「わたしは無神論者です。」
と言われる方に時々お会いすることがあります。
 日本の宗教人口は国民数より多く2億人を突破していると聞きますし、八百万の神様を信じている国民性からしても、無神論者と自称する人が多いというのは不思議ですが、日本では宗教が自己のものというより家の宗教、代々受け継がれているものという意識が強いからなのかもしれません。
 つまり“家の宗教は確かに○○宗だけど、自分は教理もよく知らないし、明確な意識を持って信じているわけではない”ということなのでしょう。
 恐らく外国では信じられないような感覚だと思いますが、日本人としては何となくそんな考え方があることや、そんな考え方をしていても不思議ではないという気がします。
 日本という国がそういう文化や伝統でここまで来ているからです。
 ですからいまさらそのことを批判するつもりもありません。
 ただ、外国の方にはくれぐれも
「わたしは無神論者でしてね・・」
などとは言わないほうが良いとだけアドバイスさせて頂きたいと思うだけです。
 日本では“特別熱心に信仰心を持ってない”というような意味で“無神論者”という言葉を軽々と使いますが、“無神論”とはその典型とされる唯物論もあれば、神の観念が多様であることから、神の定義如何によってどんな考え方も無神論とみなしうるものですし、またその逆も成り立つという複雑怪奇なシロモノなのです。
 一神教の側から汎神論宗教や仏教を“無神論”と考えたりすることがあるかと思いきや、逆に多神教の側から一神教を“無神論”とすることもあります。
 語り出すときりがなく深くなっていくのが“無神論”なのです。
 つまり、不用意に“無神論”とか“無神論者”という言葉を発してしまうと、時には相手の好奇心をくすぐって
「ほほう、それは凄い。よろしかったらあなたの無神論をお聞かせいただけませんか。」
などとややこしい事になってしまうかもしれないのです。
 
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誕生日を迎えて

2008/09/28 Sun 15:46

 誕生日を迎えて47歳になりました。着々と忍び寄る50歳の影・・。
 さすがに“嬉しい”という感情は失せていますが、家族は笑顔で“おめでとう”と言ってくれるのでその気持ちが嬉しいです。
 自分の中で“青年気分”が抜けないだけに、白髪や薄毛、出てきたお腹とのギャップに不協和音が鳴り響いています。
 まじまじと鏡を見ると“もう少し落ち着かないとね・・”などと、自虐的でネガティブな気持ちがほとばしってきます。
 しかし、“よーし。それ以前に瘠せよう!”と、あくまで前向きな私でした。
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香川の人情は素敵ですよ

2008/09/27 Sat 17:03

 一昨日は“四国教区だより編集委員会”があったかと思いきや、昨日は“香川分区信徒修養会準備会”と“香川分区委員会”と会議が2つありました。
 でさすがに二日で三つの会議ともなると疲労感がこみ上げてきます。
 昼食、夕食代がかかるのも痛いです。
 でも、それはいたしかたの無いこと・・。

 もっとも、食事は安いうどん屋さんを利用することが殆どなので負担感が少なくて済んでいます。
 そんな時、“香川で良かった”と改めて実感してしまいます。
 しかも、私の場合、優しいおばさんのいる店に良く当たる気がします。昨日のお店でもとても親切にしていただきました。
 「あと6分位で新しいのが茹で上がるから、待たんといかんけどそっちにする?」
 茹でたてが美味しいのは通でなくても常識ですし、何より贅沢な感じがします。
 「待ちます待ちます。ありがとう。」
と笑顔で待つことにすると
 「席まで持っていってあげるから座っててね。」
 しばしお茶を飲み飲み待っていると、空腹感の誘惑に負けてしまい、うどんと一緒に食べようと皿に載せていた白身魚のフライを一口また一口と食べ始めてしまいました。
 :結局全部食べてしまい、おばさんがうどんを持ってきてくれたのはそれから少ししてからでした。
 おばさんの手をよく見ると、もう片方の手に温かそうな白身魚のフライが・・(?)。
 「あれま、もう食べたのね。ごめんね。冷めたやろ思うて新しいのと換えてもらおう思うとったんやけど・・。同じのも何やから別のてんぷらでもあげるね。」 
と、竹輪のてんぷらをただで下さったのでした。
 優しすぎます。
 実はこんなことがよくあります。
 “香川ってすごく素敵な所だなぁ”と改めて感じ入りつつコシのあるうどんを今日もすする私でした。
 
