“KJ法”という創造性開発(または創造的問題解決)の技法があります。文化人類学者であった元東京工業大学教授の川喜田二郎氏が考案したものです(川喜田二郎氏のイニシャルから“KJ法”と名付けられた)。
「“KJ法”ってどういう意味が知らないけどしたことある」
と言われる方も多いのではないでしょうか。
ブレーン・ストーミングなどで出されたアイデアや意見、もしくは各種の調査現場から収集された多種多様の情報を1枚ずつ小さいカードに書き込み、近い感じのカード同士を2〜3枚ずつ集めてグループ化し、それらを小グループから中グループ、大グループへと組み立てて図解していき、この作業からテーマの解決に役立つヒントやひらめきを生み出そうとするものです(“KJ法”は、もともと川喜田二郎氏が文化人類学者としての自分自身の学術調査のデータをまとめるためと、調査団のチーム作りのために考案したものですが、その後、川喜田氏自身や周囲の研究者たちの協力で、いろんな発展型を生み出しています)。
私も何度かしたことがあります。この方法による物事の問題点の分析などは、行っていると結構燃えるので楽しいし、問題点などの構造が明確化される良さはあるのですが、問題点や課題などが明確化された後、次のステージはどうすべきかという最終的な方向性などが示されるかどうかは別問題というもろさを感じるのです。
実は人間関係やいろんな事柄の問題についても同じような事を感じることがあります。
“この問題の責任は誰にあるのか”といったことを追求する議論など、特にそんな気がしてなりません。“誰がどのように何をしたから良くなかったのであって、どのようにどうすべきだったか”ということを話し合い、明確化していくことが本来大切で、“悪者探し”のような議論になってしまうと、関係もギクシャクしますし、本質と全然別の感情論でドロドロしてしまうと思うのです。
先日ある会議の席上で、感情的に語られているように見受けられた方に
「悪者探しはやめませんか」
と言ったところ、火に油を注いだようになってしまいとても残念でした。
どのような未来図に向かって行きたいかを確認しあいながらの協議なら、ギスギスすることもないし、感情のぶつけ合いも無く、どんなにしんどい議論も楽しくなると思うのですが・・。
無理なのかなぁ・・。
(そうそう、誤解があってはいけませんので一言申し添えてきますが、“KJ法”はなかなか面白いものですよ。)