弱いままで

2007年02月15日 21:58

 マルコによる福音書8章に「自分の十字架を背負って私に従いなさい」というイエス・キリストの言葉があります。‘キリストが全ての人の罪を贖うため十字架を背負われたように、私たちも隣人のために身を犠牲にして生きなさいと言われている’という考え方もあるのかもしれませんが、恐らく‘あなたはあなたのままで私についていらっしゃい’と言われている言葉ではないかと思います。自分の弱さや至らなさ、罪深さ、過ち、欠点等々を清算して、身も心も綺麗になってついて来なさいと言われているのではないはずです。自分の過ちや罪を清算できるのなら、イエス・キリストの十字架は必要ありませんから。そうではなく、罪や過ちや欠点だらけのありのままの自分として、低く弱く生きられたイエス・キリストの後ろに付いていくなら、新しい生き方に生かされていくようになるという招きの言葉だと思います。キリストの弱さと自分の弱さが、出会う一人ひとりの弱さと共鳴し合い、本当に大切なものを発見することが出来るからかもしれません。弱さや小ささ、これは本当に大きな大切なものです。


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