カレンダー


11 ≪ 2007/12 ≫ 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

その他の言語 Ver.2

なんと!このブログが英語、中国語、韓国語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語に訳せます。
日本語版
English Version
中文版
한국어
Version Française
Deutsche Version
Versione Italiana
Versión Española
Versão Portuguesa

FC2カウンター

プロフィール

三野慶仁(サンノヨシヒト) HN:ショウゴ

Author:三野慶仁(サンノヨシヒト) HN:ショウゴ
1961年高知市生まれ。4児の父。
趣味はバイクと読書に写真。
小豆島の小さな教会の牧師。
2006年9月21日ブログを開始。
出来るだけ毎日更新中。
詳しいプロフィールは「内海教会ウェブサイト」で。リンクあります。
写真背景はエンジェルロードです。

☆1ブログランキングに登録中。よろしければこの下の四角い「ブログランキング」をクリックしてください☆

☆更にその下で「クリック募金」が出来ます。無料です☆

FC2ブログランキング

クリック募金できます(無料)

募金サイトを開いて、募金ボタンをクリックすると、あなたに代わって企業が1日1円の募金をしてくれます。

Google フリー検索

Google

WWW検索 ブログ内検索

リンク

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

QRコード

QRコード

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

Powered By FC2ブログ

積み残して新年

 今年もまた何か忘れ物をしたような気分で年を越しそうな気がします。
 青春が“我が青春に悔い無し”とはとても言えない“悔いばかり”の青春だったように、46歳になっても依然としてやり残したものや積み残したものが沢山あるような気がするのです。
 明日からカレンダーは新しくなって何でも書き込めるけれど、書き込む自分は新しくなれるのかな・・。
 “もっと前向きに”と気持ちは急いていても、心も体もついていけるほど体力があるのかな・・。
 日に日に目に見えて成長している子供たちの成長を横目に、自分はどれだけ成長できるのかな・・。
 そんなことを思いつつ年越しそばを“旨い旨い”と言いながら食べていました。
 不安なことや、反省すべきことは沢山あるけれど、多くの出会いや学びも沢山あったことを、より強く思いたいとも思います。
 何よりこんなに弱い私を支えてくれている家族や神様に感謝して新年を迎えたいと思いました。

 いつの間にかこのブログも16000アクセスを超えていました。読んでくださっている皆様に感謝すると共に、皆様の上に神様の豊かな恵みと平安とがあるようにお祈りいたします。

千の風になって

 “千の風になって”という歌がヒットしています。今年のレコード大賞かもしれません。
 しかし、この歌は日本では“千の風になって”となっていますが、もともとは歌ではなく題も無いアメリカ発祥の作者不詳の詩として広く知られていたものに小説家の新井満氏が日本語に訳して曲を付けタイトルを“千の風になって”としたものです。
 ちなみに元になった詩は“Do not stand at my grave and weep”と言われています(便宜上最初の一行がとられていたようです)。
 死を前にしても明るく希望さえ感じるこの詩は、アメリカ同時多発テロ事件で父親を亡くした11歳の少女が、1年後の追悼式で朗読し話題になったり、2006年に歌手の福山雅治さんがライブで、同時多発テロの写真を上映しながら邦訳の詩を朗読したり、2005年に宝塚歌劇団の彩乃かなみさんが、阪神大震災10年目のチャリティーコンサートで歌ったことでも知られています。
 2003年から今年2007年までに沢山の人がCDを出したり歌ったりしているのですから、はっきり言ってすごい歌だと思います。
 ちなみに坂本九さんの葬儀で、永六輔さんが朗読したのもこの詩でした。
 私は2004年頃ある人から
「アメリカというキリスト教国から“Do not stand at my grave and weep”のような死生観の詩が生まれて、支持されているということが不思議でならない。キリスト教的というより日本人の死生観のようじゃないですか。」
と言われたことがありました。
 確かにキリスト教的ではないと思いました。ですから、この詩の歌が秋川雅史氏の歌でヒットし始めてもそれほど興味を感じないでいました。
 しかし、そうは言いましても“作者不詳”が気になって調べてみたことがあります。すると、メアリー・フライ(Mary Frye)というアメリカ人女性が作者で、1932年頃ドイツ系ユダヤ人の友人のために書いたと言われているのが有力な説だということが分かりました。ナチスから亡命しドイツに残してきた母の訃報を知って悲しんでいる親友のために書いたものではないかとのこと。
 友人の「何が一番悲しいか・・、私は母の墓の前に立って“さよなら”さえ告げられないの( I never had the chance to stand at my mother's grave and say goodbye.)。」との言葉がきっかけだったようです。
 その友人はこの詩を心から喜んだということですが、なんだかますます良くわからなくなってしまいました。
 この詩はユダヤ人の(旧約聖書的)死生観とも相容れないものだからです。
 そこで最近になってはたと思ったのは、この詩は極めてキリスト教的な内容なのではないかということです。ややこしいので誤解されると困るのですが、キリスト教的(新約聖書的)死生観という意味ではないのです。
 マタイによる福音書28章5節以下にこのようにあります(イエス・キリストが十字架で死に墓に葬られた後、日曜日の朝墓に行った女性たちに天使がこのように言いました)。
「天使は婦人たちに言った。『恐れることはない。十字架につけられたイエスを探しているのだろうが、あの方はここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。・・』」
 “ここ(墓)にはおられない”キリストの復活。復活されて、目には見えないけれども、すべての行きとし生ける者に恵みを与えられるキリストのことを詩にしたものだったのではないかと思えるのです。あの詩は人間の死についての詩ではなくて、キリストの死と復活についての詩なのではないかと考えたほうが自然な気がするのです。何と言ってもアメリカはピューリタンの国ですから。
 もし、作者がメアリー・フライだったとしても、ドイツ系ユダヤ人の友人はその場合ユダヤ教徒ではなくキリスト教徒だったのではないかという気もします。
 もちろん、まったくの憶測で何の信憑性もありませんので、人には言わない方が良いかもしれませんが・・。
 