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充実感

2008/09/25 Thu 22:08

 今日は“四国教区だより編集委員会”に行ってきました。
 10月発行予定の最新号の校正作業がメインの会議でした。
 実は前回の号には訂正版を配布しなければならないほど校正ミスが多かったという経緯があるので、今回は口で言い表せないくらい慎重にも慎重にならざるを得ませんでした。
 恐らく今回こそは大丈夫でしょう。
 素晴らしく手応えを感じています。
 きっと大丈夫でしょう。
 たぶん。
 とにかく今回はすごく充実感を感じています。
 どのくらいかと言うと、編集長をしていて良かったと初めて感じた程です。
 ・・えっ、よく分からない・・。
 とにかく、記事も内容も今までで最高のものに仕上がったと自負しています。
 ・・疲れつつも充実感を感じている今日だけはそんなこと言わせてくださいな。
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バトルは続く

2008/09/24 Wed 21:04

 今日も朝から“ムカデ”との戦いの連続でした。
 朝食前に既に5匹、昼までに3匹、午後に2匹・・。
 一体、いつどこに現れるかというその神出鬼没さに辟易としてきます。
 ムカデなどが家屋に入らないように家の周りにぐるりと撒く粉薬なども市販されているようですが、小さい子がいじっても危険なのでそれは使えません。
 意外と厄介な敵です。
 そうかと思えば、夕食前には無かったのに、入浴後、書斎のプリンターの上に鼠の糞らしきものが載っているではありませんか・・。新たなる敵の出現でしょうか・・。
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ムカデは噛むで

2008/09/23 Tue 15:52

 どういうわけか昨日から“ムカデ”が出没し始めました。
 退治しても退治しても次々と現れるので気分良くありません。
 もうかれこれ10匹ほどやっつけたでしょうか・・。
 しかも、すべて5センチほどの大きさですから同じ頃に生まれたようです。
 家の中のどこかに卵があってそれが孵ったのか、外から次々に侵入して来るのかも分かりません。
 春頃は同じようにトカゲの子どもが出没していましたが、それが落ち着いたと思ったら、今度はムカデです・・。夏のカニはお愛嬌でしたけれど、ムカデは噛みますしね・・。
 早く落ち着けるといいな・・。
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一体感・連帯感~運動会

2008/09/22 Mon 20:44

 昨日は次男の通う幼稚園の運動会でした。ただし、小豆島の特殊性なのか、この運動会は幼稚園だけのものではなく、保育園も小学校も地域も合同の運動会なのです。
 園児や児童たちの人数が少ないとか、地域の活動と密接につながっているからなのかもしれません。一体感や連帯感を高揚させる雰囲気や役割もあると思います。これも小豆島ならではの良さでしょう。
 しかし、参加数というより参加学年やクラス数が多いのが難点で、出し物の数が多く出場回数がどうしても少なくなってしまうのです。
 また、どういうわけか小豆島の行事は日曜日に集中しており、日曜日が仕事の私は全くと言っていいほど参加も見学も出来ません・・。
 それでも、礼拝開始の10時20分には間に合うように(もちろんギリギリではありませんが)、ほんの少しだけですが、会場の星城小学校には行ってきました。
 時には土曜日にしてくれると牧師もその一体感・連帯感を味わえるのですが・・。
 
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中山の水

2008/09/20 Sat 17:14

 ここのところ運動不足気味なので、少し足を延ばして中山に行ってみました。ここは“農村歌舞伎”や“千枚田”、“湯船の水”などで有名なところです。

中山①

 以前、この千枚田に行ったときにもブログに載せましたが、今回は湯船の水を見ることと散歩をメインに出掛けて来ました。

中山②

 どうも湯船の水というのはお寺の敷地内にあるようです。案内表示の通りに行ってみるとお寺の駐車場に出ました。
 しかし、看板を見てびっくり!!!

中山③

 駐車料金がこんなに要るなんて!・・・それで、少しばかり逆戻りしてみると、中山町の用意している無料臨時駐車場というのがあったのでそこに車を停めて少し山を登ることにしました。

中山④

 さっきの駐車場の横を登るとお寺への入口。

中山⑤

 と、思いきや、少し行くと本当の入口が・・。

中山⑥

 入口の脇を見るとこの辺りには巨木が沢山あるという看板がありました。

中山⑦

 確かに大きな木が境内にも沢山ありました。

中山⑧

 写真では大きさが分かりにくいですが、かなりのスケールです。

中山⑨

 参拝客ではないので本堂を通り過ぎ、いよいよ湯船の水と言われている湧き水のところへ。

中山⑩

 しかしどう見てもお寺の手洗い水・・。しかも、後ろの看板を見ると“そのまま飲めない!!”

