2007年04月04日 11:52
受難週の水曜日は、サンヘドリン(ユダヤの最高議会)の陰謀、イスカリオテのユダ(12弟子の一人だが銀貨30枚でイエス・キリストを売り渡した)との密約などが行われた日です。イエス・キリストを十字架刑にしようという水面下の暗躍が着々と進められていったのです。
ユダがどうして裏切ったのかは諸説ありますが、いずれも推測に過ぎず真実は闇の中です。彼に対して批判的な態度の人(ユダは絶対救われないと考える人)や、同情的な人(裏切ったのではなくて、主イエスを窮地に追いやることによってユダの望んでいた政治的指導力を主イエスに発揮させようとしたのではないかと考える人)もいます。後にユダは主イエスが十字架で死なれたことを後悔し自殺したと聖書は記しています。
しかしながら決定的に言えることは、ユダの裏切りが無くても、遅かれ早かれイエス・キリストは殺されていたということです。そう思うと、ユダの過ちの真相は分からないにしても、自らの罪に気付いたとき、人には二つの選択肢があるということを考えさせられます。それは後悔と反省です。後ろを振り返って悔いるだけで終わるのか、反省して生き方を改めるか、それは似ていますが、180度全く違うものです。ユダもそうですが、私たちもイエス・キリストの第1声「悔い改めて福音を信じなさい(マルコ福音書1章15節)」をターニングポイントで思い起こしたいものです。
ユダがどうして裏切ったのかは諸説ありますが、いずれも推測に過ぎず真実は闇の中です。彼に対して批判的な態度の人(ユダは絶対救われないと考える人)や、同情的な人(裏切ったのではなくて、主イエスを窮地に追いやることによってユダの望んでいた政治的指導力を主イエスに発揮させようとしたのではないかと考える人)もいます。後にユダは主イエスが十字架で死なれたことを後悔し自殺したと聖書は記しています。
しかしながら決定的に言えることは、ユダの裏切りが無くても、遅かれ早かれイエス・キリストは殺されていたということです。そう思うと、ユダの過ちの真相は分からないにしても、自らの罪に気付いたとき、人には二つの選択肢があるということを考えさせられます。それは後悔と反省です。後ろを振り返って悔いるだけで終わるのか、反省して生き方を改めるか、それは似ていますが、180度全く違うものです。ユダもそうですが、私たちもイエス・キリストの第1声「悔い改めて福音を信じなさい(マルコ福音書1章15節)」をターニングポイントで思い起こしたいものです。





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