて‘生きるか死ぬかしかない(あれかこれか)’としか考えられなかったのでしょう。何をどうしようと、彼らの命はもう戻ってきません。しかし、今、同じように辛く苦しい思いをしている方が、この文章をもし読んでいたら、第三の選択肢を考えて頂きたいと思ってやみません。道はいくつでもあります。‘学校に行かないい’‘学校を辞める’という手もあります。「でも義務教育だから・・・」なんて自分に足かせをつける必要はありません。義務教育というのは親が子供に教育を受けさせるという義務ですから、子供が自分の意思で、いじめを理由に不登校したとしても法律違反ではありません。‘転校する’‘引っ越す’という手もあります。‘逃げちゃいけない’という誰が考えたか分からない理屈に縛られず、自分には無理だと思ったら逃げてください。とにかく、ありとあらゆる場面で第三の選択を考えてください。‘いじめっ子とこのままの関係で行くか、仲良くなるように試みるか’と考えてしまうようだったら、距離を置くという選択肢のあることに気付くといった具合です。では距離を置くにはどうすればいいかと思考がつながっていきます。‘親に話して心配をかけるか、それとも黙って一人で解決するように努力しようか’と考えてしまいそうなら、悩みを相談して親と一緒に解決策を考えるという選択肢を考えてください。「いじめにあってて、何とか努力してみたけれども、自分としてはもう限界を感じているから、しばらく相手と距離を置甲と思う。それで、学校側とも話し合ったり、事態が改善されるまでしばらく学校を休みたい」というようなことを、たどたどしくでいいから、親に伝えると新しい展開があると思うのですが。
 実は私もたくさんの失敗を繰り返してきましたから、とにかく、どんな物事でも、第三の選択肢はどこにあるかと意識するようにしているのです。それでも、時々失敗するのですが。
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革表紙の聖書、革靴の聖書

2006/11/01 Wed 06:43

 「人は革表紙の聖書より革靴を履いた聖書の方を読む」という言葉を何かの本で読んだことがあります。人は余り読まない聖書からではなく、キリスト者との出会いから神様の愛を知る機会が多いという意味ではないかと思います。実際のところ私もY神学生との出会いが無ければ洗礼はおろか聖書も余り読まなかったかもしれません。私が小学生の頃のことです。当時通っていた教会の教会学校はにぎやかで何十人もの子供が通っていました。ところがある時、教会に来る子供数があれよあれよという間に激減していくという出来事がありました。私も何となく楽しいから教会学校に通っていたようなくちですから、余り深く考えずに「そろそろ僕もやめようかな」と考えていました。ところが、そう考え始めたのが誰よりも遅かったようで、気がつくといつの間にか教会学校に来ているのは自分一人になっていました。「うわ、どうしよう」と思ったものの、もし、自分まで来なくなったら、生徒が一人になっても一生懸命お話しの準備をしている先生が可哀想だから、誰かがそのうち来るようになるまでやめないことにしました。しかし、これが誤算で、それから一年間私以外の生徒は一人も来ず、結局私は一回も休めず、マンツーマンの教会学校を続けてしまいました。教会学校の先生はその当時、教会へ実習に来られていたY神学生(神学校に通う牧師のたまご)で、毎週趣向を凝らしてお話の準備をされていました。フランネルグラフというものを使って手作りの登場人物たちでお芝居したり、紙芝居をして下さったり申し訳ないほど一生懸命でした。私一人しかいないのに。しかし、私もやんちゃな時代ですし、まじめに神様を信じている訳でもありませんでしたから、先生を怒らせて「もう来るな」と言わせようと試みていました。今思うとまったくひどい態度で臨んだものです。私は自分が大変な事態になったと思っていましたけれども、先生の方が大変だったでしょうね。思い出すだけでも恥ずかしいです・・・。ところが、Y神学生は少し困った顔をされることはあっても、一生懸命私に向かい合ってくださいました。お話の準備に手を抜かれたこともありませんでした。私は子供心にも「なんてまじめなお馬鹿さんなんだろうか」と思っていましたが、しばらくすると、Y神学生の信じている神様が本物だからこの人はこのように人と接することが出来るのかもしれないと思えるようになって行ったのを憶えています。聖書の真髄、‘悔い改め’の姿勢をこのとき確かに受け止めさせていただいたように思います。間違いなく私のキリスト教原体験はY神学生との一年間のかかわりでした。これを言うともっと申し訳ないのですが、一年間のうち教えていただいた聖書の話で覚えているものは余りありません・・・。やはり人は革靴を履いた聖書を読むためでしょうか。
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