かっぱえびせん

 「買ってはいけない」というシリーズ本があります。
 これは雑誌「週刊金曜日」連載の「商品の安全性」に関するコラムをまとめたブックレットで少々過激な本です。
 これを読むと“買えるものは存在しないのではないか”という気にさせられます。
 しかし、“実際はそうなのかもしれない。ふむふむ”とは思うものの、なかなか実生活の中で活用するところまで行かないのが実情です。
 先日図書館で、まだ読んでいない巻があったので、“懐かしいなぁ”と、久しぶりにパラパラ見ていますと、がーん、がーん、がーん!!!!!“かっぱえびせん”が載っているではないですか・・。
 実は私、“かっぱえびせん”が大好きなのです。スーパーなどで、自分で食べるお菓子を買う場合、5回に4回はかっぱえびせんを買ってしまうくらい好きなのです。かっぱえびせんのない人生など考えられません!と言うくらい好きなのです。あの値段であのお味。化学合成された味はない上に、ほんのり上品な海老の香り。カルシウムだって摂れるヘルシーな庶民の味方です。“買ってはいけない”に“かっぱえびせん”の文字を見つけたときには、ほんとうにどっきりしてしまいました・・。
 打ちひしがれながら本文を読んでみると・・・、なんと!“買ってはいけない”のくせに“大絶賛”の内容だったのでした。お菓子の袋に表示されていないけれど、著者が調べたところ、海老は17パーセントも使われており、カルシウム摂取にも良いと書いてあるではありませんか。
 良かったぁーーー。と、万歳してみたものの、“褒めるなら書くな”と、思わず本を睨んでツッコミを入れていました。紛らわしいです。かっぱえびせんのことを褒めてもらって嬉しいのですが、それなら“買ってはいけない”ではなくて、“買うべき”という本でも出して書いてください。
 そうなんです。商品の危険性を追求する記事や本も大切でしょうが、“こんなに良心的な商品があるよ”という情報も一般庶民に発信するものも企画していただけたらなと思ってしまったのでした。

優しさ

“優しさ”って不思議だと思います。

“弱さ”ゆえに優しく見える場合もありますし、
“本当の強さ”があるからこその優しさもあります。

また、一人の人に弱さも強さもあります。

悩みや苦しみを知っているからこそ、
弱さを知っているからこそ
優しさが他者に向かえるのかもしれません。

共に生きていくという強い決意があるからこそ
優しくなれるのかもしれません。

“弱さ”を恥じることなく
“強さ”を誇ることなく

生きていいのだなと思います。

言いにくい・・

 昨日、“クリスマスツリーは1月6日まで飾っておくものだ”と書いたところです。

 今日、納骨式から帰ってくると、疲れて帰ってくる私のことを思って妻は一人でがんばったのでしょう
「礼拝堂のクリスマスの飾り全部片付けといたからね。」
と笑顔でお出迎え。
・・・・・・・。
 その笑顔を見、また労力を考えると
「ありがとう!助かったよ!」
と応えてしまう私でした。
・・・・・・・。
「そうそう、玄関の鈴は届かなかったから、それは取ってね。」
と、妻。
・・・・・・・。
「うん。わかった。」
と、瞬時に答える私。
・・・・・・・。

 タイミングなのかなぁ・・。何なのかなぁ・・。会話って難しいなぁ・・。

一夜にして・・

 今日25日はクリスマスですが、図書館の絵本読み聞かせボランティアの帰りにスーパーへ寄ってみると、クリスマス関係の商品は全然見当たらず、お正月用に完全に切り替わっていて驚きました。
 町中がクリスマス(イエス・キリストの降誕)をお祝いしているので、幻想だということは分かっていても、教会関係者としてはちょっと受け入れられているような嬉しさがあったのですが、一夜にして大どんでん返しです。
 キリスト教なので鏡餅や注連飾りなど飾りませんから、正月を迎える気持ちは普通の半分程度といったところでしょうか。そういうコーナーは素通りせざるを得ません。
 そんなことを考えていると、明確に他宗教の信者であると自負しておられる方々がどういう気持ちでクリスマスを迎えておられたのかなと、そんなことがちょっぴり気になりました。
 一般的な家庭では、聖書や神様抜きであっても、クリスマスケーキやご馳走を食べて、クリスマスプレゼントを贈りあったりして楽しむのが当たり前のようですが、厳格な宗教の信者であるとか熱心な他宗教の方々は、“イエス・キリストの誕生日を祝うことなど出来ない”だろうと思うからです。
 実際、ある研修会の合宿で新興宗教の教祖の二代目さんと同室になり色々話していると、
「うちの青年信者たちが『クリスマス会をしたい』って言い出したときは困りましたよ。キリスト教色のないクリスマス会だというのは分かるだけにむげにも出来ませんし、かといって許可もしにくいじゃないですか・・。」
という話を伺ったことがあります。
 4月8日の花の日(お釈迦様の誕生日)にキリスト教の人たちがお祝いするのは考えられないのと同じです。
 特に彼らの子供たちというのはクリスマスパーティーなんて開いてもらったことはないと思います。
「どうして家ではクリスマスがだめなの! よそはみんなしてるのに!」
と毎年ぶつぶつ言っているかもしれませんし、もしかしたら内々でしているのかもしれません。
 そう思うと変ですクリスマス。
 クリスマスが罪作りというより、クリスマスという宗教行事を宗教抜きで大衆化してしまっている大衆の課題なのかもしれません。
 少なくとも一夜にして何事も無かったかのようにクリスマスが掻き消えてしまう日本では、決してクリスマスやキリスト教が受け入れられているのではないといことが分かります。
 クリスマスのシーズンは翌年の1月6日の公現日まで続くんですけどね・・(クリスマスツリーは1月6日まで飾っておくのが本当なのです)。

