2007年03月10日 20:07
マルコ福音書9章に「いちばん先になりたい者は、すべての人に仕える者になりなさい」という言葉があります。
これはあまりにも愚鈍で罪深い弟子たちの態度に対して語られた言葉です。イエス・キリストが近い将来自分は捕縛され殺されるのだと語った直後、弟子たちはこともあろうか「誰がいちばん偉いか」と議論しあっていたのです。しかし、これは弟子たちに対しての言葉であると同時に私たちにも関係する言葉です。
「誰がいちばん偉いか」これは人間にとって重大な関心ごとかもしれません。偉いとか栄光を受けるというのは良いことです。ただ、そのことをこの世の中以外でも考えられなるかどうかがその人にとっての岐路となります。
この世で偉い人というのはいちばん先に立つ人であり、仕えられる人かもしれません。しかし、イエス・キリストは、いちばん後になり、皆に仕えなさいと言われました。これを文字通り取って下心見え見えで後ろに回ったところで何の意味もなさないでしょう。この言葉は、私たちの価値観をひっくり返すものです。
人がどれほど評価したものでも、神様の目からはまったく評価されないものもあるとでも言いましょうか。
本当に大切なもの、本当に評価されるべきものは、少なくとも“自分のため”という心からは遠く離れているのでしょう。
これはあまりにも愚鈍で罪深い弟子たちの態度に対して語られた言葉です。イエス・キリストが近い将来自分は捕縛され殺されるのだと語った直後、弟子たちはこともあろうか「誰がいちばん偉いか」と議論しあっていたのです。しかし、これは弟子たちに対しての言葉であると同時に私たちにも関係する言葉です。
「誰がいちばん偉いか」これは人間にとって重大な関心ごとかもしれません。偉いとか栄光を受けるというのは良いことです。ただ、そのことをこの世の中以外でも考えられなるかどうかがその人にとっての岐路となります。
この世で偉い人というのはいちばん先に立つ人であり、仕えられる人かもしれません。しかし、イエス・キリストは、いちばん後になり、皆に仕えなさいと言われました。これを文字通り取って下心見え見えで後ろに回ったところで何の意味もなさないでしょう。この言葉は、私たちの価値観をひっくり返すものです。
人がどれほど評価したものでも、神様の目からはまったく評価されないものもあるとでも言いましょうか。
本当に大切なもの、本当に評価されるべきものは、少なくとも“自分のため”という心からは遠く離れているのでしょう。





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