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プロフィール

三野慶仁(サンノヨシヒト) HN:ショウゴ

Author:三野慶仁(サンノヨシヒト) HN:ショウゴ
1961年高知市生まれ。4児の父。
趣味はバイクと読書に写真。
小豆島の小さな教会の牧師。
2006年9月21日ブログを開始。
出来るだけ毎日更新中。
詳しいプロフィールは「内海教会ウェブサイト」で。リンクあります。
写真背景はエンジェルロードです。

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続く

 解決策も見つからないまま、しんどい思いが続いているのはとてもきついものです。
 ルソーの言葉を思い出しました。
 “長い悲しみよりは激しい苦しみのほうが魂は抵抗しやすい”
 せめていつまで続くのかさえ分かればまだ楽なのですが・・。
 “主よいつまでなのですか”(口語訳聖書詩編13編)・・。

フェリー 逆光

新聞への投稿

 新聞の読者の欄に投稿したことが過去2回ありました。
 松山に居るとき愛媛新聞で1回、小豆島に来てから四国新聞で1回。
 しかも、2回とも掲載されたので打率10割だと冗談半分に言っていましたが、昨日(7月28日)も四国新聞の読者のページに3回目の投稿が載りました。これで3打数3安打の10割です。
 でも、そんなのはたまたまでしょう(100回位投稿して10割なら凄いですけど)。
 昨日掲載されたのは、ナイフの規制強化に伴って回収も必要ではないかと言う提言でした。
 既に市場に出回っているナイフ類を一本でも減らすことも考えてしかるべきだと思うからです。
 風潮から手放すことを考えたとしても、不燃ゴミとして捨てる事もままなりません(一歩間違うと大騒ぎになるかもしれません)。
 個人売買や譲渡では根本的な解決にはなりません。
 そんなことを書いてみたのですが、編集部に少し文章をいじられたり削除されたりしているので原文のままではありません。それが少し心残りです。そういえば前回もそうでした・・。
 

失敗失態恐縮至極

 またもや失敗です。
 失態と言ったほうがいいかもしれません。
 しかも、相手のあることで、相手に対して失礼なミスを重ねてしまったのです・・。
 委員会のミスがあったので、相手に対して委員長として謝罪しておかなければならないところでしたが、うっかりし損なっていたのでした・・。ミスのフォローをしなかったというとんでもない二重のミス・・。
 昨日先方からお叱りのメールを頂き全く恐縮してしまいました。申し訳ないやら、情けないやら・・。
 確かに一度は電話したものの、そのときは(留守だったか話中だったかで)つながらなかったのでした。他にも同様の連絡をしなければならないところが複数あったのと、その後急を要する雑務に追われてしまったため、完全にうっかりしてしまっていたのでした・・。
 ブログを一週間書けなくなっしまう事態もありましたし・・。
 しかし、そうとは言っても言い訳は出来ません。平謝りするしかありません。完全に私の失態です。
 おおらかと言えばおおらか、アバウトと言えばアバウト・・、でも、注意力の欠如以外の何ものでもありません。十分反省して過ちは繰り返さぬよう心して努める所存です。