はじめて家族だけで過ごすクリスマス

 今日はクリスマス・イブですが、以前書いたように内海教会ではクリスマス・イブ礼拝をしないので、なんとなく手持ち無沙汰のイブを過ごしました。
 よその教会のイブ礼拝に出席してみるという手もありましたが、よくよく考えてみるとイブの夜に家族だけで過ごすことなど初めての経験ですから、今回は家族と静かに過ごすことにしました。それらしくローストチキンなども用意したりして、クリスマスっぽいような雰囲気の夕食を妻と2人で演出してみました。こんなクリスマスは初めてのことでした。今までは一年で最も忙しい夜でしたから。
 ところで、我家の家族の誕生日は9月から12月までの間に6人全員がかたまっています。しかもケーキやさんはこのあたりには1件しかない上に種類も限られていますから、ケーキはお店やさんで買うだけでなく手作りもしています。
 そんな訳で、クリスマス頃になるとケーキ自体新鮮味の無いものになっているのでした。
簡単ケーキ

 そこで、今年は妻が4歳の次男と楽しみで簡単ケーキを作ってくれました。
 市販のロールケーキを切ったものに、生クリームでちょいちょいとデコレーションしてイチゴを飾り付けただけのいたって簡単なものです。ちなみにロールケーキ2本で6人前。写真は一人分です。
「普通の白い生クリームの方が良さそうだと思ったけど、最近続いたからチョコ味にしました。」
とのことでした。
 昨日の礼拝の余韻のままに、暖かいクリスマスを過ごせたようです。
 

クリスマスの礼拝

 今日はクリスマスの礼拝を守りました。前にも言いましたように、24日の夜の礼拝が無いので今日にすべての思いをかけました。
 ・・のはずが、週報の決定的なミスプリントがあり恐縮至極でした・・。
 こともあろうか、聖書箇所を完全に間違えていたのです。“ルカによる福音書”のはずが“ガラテヤの信徒への手紙”になっているのです。穴があったら入りたいほどの失態でした・・。
 なんだか最近“抜けているなぁ”と思うことがよくあります。歳のせいでしょうか・・。
 それはさておき、今日はいつもは礼拝に来られない方や、“聖書を読む会”のある日しか来られない方や、初めて来られた方(長女の学校の友人たち)、高松からお越しの方(60周年記念礼拝のとき初めて来られた講師の青木先生の友人夫妻)などがお越しくださり、いつもは礼拝出席者数数名の内海教会ですが、今日は大人だけで17名の参加があり感謝でした。
 祝会ではお絵かきゲームやプレゼント交換などで大いに楽しい時間を過ごすことが出来ました。
 よろしければクリスマスだけでなく、いつでもお越しくださいね。

中身

 1938年の今日“12月22日”に南アフリカ東岸沖(南アフリカ南東部のインド洋のカルムナ川河口付近)で、体長約1m50cmにもなる見たこともない1匹の奇妙な魚が引き揚げられました。4時間後に死んだこの魚が、生きている化石といわれる“シーラカンス”です。
 約4億年前に出現し、数千年前の白亜紀末に恐竜とともに絶滅したはずのシーラカンスが、この発見によって生存していることが明らかになったのです。
 興味深いのは、生きたシーラカンスが発見されたのは12月22日なのに、“シーラカンスの日”というのは12月20日なのだそうです。
 最初の個体は腐敗のために、頭と剥製用の皮膚しか保存できなかったので、当初から関わっていた魚類学者ジェームズ・レナード・ブライアリー・スミス(James Leonard Brierley Smith)たちは100ポンドの懸賞金を掛て、第2の個体(標本)を探した結果、次に発見されたのは14年後の1952年12月20日(たまたま2日違い)で、この日が“シーラカンスの日”になったというのです。
 何となく変な話ですが、現実ってそういうものなのでしょう。
 そういえば、クリスマスにしろ“イエス・キリストの降誕日”と言いつつ、歴史的には12月25日ではありませんし(聖書にも歴史書にもそのような記述は無いのです)、降誕は西暦元年とは誰でも知っていることですが、実際とは4〜6年の誤差があると言われています(※)。
 正確がどうかより中身にこそ意味のあるものもあると考えるべきでしょうか。

※ローマの修道院長ディオニシウス・エクシグウスが紀元533年に復活日の表を作成するときに一人で計算して、ローマ建国754年を主の降誕の年としたもの。
 ちなみに、紀元前をあらわすB.C.はBefore Christ(キリスト前)の略で、紀元をあらわすA.D.はラテン語のAnnno Domini(主の年)の略です。

ロウソクのリサイズ

クランツ

 クリスマスは“クランツ”など必需品ですから“ロウソク”は欠かせません。当然、手持ちの燭台類のサイズに合わせてロウソクを購入することになるのですが、買うのが遅くてぴったりのものが品切れになってしまったときなど、非常に困ってしまいます。
 内海教会では、結婚式場の使い古しのロウソクを貰ってきてリサイクルしていますから、サイズが合っていないと貰ってきた一箱全部が使えないことになってしまい、せっかくの苦労が水の泡になってしまいます。
ロウソク削り器

