思い出の牡蠣
2007 / 11 / 30 ( Fri )
 生食用の牡蠣が1パック270円であったので鍋(キムチ鍋)に入れてみました。
牡蠣入り鍋

 牡蠣を食べると友人のN牧師や、岡山の教会の近くにあった喫茶店を思い出します。

 N牧師の思い出というのは、神学生時代にご飯を安い店で食べようとしたときのこと。
「おっ、この店“生牡蠣”を置いてるぞ!食おう食おう」
と言うので、
「俺は広島とかで食べたことあるけど、新鮮じゃないと危ないぜ。言っちゃあ悪いけど、この店で食べるのはどうかと思うよ。」
と答えると。
「俺もこの店がそんなに新鮮なのを仕入れてるとは思えないけど、“生牡蠣”とメニューに載せている以上、何かあったら責任とってもらえるさ。」
と言うのです。
 そういえば彼のあだ名は“サバイバルのN”でした。
 山で遭難しかかったとき、持っていた単2乾電池を飛んでるカラスにぶつけて殺し、臭みを取るためにしばらく土に埋めて食べるというような芸当の持ち主です。やめとけという言葉に耳を傾けるはずが無いのです。
 「君はどうぞ。僕はやめとくよ。」
と言うしかありませんでした。

 岡山の教会近くの喫茶店は、“軽食・喫茶”と看板に書いてある“エアーポート”という喫茶店でした。軽食・喫茶のはずなのに、モーニングもランチも充実しすぎている店でした。料金的にも良心的で、しかもボリュームたっぷりの上に美味しいのです。大学のそばてもないし、空港のそばでもないので不思議な店でした。しかも、ソファーのコーナーもあり、ゆったりとした時間を過ごすことが出来るナイスな店で、しかも、私の居た教会から徒歩2分という近さ。とても大好きな店でした。ここの牡蠣フライランチは確か700円程で牡蠣フライは13個くらいありましたし、他のおかずやサラダ、味噌汁なども揃っているのです。
 不思議なことに、この店は“お昼のランチ”のほかに“夜のランチ(?)”もあるのでした。ちなみに牡蠣フライは夜のランチです。
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アドベント
2007 / 11 / 29 ( Thu )
 今度の日曜日より教会では“アドベント”を迎えるため、少しだけですが、妻と二人で礼拝堂にクリスマスの飾り付けをしました。
ツリー07

 “アドベント(“到来”の意)”というのはクリスマス前の4週間の期間で、クリスマスの備えの時として設けられています。待降節とも言います。
降誕人形

 飾りつけというと、クリスマスツリーやリース、ネイティビティ(イエス様がベツレヘムの馬小屋で産まれた初めのクリスマスの情景を模型にしたもの。赤ちゃんのイエス様を囲むように、マリヤとヨセフ、東方の博士達、羊飼いと羊、馬、牛、そして天使もいます。)などを飾りますが、一番欠かせないのがアドベント・クランツです。
クランツ

 アドベント・クランツはヒイラギやモミの木の枝などで作ったクランツ(ラテン語でコロナ:corona=冠)に4本のローソクを立て、日曜日ごとに1本ずつ火を灯していくものです。4本すべてに火が灯るとクリスマスになるのです。そのようにしてクリスマスを待つわけです。
 ただ、クリスマスを待つと言っても、厳密にはキリストを待ち望むという意味で(クリスマスはキリストのミサの意)、2000年ほど昔に降誕されたイエス・キリストの出来事に思いを馳せつつ、世の終わり(終末)に再び来られると預言されているイエス・キリストをお迎えできるように心の準備をする期間なのです。
 ですから、単に楽しいお祭り気分を高揚させつつ待つというのではなく、厳粛な思いを持って“終末”や“死”を思い、そこから今どう生きているかを改めて考える期間といえるのです。
 教会暦ではアドベントから新年です(今年は12月2日)。
 ご一緒に、思いも新たに新しい歩みをはじめましょう。
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死と葬儀、死生観~キリスト教の取り組みを
2007 / 11 / 28 ( Wed )
 キリスト教のメッセージを大雑把に言えば“復活”と“罪の赦し”です。
 しかし、新約聖書、特にパウロ書簡を読んでいると気付くのですが、初期のキリスト教のメッセージは“復活”についてで、“罪の赦し”少し遅れてからとなっています。
 ところが、日本では“復活”や“死”についてより、“罪の自覚”や“罪の赦し”といったことが中心である気がします。
 明治になってキリスト教が解禁となり、主にアメリカのピューリタリズムの影響が強かったのかもしれません。それをずっと引きずっているともいえます。
 ただ、確かに“復活”や“死”についてより、“罪の自覚”や“罪の赦し”といったことの方が話しやすくインパクトもあるような気がします。
 問題なのは、その図式で100年以上日本でキリスト教が伝道してきていますが、いまだに人口の1パーセントにも満たない信徒数という現実です。
 “復活”や“死”について、もっともっとキリスト教としての取り組みが必要な気がします。
 どうしてこんなことを言うのかと言いますと、葬儀や記念会のあり方、墓地の整備など、まだまだ整備し尽くされていないように思えてならないからです。
 特に日本では古来より死や葬りについて根深い思いがあります。
 キリスト教では“死者崇拝はいけないから”と、葬儀や記念会では注意を払いすぎるほどですが、日本的な死や葬りに対する思いにどのように具体的に応えているか疑問なのです。
 もちろん、キリスト教の教理を捻じ曲げることは出来ませんが、そういった点を深める必要を感じてやまないのです。
 葬儀といえば“仏教”が念頭に浮かぶような気がしますが、本来の仏教は生きている者が悟るためであり、死や死後については無頓着でした。
 その仏教が死と向き合い、葬儀、法事、檀家制度などを整備して来たわけです。もちろん、政治的、経済的な要因もあったようですが、根本的には、日本の死生観、葬りの意識などを包み込んだといえます。しかも、歴史的に検討してみると、その整備に費やされた年数は六百数十年です。
 日本のキリスト教はたかだか百数十年の歴史しかありません。そして、その間、キリスト教を理解していただくために“罪の自覚”や“罪の赦し”といったことを中心にしてきた訳です。
 歴史的に考えて、まだまだ、これからなのです。
 “日本伝道のために死や葬儀の問題をしっかり捉えなおしていこう”などと言いますと、安直に“仏教化”などと勘ぐる人もいますが、そうではなく、キリスト教にある“復活”の教理を中心に、日本人の死生観を尊重する方向性を探って行くべきだということです。
 
