引き戸ギャオス

2008/05/31 Sat 17:07

 内海教会の建物は築後70~80年程の代物です。
 粗末な外見も古めかしい内装も私は好きですが、困っているのは礼拝堂入口の引き戸が時々レールから脱線してしまうことです。

礼拝堂入口の戸

 簡単に言えば戸が外れるだけのことですが、これがどうして厄介なのです。

礼拝堂入口の戸 扉

 見て分かるように歪曲しているため、レールを交換したというのに、一度外れるとなかなか復帰してくれないのです。まるで頑固親父のようで、“テコでもわしゃ動かん!”と言い張っているかのようです。
 なかなかうまく持ち上がらない扉をなんとか持ち上げたとしても、うまくレールの上に移動してくれず、タイミングを図ろうと左右に動かそうとすると“ギャアーー、ギャアーー”と、まるで怪獣ギャオスでも鳴いているかのような悲鳴を上げます・・。

礼拝堂入口の戸 内

 実はついさっきも外れてしまったため、5分ほど格闘していたところです。
 この扉さえもう少し普通なら快適なのですが・・。

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人間らしくって

2008/05/30 Fri 14:31

 “バラ色の人生”などと使われる“バラ色”って不確かな言葉だと思います。
 バラの花は赤、黄、白・・・と実に様々な色があるので、一口にバラ色と言われても、一体どんな色を指しているのか不明確なのです。
 試しに辞書で調べてみると“薔薇の色”とあり、バラの数だけバラ色があるようです。
 同様に、人間も人の数だけ人間がいます。
 そう思うと“人間らしい”とか“人間らしく”という言葉には違和感を感じます。
 その人がどのような状態であっても“人間”には違いないのですから、“人間”に向かって“人間らしく”とはおこがましい限りの言葉です。
 おそらく、高い精神性や倫理観などが求められている言葉なのでしょうが、その精神性や倫理観の高さや優劣を誰が認めるというのでしょうか。
 “人間らしく”と言っている人だとしたら、厚顔無恥な言葉のような気がします。
 人は弱いし過ちも犯します。
 バラ色とはほど遠い人がほとんどです。
 悩んだり、悔やんだり、泣いたり、笑ったりして生きています。
 そのすべてが人間の偽らざる姿だと思うのですが・・。
 
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池田港

2008/05/29 Thu 20:53

池田1

 そういえば以前、池田港にカエルの人魚(蛙魚)の石像があることを書いたので、そのうちアップ画像を載せようと思いつつ、すっかりそのままになっていました。
 上がその石像です。よく見ると結構可愛く出来ています。
 “池”と“田”に居るのはカエルと言うので、池田のシンボルはカエルになったということです。もっとも、2年前に内海町と合併して、池田町は小豆島町になっています(それでも池田という地名は残っています。)。

 池田2

 これは横から見たところ。

池田3

 その西側には“昭和16年”と書かれている“オリーブの木”が植えられています。

池田4

 更にその西側には碇や潜水具の頭部を用いたオブジェがありました。

池田5

 どういうコンセプトのものか不明ですが・・。

池田6

 ちょいと渋いです。
 普段はあまり港の敷地内を散策することはありませんでしたが、まじまじ見て歩いてみると結構楽しめました。
 そうそう、後から後悔しましたが、船着場隣にある公園の写真を撮り損ねました。ここでも、子供たちは十分楽しめます。

池田7

 あ、これが池田港ターミナルです。高松港の池田行きの切符売り場横で“みやげ物10%割引券”を貰っておくとお土産が少し安く買えます(窓口の脇に置いてあります)。

池田8

 以前にも書きました、“パンダの船”。
 私が一番好きな船はこれです(小豆島~高松間を航行する船の中で)。

 
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 “四国教区だより”の編集長のため、発行時期が近づくと少し不安感が募ります。
 原稿はすべて期日通りに届くか・・。編集会議までにレイアウトが完成するか・・。テープ版の朗読依頼を忘れないように・・。誤字・脱字が無いか・・。きちんと発行できるか・・。不安材料にはきりがありません。
 来週編集会議だというのに、今日になってもまだ土といていない原稿が何点かあるので、何人かに電話しました。
「えっ、とっくにファックスで出しましたよ!」
 原稿の提出はファックスでもメールでも郵送でもOKとしているにも関わらず、メールのチェックのみで催促の電話をしてしまっていたのでした・・。
「も、申し訳ございません。」
 早とちりやミスでまた迷惑をかけてしまった・・。
 昨日のブログの“ふたつよいことさてないものよ”で、私には良いところは二つどころか一つも無いと書きましたが、欠点やら何やら良くないものしかないようです。
 ・・ということは、“ふたつわるいことさてないものよ”と考えて、“悪い事柄の裏側には必ず良いものもあるものだ”と、“そうに違いない”と、考えることにしようと思うのでした。
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 “ふたつよいことさてないものよ”という格言があります(臨床心理士の河合隼雄氏などもこの言葉をいろんな本で触れていたような気がします。)。
 簡単に言えば、“すべて良い事ずくめということはない”ということです。
 たとえば世間から賞賛されるようなことがあったとしたら、それは“良いこと”だけれども、反対にやっかみや嫉妬を受ける“マイナス部分”も併せ持つものです。仕事が増えると収入は増えるのに、家族との時間が少なくなっていくというように、何事も良い面があれば、良くない面もあるのです。
 考えてみると、今まで“この人凄いなあ”と思わされた人は、そのことをわきまえておられたような気がします。“ポジティブとワンセットでネガティブなものがあってバランスが保たれる”と認識した上で、ネガティブ面を受け止める覚悟なりを持っている人は落ち着きがあって、安心して信頼できる人です。そういう方は、自意識過剰になることもありませんし、周囲の人間を見るにしても、両面をきちんと見ていてくれるものです。
 反対に、どんなに努力と根性の人で、立派な成績や経歴をお持ちであっても、その点を抑えていないなら、周囲の人たちを見ることも出来なければ周囲の声を聴くこともできず、自分の功績や成功しか見ることができないばかりか、すぐ得意げになって周囲から浮いてしまうものです。
 “謙虚さを持って生きていこう”と思うのですが、私などよくよく考えてみれば“よいこと”はふたつどころかひとつも無いのでした。
 