 などと言いつつ、実は、そんな悩みは私にとって無縁なのでした。
 この赤い三角帽子のようなプラスチックの物体が何だかお分かりでしょうか。実はこれ、ロウソク削り器なのです。写真では見えにくいのですが、縦に刃物状のスリットが入っていて、鉛筆削りのようにロウソクを好きな太さに削ることが出来るのです。
 ナイフで削ったりするとなかなか均一に出来なくてグラグラしてしまうことが多いのですが、これで削るとそんな心配は一切無用なのです。
 キリスト教書店などで300円程度で売られています。あまり宣伝されませんし、目立たない商品ですが、優れものです。
 ちなみに私は高松市常盤町2-5-15クリスチャンセンター2Fにある“CD・Booksグレース”という店で昨年買いました。気になる方は問い合わせてみてください。
 電話番号は087-831-0486です。
 ・・・お店の宣伝みたいになってしまいましたが、別にお店の回し者ではありません。
 ・・・それから、品切れだったらごめんなさい。

佐世保バーガー

 今日はチラシに出ていた安い“オムツ”を買いに土庄まで行ってきました。
 “オムツ”だけ買って帰るのももったいない気がして、前から気になっていたハンバーガー屋さんに寄ってみました。佐世保バーガーの“バーガーズ・バー”です。以前から“佐世保バーガー”を食べてみたいと思っていたので、ちょっと前に出来たばかりのこの店で、隙あらば食べてみようと心に留め置いていたのです。その願いが天に通じたのか、2日ばかり前の新聞チラシに入っていた半額クーポン券をしっかり取っておいたのでした。
バーガー外観

 そのお店は土庄の“銀波浦(ぎんぱうら)”から“東港”の間にある、手作り感漂う小さな木造店舗です(ちなみに土庄東港のあるこの辺りは“石川さゆり”の“波止場しぐれ”で歌われた界隈です)。中はカウンター席のみで、感じの良いお兄さん2人が目の前のピカピカのキッチンで手際よく作ってくれます。
 電子レンジなどというものはなく、全部鉄板で一から作ってくれる様は並みのハンバーガーショップでは無いことを実感させてくれます。気持ちがこもっているのが分かるので、見ているだけで美味しさが想像できます。
 例えば“海老かつバーガー”などは大きな海老一匹を使って作っていて、ぷりぷりとした歯ごたえとカリッと揚がった衣は贅沢そのものですし、味はとにかく期待を裏切らないものでした。
バーガー内

 味はたいしたものですから値段的にも良心的だと思います。
バーガーメニュー

 小豆島にはマクド○ルドもモ○バーガーも○レッシュネスバーガーもありませんから、とても嬉しくなりました。
 行けたら、また、行きます。

クリスマスカード

 遅ればせながら今日いろんな方々にクリスマスカードを出しました。
 クリスマス礼拝の案内も兼ねているので50枚以上作成しました。
 少しばかり疲れましたが、クリスマスカードを出すと“いよいよクリスマスが近づいてきた”という気になります。
 ところで、このクリスマスカードですが、一番最初に郵便で出したのはヴィクトリア女王夫妻だという説があります。でも、実際は彼らより早くヘンリー・コールというヴィクトリア・アルバート美術館の館長が考案し、美術家のホースレーに描いてもらったものが出され、それが最初だったとも言われています。しかし、他にもニューカッスルの牧師ブラッドリーが1844年に自分で石版刷りをして友人に送ったという話もありますし、画家のドブソンが1844年に手書きのカードを発送したのが最初だと主張する人もいるようです。さらにエグリーという少年が友愛的な気分を友人知人と分かち合いたいとカードを作成し送ったのが最初だという説もあります。
 アバウトな私は、そんな細かいことはどうでもいいと思ってしまうのですが、19世紀にイギリスで始まったらしいということだけは分かります。
 それにしても誰が最初かなんていうことより、主の降誕を喜び、祝福を共に祈りあう真心が込められているカードの意味を覚えていたいと思うのでした。

元旦礼拝も・・

 昨夜、出先から帰ってくると、県外在住の方(内海教会に昔来られていた島出身者)から電話があったとのこと。
 どうやらこの年末年始に帰省した折、内海教会の“元旦礼拝”に出席したいと考えて下さっていたようです。しかし、残念ながら“元旦礼拝”はしてないのです・・。申し訳ありません・・。
 私が今まで所属していた教会では“元旦礼拝”は当たり前のようにしてきましたから、本当は“元旦礼拝”をしたい気持ちは強いのですが、先日の役員会で、“今までもそうだったし、元旦に教会に来るのは大変”だからという理由でやはり執り行わないことが確認されたのでした・・。
 そうです。“クリスマス・イブ燭火礼拝”も“元旦礼拝”も内海教会では無いのです・・。
 今まで、冗談交じりに“クリスマスイブ礼拝も元旦礼拝も無いと楽なのに”などと言ってみたことがありますが、実際に無いとこんなに寂しいものだとは思いもしませんでした・・。
 今時分口癖のように“忙しい、忙しい”と言っている牧師さん、あなたは幸せなのですよー。

