日曜日の礼拝説教

2007年01月26日 18:06

 牧師にとって苦痛なものの一つに毎週準備しなければならない‘礼拝説教’があります。全ての牧師がそうだとは言いませんが、私など週末になるとそわそわしてしまいます。比較的準備しやすい聖書箇所もありますが、まだまだ修行が足りないようです。ある先輩牧師に「牧師は一週間頭に漬物石を載せて生きているようなものだ」と言われたことがあります。説教にいい味を染み出させるために牧師はベテランになっても苦しみつ続けると言うことでしょうか。楽しめないと厄介なものですが、恐らく殆どの牧師にとって説教準備は、大変だけれども一番の楽しみになっていると思います。「説教準備が無ければ牧師も楽なのに」と神学生時代の先輩が冗談めかして言っていましたが、その時何人かで話したところ「やはりそれでは一番の楽しみがなくなってしまうよね」という結論になりました。そういえば、以前居た教会では、聾唖者のためにプリントした説教を用意したり、日本語がわからないアメリカ人夫妻のために英訳した説教を準備したりしていました(自分の英語力ではとても無理なので英語の得意な教会員さんに説教の原稿を木曜日までにお渡ししてお願いしていました)。今はとりあえずその必要がないのでそれぞれ準備していませんから、その頃に比べたら少しばかりは楽ですね。さあ、愚痴もこぼさず苦しみながら今日も楽しみましょうか。


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