楽しい思い出

 以前関わっていた精神障害者の小規模作業所のメンバーの中に、度々記憶解離してしまう人がいました(“解離”とは激しい心的外傷の結果に防衛機制として働く機能のことで、ある出来事を受け止めきれない場合に、その出来事やそれに関するもの、感情などを無意識的に切り離すために起こる現象のことです)。
 何かあるとしょっちゅう記憶が飛んでしまうのですから生活は大変ですし、付き合わされる周りも大変でした。毎度毎度置かれている状況を説明しなくてはなりませんし、人格が変わる場合などは初対面ということになってしまうので特に大変で、その都度自己紹介も必要なのでした。
 しかし、時々そんな彼のことを“羨ましい”と言う人が必ず出てきたのが面白いところです(そういう私だって羨ましいと思ったことは何度かありました)。何が羨ましいかと言うと、彼の記憶には“嫌な記憶が微塵も存在していない”ということです。
 ネガティブな記憶はすぐに飛んで行ってしまうのですから当然と言えば当然で、必然的にポジティブな記憶しか残らないということになるのでした。本人も“それだけが唯一のメリットかなぁ”とか言っていたように記憶しています。
 ところが、先日何気なく観ていたテレビで、人の記憶の良い思い出と嫌な思い出の割合は決まっていて、それぞれ6割(良い思い出)、4割(嫌な思い出)だと言っていました。大体どのような世代にアンケート調査してもそのような結果になるらしいのです。
 つまり、人は嫌な記憶は無意識的に消し去って、良い記憶は思い出に留める傾向にあるということで、それは記憶解離してしまう神経症の人だけでなく、すべての人間に備わった能力として存在しているということになります。
 そう思うとなんだか大胆に生きていけそうな気がします。
 以前新聞で読んだ “今までで一番楽しかった思い出は?”という中高生へのアンケートの答えで一番多かったのは“家族旅行”だったと記憶にあります。思春期は親に反抗したり、疎ましがったり、口をきかなかったり、家族より友人が大切だったり、自立心にはやったりする時期です。そういう世代の“今までで一番楽しかった思い出は?”の答えが“家族旅行”とは意味深長な気がします。
 そういえば、途中で土砂降りになったり、車が故障して立ち往生したりなど、散々な出来事に見舞われる旅でも、家族と一緒だったら楽しい思い出になっている気がします。
家族との生きた関係とその思い出が、人の自立や独り立ちの力になって行けるのかもしれません。何よりも楽しかろうが苦しかろうが、家族旅行は“良い思い出”になるという事実は父となった身としては、とても励まされる気がしてなりません。
 思い切り (と言っても、そこそこ限度はありますが)、出来れば大胆に(それなりの大胆さで)、この夏も家族と何かしたいなと熱く思う父でした。

アナログの表示

 つい最近、テレビの右上に“アナログ”の文字があるのが気になっていました。
 番組名か、はたまた企画名かと思いきや、どうやらそうではないようで(第一どの番組でも“アナログ”となっているのがおかしい)、2011年のアナログ放送中止に向けてのデモンストレーションのようなものらしいのです(大きなお世話とはこのこと)。
 つまり、あの文字は“お宅のテレビは、いまだにアナログのテレビなんですよ”というメッセージとのことで、デジタルのテレビ(受像機)には表示されていないそうです。
 関係者はデジタルの普及率が良くないと危惧して“デジタル”表示に踏み切ったのでしょうが、今のところ、別にアナログで困ることも無い訳ですから、慌ててデジタルに飛びつく必要もありません。
 アナログ放送が中止されるまであと3年もあります。通産省によると家電品の修理部品ストックの保管期間は6年と定められている(メーカーによって1〜2年延長している)そうですから、電化製品の寿命は最短6〜7年ということになります。買い換えるにはやはり早すぎます。
 リサイクル料もかかりますし、デジタルだの画像が綺麗だの、薄型などもすぐに変えかえる理由となる付加価値とは言い切れません・・。
 それに、急かされたり、“皆さんこれを買われていますよ”などというセールストークにカチンと来てしまう私のような御仁も居るはずです。庶民を甘く見ないでほしいな。
 ・・少しプレッシャーを感じてはいますが・・。

心配をおかけしました。再開します。

 しばらくお休みさせて頂いていましたが、再開することにしました。
 少し辛い出来事があったので、お休みしていました。
 楽しみにしていてくださった皆様には申し訳ありませんでした。
 それはブログに書けるような内容ではないし、かといって別のことばかり書く器用さも持ち合わせていなかったのです。
 本当はもう止めてしまおうかとも思ったのですが、心配してくださる方々に励まされた思いです(コメントやメールを下さった方ありがとうございました)。
 自分の弱さを思うと同時に、そんな弱さの中で何かを見つけながら生きていく事の大切さなど学ばされた思いです。