電話機の修理

 ファックス付き電話の“子機”の調子が悪くなってしまいました。
 親機(本体)の呼び出し音が鳴っても、子機の呼び出し音がいつまで待っても鳴らないのです。着信を知らせる赤いランプも点灯しませんし、親機のすぐ脇に持って行っても同様ですから、故障しているとしか考えられません。
 親機は労務管理上、礼拝堂と書斎の入り口の丁度前に設置しており、子機の方は牧師館のリビングに置いてあります。
 私の留守中や夜間などはそもそも親機の音が誰にも聞こえませんから、子機が鳴らないのは致命的です。
 取扱説明書を調べてみると、バッテリー(ニッカド電池)の寿命は2年間とあるので、これが原因かと思い取り寄せて交換してみましたが、全く改善された様子もなく、リビングでひっそり鎮座ましましている有様なのです・・。もしもしー。
 このままではどうしようもないので、早速今日、電気屋さんに修理依頼の電話をしてみました。ところが、
「電話の修理はうちでは無理です。メーカーに送らなければなりません。」
 言われてみると、殆どの店が個人商店ですから、精密機械の修理が出来そうな店はあまり見たことがありません。
 ちょっと厄介です・・。そう、メーカーに送るということは、大体の修理代の概算などまったくしていただけるはずが無いので、まず修理見積もりを出していただくということになってしまうのです。つまり、修理費が想定外の金額で見積もられていて、修理を諦めるような事態になると、見積もり料だけ支払わなければならなくなってしまうのです。
 その場合の見積もり料の見当を聞いてみると
「2,000円程度です。」
とのこと・・。 
 最悪の場合、修理する方が新しい子機を買うより高くつく可能性もあります。
 新品で18,000円だそうです・・。
 ・・“決算セール”などでは、“ファックス付き親子電話機”が19,800円なんてざらですからめまいがしそうでした・・。しかし、子機の調子が悪いといって本体ごと買い換えるのは愚の骨頂です。
 「修理にどのくらいかかりそうかなぁ?」
という何気ない問いの答えを聞くために、こんなに悩まされるとは・・。ふぅーーー。
 面倒くさいので、覚悟を決めて“修理”を頼むことにします。
 ・・でも、もともとは修理依頼の話だったはずなのですが・・。

 ちなみに、今は以前使っていた電話機を押入れから出して使っています。子機はあるのですが、残念ながらファックスはありません。しばらくはご容赦ください。

トナカイの話〜続き

 “赤鼻のトナカイ”の続きです。

 出版社(本当はデパートのコピーライターだったようです)で働くメイには病気で寝たきりの妻と一人娘がいました。娘がある日
「どうしてママはみんなのママと違うの?」
と、訪ね、胸の痛んだメイは“赤鼻のトナカイ”の話を創作して話したのだそうです。

 “トナカイさんにとって一番の名誉はサンタクロースのそりを引くのに選ばれることなんだ。さて、今年もクリスマスがやってきました。八頭のトナカイたちがサンタさんの所に集められ、プレゼントを用意してさあ、出発進行。・・と、そのとき深い霧が立ち込めてきました。このままでは出発できそうもありません。そこでサンタクロースは名案を思いつき、見送りに来ていたルドルフの所に行きました。このルドルフはお鼻が真っ赤でピカピカ光っていたものだから、他の仲間たちにいつもばかにされていたのです。そのルドルフの前に来るとサンタクロースは列の一番前でそりを引いてくれるように頼んだのでした。「暗い夜道はピンピカのお前の鼻が役に立つのさ」ルドルフは驚きました。いつもばかにされていた自分の鼻がサンタクロースの役に立つなんて・・。「いつも泣いてたトナカイさんは今宵こそはと喜びました。」それからルドルフは皆に愛されるトナカイになりました。”

 この話を娘のバーバラはとても喜び、何度も何度もこのお話をして欲しいとおねだりをしたそうです。
 クリスマスが近づき、この話を娘のために絵本にしてあげようと考えている矢先、妻は静かに息を引き取って帰らぬ人に・・。
 そんな悲しみの中、会社のクリスマス会が催されます。
 楽しい出し物が次々と披露されメイの番に回ってきました。
 そのときメイは天に召された妻のことを思いながら、また、寂しがる娘のために創作したこの話をポツポツ話し始めます。
 会場はざわつき、それが次第に静まりかえってゆき、皆が真剣に聞きだし、ハンカチで目頭をぬぐう人も・・。話し終わると会場は感動の拍手に包まれます。

 翌年の1939年、“赤鼻のトナカイ”は(シカゴのデパート「モンゴメリー・ウォード」のパンフレットとして)出版され、1949年にはメイの友人ジョニー・マークスが曲を付け発売されます。この曲は800万枚越の大ヒットとなり、その勢いでヨーロッパにまで影響を及ぼしたというから凄いです。
 さらに1964年12月6日、NBCテレビでランキン/バス(RANKIN/BASS)の製作によるRUDOLPH THE RED-NOSED REINDEERの人形アニメーションがスペシャル番組として放送され、アメリカテレビ史上歴史的なヒットとなったとのこと。

 この話を耳にしたとき、“あまり、そんな話は知らないでいたなあ”と思ったものでした。
 

サンタのトナカイ

 クリスマスシーズンになると“赤鼻のトナカイ”の歌も聞こえてきます。そして、神学生時代に友人が神学校のチャペル説教でこの歌に触れていたのを思い出します。
 鼻が赤いために仲間から笑われ仲間はずれにされていた一頭のトナカイの歌。彼のもとへサンタクロースがやって来て“そりの先頭を走る”ように依頼します。彼は一躍トナカイの英雄に。 コンプレックスを抱くような他との違いも、大切なものとして用いられる奇跡が起きるというメッセージがこめられている歌です。
 この“赤鼻のトナカイ”の英語タイトルは“Rudolph The Red-Nosed Reindeer(赤鼻のトナカイ ルドルフ)”となっていて、赤鼻のトナカイの名は“ルドルフ”という名であることが分かります。そればかりか外国では他の八頭のトナカイの名前まで知られているらしいのです。
 ちなみにこの歌が出来る100年ほど前の1822年に著されたメイジャ・ヘンリ・リヴィングストン・Jr(Major Henry Livingston Jr.)の「聖ニコラウスの訪問(Account of a Visit from St.Nicholas)」によって、 その八頭はダッシャー、 ダンサー、 プランサー、 ヴィクセン、 ドンダー、 ブリッツェン、 キューピッド、 コメットだということになっていたからです。
 しかし、2000年にヴァッサー大学(アメリカ合衆国ニューヨーク州ポキプシーにある名門私立大学)のドン・フォスター教授の研究で、元の詩はムーアの作ではないことが証明され、同時にトナカイの名前も修正されたとのこと。
 ダッシャー(Dasher)、 ダンサー(Dancer)、 プランサー(Prancer)、 ヴィクセン(Vixen)、 ダンダー(Dunder)、 ブリクセム(Blixem)、 キューピッド(Cupid)、 コメット(Comet)が正しいのだそうです。よくみると二頭しか変更されていませんし、しかも、わずかの訂正です。どちらでもいいような気がしますが・・。
 話がいつものように逸れてしまいましたが、“赤鼻のトナカイ”はロバート・メイの作です。