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考えすぎ・・

2008/05/26 Mon 05:17

 昨日のブログを書いてから妻に聞いてみました。
「やっぱり僕が花を飾り忘れると思ってたでしょ。」
 礼拝中、花瓶が飾られてないことに気付いていたはずなのに持ってきたくれなかったですしね。
 それに昨日は香川教会の“担任教師就任式”に出席するため昼過ぎから家を出“帰宅したら花瓶に生けた写真だけでも撮ってやろう”と考えていたのに、帰ったときには既に片付けられていたのでした。
「えっ、私何も考えてないよ。“ああ、やっぱり礼拝堂が汚れるのは良くないなと思い直してやめたのかな”と思っただけよ。」
 ・・・。
 そうでしたか・・。どうやら考え過ぎるのは私の悪い癖のようです・・。
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お見通し

2008/05/25 Sun 21:11

 今日は昨日紹介した“ブラシの木”を礼拝堂に飾ろうと、枝を何本か切って来て花瓶に活けてみました。
 そういえば、あまり飾る気にならなかったので、この2年間見向きもしなかったのですが、昨日ブログで紹介したこともあり、面白半分で飾ってみようかと魔が差したのでした。
 “ふむふむ、美しい、美しすぎるっ!とは言えないけれど、まあまあ良かろう”とほんの少し悦に入っていたその時、後ろから妻の声。
 「何これ!!赤くて細いものがバラバラ落ちてる・・。あっ、おとうさんの頭にも肩にもっ!」
 言われてはっと我に返りすぐ隣にあった鏡を見てみると、確かにバラバラっと頭にも肩にもブラシの木の花が無数にくっついているではないですか。もちろん、床にもたくさん・・たくさん・・。あっ、そ、そんなところにも・・。
 う~ん、これは危険だ・・。礼拝堂の床も献花台(って、本当はスピーカーですが)のレースの花瓶敷きも瞬く間に汚れそうです・・。
 残念ながら、この花は第一印象通り、鑑賞向きではではなかったようです。
 「それにしても、せっかく花瓶に生けたのだから、礼拝の1時間くらい飾ってみようよ。」
と、渋る妻を説得しました。
 礼拝が始まる直前に献花台に飾り、礼拝後直ちに下げるということで落ち着きました(もちろん細い花が落ちないように丁寧にゆっくり運ぶのが前提条件です)。
 ところが、どっこい。礼拝前に教会員さんたちと色々と話したりしているうちに花のことなどすっかり忘れてしまい、結局花を飾る湖とは出来ませんでした。取り残されたように花は、トイレ横の手洗い場にひっそりたたずんだままでした。
 礼拝後、トイレに行かれた年配の会員さんが、“何これ。こんなとこにこんなもんがあるけど、手ぇ洗ろうてええの?”という怪訝そうな顔をされていたとかいなかったとか・・。
 “せっかく妻を説得したのに飾れなくて残念”と思っていましたが、私が飾り忘れることを妻は先刻お見通しだったのかもしれません・・。
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ブラシの木

2008/05/24 Sat 09:16

ブラシの木

 内海教会の庭に変な木があります。
 昨年、高知の“のいち動物園”に行った際に同じ木があるのを発見して名前を知りましたが、ほんとうに変な木です。
 “ブラシの木”というらしいく、確かに配水管清掃用のブラシみたいに360度細かい毛(花)が生えるのですが、毒々しいまでに赤く、お世辞にも可愛いとはとても言えません。
 枝先の幹には、たこのイボのようなブツブツがもぶり付いています(どうやらこのブツブツは花が咲いた後の実のようです)。
 教会敷地東側の出入り口付近に生えている普段は目立たない木ですが、毎年今頃赤く染まってその存在感を誇示します。
 蒲桃(ふともも)科ブラシノキ属・オーストラリア原産だそうです。
 ご覧になりたい方はいつでもどうぞ。枝の伸びるのが早く、いつも苦労しているので、欲しい方には枝ごといくらでも差し上げます。
 ・・・もっとも小豆島までは来られる方はあまりいないでしょうね・・。
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青春時代だなぁ

2008/05/23 Fri 19:19

 高3の長男は体育会系の部活に熱心です。
 今は高校総体に向けて必死で練習の日々を送っています。
 1年の2学期まで
「何か部活した方が良いと思うんだけど、何が良いかな~。」
とか言いながらのんびり構えていたのが嘘のようで、(人より遅れて)部活を始めてからとっぷり浸かっているのです。
 試験期間だろうと、試験当日であろうと練習して帰ってくる有様にはおどろかされますが、むしろ、そんなに打ち込めるものが見つかって本当に良かったなぁと思います(他の部員たちも同様なのだとは思いますが)。
 私など高校生のときは何となく入った書道部も半年ほどで辞め、三年生のときに(卒業アルバムの部活のコーナーにも写真を残したいとの理由で)入った写真部も適当にやっていた程度ですから、比較にもなりません。
 そういえば、夕方は飼っていた柴犬の散歩や近所の子供たちと一緒に遊んだりという毎日でした(どういうわけか毎日毎日近所の子供たちが寄ってきてしまうので仕方なくいつも一緒に遊んでいたのでした。時々、友人から君は保父さんになるつもりだろうなどと言われることもあったほどです)。
 振り返ってみると自分の高校3年間は“燃えた”青春などではなく、漠然と通り過ぎたトンネルのようなものかもしれません。
 そういうこともあって、長男には勉強を網少し頑張って欲しい気持ちもありますが、とことん青春を謳歌して欲しいなと思っています。
 ・・もっとも、息子や息子の友達など当事者にすれば“うおおおーーーー!これが青春だあ!”などと思ってはいないはずですけどね。
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翻訳機能

