2007年03月23日 09:21
以前、ある人と話していたら「いやあ、三野先生と話していたら、人生観が360度変わりました。」と言われ、「それじゃあ、元に戻ってますがな!」と突っ込んだ事がありました。180度と言おうとして360度と言ってしまったのでしょう。大爆笑でした。
しかし、この考えもしなかった“360度転換”で無意味な労力ということを考えさせられました。重い荷物を持って1km歩いて更に1km歩くとして、最初の1km地点の時に無理して腰に負担を掛けつつ360度ターンをしたとすると、更に1km歩いたら、元の場所に戻ってしまい、全く前進していないことになります。最初の1km地点で向きを変えずそのまま歩けば2km先まで進むことが出来ているのにです。同じ労力、もしくはそれ以上の労力を使ったとしても、それが無意味な結果になってしまうことがあるということです。
最近でこそ日本での車のシートベルト着用率は向上してきていますが、義務化されるまでは惨憺たるものでした。おかしなことにドアロックに関しては自動車学校の指導が素晴らしかったのか、実行している人は相当数にのぼっていました。ところが、ヨーロッパなどでは、シートベルトを着用しドアロックはしないというのが昔から普通のことなのだそうです。安全性をシートベルトである程度確保し、万一救出が必要になったとき手間取らないようにドアロックはしないのだそうです。なんと日本は長い間その全く反対をしていたのです。シートベルトを着用しないので事故時のダメージが大きくなり、尚且つそんな状況にも関らず救出しにくくなるようにドアロックをしていた訳ですから・・・。ほとんど同じような労力なのに、まったく正反対の結果になっていたのです。
私たちは毎日何かと「今日も疲れた」などと言っていますが、本当にその疲れが意味のある疲れかどうかも考えたいものです。労力ではなく方向性一つで何もかもが大きく変わる事がある訳ですから。
しかし、この考えもしなかった“360度転換”で無意味な労力ということを考えさせられました。重い荷物を持って1km歩いて更に1km歩くとして、最初の1km地点の時に無理して腰に負担を掛けつつ360度ターンをしたとすると、更に1km歩いたら、元の場所に戻ってしまい、全く前進していないことになります。最初の1km地点で向きを変えずそのまま歩けば2km先まで進むことが出来ているのにです。同じ労力、もしくはそれ以上の労力を使ったとしても、それが無意味な結果になってしまうことがあるということです。
最近でこそ日本での車のシートベルト着用率は向上してきていますが、義務化されるまでは惨憺たるものでした。おかしなことにドアロックに関しては自動車学校の指導が素晴らしかったのか、実行している人は相当数にのぼっていました。ところが、ヨーロッパなどでは、シートベルトを着用しドアロックはしないというのが昔から普通のことなのだそうです。安全性をシートベルトである程度確保し、万一救出が必要になったとき手間取らないようにドアロックはしないのだそうです。なんと日本は長い間その全く反対をしていたのです。シートベルトを着用しないので事故時のダメージが大きくなり、尚且つそんな状況にも関らず救出しにくくなるようにドアロックをしていた訳ですから・・・。ほとんど同じような労力なのに、まったく正反対の結果になっていたのです。
私たちは毎日何かと「今日も疲れた」などと言っていますが、本当にその疲れが意味のある疲れかどうかも考えたいものです。労力ではなく方向性一つで何もかもが大きく変わる事がある訳ですから。





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