 ・・・時間がなくなったので、続きはまた明日。すみません・・。
 

今年のクリスマス礼拝

 昨年は12月24日が日曜日だったため、老人の多い内海教会では“朝晩2回礼拝を持つとしんどい”というので、日曜日の主日礼拝を夕方にすることとして1回で済ませた経緯があります。つまり、12月24日夕方より“クリスマス・イブ燭火主日礼拝”をしたのでした。
 私としては内海に来て最初のクリスマスでしたから、物足りない気がしたものの“年寄りには一日2回は確かにきついかもしれないし、第一今年だけだから”と自分に言い聞かせたのを思い出します。
 今年は12月24日は月曜日ですから一日2回ではありません。
 先日の役員会でそれぞれの企画を話し合おうとあれこれ考えて準備していたのですが、果たして
「2日続けてはしんどい」「夜はあまり出歩きたくない」
という意見が圧倒的多数(私以外全員)で、仕方なく今年は日曜日のいつもの主日礼拝のみということになりました。
 考えてみれば、今まで代務の牧師さんは日曜日の夕方到着していた訳ですから、勝手が随分違っているのでしょう。
 仕方ありません・・。
 それで、今年の12月24日クリスマス・イブ燭火礼拝はありませんのでご了承ください。
 12月23日(日)の礼拝後、クリスマス祝会をします(参加される方はプレゼント交換用のプレゼントをご用意ください。500円程度です。できればウィットにとんだメッセージカードを添えてください。どなたも歓迎します)。

遠出 石鎚山サービスエリア

 12月11日(火)は“四国教区だより”編集委員会で三間伝道所に訪問しました。
 訪問記は毎号の企画で、前回は高知分区で今回は南予(愛媛県の南部)だったのでした。ちなみに次号は中予(愛媛県松山近郊)となります。
 教区だより編集委員会では“伝道の喜びを共有する紙面づくり”をコンセプトにしており、どちらかというと小さな教会や伝道所にスポットを当てる傾向にあるかもしれません。

 それにしても香川から(特に小豆島からは)最も遠い地域です。
 朝7時15分坂出教会に委員は集合。私は朝4時過ぎに起きて、5時30分池田港発高松行きフェリーで出発です。
 運転は琴平教会のK先生。途中何度も交代を申し出ましたが、とにかく運転好きな様子で、全400キロメートルほどをすべて一人で運転されました。脱帽・・。
充電器 高速

 帰りに“石鎚山サービスエリア(上り)”で休憩したとき、ケータイの充電器を発見しました。しかも、無料と書いてあります。
 係りの人に尋ねると、
「この前まで有料でしたが、無料のサービスになりました」
とのこと。しつこく
「いつまでですか?」
と訪ねると
「恐らく今後ずっとだと思います。」
 皆さん!上り線の石鎚サービスエリアを覚えておいてください。
よしもとコーヒー自販機

 その横を見ると、テレビか何かで見た事のある“よしもと”のコーヒー自動販売機がありました。ドリップに時間がかかっている間、暇つぶしによしもとのギャグをどうぞというもののようです。・・しかし、もう少し面白いと良かったのですが・・。

鼻クソじゃないけど

 今朝のこと、4歳の次男が寝起きに困ったような顔をして目を擦りながら言いました。
「どうしよう・・・。目に鼻クソが付いてる・・。どうして・・。」
 鼻クソと思うとは、可笑しいやら可愛いやら。言われてみれば形や色、硬さや大きさなど似ているような気がしないでもありません。考えたこともありませんでしたが・・。
「それは“鼻クソ”じゃなくて、“目クソ”って言うのよ安心しなさい。顔を洗ったらちゃんと取れるからね。」
と笑いながら妻。
 う〜ん・・・。妻も虚を衝かれたのだろうな・・。それは“目ヤニ”ですよねー。
 ニヤニヤしてしまう私でした。

“カッパ”の話

  2001年に放送された“ウルトラマンコスモス”はウルトラシリーズの常識を覆し、怪獣を倒すのではなく保護するウルトラマンでした。地球防衛軍のような人類側の組織も怪獣保護団体という念の入りよう。考えてみれば、古代怪獣などは希少生物に違いありませんし、生物学的見地からも貴重な研究資料であり、ワシントン条約で保護されてしかるべき位置にあるはずです。
 しかし、そうは言っても、ウルトラマン世代の親父としては、観る前から何となく物足りなさそうで、はっきり言うと観る気そのものが沸いてきません。
 そのウルトラマンコスモスですが、先日、子供たちと妻がレンタルビデオで観たらしいのです。
 子供に付き合わされる妻は
「このウルトラマンなら優しいから一番いい。」
と好評でした。
 中でも河童(カッパ)の話はなかなか良かったとのこと。
 しかし、良かったと言われてもなかなか観る気にならないのが人情です。