 そういえば聖書にこんな言葉があります(6月にもちょっと触れたような気がしますが・・)。

 「すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」(コリントの信徒への手紙 ニ 12章9節)

屁理屈を言う人

 牧師をしていると実にいろんな人と出会います。
 中には相性の合わない人や苦手な人もいますが、余程のことでもない限り無視したり切り捨てたりしないので、大抵正面から向き合うことになり、結果的にいろんなことを学ばされることもしばしばあります。
 たとえば“屁理屈を言う人”ですが、そういう人の中には、単に“自分勝手”や“わがまま”とも言い切れない人の居ることが分かってきました。
 もちろん屁理屈を言う人は理屈が通じないのでややこしいのですが、よくよく話しを聞いていると、“困って”いたり、“打開策が見つからなくてオロオロしている”ようなケースも多いのです。
 もうどうしようもなくなっていることを本人が気づいているので、屁理屈をこねるしかなくなっているということです。
 はっきり言ってSOSを発信しているのですから、論理的に外堀から埋め始めて、とどめに理屈で押さえつけるようなことをしては酷なのです。
 ですからどのような場合でも、“どうしてこの人は屁理屈を言うのかな”と言うところから考えていくと、一緒に解決策を見つけたりすることも出来ます。
 意外と可愛い性格だったりします。
 もっとも、可愛いには可愛い人だけど、少しおっちょこちょいで、結果的にしょっちゅう自分を窮地に追いやってしまうために屁理屈にすぐ結び着いてしまう人は、可愛い性格なのが分かっても、“もうちょっとがんばっといてほしいなぁ・・”とか“勘弁してほしいなぁ・・”などと思ってしまいます・・。

今日も船上の人

 実は今日も仕事のため島から出かけました。
 教区だより編集委員会が今日は多度津であったのです。
 しかし、それにしても毎週のように3日連続、4日連続で行事が入るものだと、半分あきれるほど驚いています。
 本日もろもろの仕事を終えたときは18時頃で、帰りの船は19時30分発池田港行きとなりました。

サンポートの夜

 少々疲れたのと、暑さと冷房の寒暖の差に辟易していたのもあり、船室ではなく屋上でのんびりしてみました。今日は誰も屋上に来なかったので、一人で夜景を眺めながらの快適な1時間でした。
 しかし、小豆島に着任したての頃は、高松などに出かけた時、帰りの船から高松のサンポートの灯りを眺めて郷愁のような侘しくも寂しい気分に鬱々としたものです。街から田舎に行かねばならぬ寂しさというような気分だったのです。
 ところが、今では同じサンポートの灯りを船上より眺めると、喧騒から開放されて、静寂と安らぎの我が家に帰れるという安堵感を感じるのですから面白いものです。
 しかも、今では夜だろうと、屋島や大島、女木島や男木島、豊島、小豊島などの区別や位置関係もバッチリなので何処の辺りを航行中かも把握できるため、景色を堪能する度合いも以前とは格段の差があります。
 船の時間は1時間も掛かるので、出かけるのには確かにネックですが、自分で運転する必要も無い道中であり、しかものんびり出来る時間という大きなメリットなんだと受け止めています。

