殺してはならない

2007年08月07日 21:20

 8月はヒロシマ、ナガサキの原爆記念日があるため、どうしても“平和”について考えさせられますし、平和を求めることの大切さを思います。
 しかし、その平和を求めるために戦争が必要だとでも言うような論を耳にすると悲しくなってきます。人が人を殺すことで生み出される平和は平和ではないと思うからです。
 8月になると「戦争はよくない」と語る声をよく耳にします。けれども、それを注意深く聞いていくと、戦争によってどれだけ苦しんだか悲惨だったかというようなことがベースになっているケースも多くあります。被害者意識というと語弊があるかもしれませんが、それは人としての率直な実感だと思います。
 そういえば“戦争の加害責任”と言う言葉が出ると、実に様々な反応をする人たちがいます。「日本の加害責任を自覚しなくてはいけない」と言われる方がいるかと思えば、反対に「そんな自虐的な歴史観を持つ必要なし」と言われる方もいます。きわめて政治的な発言の応酬です。
 難しいことはよく分かりませんが、“人が人を殺すべきではない”という視点から考えていければと思います。
 ですから「この人、死刑になればいいのに!」という人の発言などを聞くとドキリとします。戦争は正義の名の下の殺人、死刑は法の名の下の殺人で類似性を感じるからです。私は死刑廃止論者とは言えませんが、死刑を正当化している人の多い日本の平和意識、反戦意識はどの程度のものなのかはなはだ疑問なのです。
 「殺してはならない(出エジプト20章13節)」の言葉の重さを感じます。
 
  


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