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お互い様の良い関係
2007 / 11 / 27 ( Tue )
 そういえば、60周年記念礼拝の食事には“何気ないサプライズがある”と言っていましたので、参加されていない方のためにどんなものだったのかお伝えします。
 と、言っても大それたものではなく本当にささやかなものです。
 メニューは“おにぎり”と“お吸い物”です。
 ね。たいしたことないでしょ・・。
 ただ、おにぎりは小豆島のつくだ煮屋さんの“塩吹き昆布”などを使った炊き込みご飯で作りました。妻の得意レシピです。
 前日からの作り置きでは美味しくないので、朝4時50分から炊き始めてひたすら夫婦で握りました。愛情がこもっていますよ。
 しかも、5合炊き炊飯器2台、1升炊き1台の3台をそれぞれ2回使って炊きました。大きなガス釜を借りてきてはいたものの、量が多いと上手く炊けるか心配だったのです・・。
 しかも、それを一人分ずつ“竹の皮”に包みました。竹の皮には殺菌作用がある上、水分調節の麺からも都合良く、なおかつ香りも良いと三拍子揃っています。そして何より雰囲気が良いです。
 竹の皮は高松の知り合いに頼んで仕入れていただきいたものです。
 そうそう、おにぎりと一緒に包んだ沢庵は教会員さんこだわりの漬物で、わざわざ高松のデパートで買ってきていただいたものです。
 それから、お吸い物ですが、“利尻の昆布”と“大分のどんこ”と“鰹”で出汁をとり、小豆島のマルキン醤油と伯方の塩(※本当は“伯方の塩”ではなく“石垣の塩”の間違いでした)で作り、小豆島そうめん、かまぼこ、わかめを添えたもの。
 以外と気持ちと愛情を込めた粗食だったのでした。
 しかし、記念礼拝に来てくださった皆様が配膳を手伝ってくださったので、実にスムーズに昼食準備が整えらたことを嬉しく思いました。
 お互い様のいい関係がここにあると思ったのです。
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汁の始末
2007 / 11 / 26 ( Mon )
 お吸い物の汁が大量に残っていました。
 先日の“60周年記念礼拝”の昼食用に作ったものです。
 一人前160cc見当で50人前用意したのですが、参加者が45名だったことと、一人前160ccも要らなかったみたいなので、結構残ってしまったのです。
 “汁”を教会の皆さんに持って帰ってもらうわけにも行かず、かといって捨てるわけにもいかないので、我が家で工夫することにしました。
 そうは言っても、そういうこと(倹約料理など)は大好きなので余興として楽しんだ感じです。
 まず、具を工夫して汁はそのまま“にゅうめん”として食べました。次の日はみりんなどで味を調えて“うどん”にしてみました。最後は少し醤油辛くして“おそば”として食しました。麺続きでしたが、殆ど別物といった出来栄えで結構いけました。言葉で聞くと大したことないように聞こえるかもしれませんが、そばの時は春菊を入れるなど、具の変化が大きいので雰囲気だけでなく、風味そのものがまったく違う仕上がりなのでした。
 今回は疲れもあったのでこの程度ですが、我家は相当愉快な始末料理を工夫しています。機会があれば紹介してもいいのですが、少々貧乏たらしいところもあるので少しばかり躊躇するところもあります・・。
 例えば、カレーの後、鍋を洗うとこびりついたルーをみすみす捨ててしまうことになるので、だし汁などを入れて溶かし、カレーうどんにするとか(マッシュポテトでコロッケの中身にする手もあります)、おでんの残り汁に白菜や肉などの具を足して片栗粉でとろみをつけてあんかけ焼きそばのあんにしたりとかです。恥ずかしいのでこれくらいにしておきます。
 貧乏たらしいものの、結構楽しんで無駄の無い料理を開発しているので愉快です。
 そういえば、カップうどんの“どん兵衛”などの残り汁に卵を溶いて、茶碗蒸しを作る人の話を聞いたことがありますが、そこまでする勇気は無いので、所詮底は浅いかもしれません・・。
20 : 14 : 43 | 楽しみ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
大きな恵み
2007 / 11 / 25 ( Sun )
 先日の創立記念礼拝に“何十年ぶりかしら”と言われる別帳会員(元教会員)さんが来られていて感激しました。
 あとでご自宅までお送りさせていただきましたが、昔のいろんな話をしてくださり、また、畑で取れた野菜など沢山くださったのも感激でした。
「また、教会にもいらしてください。」
と分かれたものの、帰り道“大抵難しいものだけどね・・”と思うのでした。
 ところが今日の礼拝にその方が来られたではないですか!。大感激です。
 “でも、一回限りとかいうケースもあるし・・”などと不信仰な私は思ってしまうのです。それは、期待していたずらに失望する辛さを回避したいという気持ちの表れなのです・・。こういった徒労感を今まで何度味わってきたことでしょう・・。
 礼拝が終わるとその方が
「気になることがあるんだけど。」
と、強い口調。気に障ることでもあったのかなと思いつつ冷静に
「どうしました?」
と聞いてみると、
「いつも歌っている讃美歌はあるの?あるとしたらどの曲?」
“そんなに気になることかな”と思いつつ答えました。
「最初の讃詠545番と信仰告白の前の501番と最後に歌う頌栄544番は一年間同じものを使っています。ですから、来年の3月末までこの3曲は歌うんですよ。」
「・・・じゃあ、練習しとくわ。歌えないんじゃあいけないから。」
ええーーーーっ。と言うことは、続けて礼拝に来られるということ、教会に戻ってこられるということ・・!。
 びっくりしました。60周年記念礼拝を通して大きな恵みが内海教会にあったのですね。
19 : 18 : 01 | 感謝 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
伯父さんの納骨式
2007 / 11 / 24 ( Sat )
 昨日の創立記念礼拝の疲れも何のその、今日は伯父さんの納骨式を司式するために高知へ行って来ました。
 朝、7時30分出発。
 高松西インターから高知まで高速道路です。川之江ジャンクションより入る高知道はカーブあり、高低差あり、長いトンネルあり、対面交通ありと少々疲れるコース。
 もちろん、バイクです。スーツの上に防寒用のオーバーパンツを穿き、ライダージャケットを羽織ってという珍妙ないでたちですが、いたし方ありません。
伊野