2008/05/22 Thu 17:07

 面白半分に翻訳機能を付けてみました。
 ブログの右側“その他の言語”というものです。
 クリックすると数秒で英語、中国語、韓国語の何れかに翻訳されます。
 必要な方はもちろん、お遊びでもどうぞ。
 ただし、正確に訳されている保障はありませんのであしからず(特に固有名詞など)。
 実際、英語をクリックしてみると、タイトルからして“内海教会”が“Uchinomi church”ではなく“Inland sea church (Shouzu island) ”となっていますし、私の名前“三野”も“Sanno”ではなく“Mino”となっていますからね・・。
 そこのあたりを理解して頂いた上でお使いください。

翻訳機能
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 今日は診察日なので“高松赤十字病院”へ行って来ました。
 本当は先週の予約でしたが、予約を忘れて“教区だより”の取材に行ってしまったので、一週間ずらして頂いたのでした・・。
 さて、いつものように薬を病院お向かいのA薬局で処方して頂こうと処方製をお渡しすると、薬局の方からジエネリック医薬品を勧められました。
 四月から医師の指定が無い場合、ジェネリック医薬品をチョイスできるようになったということは知っていましたが、自分のこととして考えたことが無かったので一瞬躊躇しましたが、ものは試しとお願いしてみました。
 “ジェネリック医薬品”とは言うまでもなく“後発医薬品(こうはついやくひん:Generic drug)”のことで、成分そのものや製造方法を対象とした特許権(20年間)の消滅した先発医薬品を、別の医薬品製造メーカーが特許の内容を利用して製造した薬です(もちろん同じ主成分を含んだ医薬品)。
 供給がまだまだ不安定だとか、医師や薬剤師の理解が進んでいないとかさまざまな理由があって、まだまだ日本では普及していないようですが、“薬代に苦労している人には本当に朗報かも知れない”と今日は実感してしまいました。
 私は一日に服用する4種類の薬のうち一番数の多い朝晩2回飲む薬(一日2錠)をジェネリック医薬品にして頂いたのですが、今まで5,300円ほど掛かっていた薬代が3,200円になったのです(56日分)。2,000円安です!!
 成分が完全に同じとは言えないとか、副作用が違ってくるのではないかという不安感を抱かれる方もいらっしゃるようですが、“ジェネリック医薬品”が、先発医薬品と同等の薬効・作用を持つかどうかを証明するため、承認申請には生物学的同等性試験のデータが必要とされているのでそれは大丈夫のように私は思います(厚生労働省の「後発医薬品の生物学的同等性試験ガイドライン」に従って生物学的同等性試験は行われています)。
 “もう少し早く自分の事として考えるべきだったなぁ”と考えながら帰途についたのでした。






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 「小豆島にも“ビデオレンタル店”あるの?」
と聞かれることがあります。
 実は1軒だけ土庄にあります。
 以前は近所にもあったようですが、閉店してしまったようです。
 ーーーで、ビデオやDVD、CDを借りるには土庄まで片道約30分の道程を行かねばなりません。
 でも、その店は大手チェーン店の“ゲ○”で、ゲームソフトにハード、貸本まで取り扱っている上に、品揃えもかなり豊富な店なので距離はさほど気になりません。
 しかし!しかしです。“ゲ○”といえば旧作のDVDやビテオは一週間レンタルで95円のはずなのに、小豆島ではそれがなんと280円なのです。
 こちらで3本借りる値段で高松だと9本も借りられることになります。
 ひどい!ひどすぎる!あんまりだ。
 とは言っても、それ程映画など観る習慣も趣味も無いので別に困りはしなかったのですが、最近、下の二人の息子たちが“アンパンマン”やら“ウルトラマン”やら“戦隊もの”を観たいとせがんでしょうがないのです。
 我が家の経済力では頻繁に借りるのは無理です。
 もちろん、かと言って、時々も苦しい・・。
 そこで助かっているのが、時々行われる半額キャンペーンです。会員特典で半額キャンペーンがあるので、そういうときに厳選して2~3本借りることにしています。
 ちなみに今日は久々の半額キャンペーンだったので“アンパンマン”を借りてきました。
 ただ、色々と物色している最中にDVD化されたばかりの“劇場版仮面ライダーTHE NEXT”を見つけてしまい、
「“新作”で少し高くてもせっかく半額なら借りたいっ!前に“THE FIRST”を子供たちと観たら結構面白かったし、続編も観てみたい。」
と食指が動いてしまいそうでしたが、店の人に確認すると
「本日は旧作のみ半額なのでこちらは通常料金です。」
と笑顔でのお答え。
「さようでございましたか」
と、さっさと棚に戻すしかありません。
 結局楽しいのは子供たちだけなのでした。
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やっぱり大切

2008/05/19 Mon 19:34

 なんとも思っていない人に嫌われても、別にどうということはありませんが、好きな人や大切な人から嫌われると深く傷付くものです。
 それも、無視されるというのが一番きついように思います。
 もちろん面と向かってののしられたり、侮辱的な言葉を浴びせられるのは物凄く辛いことですが、それよりも無視が一番ダメージがあるように思うのです。
 牧師をしていると、自然と日々いろんな人の事を祈り続けているもので、つまり、たくさんの人を愛しているのです(恋愛の愛ではなく聖書的な意味の愛)。
 にもかかわらず、相手にされなかったり、時には誤解されたり、厳しいことを面と向かって言われたりすることがあります。
 私は人格者ではありませんし、足らないところもありますし、失敗することもしばしばあります。
 ですから、当然受けるべき批判はしっかり受け止める姿勢を持っています。
 ところが、“無視”だけは辛過ぎてたまりません。
 心の奥底が癒されようも無く疼いて仕方ありません。
 心を切り替えて“もう嫌い”と悟ってしまえば楽なのでしょうが、そんな器用さも持ち合わせていないのでどうしようもありません。
 それがいつなのか、何の確証もありませんが、いつか理解しあえる日が来ることを祈り続けるのみです。
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さくらんぼ