中山⑪

仕方ありません。組んで帰るのはやめましょう。

中山⑫

 ずっと棚田の脇に沿って下って行くと田んぼの真ん中に小屋があります。

中山⑬

 “洗い場”というもののようです。そばを歩いておられたおばあさんに洗い場とは何かと尋ねると
「洗うところよ。何でも洗うの。野菜でも洗濯物でも。もちろん場所は別々。今は水道がどこの家にもあるけど、それでも結構みんなあそこでいろいろ洗ってるよ。」
とのこと。

中山⑭

本当に田んぼの真ん中です。そんな文化ってほのぼのしているなと思いつつ近寄ってみました。

 中山14

 洗濯機もあるのに驚きましたが、石というかセメントで作られた幾つもの洗い場には風情を感じます。

中山⑮

 素朴です。

中山⑯

 何を書いているかよく分かりませんが、これにも情緒を感じます。

中山⑰

 開放感があって見晴らしも最高です。
 地元の方々の生活の場でありコミュニケーションの場でもあるこの“洗い場”、このあたりに来られたらぜひご覧になるといいですよ。





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こころ

2008/09/17 Wed 18:38

夕景

 悲しすぎて感情が疲れたと感じるときがあります。
 切な過ぎて胸が針金で締め付けられるときがあります。
 愛しているからこそ辛さが何倍にもなるときがあります。
 優しい言葉がかえって痛く胸に突き刺さるときがあります。
 沈黙が湿って全身に絡みつくときがあります。
 どちらを選んでも晴れない道があります。
 やるせなさだけが傍らで立ち尽くしているときがあります。
 それでも新しい一日が始まり終わります。
 希望は希(まれ)な望みだと呟きながら。
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直島で草刈り

2008/09/16 Tue 17:21

 9月15日(祝)に香川分区青年委員会で直島に行って来ました。そう、芸術の島として有名なあの直島です。しかし、観光ではなく直島にある直島伝道所の草刈りをしに行ったのでした。
 直島には日本基督教団の直島伝道所があり毎週日曜日後2時から礼拝が守られていますが、信徒数は少なく、常駐している牧師も居らず、毎週香川分区の牧師たちが礼拝に訪れている伝道所です。
 小豆島にある(私のいる)内海教会にしてもそうですが、島嶼部の教会は小さく弱々しい群れです(日本基督教団の教会は直島の直島伝道所、豊島の香川豊島教会、小豆島の内海教会があります)。信徒数の減少、牧師不在など様々な困難さにさらされても礼拝を何十年と続けてきました。
 そんな島の教会・伝道所を訪れての奉仕作業は、“してあげた”というような満足感ではなく、反対に元気さや暖かさを分けて頂いた感謝の気持ちがこみ上げてくるものです。
 今回は途中から雨が強く降り出したため、作業は途中で断念せざるを得なくなりとても残念でした。大体、私が張り切ると必ず雨になるのです。いわゆる雨男です。しかも、嵐を呼ぶこともしばしばあるのです・・。
 坂出教会や多度津教会の牧師など強力な晴れ男も揃っていたというのに結果はそんなことになってしまい残念でした。ごめんなさい。
 でも、いつかまた行きます。
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泣く子と地頭には勝てぬ