フル回転

 連日出かけてばかりです。もちろん仕事です。
 今日は“信徒修養会準備会”のため屋島教会へ行って来ました。
 しかも、行きの船中で諸活動(“青年委員会”や“教区だより”など)に関しての電話連絡で殆ど時間を費やすという無駄の無さ。
 分区長になって忙しくなったものの、時間のやりくりが少し上手になってきたようです。
 しかも、朝は家族サービスで近所の浜へ海水浴に行って来るという荒業。
 実は昨日、次男の幼稚園では海水浴の行事があり、どの家庭でもだいたい両親や兄弟揃っての参加なのですが、牧師ですから日曜日の午前中に教会を離れるわけには行きません。したがって昨日は三男も残して妻に行ってもらったのでした(一人で子供二人の面倒をみるのは困難なため)。
 小豆島では殆どの幼稚園行事は日曜日のため、きちんと参加できないのは日常茶飯なのです。子供たちには申し訳ないと思いつつも、どうしようもありません。
 しかも、昨日は青年委員会に出かける必要があったため、途中で帰ってきてもらわなければなりませんでした・・。
 それでも、息子に聞くと、“とにかく楽しかった”ということで、“お父さんや弟(2歳の三男)も連れて行ったあげたい”し、“自分もまた行きたい”、“早く行きたい”、というので、“それならよっしゃ、今日連れてったる”ということになったのでした。
 かといって午後1時までに屋島に行かなければならないので、朝9時頃から1時間半程度の間です。幼稚園は振り返り休日ですし、牧師は月曜日が休みというのが相場なので何の問題もなくレッツゴーなのでした。
 海水浴場の“オリーブビーチ”は車で5分程の距離。オリーブ公園のすぐ南です。

オリーブビーチ1

 平日の午前だけあって、さすがに誰も居らず貸切状態。しかも、私は始めての海がとても綺麗だったのでとても感激しました。今までは坂手というところの海水浴場(地元の人達が良く行く海)しか行った事はなかったのでした。

オリーブビーチ2

 と言うのもこのオリーブビーチは人気スポットなので、シーズンになると人が多すぎる上に、駐車場代の徴収が行われるので敬遠していたのです。
 しかし、写真でもお分かりいただけるようにロケーションも水もとても綺麗なところで、子供のおかげで、ほんのちっょっと贅沢できたような気がしました。
 もっとも、短時間とは言え体力を使ったので、今日は少し疲れ気味でしたけど・・。
 ・・それでも父はがんばるのでした。

日曜日高松での集まりは14時30分以降なのか

 今日の午後は香川分区の青年委員会で聖書研究会を担当するために香川教会へ出かけました。
 青年委員会開始時間は14時という、小豆島から出かける身にとってはいささか微妙な時間だったものの、たぶん大丈夫だろうと“OK”していましたが、これが計算違いどころか大きな勘違い・・。
 14時に高松市内の教会に行くには12時20分土庄港発のフェリーに乗るしかなく、そのフェリーに間に合うためには11時45分に出発しなければならないのです(土庄港まで30分程度)。
 ところが今日は第2日曜日だったため、内海教会では礼拝後に“聖書を読む会”がある日で、礼拝が終わる11時20分から始めたとしても全く中途半端なのでした。
 結局、今日は皆さんに無理を言って、用意したプリント(A4用紙4枚)を読んで頂くようにしましたが、大変申し訳ないことだったと後悔しています。皆さん本当に御免なさい。
 後から、香川分区の青年委員会の開始時間を14時30分(30分遅く)にさえして頂いていれば問題なかったことに気付き悔やんでしまいました。
 そういうのも、内海教会の聖書の学びはいつも1時間前後なので、ロスタイムさえ出さないように気をつけていれば12時30分までに終えることは可能ですから、そうなると13時丁度の池田港発のフェリーに乗ることが出来、高松港着が14時ですから、余裕で14時30分に間に合う計算になるのでした・・(池田港まで12分程度)。
 ほんのちょっとの時間設定の差で、出発時間が大きく変わる現実を突きつけられてしまいました(もっとも、それも私がバイクで移動しているから可能なことで、公共交通機関のみだとしたら、恐ろしく時間が掛かってしまいますが)。
 しかし、そこまでして開始時間前に到着したのに、肝心の青年たちの到着が15時30分だったのにはズッコケてしまいました・・。涙。
 でも、何とか夏の計画について話し合うことが出来て良かったです。
 