2008/05/18 Sun 17:17

 今日、ある教会員さんが“さくらんぼ”を少し持ってきてくれました。
「庭のさくらんぼを片手でちょっとだけつまんで来た。もう少しあったけど、途中でぽろんぽろん落ちてしもうた・・。」
 小さな2本の枝に10粒ほど可愛いさくらんぼの実が付いています。
 そういえばその方の庭にさくらんぼの木があったのを思い出しました。
 礼拝後に
「まだあるよ。取りに来る?」
とのお誘い。
 もちろん二つ返事で、4歳の次男と2歳の三男も連れて早速伺うことに。
 しかも今日の礼拝出席者は、最近では珍しくうちの家族以外この方お一人なのでした。
 意見も一致したと言うことで、礼拝後にと用意していたお茶の時間もそこそこに、その方のシルバーカー(老人用の手押し車)を車に積み込んでいざ出発。
 もちろん、根こそぎ頂くわけにはいきませんから、ほどほどに頂きましたが、子供たちは大喜びでした。
 少しをみんなで分けっこして、季節の甘酸っぱい味を堪能するのもまた一興です。

さくらんぼ

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孔雀!

2008/05/17 Sat 17:03

 今日、(小豆島の)国道436号線を通っていると道路脇に“孔雀(クジャク)”が居ました!
 実は1ヶ月ほど前に同じ光景を見て驚くには驚いていたのです。
 その孔雀は、雀か鳩のように、ごく普通に、当たり前のように道路脇の歩道をのんびり闊歩していました。
 今回驚いたのは、まだこのあたりをウロウロしているのかということです。
 旧池田町には観光名所で有名な(?)孔雀園があるので、どうやらそこから逃げ出したのだろうとは想像がつくものの、そんなに長期に亘ってブラブラしてられるとは、なんとものどか過ぎるなと思ってしまいました。それに自由で良いなと、何かしら羨ましいような気もします。
 園の職員は逃げ出した孔雀が居ることを把握しているのだろうか?と思う反面、もしかしたら、こんなことは日常茶飯で、放し飼いの孔雀は自由に園の内外を行き来できるのかもしれません。
 銚子渓の“お猿の国”の猿たちも神出鬼没ですしね(それは当たり前か・・)。
 
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独裁は困る

2008/05/16 Fri 09:42

 衆議院、参議院で与野党の勢力が逆転しているいわゆる“ねじれ国会”が続いています。
 私もこれが今後どうなっていくのか一国民として見守っているのですが、5月16日に自民党の衆参両院の有志議員たたちが“衆参両院を統合し、一院制の新『国民議会』を創設する議員連盟”を結成することになったというニュースが入ってきました。
 国会審議に停滞が生じているのは事実ですが、だからと言って一院制を目指そうと言うのはどうかと思います(衛藤征士郎元防衛庁長官が会長に就任し、森喜朗元首相、小泉純一郎元首相、安倍晋三元首相が顧問を務めるのだそうです。)。
 確かに5年ほど前に超党派の“衆参対等統合一院制議連”というのがありましたが、今回は自民党のイライラ感が中心にありそうだと誰しも気付きます。
 今回の議連は“衆参両院での審議の重複を解消し、立法のスピードアップを図るため、憲法改正による衆参両院の廃止と『国民議会』の設置を目指す”としていますが、どうにも戦前のドイツを彷彿とさせるような気がしてなりません。
 下手をすると政党による独裁だって可能になりそうです。

 なんとなくマルチン・ニーメラー牧師(ヒトラーの教会支配に対する抵抗運動の指導者として活躍したドイツのルター派牧師)の有名な詩を思い出します。

 ナチの連中が共産主義者達を連れて行った時、私は黙っていた、
 私は共産主義者ではなかったから。
 彼らが社会民主主義者達を拘留した時、私は黙っていた、
 私は社会民主主義ではなかったから。
 彼らが労働組合員達を連れて行った時、私は黙っていた、
 私は労働組合員ではなかったから。
 彼らがユダヤ人達を連れて行った時、私は黙っていた、
 私はユダヤ人などではなかったから。
 そして、彼らが私を連れ去った時、私のために抗議してくれる者は、
 誰一人残っていなかった。

 ※詩の最後が以下のものものもあります。

“ある日ついにナチスは教会を弾圧してきた
 そして私は牧師だった だから行動に立ち上がったが 
その時はすべてが あまりにも遅かった”

 ・・政治にも関心を持たないといけないことを実感させられる詩です。


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日和佐に行ってきました

2008/05/15 Thu 13:57

日和佐教会

 昨日は“四国教区だより”編集委員会の取材で徳島県の日和佐教会へ行ってきました。
 日和佐は“ウミガメの産卵地”として、また四国八十八ヵ所巡りの第二十三番札所・医王山“薬王寺”で知られている町です。
 実は子供の頃、父の厄除のため日和佐に来たことがあるので(我が家はクリスチャンホームではありませんでしたから)、日和佐行きは何となく郷愁をかきたてるものを感じていました。
 我が家には当時自家用車がありませんでしたから、国鉄で高知から日和佐に行ったのですが、その遠かったこと遠かったこと・・。
 幼心に私は“日和佐は四国で一番遠いところだろう”と確信してやまなかったことを覚えています。
 小さい頃の印象と言うのは超自我の中とは言いませんが、かなり近いところに刷り込まれてしまうのでしょうか。日和佐の人には失礼ですが、気持ち的には懐かしさと共に最果てに行くような気がしていました。
 もっとも、小豆島暮らしの私がそんなこと言うのはお門違いですけどね。