 ただ、“河童(カッパ)”と聞いて、神学校の礼拝学の教授が言っていた話を思い出しました。それは
「“河童”つまり“川に潜んでいて人の生き血を吸う、頭に皿のある河童”はキリシタン時代の“宣教師”のことだったのではないか。」
という話です。
 “洗礼式(簡単に言えばキリスト教への入信式)”は水を頭にかけますが、本来は川の中に全身を浸すものですし、礼拝の中心である聖餐式ではキリストの体としてパンを食し、キリストの血としてワインを飲みます(ローマ・カトリック教会では“聖体拝領”と言い、パンだけの一種陪餐)。“人を水の中に引き込んで、生き血を吸う”という言い方はその辺が誤解され伝聞されてきたためではないかというのです。
 しかも、歴史の教科書でもお馴染みのフランシスコ・ザビエル(イエズス会の宣教師として1549年来日)の肖像画を思い出していただくとお分かりだと思いますが、当時の宣教師たちの頭は“河童”のように中央部が丸く剃られていましたし、聖職者の衣服(式服)として“カッパcappa”という外套もあります。

 興味深い話だったので、その後自分なりに調べてみたところ、河童の登場時期がキリシタン弾圧の時代と重なっていることや、河童の伝承が多い場所は九州(河童が最初に登場したのも九州ではないかという説もあります)、特に福岡南部・熊本県・佐賀県表崎であることなどが分かりました(この一帯はキリスト教徒が多く、弾圧が最も厳しかった場所)。jまた、宮崎県などにはリシタン弾圧の時に死んだ信者の一人が、河童となって出てきたという伝説があるようです。長崎の五島には“大円寺の河童伝説”というものもあります。
 もしかしたら、教授の言われた説はそれほど眉唾な話ではないかもしれません。

 ただ、面白いのは1600年代にイエズス会の宣教師が編纂した“日本・ポルトガル辞書”によると、河童とは“水の中に棲む猿のようなもので、人のような手足がある”と書いてあることです。うーむ。どういうことだ・・。謎は謎を生むばかり。

 そうそう、似たような言葉で“合羽(カッパ)”がありますが、これは完全にルーツは宣教師の着用していた式服の“カッパ(ラテン語cappa)”から派生した言葉です。
 着用した姿が両翼を合わせた鳥に似ているというので“合羽”という漢字が当てられたようです。
 宣教師が着ていたマントのような外衣のこの“カッパ”は、位の高い聖職者が着るものでしたから、やはり豪華で威厳を感じるものだったようで、織田信長や豊臣秀吉なども愛用したのはご存知の通り。
 時代を経て、高価な羅紗だったものから、丈夫な和紙を蒟蒻(こんにゃく)糊で貼り合わせて桐油を塗り防水効果のある紙製のものに取って代わって行きます。それまで雨具として使われてきた蓑に比べて軽く動きやすいというので、この合羽はすぐに普及していきます(家の中で着る座敷合羽や、旅用に軽量化を図った懐中合羽なども作られていきました)。

 ちなみにこの“cappa”はポルトガル語を経由して日本で“合羽”になった訳ですが、“外套を脱ぐ=ex cappa”が英語のエスケープの語源になったとされています。
 また、礼拝堂を意味する“イタリア語cappella”もこの“cappa”からきているとのこと。詳しいことは良く分かりませんが、ある聖人が貧しい人に自分の外套を二つに裂いて与え、その片方が礼拝堂に祭られたというような話に起因しているようです。
 そして、さらにイタリア語の“ア・カペラA Cappella”という言葉から“A cappella”が生まれているのをご存知な方も多いと思います。近年日本でもお馴染みになってきた“楽器を使わない声だけの音楽”の“アカペラ”です。
 “A cappella”は”礼拝堂様式”という意味の言葉です。しかも、ここで言う礼拝堂とは、イタリアのバチカン宮殿の中にある“システィーナ礼拝堂(Cappella Sistina)”のことを指しています。それは、システィーナ礼拝堂では、伝統的に無伴奏でしか合唱をしなかったからです(また、昔は無伴奏での合唱はシスティーナ礼拝堂以外では禁じられていたとのこと)。
 つまり“ア・カペラ”は本来、無伴奏で宗教音楽を合唱することだったのが、近年、楽器が弾けなくても楽しめる音楽”アカペラ”となってきたのです。
 そして、ヴォイスパーカッションやヒューマンビートボックスなど新しい手法が取り入れられて、声で演奏するという形に生まれ変わったという訳です。

 そうそう、最初に戻りますが、ラテン語の“cappa”は“頭”を表す“caput”という変化形から、“captain:キャプテン”や“capital:首都・大都市”などの派生語を生み出しています。
 話がさらにわき道に逸れてしまいますが、“頭巾(修道士が着ていたこげ茶色の法衣の頭巾のこと)=cappuccio(カプッチョ)”を連想するところからコーヒーの“カプチーノ”は命名されたとのこと。)。 

 すごいです“cappa”。ちなみに形から頭をイメージされた“キャベツ”も“caput(頭)”からの派生語のようです。

 あっ、いつの間にか河童の話じゃなくなってる!
 
 
 

 

青年よ大志をいだけ

 今春から香川分区の青年委員会の担当なのですが、これがなかなか困難なのです。
 香川分区内の教会の半数ほどに青年会がありますが、それらの青年会が個別に活動しているのが現状で、“香川分区青年委員会”と言ったところでそのような組織も活動も実際には存在していないのです。
 何年か前までは分区の青年活動があったようなのですが、ここ数年間は音なしの構えのようです。
 今年の春に、各教会の青年会宛にアンケートをお配りし、情報や意見の収集に努めてみました。
 そして夏には、参加したい方だけでもいいからと“ワークキャンプ”を企画しようとしましたが、その計画は頓挫してしまいました。
 青年の活動ですから、主体は青年です。牧師が青写真を描いて、意図した方向に導く訳にはいきません。筋が違います。
 青年たちがどのような活動をしたいと思っているのか、それとも、分区レベルでの活動をそれほどしたいと思っていないのか、もししたいと言うのならそれはどのようなものなのか、そんなことを詰めていくことが大切です。その上で具体的なものを形作っていくという姿勢が必要となります。
 少なくとも、活動停止状態でも組織があるなら、その辺を深めていくことはしやすいような気がしますが、無い以上、出過ぎないように意見を聞いていくしかありません。
 10月に各教会の青年会宛に、先に行ったアンケートの集計結果と報告に併せて、今後の活動に付いて話し合う日程を決めようと、都合の良い日を確認させていただき、12月9日に会合を開くことになりました。
 そう、それが今日でした。
 ・・・しかし、残念ながら集まったのは担当の教師3名(教区教育部担当者含)のみでした・・。体調を崩して欠席すると連絡のあった青年が一人いましたが、とても残念です・・。
 なかなか土俵に上がるまでが遠い道のりのようです・・。
 青年よ大志をいだけ・・!
 

