2006年12月29日 10:28
クリスマス前に、教会のあちこちに眠っているクリスマス小物を探して回っていたところ、埃を被った細長い箱が見つかりました。開けてみるとそれは掛け軸で‘神はその独子を賜ふほどに世を愛し給へ里’‘賀川豊彦’と書かれていました。言葉はヨハネ福音書3章16節のもの。署名の賀川豊彦先生は書道家ではなく、大正・昭和期の牧師・キリスト教社会運動家で、戦前の労働運動、農民運動、無産政党運動、生活協同組合運動等々、重要な役割を担った方です。キリスト教の博愛精神を実践した「貧民街の聖者」として世界的に知名度が高い人物でもあります。
埃を被ったまま眠らせておくのももったいないと、クリスマスを機に礼拝堂に飾ってみました。すると教会員さんたちから「どこにあったの?」「こんなのがあったの?」と聞かれましたから、まさに掘り出し物だったようです。面白いことに何人もの方から別々に「ほれ、テレビの何とか鑑定ほにゃららに出してみたらいいかも〜」と言われました。考えることは皆似かよっているということでしょうか。「でも、値打ちというのは、どれだけの気持ちを持って‘欲しい’と考えている人がいるかですから、期待できないですよ」と答えておきましたが・・・。先月、小豆島土庄町に出張鑑定団が来てテレビ放送されましたから、多分その印象が強かったのかもしれません。
ところで、どうしてこの書が内海教会にあるのかというと、その昔、賀川豊彦先生が内海教会に来られた折にしたためて下さったということが分かりました。そういえば、香川分区の何箇所かの教会で賀川先生の書を見かけたことがあったのを思い出しました。・・・しかし、どれくらいの値打ちがあるのでしょうか。

埃を被ったまま眠らせておくのももったいないと、クリスマスを機に礼拝堂に飾ってみました。すると教会員さんたちから「どこにあったの?」「こんなのがあったの?」と聞かれましたから、まさに掘り出し物だったようです。面白いことに何人もの方から別々に「ほれ、テレビの何とか鑑定ほにゃららに出してみたらいいかも〜」と言われました。考えることは皆似かよっているということでしょうか。「でも、値打ちというのは、どれだけの気持ちを持って‘欲しい’と考えている人がいるかですから、期待できないですよ」と答えておきましたが・・・。先月、小豆島土庄町に出張鑑定団が来てテレビ放送されましたから、多分その印象が強かったのかもしれません。
ところで、どうしてこの書が内海教会にあるのかというと、その昔、賀川豊彦先生が内海教会に来られた折にしたためて下さったということが分かりました。そういえば、香川分区の何箇所かの教会で賀川先生の書を見かけたことがあったのを思い出しました。・・・しかし、どれくらいの値打ちがあるのでしょうか。






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