 今回教会訪問する編集委員4人のスケジュールから、坂出教会に午前10時半集合・出発、日和佐に午後1時半到着と言う計画を立てました。
 私は朝8時に内海教会をバイクで出発、土庄港から8時35分発高松港行きに乗船。10時15分頃に坂出教会に到着。
 しかし、集合時間にばらつきがあり、10時55分(25分送れで)坂出出発。
 坂出インターチェンジから鳴門インターチェンジまで高松自動車道(徳島道だともう少し日和佐よりの徳島インターチェンジまで行けますが、愛媛県の川之江ジャンクション経由となり遠回りになってしまうのです)約1時間。
 残念ながら高速道路はそこまでで、あとは国道をコトコトひた走ることになります(途中、徳島ラーメンを食す)。

 遅れはたぶん取り戻せると思っていましたが、残念なことに25分遅れとなりました。
 つまり、当初の3時間の予想はドンピシャだったと言うわけです(もはや自慢のしようもありませんが・・)。

日和佐礼拝堂


 なんだか懐かしくなるような礼拝堂と、お迎えくださった教会の方々の暖かさに包まれて2時間ほど歓談。
 小さな町の小さな教会の歴史や、お一人お一人の信仰の歩みをお聞きしていると、ほんとうに心がホカホカ温かくなってきました。みなさん本当にありがとうございました。

O牧師より
「せっかくだから、帰る前にウミガメを観に行きませんか。」
と近くの大浜海岸まで連れて行っていただきました。
 本当に近いのでびっくりしてしまいましたが、ここがまさにウミガメの産卵地なのでした。
 それにしても(産卵地と言えども)、本当ならこんな昼間にウミガメが見えるはずありませんが“カレッタ”というウミガメの博物館が海岸前にあり、飼育プールの一部は入館しなくても見ることが出来るのでした。

日和佐 亀

 帰りは午後6時45分頃坂出教会に到着。
 同道の編集委員の先生方への謝意もそこそこに、バイクに乗り換え、高松に着いたのは午後7時35分頃。
 もはや最終便午後8時30分草壁行きしか船はありません(厳密には8時20分土庄行きもありますが、土庄港から更に30分ほどかかってしまうので遅くなります。)。
 高松では一番好きな“渦流”というラーメン屋で夕食。“渦潮”は見ていませんが、徳島帰りにはぴったりなネーミングの店かもしれません(博多ラーメンですが・・)。
 草壁へのブルーラインは少し遅れ、帰宅したのは結局午後10時少し前でした。

 ちょっと疲れたとは思っていましたが、なんだか今日になっても疲れが残っています。

 日和佐というより小豆島が遠いのでしょうね。

 それとも昼も夜もラーメンだったのが良くなかったかな・・。


 
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どっちから?

2008/05/13 Tue 22:36

 キリスト者というのは真面目すぎる人が多いように思います(もちろん例外もいますが)。
 それはそれで結構なことですが、真面目すぎると息が詰まるのではないかと心配になります。
 たとえば
「池で二人の子供が同じように溺れている。1人は自分の子供で、もう1人は他人の子供。さて、どちらから助けるか?」
と問うと、殆どの人は“悩む”か、“「他人の子供かな・・」と言い”ます。
 “キリスト者たるものこうあらねばならぬ”と何か考えることがあるのでしょうか。
 もしくはそれがキリスト教倫理だとか隣人愛、自己犠牲や奉仕だと考えてしまうのでしょうか。
 でも、私たちは聖者ではありませんし、自分の子供たちもそうです。ただの人間で聖人ではありません。
 それなのに考えすぎてしまうのは何か変な気がします。違和感があります。何かが鼻につきます。

「岸に近い方から順次助ける」で良いのではないでしょうか・・。
 
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古い言葉~渋くないですか

2008/05/12 Mon 19:50

 “讃美歌”と言うのは一種類ではありません。
 通常、単に“讃美歌”と言う場合は1954年版の日本基督教団讃美歌委員会編のもので、最近では新しく編纂された“讃美歌21”がメジャーになりつつあります(“讃美歌第2編”“讃美歌第3編”“ともにうたおう”などもあります)。
 これらは共に日本基督教団のものですが、他にも他教派の“教会讃美歌”“聖歌”“古今聖歌”“典礼聖歌”などがあります。

 もちろん日本基督教団では“讃美歌(第2編、第3編、ともに・・含む)”か“讃美歌21”を使いますが、馴染み深い“讃美歌”を使い続ける教会もありますし、新しく出た(と言ってももう10年程経ちますが)“讃美歌21”に切り替える教会もあります。
 “讃美歌”は馴染み深いとは言え、言葉遣いが古いものも多く“意味が分かりづらい”と批判されたりもします。
 しかし、私などは“讃美歌”の古臭さがかえって味がある気がして好きで、現代語に手直しされたものには興ざめしてしまうときもあります。
 どちらも一長一短があるということです。

讃美歌430

 ところで“意味が分かりにくい”讃美歌はいくつかありますが、たとえば結婚式の定番ともいえる讃美歌430番“妹背をちぎる”など挙げられます。
 “妹背”なんて最近使われることはまずないでしょう。
 “妹(いも)”は年下の女のきょうだいのことではなく、男性から見た女性、主に妻や恋人のことです。
 “背(せ)”も同様で、女性から見た男性、主に夫や恋人を指す言葉です。
 つまり“夫婦の誓いをする”という意味となります。