 従兄弟たちとその奥様たち、それに伯母さんと現地で待ち合わせ、まず昼食を頂くことになりました。考えてみるとこのメンバーが揃って会うのは初めてです。そもそも従兄弟たちとは10数年ぶりだったり20年ぶりだつたり30年ぶりだったりします。
 私が皆の青年時代の記憶しか無いように、皆も私が少年だった頃の記憶しか無いような感じでした。みんな私のことを昔のままに「慶仁くん」と呼ぶのです。
 何十年とタイムスリップしたようなのに、伯父さんが亡くなったのは事実で、また、紛れも無く全員年をとっている現実等のアンバランスさが何とも言えない神妙な空気に溶けているようでした。思わず、胸にこみ上げてくる懐かしさと、郷愁もありました。更に、いろんな思い出が頭をよぎります。
「まさか慶仁くんが牧師になるとは思ってなかったよ。」
「そうですよね。僕自身思ってなかったもの。」
 その後、墓に移動し、納骨式を執り行いました。
 なんだかほんの少しでも役に立てたことが嬉しく、また、伯父さんのことを思うと寂しく、涙で目が滲んできました。
 今日を振り返ると大きな大きな一日であったような気がします。
22 : 07 : 17 | 行事 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
創立記念礼拝
2007 / 11 / 23 ( Fri )
 今日、内海教会の創立60周年記念礼拝を持ちました。

 嬉しいことに大人42名、子供3名の計45名の出世者で賑わう会となりました。
 香川分区の方々、山口や愛媛、大阪からの主席者もいらっしゃり、皆さんの内海教会に対する暖かい思いを肌で実感することができました。
 青木先生の説教もご自身の43年の牧師生活の総決算とでもいうべきお話をしてくださり、大いに啓発されるものでした。
 
 無事終わってほっとした面と、ところどころにあった不行き届きを出席された方々にお詫びしたいという思いとが交錯しています。
 特に食事会は、準備までに精力を使い果たしてしまった感があり、進行とか演出とかはぶっつけ本番であったのはやはりまずかったように思います。(もっと)喋りたかった皆さん本当にごめんなさい。
 寒霞渓などに観光できるよう時間配分を考えていましたから、時間自体が短かったのも良くなかったかもしれません。
 でも、その分、青木先生の説教が長かったので帳消しにしていただければと思います(?)。

「大変だったでしょう?」
「さぞ、お疲れじゃないですか?」
 と、皆さんお気使いくださいましたが、出来ることをを出来るだけしかしていませんから、それほど疲労感はありません。むしろ、皆さんから沢山の暖かさを頂いたようで、心地よさを感じています。本当にありがとうございました。
 
20 : 36 : 42 | 行事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
グレーの魔力
2007 / 11 / 22 ( Thu )
 いよいよ明日は内海教会創立60周年記念礼拝です。

 今日は明日のための準備に追われましたが、“まだまだ最終ではない”ところが何とも言えません。
 一番大変な食事の準備が明日の朝待っているのです。
 何気ないサプライズもあるので、準備する方も少し楽んでできます。
 少人数による準備ですから、ままならないことも沢山ありますが、できるだけ心を込めているつもりです(何か失敗があったとしても、ご愛嬌ということで・・)。