分かっちゃいるけど捨てられぬ

 “片付け上手は捨て上手”などと言われます。
 しかし“分かっちゃいるけど捨てられぬ”のが私。
 細々としたものから大きなものまで結構大事に取ってあったりします。
 文房具類や工具類に各種修理用具・用品から、ピンバッチやミニカー(もちろん1/43モデル)のコレクションに、パソコン関係の空箱やロボットのフィギュアだとか、実に雑多です。
 もともと物持ちが良く、鞄や文房具など何十年も愛用しているものが多数あります。
 愛用しているシャープペンシルなど、高校3年生のときに文化祭のバザーで買ったもの(70円)ですから、28年も使い続けている計算になります。
 ところが、妻は私と正反対で、実に見事にいろんなものを捨ててしまう達人です。
 物に執着しない姿勢は鮮やかとしか言いようがありません。
 そういう妻の姿勢を見ていると、なんだか自分は過去や思い出にしがみついているような部分が多いのかなと反省してみたくなってしまいます。
 それで、妻につられていろんなものを捨ててみたりする事もたまにあるのです。
 そのときは一大決心でありつつも“本当に必要ないものを後生大事に持っていたんだ”という事実に気付かされます。
 そんな時、なんとなく“未来を見つめる視点に生きられそうな気がする”のが快感ですが、ほんのちょっと時間が経てば“これ、いつか必要になるんじゃないかな・・”などと元の木阿弥状態の気持ちが沸々と湧いてきてしまうのでした。
 まだまだ修行が足らないようです。

きゅうり三昧

 収穫のシーズンなのでしょう、最近“きゅうり”をよく頂きます。
 そう言う今日も教会員さんから
「畑で沢山取れたから差し上げましょうか。」
との電話を頂きました。
 普段なら嬉しいのですが、実はこのところ毎日きゅうりを食しているにも関わらず、冷蔵庫にはまだ10本以上のきゅうりが横たわっているので、申し訳ないと思いつつ今回はお断りしてしまいました。さすがにこれ以上増えると消費する自信がありません。
 殆ど同時に妻が近所の方に頂き、私がバイク屋さんで頂き、次男が幼稚園の畑の収穫だと持ち帰ってきたので一時はすごいことになっていました。
 毎日食べるにしても、飽きてしまうともっと大変なことになるので、切り方を変えたり、ポン酢やいろんなドレッシングを掛けたり、竹輪に詰めたり、別の料理に載せたりと、妻と二人であの手この手で知恵を出し合っている毎日です。
 しかし、そういう何でもない事も楽しみになっているのが愉快ではあります。

すごいの?何が普通なの?

 今年S教会に赴任してこられたS牧師とは趣味が合うため、最近すごく意気投合してきました。
 とは言え、プラモデルやロボットアニメ好きといういたって子供じみた部分が多いので大きな声で言えません。しかし、そうは言っても、礼拝学や聖書学という真面目な分野でも気が合うのです。念のため(もちろん、バイク好きなのは言うまでもありませんが・・)。
 そんなS牧師と
「やっぱり男って幾つになってもオモチャみたいなもの好きだよね。」
などと下らぬ自己弁護のような話しをしていると、不意にS牧師が
「そういえばM教会のI先生ってすごいと思いますよね。」
「どうして?何が?」
「だって、オモチャなんかひとつも持ってなさそうじゃないですか・・。」
「そうだね・・。」
 しかし・・。確かにロボットのフィギュアやガンプラを持っている私たちからすればすごいのかもしれませんが、よくよく考えてみるとそれは極め普通だったりなんかして・・(しかも、I牧師と私は同い年で、S牧師は私より10歳以上年下なのでした・・)。

継続しなくちゃ

 最近行事が多かったのと雨が続いたのとで、庭の草抜きや草焼きが出来なかったのですが、いつの間にか猫じゃらしなどがうじゃうじゃと生え始めているではありませんか・・。
 これはいけないと軽い腰をあげて草抜きをしましたが、久しぶりのためか足がガクガクになってしまいました。継続していけば慣れていくのに、ちょっと休むとこの有様です・・。
 そういえば自転車だって、最近久しぶりに乗ってみると、こいでるはなから太ももの裏側に鈍い疲労感と痛みを感じましたし・・。
 なにごとも継続が大切なのだと身をもって実感しています。