 分かりにくいですが、でも“妹背を契る”なんていう表現は重々しくて渋い気がしませんか。

 ちなみに聖書も“分かりにくいけど文語訳の方が好き”と言われる方は結構居ます。
 
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隠れたところに

2008/05/11 Sun 17:05

 昨日は歌(線路は続くよどこまでも)の話を書きましたが、書いているうちに思い出したことがあったので、書き続けようと思ったものの、子供たちをお風呂に入れる時間になってしまったので、尻切れトンボ的に筆をおいてしまったのでした。

 失礼しました。

 思い出したのは“ドナドナ”という歌のことでした。
 教科書に載っていたり、いろんな歌集に収められていたりするので知らない人はあまり居ない歌だと思います。哀愁を帯びた旋律が印象に残っている人も多いと思います。
 私など、単調な悲しげなメロティーだなぁとか、“ドナドナ”ってどういう意味なのだろうかとか、どうして売られていく子牛の歌が評価されているのか分からないとか、そんなことしか考えていなかったのを覚えています。
 ところが、10年程前、ある友人から“ドナドナ”の背景を聞かされて驚きました。

     ドナドナ

ある晴れた 昼さがり
いちばへ 続く道
荷馬車が ゴトゴト
子牛を 乗せてゆく
かわいい子牛 売られて行くよ
悲しそうなひとみで 見ているよ
ドナ ドナ ドナ ドナ
子牛を 乗せて
ドナ ドナ ドナ ドナ
荷馬車が ゆれる

青い空 そよぐ風
つばめが 飛びかう
荷馬車が いちばへ
子牛を 乗せて行く
もしもつばさが あったならば
楽しい牧場に 帰れるものを
ドナ ドナ ドナ ドナ
子牛を 乗せて
ドナ ドナ ドナ ドナ
荷馬車が ゆれる

 一般的にはこのような日本語の歌詞で知られていますが、本当は少し違っていて以下のようらしいのです。

ある晴れた 昼さがり
市場へ つづく道
荷馬車が ゴトゴト
子牛を 乗せてゆく
何も知らない 子牛さえ
売られてゆくのが
わかるのだろうか
ドナ ドナ ドナ ドナ
悲しみをたたえ
ドナ ドナ ドナ ドナ
はかない命

青い空 そよぐ風
明るく とびかう
つばめよ それをみて
おまえは 何おもう
もしもつばさが あったならば
楽しい牧場に
帰れるものを
ドナ ドナ ドナ ドナ
悲しみをたたえ
ドナ ドナ ドナ ドナ
はかない命

 作詞者であるカッツネルソン氏の妻子は、ホロコースト時代に強制収容所送りになっていたそうです。
 つまりこの歌は、妻子が縛られ荷車で連行される場面を、売られていく子牛になぞらえて、父親の悲痛な心情がうたわれた歌らしいのです。
 ちなみに“ドナドナ”の“ドナ”はヘブライ語の“アドナイ(主よ)”のことで、胸が引き裂かれそうな悲しみの中で“主よ、主よ・・”と祈る言葉のようです。

 そうしてみると、歌詞の切なさが伝わってきます。

何も知らない 子牛さえ
売られてゆくのが
わかるのだろうか

 何も知らない子供たちが連れ去られていく・・。
 強制収容所に送られるとはどういうことを意味するのか・・。
 あの子たちはいつまで生きながらえることが出来るのか・・。
 それまでどれくらいの苦痛を味わうのか・・。
 
 考えるのも辛くなって来ます・・。

 でも、この“ドナドナ”という歌が歌い継がれているのは、あのアウシュビッツの悲劇が二度と繰り返されないようにとの願いが込められているからかもしれません。
 知っておきたいこと、知っておくべきことは時に隠れたところにあるようです。
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線路は続くよどこまでも

2008/05/10 Sat 19:02

 今日5月10日はアメリカの大陸横断鉄道が全通した日だそうです(1869)。
 大陸横断鉄道と言えば“線路は続くよどこまでも”の歌を思い出します。
 この歌はNHK“みんなのうた”で紹介されて以降、日本で愛唱されるようになりましたが、大陸横断鉄道建設に携わったアイルランド系の工夫達によって歌われ始めた、線路工夫の過酷な労働を歌った歌で、日本語の詩のようにほのぼのとした牧歌的なイメージの歌ではないのです(親方に怒鳴られながら朝から晩まで働きづめだという歌)。
 大陸横断鉄道建設は大平原、大山脈、幾つもの峡谷を乗り越えて進められた過酷なものだったようですし、ネイティブ・アメリカンとの衝突など幾多の試練があったと聞きます。
 そんなことを考えると“線路は続くよどこまでも”は軽々しく歌えなくなりそうです。
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黙って祈る

2008/05/09 Fri 19:11

 今日、伊予三島で行われた四国教区伝道部の集まりに行く前に、隠退されたN牧師のところに寄りました。
 先日行われた四国教区総会の当日配布資料を届けるためですが、いつも内海教会のことを覚えてくださる先生なのでほんのちょっとの時間でもお会いするのが楽しみでした。
 お会いするとほっとする先生なのですが、なにより元気そうなのでよりほっとしました。
 ほんの少しの時間でしたが、N牧師御夫妻のとしばし歓談の時が持てて嬉しく思いました。
 直接的な言葉はもちろんありませんでしたが、言葉の端々に、内海教会のこと、私たち家族のこと、教会員さんたちのことを日々祈ってくださっていることを感じました。
「あなたのために祈っているよ。」
と言われると、興醒めする部分もありますが、N先生のように祈っていることを全く語らず、黙々と日々祈っていてくださるのはほんとうに有難い気がします。
 私も黙々といろんな人の事を祈り続ける者であり続けたいと思いました。
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燻製?