 夕方には説教者にお招きしている青木研甫牧師(内海教会三代目牧師)を土庄港へお迎えに行きました。
 今まで電話でしか接していませんし、教会に残っている先生の写真は40年以上も前のものですから、まさに初対面でした。
 それで、お迎えにあがるといっても、お互いに顔を知らないものですから、昨日電話での打ち合わせのとき、
「私は」グレーっぽいウインドブレーカーを着て行きます。」
と、言いましたところ、青木先生は
「それでは私はグレーのつばの広い帽子をかぶって行きますから、それを目印にしてください。」
と、おっしゃいましたので、それを目印にすることにし、今日を迎えたのです。
 しかし・・・。
 先生は確かにグレーの帽子をかぶっておられたのですぐ分かりましたが、それより何より、ド派手な真っ赤なシャツジャケットを着ておられるではないですか・・。
 それなら、そうおっしゃって下さった方が分かりやすかったのではないか・・と思ってしまう私でした。
 昨日の電話で私は「グレーのウインドブレーカー」と、“着ているもの”を言ったのですから、先生もそんなに目立つ上着なら上着同士を引き合いに出していただいてよかったのですが、どういうわけか“グレー”つながりの方に強力なインスパイアを感じられたのでしょうか・・。
 “グレー”には何かしら魔力があるのか、また、先生はその魔力を感じる年代なのでしょうか・・。
 ホテルまでお送りしている間
『でも、“シルバーエイジ”という言葉もあるから、“グレー”より“シルバー”にこだわられたほうがカッコいいかもしれない』
などと下らぬことを考えてしまうのでした。
 なにせ、“シルバー・シート”など日本語に訳せば“銀座”ですから。なんとなくイカします。

 さて、気持ちを切り替えて、明日に備えます。
19 : 41 : 19 | 出来事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
それなりに年をとっていた
2007 / 11 / 21 ( Wed )
 必要があったので久々に写真を撮りました。私の写真です。
 数年前から気になっていましたが、太りすぎてあごの輪郭がたるんでいます。
 ほっぺたやまぶたにも余計な肉が付いているみたいで、写真映り最悪です。
 慢性的な睡眠不足なのでしょうか、笑顔のつもりでも引きつっているような眠そうな表情になってしまいます。
 疲れると二重まぶたが三重になったりしますが、3年ほど前からずっと三重になったままです・・。
 気持ちは依然として若いのですが、外形は容赦なく年相応になってきているみたいです。
 そういえばあと4年で50歳です・・。
 近年、家族や人を写真で撮る事ばかりで、自分の写真を殆ど撮っていなかったとはいえ、現実をまざまざと突きつけられた気がしました。そして、シンデレラの義母の気持ちが少しだけ分かるような気がします。
 もちろん、美しくなくて良いのですが・・。
 
