2006年11月21日 14:17
聖書には良い意味で心に残る話ばかりではなく、「こんな話は聖書になければいいのに」と思わされるようなものもあります。厳し過ぎると思える所など特にそうです。ところがそれで敬遠していると損をするのです。自分なりに‘良い’と判断しているということは、自分の嗜好に合うかどうかが判断基準ということになります。それが良くないと言う訳ではありませんが、それでは一面的な読み方に偏ってしまうのです。毛嫌いしてあまり読みたくないと思っている箇所というのは、見方を変えれば‘まだ、そこからのメッセージを受け取っていない’ということなのです。そう考えてみると、厳しすぎるとか、嫌悪感を抱くといった箇所は、まだ未開なだけで‘人生の真実に出会える箇所’であり、‘予想もしなかった感動や刺激に満ちている箇所’と言えるのです。見落としているところに大切なものがあるというのはよくある話です。ましてや素通りして当然と自分で思い込んでいるところにいたっては尚更です。聖書だけではありません。自分の人生においても、嫌な経験や期間から、思ってもいなかった素晴らしいものを見つけることもあります。いつ、どこで、どのような状態においても神様は共におられるからだと私は信じています。





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