2008/05/08 Thu 20:04

 今年も庭の雑草がはびこり始めたので、昨日から草焼きをしています。
 直径10cm長さ1mほどの円筒形状の灯油バーナーを使ってです。
 肩から提げて使うので、重さもそれ程苦になりません。
 昨年から使っているので扱いも慣れてきました。
 ただ厄介なのは、草を焼く煙が凄いので、隣近所で洗濯物や布団を干している時は使わないようにしている点です。
 つまり灯油バーナーが使えるのは夕方4時頃からに限られてしまうのです。
 1回の給油で40~50分持つので、2回給油して2時間弱となり、ちょうど良い塩梅ではあります。
 しかし、草焼きを終えると私はしっかりスモークされていて、壮絶に煙臭い上に、咽喉も鼻も目もゴロゴロ、クシュクシュ、ゼロゼロという有様。
 ガスマスクが欲しいなぁ・・。

除草後4
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ハッカ楊枝

2008/05/07 Wed 21:11

 長男の修学旅行みやげの爪楊枝をずっと大事に取っていました。
「北海道土産は何が良い?」
と聞かれて、とっさに
「ハッカ爪楊枝」
と答えてしまったものです。
 少ない小遣いなので土産にお金をかけるより、楽しんできてもらいたいとの親心でもありました。(それに、私は北海道は何度か行ったことがありますし、第一、札幌市に住んでいたこともあるので、お土産は無くても良い位だったのです。)
 あえて言えば、狸小路で売っていた“ハッカ楊枝”が気になりながら、買ったことも使ったこともありませんでしたし、値段も手ごろなのでお願いしたのでした。
 ところが、本当に買ってきてもらうと勿体ない気がしてなかなか使わないまま半年ほど経ってしまいました。

 あるとき長男が
「どうしてこのハッカ楊枝を使ってくれないの?欲しかったんじゃないの?」
と悲しそうに言うのです。
「ごめんごめん。勿体なくて大事に取ってあるんだ。」
「ふ~ん・・・・・・・。」

 しばらくして食後にりんごを食べる時、長男に
「ちょっと爪楊枝を取ってくれ。」
と言うと、
「もうこれ使っちゃおうか?」
と、ハッカ楊枝を取ろうとするのです。
「それ食べるときに使うものじゃないよ。」
と私。
「知ってるよ。でも、あんまり使ってくれないから・・。」

 ・・・・・。
 私がなかなか使わないのを、それほどまでに苦にしていたのか・・。
 申し訳ないぞよ。
 そういえば頻繁に楊枝を使っているのに、ハッカ楊枝は使っていない訳ですから・・(実は私には中学生のときから八重歯があって、肉など必ずと言っていいほどそこに挟まってしまうので爪楊枝は必需品なのでした)。

 で、翌日使ってみました。 

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ・・・・・・。」
 びっくりするほどスーハーします。もちろんホールズ程ではありませんが、それでもハッカの香りが次第に口全体に広がっていきます。
 まるで歯磨きしたみたいな錯覚にとらわれそうです。
 でも、もちろん、口の中が綺麗になる訳ではありません。
 結局、食後に歯磨きするのでハッカの意味も掻き消えてしまいます・・。

 不思議な存在としか言いようがありません・・。・・ハッカ楊枝・・。

 大事に取っていましたが、今ではさっさと使い切ってしまおうと思っています。

ハッカ楊枝
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明日から普通の小豆島

2008/05/06 Tue 20:20

 ゴールデンウィークも今日で終わります。
 小豆島もやっと明日からいつもの姿に戻ると思うと心なしかホッとします。
 行楽シーズンになると県外ナンバー車のオンパレードに、何処に行っても人、人、人。
 もう慣れて来ましたが、やっぱり少し落ち着きませんでした。
 いつもの小豆島が良いですね(寂しいくらいの雰囲気と、時間がゆっくり流れているような小豆島)。
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 今日は“国民の祝日に関する法律(祝日法)”によって“こどもの日”です。 
 “こどもの日”制定には大正時代から“児童愛護デー”として活動を行っていた団体が働きかけたとか、“端午の節句”は、その起源を、中国の戦国時代(約2300年前)楚(そ)の国の国王の側近である屈原(くつげん)(前340頃~前278頃)という政治家に由来するとか、日本の端午(たんご)の節句は、奈良時代から続く古い行事であるとか言われます。
 しかし、“国民の祝日に関する法律”によって制定された現在の“こどもの日”は、同法律によると“こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する”ことが趣旨だとされています。
 “母に感謝する”ことが付随しているのです!
 すごく興味深いなと思うのですが・・でも、父は何処に・・。

 こどもの日”は祝日で“ひな祭り”は祝日ではないことから男尊女卑だと言われていたものですが、父不在ということで男尊女卑とは言い切れないようですね・・。
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島の人情

2008/05/04 Sun 19:07

 今日は四連休の二日目。
 そんな今日の午後、妻の歯の詰め物が取れてしまいました。
 歯医者さんは勿論のこと何処もお休みです。
 このままでは連休明けまで診察を受けられそうもありません・・。
「おとうさん(私のこと)は時々色んな人に無理を言ったりするから恥ずかしい時がある・・。」
などと家族に言われる時もありますが、こういう時こそ本領発揮です。詰め物が取れた時の不快感や不安感を思うと、妻をこのままにはしておけません。
 電話帳片手に片っ端から歯科に電話です。
 しかし、残念ながら何処もかしこも留守なのです・・。
 仕方なく土庄町の歯医者さんに連絡した挙句、やっと一件繋がりました。
「休日なのは重々承知していますが、困っているんです・・。」
と事情を説明したところ、快く診てくださるとのこと。
「ところでわざわざ内海から土庄まで来られるのですか?」
と驚かれていましたが、背に腹は代えられませんし、こちらとしては診てくださるだけで大感激です。
 それにしても、かかりつけではないどころか一度も伺ったことも無ければ一切面識の無い者を診てくださるとは、有り難い話しです。もちろん、救急指定の歯科ではありません。
 聞けば転送電話でケータイに繋がっており、今先生は内海に居るとのこと。えーーっ。場所を聞くと教会の目と鼻の先ではないですか・・。しかも、わざわざ引き返してくれるとのこと。
 時間を示し合わせて、私たちも時間通りに伺いましたが、診察・治療も丁寧にしてくださり、“さしずめ応急処置を”と考えていたのに、なんと今日のうちに治療は完了しました。
「人情の温かさを感じるねぇ。」
そんなことを言い合いながら、心はぽっかぽかで帰途についたのでした。
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世界の先端~平和憲法