21 : 28 : 50 | 出来事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
スリッパ
2007 / 11 / 20 ( Tue )
 今日は一日“創立60周年記念礼拝”の準備をしていました。座席の配置や調理計画、記念品の準備などなどです。着実に準備は進んでいますが、恐らく、明日も明後日も同様に準備に追われるのでしょう。
 ところで、はたと気付いたのは“スリッパが足りない”ということでした。昨年の“牧師就任式”の時もスリッパが足りなくてあたふたしましたが、今回はずっと人数が多いので、まったく足りません。
「どうしよう。もう寒いからスリッパ無しは厳しいだろうし・・」
「百円ショップで買おうか・・」
「幼稚園で貸してくれないかなぁ・・」
「公民館とかでもいいけど・・無理だろうなぁ・・」
などと独り言。妻に言うと、
「幼稚園は恥ずかしくて言えない・・。それより、どこかの教会で貸してもらえないの?」
 そうでした。教会で借りたらいいのです。灯台下暗し。どうしてそれに気付かなかったのか不思議です。
 琴平教会の先生は信徒さんと一緒に車で来られると聞いていたのを思い出し、早速電話で頼んでみました。もちろん、ご快諾下さり問題解決です。お手数をかけて大変申し訳ないのですが、背に腹はかえられません。ご厚情に甘えることにします。結局25足もお借りすることになりました。
 ところで、スリッパといえば、昔、青年会から洗礼を受けられた方へのプレゼントにスリッパを贈っていたのを思い出しました。
「自分専用のスリッパを教会で使ってください。そして、どうぞ教会で一緒に根をはりましょう。」
とのメッセージを添えていました。
 琴平教会と内海教会のスリッパを、創立記念礼拝に参加される全員で履いて、“共に生きる”関係性にしっかり根をはれるといいなと思いました。
20 : 04 : 52 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ETC
2007 / 11 / 19 ( Mon )
 島暮らしのため、以前のように高速道路を使う機会がめっきり減りました。もっとも、もともと、高速道路をそれほど頻繁に使う方ではありませんでしたが、最近では特に、極めて稀な出来事になっているのです。
 今まで何度か言いましたように、島から車で出かけるとなるとフェリー代だけで1万円以上かかってしまうため、おいそれと出かけられないのです。
 それでも、時々高速道路を利用することがありますが、その度に“ETCがあったらなぁ”という思いが頭をもたげてきます。
 私は節約にかけては結構うるさい方なので、めったに使わない高速道路のためであっても、以前は5万円のプリペイドカードを買って使っていました。最初に出す5万円がきついとはいえ、8000円もプレミアムが付くのですから使わないと損だったのです。預貯金の利子などと比較すると考えるまでもありません。
 しかし、ご存知のように、数年前から偽造対策などの理由で高速道路のプリペイドカードが廃止になってしまい、割引の恩恵に与るにはETCを装備する以外手立てはなくなってしまいました・・。
 ところが、島暮らしで高速をほとんど利用しない者にとって、高価な機械をわざわざ取り付ける気がしません。割引も無いのに高速道路はいつもニコニコ現金払いとなっていました。
 ところが、ところがです。先日“年会費無料のヤフーカードを作ればETCの機械が頂ける”というヤフーのキャンペーンが目に留まり、早速申し込んだのでした。
 そしてなんと。手続きを終え、今日、機械の取り付けも終える運びとなりました。今、真新しいETCの機械が運転席の脇で光っています。これで、無駄に料金を払い過ぎなくてすむかと思うと嬉しくなって来ます。
 ・・ただ、これを最初に使えるのは何ヶ月先のことなのか予想も付かないという事実が喜びを半減させています・・。確実なのは年内は無いということでしょう・・。もしかしたら何年か先になってしまうかもしれません。
 願わくは、作ったばかりのヤフーカードの使用期限を過ぎないことを祈るばかりです。
21 : 56 : 15 | 楽しみ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
最後の打ち合わせ
2007 / 11 / 18 ( Sun )
 今週の金曜日(祝日)が創立60周年記念礼拝なので、今日の礼拝後、最終の打ち合わせをしました。
 いつも数名で礼拝している教会なのに、この日は40名程になる予定なのです。準備は大丈夫かとやはり不安になってしまいます。出席人数に対して準備する側の人数が少なすぎるのです。
 しかも、椅子やスリッパも足りそうもありません・・。 
 冷静に考えれば考えるほど、一大イベントなのだということが分かってきます。
 それでも、出来ることを楽しんでがんばろうという結論しか出てこないところが、内海教会の良い所でしょうか。
19 : 25 : 29 | 出来事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
猿の糞
2007 / 11 / 17 ( Sat )
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 土庄に行った帰りに、そろそろシーズンとなる寒霞渓を回ってみました。
 来週予定されている創立60周年記念礼拝の説教者にお招きしている先生を案内することになるのですが、あまり紅葉など見に行ったことが無いので、下見もどきと言ったところでしょうか。
 そろそろ見ごろと言われているようですが、もうひとつぴんと来ない感じです。やっぱり月末くらいにならないといけないかもしれません。
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 途中で展望台のようなところに車を止めてみました。
 いままで、素通りしていたところですが、なかなか良い展望で、奇岩と紅葉の対比もなかなかおつなものでした。“ここは案内しよう”と思いました。
 しかし、問題なのはこのあたりには野生の猿がたくさん居るということです。
 餌をあげようとするとか、変なことをしない限りトラブルにはならないはずなので、それほど気にもしませんでしたが、糞があちこちにあるのです・・。
 今回この見晴らしの良い展望所に立ち寄った訳ですが、先ほど済ませたばかりの新鮮な糞があっちにもこっちにも散在しているではありませんか・・。
 注意しておけば踏む筈はないとたかをくくっていたものの、しっかり踏んでしまいカッコ悪いといったらありませんでした。
 そう、相手は犬ではなく猿なのでした。なんとなく不思議な所に落ちているのです・・。垂直にそびえ立っている奇怪な糞まである始末・・。恐るべし猿。
 46歳になって初めて猿の糞を踏みました。自慢にはなりませんが。
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風邪にご用心したい
2007 / 11 / 16 ( Fri )
 ふと気付くと、秋を通り越して冬になったように寒くなっていました。
 風の寒いこと寒いこと。
 昨年の今頃、10年に一回ひくかひかないか規模の風邪をこじらせたことを思い出します。
 もう、あんな思いはしたくないので、今年は寝込まず元気に過ごせるよう、体調管理に気をつけなければいけないと思っています。
 
 ただ、“思ってる”というのは“くせ者”で、思ってるだけなら思ったままで何も変わらないものなのです。“思ってる”ではなく“○○のために○○する”と具体的に決意しなければなりません。
 ・・でも“乾布摩擦も面倒くさいし”などと考えてしまうのでした。
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若い!
2007 / 11 / 14 ( Wed )
 この数日間あまり寝ていないからでしょう、昨夜は8時30分から完全熟睡モードに入っていました。いわゆる爆睡というやつです。
 丸々一日寝ていてもおかしくないほどの睡眠不足でしたが、悲しいかな習慣の方が強力だったみたいで、朝4時40分に起きてしまいました・・。
 もっとも、今日は所用で出かけなければならず、7時50分草壁港発のフェリーに乗らねばならないので、のんびりも出来ないのでした。
 昨夜は疲れすぎて風呂に入っていなかったので、シャワーを浴び、朝食を済ませて出発です。港まで徒歩のため、7時過ぎに家を出ました。
 しかし、普通に出かけている自分の姿に“結構、体力あるなぁ”“まだまだ若いなぁ”などとほくそえむのでした。
19 : 12 : 43 | プライベート | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
睡眠時間2時間
2007 / 11 / 13 ( Tue )
 葬儀も無事終わりました。
 小豆島に来て初めての葬儀でした。

 今回、教会に印刷機が無いことの大変さを痛感しました。
 聖書や讃美歌なども式次第に印刷するのですが、印刷機が無いためパソコンのプリンターで打ち出しすかないのです。しかし、その遅いこと遅いこと・・・。
 昨夜、前夜式から帰ってすぐ、大体夜の9時頃から印刷を始めて、終わったのが午前4時でした。
 讃美歌はスキャナーで読み取っているため、画像ということもあり印刷速度は信じられないくらい遅いのです。そして、全10頁の400部です。 印刷機と違って一度にセットできる枚数は100枚程度ですから、あまり離れることもできません。
 最後の100枚をプリンターにセットして(もちろんパソコンの電源も入れたまま)、寝たのが午前4時でした。