風情〜世界共通

 寒霞渓の紅葉も見頃を終えようとしています。
 60周年記念礼拝のとき以来、我家では紅葉のことが話題に上りますが、先日妻からこんな質問をされました。
「紅葉って外国にもあるのかなぁ?あっても日本みたいに紅葉狩りのような習慣はあるのかなあ?」
 そういえば、そんなこと考えたこともありませんし、外国の事情には詳しくありませんから答えられるはずがありません。それにしても面白いことを思いつくなと、むしろ感心してしまいました。
 日本は島国で細長い上に、高低差もあり、なにより四季がはっきりしている影響で紅葉が美しいとは聞いたことがありますが、外国ではどうなのか考えたこともありませんでした。
 早速調べてみると、外国でも紅葉はあるようですし、場所によってはスケールが桁違いに大きくて見事なところもあるようです。カナダやアラスカ、それにフランスなども素晴らしいようです。
 ただ、黄色になるところが多いようで、日本のように赤や黄色や中間色で彩り鮮やかなところは珍しいようです。広葉樹と針葉樹の割合とかも影響するのでしょう。
 それと、紅葉を楽しみとして見にいくことは諸外国でもあるようですが、その熱意は日本ほどではないようです。平安時代の貴族から始まった日本との伝統の違いとでも言うべきものかなと思いましたが、日本に来られた諸外国の方は日本の紅葉の色とりどりの鮮やかさに感銘を受けられるとのこと。
 紅葉を美しいと感じるのはどうやら世界共通のようで、嬉しく思いました。
 言われてみればそれはそうかもしれません。
 紅葉と言えば“わび”や“さび”を連想しますが、もともと“わび”や“さび”は茶の湯独特の雰囲気や境地を現すものだったと記憶しています。
 その“わび”や“さび”の茶の湯は日本独特の心情のように考えられていますが、茶の湯はもともとキリスト教(ローマ・カトリック教会)の聖体拝領(聖餐式)にヒントを得て千利休が“茶”を“茶道”という芸術にまで昇華させたと言われています(回し飲みをしたり赤い布で拭いたり等共通点が多い上に、当時千利休は宣教師とも親交があったようですから、恐らく間違いないでしょう。にじり口から入るのも、新約聖書マタイによる福音書7章13節の“狭い門から入りなさい”との関連を感じます。)。
 世界中で風情を同じように感じるひとたちが沢山いると思うとなんだか心が温かくなってくるような気がします。
 

取材記事

 12月8日号の“教団新報”に載ってしまいました。教団新報は私の所属している日本基督教団の機関紙で月二回発行されているものです。その4面(最終ページ)の“人ひととき”という欄に載ったのです。
 先月、編集部より電話で取材がありました。どうやらブログを殆ど毎日書いている牧師ということで、関心を持たれたようです。
 丁度、内海教会創立60周年記念礼拝の前でバタバタしていたため、あまり深く考えなかったのですが、いざ載ってみると照れくさいやら恥ずかしいやら・・。
 特に何か人に褒められるようなことをしたわけでもなければ、誰かの役に立った訳でもないですから・・。
 内海教会にこの号が届いたのが昨日でしたが、早速、香川分区長から
「教団新報見たよ」
とのメールを頂きました。そして、
「良く書けていたよ」
とも・・。
 あの文章は私が書いてないのです・・。取材記事ですから・・。
 どこまでも照れるような恥ずかしいような・・。
教団新報 ひと

ぼくにもそのあいをください

ぼくにもそのあいをください

 昔から絵本が好きでコレクションも何冊かありますし、最近では町立図書館で“おはなし会”という絵本の読み聞かせをしているなど、絵本は相変わらず身近なものとして存在しています。もちろん、4歳の次男や2歳の三男にも読み聞かせをしています。
 この本は次男がばあちゃんから頂いたものですが、ものすごく良い本で気に入っています。私の中ではこの数年間で出会った絵本の中でダントツナンバーワンです。
 ただ、ウルトラマンにあこがれている次男などは、まだこの本の良さが分からないようで、そこがちょっぴり残念です・・。
 この“ぼくにもそのあいをください”は、“パパはウルトラセブン”などでブレイクした宮西達也さんの作品。
 子供に絵本を読み聞かせるとき、役者魂(?)を全開にして感情移入しているので、最初読み聞かせているときは思わず泣いてしまいました。
 二回目に読み聞かせたときは用心しながら読みましたが、それでも泣いてしまいました。
 昨夜もこの本を読むのをせがまれたので、細心の注意を払って読みましたが、やっぱり涙声になってしまいました。
 何回読んでもやられてしまいます・・。
 心温まる名作です(もちろん、他にも宮西達也さんの作品は名作がたくさんあります。“おまえうまそうだな”もなかなか良いです)。
 ちなみにこの“ぼくにもそのあいをください”は、ポプラ社刊(2006年 10月)。価格は1,200円(税込:1,260円)です。