三都半島 釈迦ケ浜

 教会で毎週発行している“週報”の表紙に、自分で撮ったいつも違う写真を載せているのですが、忙しくて写真など撮っていない週ははたと困ってしまいます。
 前にも言いましたように、先週は忙しかったので写真など撮る間が無く、こんなときは以前に撮った写真を利用することになります。とは言え、そういうことも再々しているので、ストックも底を尽きてしまい困ってしまいました。探せば何かあるでしょうが、楽しみにして下さっている方もいらっしゃるので、ボツにしたものは使わないようにしています。
 そうしているうちに、以前、三都半島の釈迦ケ浜で撮った写真を思い出し、面白半分に使ってみました。浜に打ち上げられたくらげの写真です。

くらげ

 このままでは何か分からないので、浜に“くらげ”と書いてしまっていたものです。
 意外と味があるのでまあいいかと、少しばかり安直でしたが、気に入らない風景写真を無責任に載せるよりはいいかなと・・。
 そうそう、三都半島と言うのは、小豆島の形を牛に見立てると前足部分で、釈迦ケ浜は一番先端となります。

釈迦ケ浜灯台

 これはフェリー(草壁〜高松)から見た釈迦ケ浜です。灯台も見えます。灯台の東(写真では左下方)に整備された駐車場があり、綺麗なトイレもあります。

釈迦ケ浜駐車場トイレ

 そのすぐ下には休憩所があり、潮風に当たりながらお弁当やお菓子を食べる方も居るようです。フェリーがすぐ近くを通るのは圧巻です。

釈迦ケ浜休憩所

 更に下に下りると砂の浜辺が広がり、散策にももってこいです。

釈迦ヶ浜

 意外と横長なので歩きすぎると引き返すのがしんどいので注意しましょう。でも、ずっと東の方まで行くと、刺身のツマになる海藻類が採れるそうです。

釈迦ケ浜の石

 ずっと東まで行くと、砂浜がいつの間にか小石の浜になります。
 三都半島まではオリーブ園から車で10数分で行ける距離です。途中、寄り道をすれば“長崎のしし垣”や“風穴庵”など見所もあります。しかし、何より途中の景色もなかなかのものです。観光コースには入っていないようですが、結構お勧めです。

うっかり八兵衛

 昨日から“スピード・レーサー”という映画が全国で封切られました。これは昭和40年代の日本のテレビアニメ(タツノコプロ)“マッハGoGoGo”がアメリカで実写リメイクされた作品です。
 私も少年時代熱中した思い出が甦ります。その大人びたタッチといい、007みたいな秘密の仕掛けや、何よりそのスピード感など、魅力満載のアニメでした。
 今回は外国人による実写ですから、感情移入できるかどうかよく分かりませんが、それ以前にこちらが年を取ってしまったのがネックのような気がします。やっぱり映画館にまで足を運ぶとなると躊躇します。第一、小豆島には映画館など一軒も存在しないのです・・。
 そういえば“マッハGoGoGo”は颯爽としたその主題歌も大好きでしたが、歌っていたのはかつて“水戸黄門”の“うっかり八兵衛”でお馴染みだった高橋元太郎氏なのでした。
 話しは逸れますが、私はこの“うっかり八兵衛”が大好きで、数年前、フィギュアが発売されたとき、その出来の良さに思わず買おうかと悩んだくらいです(買いませんでしたが・・)。
 しかし、“うっかり”というニックネームに甘んじるキャラクターってすごいと思いませんか。それもこれも高橋元太郎氏の魅力だと思います。黄門様、助さん格さん、風車の矢七を演じる役者さんは変わっても、うっかり八兵衛を演じる方は現れていません。たぶん見つからないのではないでしょうか。
 “スピード・レーサー”も主題歌が高橋元太郎氏だったとしたら、英語の歌詞であっても、全然別の歌であっても観に行っているかもしれません・・。
 訳の分からないことをグタグだと言っていますが、結局、“スピード・レーサー”は“マッハGoGoGo”とは別物だということを言いたかったのだと分かりました。