 今回はご希望によりご自宅での葬儀でした。
「キリスト教式なんで分からない」
「初めてだ」
と言われながらも、実に細々と地域の方々がお手伝いくださいました。もちろん式次第の製本作業も大勢の方がご協力くださいました。
 今回は大変な部分もありましたが、暖かい人情に触れさせていただく葬儀となりました。
 
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人生の輝き
2007 / 11 / 12 ( Mon )
 昨夜、教会員のお母様がお亡くなりになりました。
 体調を崩されて入院されていましたが、こんなに早くお亡くなりになるとは思ってもみませんでした。
 昨夜はもう少し遅くに見舞いに行く予定だったのですが、虫の知らせか“今行かねば”という思いになり行ってみたところ、容態が急変したところだったため、その場に居ることができました。
 天寿を全うされたのでしょう。お嬢様に手をしっかり握り締められて、安らかにほんとうに安らかに天に召されました。
 人それぞれの死に、人それぞれの人生を思います。亡くなられた方の人生、生涯、命の輝きがあります。
 今日は、おごそかに前夜式を執り行うことが出来ました。
 多くの方を愛し、多くの方に愛された人生が浮き彫りになっている気がしました。
 お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。天国で再会したときは、もっともっといっぱいお話しましょう。わたしが小豆島に来てまだ、一年半。ちょっとの期間、ほんのわずかの係わり合いでしたからね。
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誤配送
2007 / 11 / 11 ( Sun )
 昨日、見ず知らずの方が訪ねて来られました。
 手には内海教会宛ての大きな封書を持っておられます。
 どう見ても、郵便屋さんではありませんし、メール便を配達をされている方のようでもありません。
「あのぅ。P○教団の者ですが・・」
「えぇっ」
「うちの教会のポストにお宅の手紙が入っていたものですから・・」
 そう、誤配送されたメール便を、住所を確認してわざわざ持ってきてくださったようです(ありがとうございます)。
「実は2~3日前、私どもの所にお宅宛ての(P○教団内海教会宛の)ク○ネコメール便が入っていたので、私も持って行った所なんですよ。」
「ええー。さようでございましたか。」
「お互い様なんですね」
 実は日本基督教団内海教会もP○教団内海教会も住所は“小豆郡小豆島町片城甲”まで一緒の“内海教会”で、番地が違うだけなので勘違いされてしまったようです。もちろん郵便番号も同じです。
 特に“日本基督教団”と書かれていない場合、単に“内海教会”では判別しにくいのかもしれません。
 それにしても、今までそのようなことはなかったのに、2~3日のうちに2回もあるとは不思議でした。
 近いので持って行くのは苦痛でないので困りませんが、郵便局と違って民間のメール便は(郵便局も民間になってしまいましたが・・)ポストが無いのでポストに投函しな直すという業が使えないのに気付きました。電話して取りに来てもらうか、今回のように届けるしかないのです。今回は歩いて数分の所なので困りませんでしたが、ちょっと距離があるとなると嫌気が差します・・。
 誤配送はそもそも困りものですが、メール便の場合本当に困るのだと知りました。
 