2008/05/03 Sat 14:46

 今日は憲法記念日。
 憲法といえば、小学生の頃読んだ文部省の“あたらしい憲法のはなし”を思い出します。幼心にも感動して読んだのを忘れることは出来ません。それは子供にも分かりやすく憲法の主旨や内容を伝える素晴らしい内容のものでした。
 しかし、大人になってみると、子供の頃に感動したあの憲法がないがしろにされている社会の実態に愕然とするようになりました。時代の流れの中でいつのまにか憲法が置き去りにされているのです。
 世界の最先端を行く平和憲法が泣いています。
 その本(“あたらしい憲法のはなし”)はもう手元に無く、“六.戦争の放棄”の項のメモしか残っていませんが、参考までに載せてみます。
 インターネットで検索すれば“あたらしい憲法のはなし”は読めると思います。ぜひ読み直してみることをお勧めします。
 今にしてみると、こんな文章を文部省が発行していたとは驚きの事実かもしれません。
 初心に帰って欲しいなぁ、日本。

六 戦争の放棄
 みなさんの中には、今度の戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。
 そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは、「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
 もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戦争が、二度と起こらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。
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連休

2008/05/02 Fri 16:57

 いよいよ明日から連休が始まります。
 いつもは何処に行っても閑散としている感の小豆島も、GWには別の顔を見せ賑わいます。
 そんな時出かけてもしんどいだけなので家でのんびり過ごすことにします。
 どうせ出かけるなら、人が多くて疲れるより、寂しくても、いつもの小豆島に戻ってからの方が良いです。

塀と山


マルキンと山


24の


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デジャブ!?

2008/05/01 Thu 21:24

 数日前、ブラジル移民のことについて書きました。
 その中で岡山時代に教会に来ていた日系ブラジル人の方の事にも触れましたが、何となく車の免許のことを思い出して笑ってしまいました。
 それはある年の秋、日系ブラジル人ニ世のYさんが
「国際免許ガ欲シイ。家族ノタメニモ車ヲ運転シタイ。」
とおっしゃるのです。
「それも良いかもしれませんね。」
と答えると
「デハ、一緒ニ免許センターニ行ッテクダサイ。」
と同道を頼まれてしまいました。
 免許センターには既に問い合わせておられて、“通訳の人と一緒に来ること”が必須条件だというのです。
 ・・・。私はポルトガル語なんて出来ないから通訳なんて無理難題です。しかし、それ以前にY.Gさんは日本語ペラペラなのです・・。
 話しを聞いてみると、日本語が出来るのは向こうもよく分かっているけれど“決まりだから”形だけでも良いので誰か日本人を連れて来てくれと言われたようなのです。
 好奇心旺盛なのもあり、喜んで同行することにしました。
 免許センターに行くと
「外国人のための国際免許用の講習などありませんから、とりあえず“免許を失効した方のための講習”に出て頂きましょうか。」
ということで“免許を失効した方のための講習”に出ることに。
 言うまでもなく、免許の更新を忘れてうっかり失効した人を救済するための講習なのでした。
 しかし、そのつまらないことと言ったら凄いものがありました・・。けだるい喋り口調の講師は“親父ギャグ”を無意味にちりばめたトークですし、“生徒は免許を失効するうっかり八兵衛”だと決め付けた口調。Y.Gさんと“仕方ないねぇ”と顔を見合わせながら時間の過ぎるのをただ待つのみでした。
 辛抱と引き換えに国際免許は簡単に発行してもらえ、Y.Gさんは大喜びでした。めでたしめでたし・・と言いたいところですが、その数日後Y.Gさんの息子(日系ブラジル人三世)のY.Kさんから
「父カラ国際免許取得ハ簡単ダッタ事ヲ聞キマシタ。私モ欲シイデスネ。」
 親父さんに付き合って、息子を断るのも変なので、しぶしぶ同行することに。
 またもや免許センターには既に問い合わせており、この前からちょうど一週間後に行くことになっていました。
 ちょうど一週間後というのでやや不安感がありましたが見事大当たり。
「外国人のための国際免許用の講習などありませんから、とりあえず“免許を失効した方のための講習”に出て頂きましょうか。」
受付は先週のおじさんでした。
 教室で始まるのを待っていると、やはりあの講師が・・。しかも、同じ内容、同じギャグ、同じけだるさ・・。
 免許を手にしたY.Kさんの満面の笑みに少しは癒されつつも、寂寞とした空しい風が胸に吹いてくるのでした・・。
 “今回は苦行だったなぁ。もうこりごりだ”と思ったのも束の間、しばらくして自分の免許証を何気なく見てみたら、“失効”してるではないですか・・・。がーん、がーん、がーん・・・・・・・・・・。ほんの数週間後にまた免許センターに行くことに・・。
「あのう・・、免許を失効してしまって・・。」
 窓口に行くと見慣れた受付のおじさん・・。
 教室でも見慣れた教官・・。同じ内容、同じギャグ、同じけだるさ・・。
 自分の責任なのは重々承知していますが、せめてあの国際免許の講習が“免許を失効した方のための講習”にされていなければもう少しマシだったのにと受付のおじさんを逆恨みしそうな私でした。
 
 
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