何をどのように目指すか

 “KJ法”という創造性開発(または創造的問題解決)の技法があります。文化人類学者であった元東京工業大学教授の川喜田二郎氏が考案したものです(川喜田二郎氏のイニシャルから“KJ法”と名付けられた)。
 「“KJ法”ってどういう意味が知らないけどしたことある」
と言われる方も多いのではないでしょうか。
 ブレーン・ストーミングなどで出されたアイデアや意見、もしくは各種の調査現場から収集された多種多様の情報を1枚ずつ小さいカードに書き込み、近い感じのカード同士を2〜3枚ずつ集めてグループ化し、それらを小グループから中グループ、大グループへと組み立てて図解していき、この作業からテーマの解決に役立つヒントやひらめきを生み出そうとするものです(“KJ法”は、もともと川喜田二郎氏が文化人類学者としての自分自身の学術調査のデータをまとめるためと、調査団のチーム作りのために考案したものですが、その後、川喜田氏自身や周囲の研究者たちの協力で、いろんな発展型を生み出しています)。
 私も何度かしたことがあります。この方法による物事の問題点の分析などは、行っていると結構燃えるので楽しいし、問題点などの構造が明確化される良さはあるのですが、問題点や課題などが明確化された後、次のステージはどうすべきかという最終的な方向性などが示されるかどうかは別問題というもろさを感じるのです。
 実は人間関係やいろんな事柄の問題についても同じような事を感じることがあります。
 “この問題の責任は誰にあるのか”といったことを追求する議論など、特にそんな気がしてなりません。“誰がどのように何をしたから良くなかったのであって、どのようにどうすべきだったか”ということを話し合い、明確化していくことが本来大切で、“悪者探し”のような議論になってしまうと、関係もギクシャクしますし、本質と全然別の感情論でドロドロしてしまうと思うのです。
 先日ある会議の席上で、感情的に語られているように見受けられた方に
「悪者探しはやめませんか」
と言ったところ、火に油を注いだようになってしまいとても残念でした。
 どのような未来図に向かって行きたいかを確認しあいながらの協議なら、ギスギスすることもないし、感情のぶつけ合いも無く、どんなにしんどい議論も楽しくなると思うのですが・・。
 無理なのかなぁ・・。
 (そうそう、誤解があってはいけませんので一言申し添えてきますが、“KJ法”はなかなか面白いものですよ。)

アリス

 1800年代後半のイギリスのベストセラーとはいえ、ディズニー映画になっていなければ、こんなに誰もが知っている作品ではなかったかもしれないと思う“不思議の国のアリス”は、英オックスフォード大で数学講師をしていたチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンが、ルイス・キャロルのペンネームで1860年代〜1870年代に出版した数冊の児童文学シリーズです。
 1862年に知人の娘アリス・リデルをモデルに“地下の国のアリス”を執筆し、1865年に加筆して“不思議の国のアリス”が出版されました。さらに1871年には続編“鏡の国のアリス”が出版されました。
 この本を読んで言葉遊びを感じるように、著者は言葉遊びが得意だったようです。実際、彼のペンネームにしても、本名の“Charles Lutwidge”をラテン語にして、それをまた英語にして “Lewis Carroll”となったと言います(日本人にはちょっと想像出来ませんが・・)。
 この“アリス”シリーズが出版された当時、ヴィクトリア女王も愛読したと言われるほど相当のべストセラーだったようです。
 面白いのはこのヴィクトリア女王とのやりとりです(高校のとき国語の先生に聞いた話)。
 ヴィクトリア女王がルイス・キャロルに“こんなに楽しい本はないわ。次に出版される本も是非読みたい”と言ったところ、次に出版された著書がちゃんと届けられたものの、それは難解な数学の専門書だったと言う話です(専門の数学・論理学の著書が多数あるのです)。
 言葉遊びが過ぎると言うか、しゃれっ気たっぷりと言うべきでしょうか。
 ちなみに、最初の“地下の国のアリス”が出版されたのは(1862年の)7月4日、アメリカの独立記念日(こちらは1776年)と同じ日なのでした。関係ありませんが、千葉にいる友人S君の誕生日でもあります(196○年)。おめでとう。
 