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一大大仕事
2007 / 11 / 10 ( Sat )
 今日なんとなくお風呂のカビ取りをしました。
 昨年春に赴任してきたときから天井や壁のカビが気になりつつも、徹底的にカビ取りをしてこなかったので、来たときよりも増えている様子。
 ご存知のようにカビ取りの薬は強力で、体に良くないのでそんなに頻繁に使いたくはないという心理も働いていたのも事実です。
 それで、ずっとたわしやスポンジでゴシゴシ擦って洗ってきましたが(主に妻がですが・・・)、そろそろ一回きちんとカビ取りをしたほうが良いような気がしてきたのでした。
 ちょっと前にカ○キラーというカビ取りのスプレー薬を買っていたので、後は勢いの問題でした。
 ちょうど今日は天気も良いし、朝方時間があったのでその気になったのでしょう。
 説明書には“心臓の悪い方は使用しないように”と書かれていますが、根性で乗り切ることにしました。
 タオルをマスクにして頭にもタオルを巻いて、つなぎの作業服に着替え、ゴム手袋に長靴でさあ出陣です。
 高いところへのスプレーは危険なので、取っ手のついたスポンジに含ませて擦ります。後は壁一面にスプレースプレーまたスプレーです。
 換気には気を使っていたはずなのですが、次第に気分が悪くなってくるではないですか・・。
 心臓も怪しい動きを始めてきました・・。
 呼吸が変です・・。
 退散!撤退!退避!と叫びつつ風呂場から脱出です。
 実を言うと、カビ取りの度にこの有様なのでした。“今度こそ上手にこなしてみせる”と、息巻いてみるものの、やっぱり結果はいつも同じなのでした・・。
 やっぱり注意書きに書いてあることは守らないといけないようです。
 風呂掃除で死んでしまってはあまりにも悲し過ぎです。
 それでもプロ精神がありますから(何の?)、風呂場の薬を流し洗いし、着ていたものを洗濯し、シャワーも浴びました。これにて一件コンプリートです。
 しかし、しばらくしても気分が優れないので、娘に同伴してもらってドライブに出かけることにしました。もちろん、車の窓は全開です。
 おかげさまで、新鮮な空気をたっぷり吸って、元気を取り戻すことができました。
 やっぱり風呂場のカビ取りはそう頻繁に出来るものではないですね。
 「あと数年はしたくないなぁ」
 そんなことを思いながらも、ぴかぴかになったお風呂を見ると気分がとてもいいのでした。
13 : 57 : 50 | プライベート | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
早起きは寂しい
2007 / 11 / 09 ( Fri )
 私のことを「年寄りみたい」という人もいるように、私は以外と早起きです。
 大体4時半頃目が覚め、5時半頃には布団から出ます。
 どう思われようと、その時間は朝刊が届く時間と重なっているのでちょうど良いと思っています。
 ただ、夏場ならもう明るくなっているので清々しい気持ちが勝っているのですが、さすがに最近では薄暗いどころかまだ暗くて、夜中に起き出した不眠症者のような気がしてしまう有様です。
 もちろん家族も寝ています。見ていると、明るさは寝起きにとって重要なポイントなのだということがよく分かります。
 寂しいのはそればかりではなく、夏場には続けて起きて来ていた子供たちが、最近ではなかなか起きて来ないので長いこと一人ぼっちなのでした。
 おまけに気温も低くなってきましたから部屋も寒々としています。
 これからしばらく春先まで、寂しい一人の朝が続くのですね・・・。
19 : 59 : 56 | プライベート | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
見過ごしているもの
2007 / 11 / 08 ( Thu )
 朝晩次第に寒くなってきました。
 そろそろ寝るときに毛布も要りそうです。
 そんなことを考えていてふと横を見ると扇風機があるではないですか。もちろん書斎です。書斎ですから私以外の誰にも気付かれなかったからなのですが、私まで気付かなかったとは・・・。
 毎日眺めていると、その景色になってしまうというか、背景と溶け合って、あまり意識しなくなってしまうからなのでしょうか。
 いつもそこにあるもの、あって当たり前のもの、あるのが普通なものなど、その存在自体をあまり意識しないものは、無意識的に見えなくなるのでしょう。
 もっと周りを見渡せば、すっかり意識しなくなってしまっているものがほかにもたくさんありそうです。
 “家族の思いやりや優しさなど、特にもう一度意識してみるべきかな”などと考える秋の夜長でした。
17 : 43 : 48 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
信心
2007 / 11 / 07 ( Wed )
 友人の牧師がある時ある人に突然こう聞かれたのだそうです。
「“鰯の頭も信心から”と言うけれど、“鰯の頭”も信仰の対象になるのかね。」
「ならないとは言えませんね。なる場合もあるんじゃないでしょうか」
と答えると、
「じゃあ、俺はキリスト教より鰯の頭で行く。教会に毎週来なくても良いし、献金だってしなくて良い訳じゃないか」
と言い返されたとのこと。
 ところが、この友人負けていなくて、
「鰯の頭を信仰するのは良い考えかもしれませんが、あなたは鰯の頭に命が賭けられますか。鰯の頭に命を賭けられるのなら、それも良いかもしれませんね。」
 と言い返したら、黙って帰って行かれたということでした。
 鰯を信心すると言うことも凄いけど、命を懸けられるかという切り返し方も凄いなぁと思いました。
 どちらも、私にはとても考えられないし言えない言葉です。
 確かに命を懸けるつもりで牧師をしていると言えますが、人は弱いということを私は痛いほどよく知っています。
 私など弱くて弱くて情けないくらいです。
 イエス・キリストの一番弟子のペトロという人は、
「たとえ、イエス様と一緒に死なねばならなくなったとしても構いません。」
と言っていましたが(つまり一緒に死んでもいいと勇ましいことを言っていたのに)、イエス様が逮捕され連行された時(この後、十字架で殺される)、彼はイエス・キリストを見捨てて逃げ出してしまいました。
 最初彼は戦おうとしたのですが、イエス・キリストに戦うことを咎められてしまったのは予想外だったようです。死ぬ機会・死に場所を失ってしまったといっていいでしょう。
 あのままだったら(止められなかったら)、彼は勇ましく死んで行ったのだと思いますが・・。
 人は誰しも、興奮状態の時や気合がみなぎっている時なら、命がけの行動ができるような気がしますが、その機会を失ってしまうと、その気持ちが崩れてしまうものです。
 そんなことを考えると、軽々しく“命を懸ける”とか言えないのです。
 そんな弱い自分だからこそ、最後は神様に委ねて行くしかないのです。ただ、そんな弱い自分、神様に信頼し最後は委ねようとするしかない、そんな自分を神様は見捨てられはしないだろうと、そんなことを考えたりするのです。
 そんな信心です。
16 : 42 : 27 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
座りっぱなし
2007 / 11 / 06 ( Tue )
 今日は珍しく朝からずっと書斎で仕事をしていました。
 “珍しく”というのは“勉強していた事”ではなく、“ずっと”しかも、“朝からずっと”ということですから、お間違いのないように。
 いつもなら、時々コーヒーブレイクしたり、少し子供の相手をしたり、庭仕事をしたり、出かけたりすることもあるのですが、今日はずっと教会に篭りっぱなしだったのでした(途中、来客もありましたが)。
 しなければならない仕事が立て込んできたことも大きいのですが、妻と次男三男が留守中なので、日中一人っきりで教会に居るというのも要因かもしれません。
 私は仕事を始めるとメチャクチャ集中してしまう癖があるので、あっという間に時間が過ぎてしまうのでした。
 もっとも、腹時計は正確で、どんなに集中していようが時間が来ると
「おっ、もうお昼か。」
「おっ、もう夕方か。」
と、食事時間には我に帰るのでした。
 ただ、何時間も椅子に座りっぱなしですから、エコノミークラス症候群になりはしないかと、それが心配です。
20 : 07 : 46 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
一日中パン
2007 / 11 / 05 ( Mon )
 昨日は一日パンを食べていたような気がします。
 我が家の朝食は“週日がご飯”で、“土日がパン食”と、なんとなく決まっています。
 昨日は日曜日なので、朝食はトーストでした。
 教会は“永眠者記念礼拝”という特別な礼拝の日だったので、珍しくお昼を用意しました。リトル・パイというパン屋さんのサンドイッチの盛り合わせを注文していたのです。
 ところが、所用で欠席された方が多く、サンドイッチがたくさん残ってしまう事態に・・。
 我が家も所用で出掛けた者が多く、6人家族なのに残っていたのは私と息子(長男)だけです。
 結局、残ったサンドイッチは暗黙のうちに私たちが食べることになり、夕食に息子と2人で食べたのでした。
 しかし、昼も食べているので、“続けてサンドイッチを食べること”にも、“夕食に食べる事自体”にも抵抗感があったみたいで、2人とも思ったほど食べる事が出来ませんでした。
 大食いチャンピオンの息子も簡単にギブアップしてしまう始末。そういえば、息子も私もご飯党なのでした。
「今日は全然ご飯食べてないよね~。」
 と、何気なく私が言うと
「礼拝でもね。」
と気の抜けたような息子の返事。
「え、礼拝でも?」
「そう、礼拝でも。今日、聖餐式で食べただろ。」
 そういえば、今日は第一日曜日なので、礼拝で聖餐式(パンとブドウ酒を頂く儀式)をしたのでした。
 “本当にパンばかり食べていたんだ”と、愕然としそうでした。
※実はそれでも残ったので、サンドイッチは今朝も食べました。新記録かもしれません。しばらくサンドイッチの顔も見たくない気分です。
17 : 32 : 39 | 行事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
話の準備
2007 / 11 / 04 ( Sun )
 今日は“永眠者記念礼拝”でした。
 普段は礼拝に来られない方、遠方よりお越しの方などが来られるという意味でも特別な礼拝です。
 クリスマスなども初めて教会に来られる方がいらっしゃったりしますので同様の意味で共通しているといえます。
 実はこのような礼拝というのは礼拝説教(メッセージ)の準備に神経を使うのです。
 礼拝説教はその日に読まれる聖書箇所からお話をするのですが、単に解説ではありませんし、かといって聖書から外れたりしてもいけません(もちろん自分の言いたいことを主張するために聖書を利用するような話も問題外です)。
 聖書箇所に応じた内容であり、尚且つ、その日話を聞く会衆にふさわしいものでなければなりません。
 つまり、いつも来られていない方、特に初めて会う方などはどのような方なのかまったく分かりません。そこが難しいのです。
 難しすぎても駄目。低レベルもナンセンス。別世界の話になってしまっても駄目。
 まだまだ修行が足りないのでしょう。悩んでばかりです。
16 : 39 : 20 | 行事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
藍綬褒章
2007 / 11 / 03 ( Sat )
 内海教会員のTさんが“藍綬褒章”を受章されたとの知らせを受けました。
 “藍綬褒章”とは“公衆の利益を興した方又は公同の事務に尽力した方”に贈られるもののようです。
 “他の模範となるような優れた業績が認められる者が対象”とも聞きますし、毎年600人~1000人しか受章していないもののようですから大したものです。
 ところが、私にしてみれば全く違う世界の話ですから、恥ずかしながらピンと来ないと言うか、正直よく分かりません・・。
 むしろ、30年近く“保護司”をされた方なので、地域社会での地道な活動実績が評価されたのは当然じゃないかなという気がするのでした。
 本当はそんなに単純なことではないのだとは思います。
 ですから、こういう制度や選定基準などに批判的な意見の方もいらっしゃるのかもしれないような気がします。しかし、これはこれで大切なことのようにも思えます。
 目立たないところで本当に大切な働きをされている方がいろんな所にたくさんおられるからです。
 そんな方へ感謝の意を表わすのに、一人でも漏らさないように選考していただければなと思うのでした。
 Tさんおめでとうございます。
 
 
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今週二度目の松山
2007 / 11 / 02 ( Fri )
 またまた所用で松山へ行って来ました。
 月曜日に続き、二度目の松山です。
 疲れを押して帰ってみると、郵便物の山ですし、パソコンを開けるとメールがごっそり来ています。また、直ぐに電話連絡しなければならない事とかもあります。
 要するに仕事が溜まっています・・・。当たり前ですが。
 荷物を広げて洗濯物を出したりすることもままなりません。
 たった三日でこれです。しかも、こんなに仕事量の少ない内海教会で・・。
 “大きな教会の牧師さんは凄いな”と思うのはこういうときです。乗り越えるコツがあるのなら教えていただきたいものです。
 ま、それはさておき、明後日の礼拝の準備も完全ではないので、自分の足元を見つめることにします。
 明日は大忙しです。
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