のんびりほのぼの感

 実を言うと、先週の土曜日(6/28)から、会議や所用のため出かけてばかりでした。
 6月28日(土)はプライベートでしたが、6月29日(日)は内海教会で礼拝した後に午後3時から坂出教会で牧師就任式。翌6月30日(月)は会議と家庭訪問(7月1日のブログに書きました)。7月2日(火)は多度津で香川分区教師会と伝道協議会。
 さすがに4日連続となると疲れてしまいました(ダブルヘッダーもありましたし、他の方々と違ってフェリーの時間も加算されます)。
 その期間は気持ちが張っているのと、集中しているのとで元気いっぱいなのですが、後からどっと疲れが噴き出してくるみたいです(昨日も今日もけだるさが残っています)。
 まるで筋肉痛みたいだなと思いました。若い時と違って後から時間差でやって来ますから・・。
 いろんな人が大変だねと言ってくださいますし、実際大変には違いないのですが、実は(自己矛盾ではないですが)意外と苦痛ではないのです。
 それは、フェリーでの帰途、小豆島が見えてくると“ホッ”と感じる安堵感から始まり、疲れた心身が小豆島ならではの“のんびりほのぼの感”で癒されるからなのです。
 それは島暮らしをしていない人には分からないかもしれません。
 (小豆島に移住する人を町では募集していますが、私もお勧めです。責任は取れませんが、可能な方はどうですか?)

うどんの日

 今日7月2日は“うどんの日”です。
 よくある語呂合わせではないこともあり、知っている人は知っているのに知らない人は全く知らない日でしょう。第一これは香川県生麺事業協同組合が決めた日のようです。
 7月2日は夏至から11日目にあたる半夏生の日で(半夏はサトイモ科のカラスビシャクのことで、今頃生えるのです)、農繁期が一段落する頃でもあり、香川の農家では日頃の労をねぎらい、うどんを作って食べるという風習があったらしいのです。
 率直に言うとPRデーです(1980年)。
 スーパーなどでは“うどんの日”にちなんで、お惣菜などうどんものを充実して販売していました。土用丑の日のノリのようです。
 “しかし、香川では毎日がうどんの日ではないかな”と思うのですが・・。

親離れ、子離れ

 今春より県外の高校に行ってしまった長女に昨日久しぶりに会いました。
 予想通り飄々と楽しそうにしていて安心しましたが、“少しは寂しそうにしてくれても良いのにな”とも思うのでした。
 そうそう、どうして会ったのかと言うと“家庭訪問”なのでした。普通、高校で家庭訪問など聞いたことありませんが、娘の高校では家庭訪問があるのだそうです。
 しかし、家庭訪問と言っても、昨日は私が学校に出向くという変則的なもの(家庭訪問?)でした。
 「三野さんのお宅は遠いので、学校に来てください。」
 ・・・。それで家庭訪問になるのかな・・。
 “ま、いいか”ということでそうなったのでした。
 でも、どちらからでも同じ距離ですけどね・・。
 とにかく、娘は学校でも寮でも楽しくがんばっているとのこと。
 ますますたくましくなる娘を嬉しく思う反面、親離れしつつある現実に寂しさを感じる父でした。
 ・・せめて別れ際くらい名残惜しそうにしてくれても良いのになぁ・・。

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