2008/09/14 Sun 09:22

 “泣く子と地頭(じとう)には勝てぬ”と言いますが、我が家の三男(2歳)はその両方を併せ持っていて全く手を焼いています。
 耳が悪かったこともあるのでしょうが、言葉が遅く、気に入らないことがあったり嫌なことがあると、言葉で言うより泣き叫ぶ方を選ぶのです。
 しかも、その泣き方といったら想像を絶する大音響。特に風呂場で泣かれた日には児童虐待としか聞こえないだろうという壮絶さ・・。全く参ります。
 お風呂は髪を洗うのが大嫌いなのです。シャンプーハットを使っていてもです。完全にわがままなのですが、隣近所の手前、こちらとしてはひるまざるを得ないのが情けないです・・。髪を洗い終えるとけろっとして
「さっぱりした~」
などと笑顔で言います。
 一緒によく遊んでいる次男(4歳)なども被害者で、一緒に遊んでいるだけなのに三男がわがままっ気を出してしまうと大音響で絶叫するため、いじめているかのように周りから見られてしまうのです。
 目下我が家では“泣く子と地頭を合体させた三男には勝てぬ”という図式といったところでしょうか。
 甘やかしたつもりは無いのですが・・。
 ちなみに“泣く子と地頭には勝てぬ”というのは、聞き分けがない子供や、横暴な地頭には従(したが)うほかにないとか(地頭とは言うまでもなく鎌倉時代、幕府によって公的に任命された一種の荘官職) 、道理を尽くしても、理の通じない者には勝ち目がないということです。
 根気でがんばります。
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少し焦りました

2008/09/13 Sat 16:03

 今週は月曜から水曜日まで四国教区教師研修会に参加していて、またその疲れがあったので一昨日の木曜日はぐったりしていたため、今週はすべき仕事が殆ど手付かずのまま残っていました(週報作成、説教準備、礼拝後の聖書を読む会の準備、分区青年委員会の聖書講和など)。
 それで、昨日今日で全部の準備をしなければならず、今朝も朝早くから大回転です(そんな中、今日は小豆島町立図書館で午後2時から子どもたちに絵本の読み聞かせのボランティアにも行って来ました。重なるときはかさなりますね・・。でも、楽しくてこちらも元気をもらったみたいです)。 
 本当はこういう事態に陥ることは珍しく、多忙な週は前もって準備をすすめている方なのですが、ちょっと忙しすぎたのと教師研修会で消耗する体力を甘く見積もっていたのが敗因のようです。
 そもそも、わたしは日曜日の礼拝説教の準備はだいたい木曜日までには済ませておくことを常としていることからも分かるように、いつどんなに忙しくなっても困らないよう事前事前に準備をする性質(たち)なのです。
 本格的に忙しいスケジュールだと分かっているときには3週分の説教準備を事前に済ませておいたこともあるくらいです(それは慌てて手を抜きたくないのと、人に迷惑をかけたくないからです)。
 しかし、今週は久しぶりにばたばたしています。まだまだ修行が足りないのでしょうね・・。
 とか何とか言いつつ、それでも準備は着陸態勢に入ってきました。ちょっと一安心です。今晩は明日に備えて早く寝ることにします。
 
 
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とばっちり

2008/09/12 Fri 15:59

 「Y君!扇風機のスイッチ踏んで消したでしょ!」
と、妻の声。
「えーーつ、ふんでないよー。」
と、次男。
 結局、いつの間にか止まったリビングの扇風機は誰の仕業か分かりませんでした。
 面白半分に妻が
「Y君が止まれーって念力で止めたんでしょ。」
と冗談を言うと、
「ねんりきって?」
と、きょとんとした次男は首を傾げています。4歳児に念力という言葉は少々難しかったようです。
 すると、ひるむことなく妻は
「息をふーふーして消したんでしょう。」
 もうやめればいいのに・・。面白くないよ。その冗談。引っ込みが付かないのも分かるけど・・。
 「いきできえないよ・・。おとうさんのおならかな?」
 ほらね。話しが変な方に行きましたよ。ひどいとばっちりです。ま、大体こっちに来るような気はしてましたけどね。
「そうねお父さんのおならかなぁ。」
 おいおい、話しに乗らないでよ・・。終わんないでしょ・・。
「おとうさんのはくさいからきっとおならでけしたんだ!!」
 そこの変な親子、もうここらで勘弁してください。
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 9月8日(月)から10日(火)までの2泊3日で高知市へ“四国教区教師研修会”に行って来ました。
 高知は生まれ故郷なので懐かしくもあり、何となくなく照れくさいような気がしました。
 会場は桂浜のすぐ近く、水族館のすぐ上の辺りに位置する国民宿舎の桂浜荘。桂浜は遠足の定番コースの上、家族で訪れたり、中学生の時分に友人たちと初日の出を見に自転車で来たりと思いでもいっぱいあります。
桂浜①松
 十数年ぶりに見る桂浜は、思っていた以上に狭く感じましたが、思っていた以上に美しくもありました。
桂浜②荘
 これが桂浜荘です。いつも外からしか見たことはありませんでした。今回初めて中に入りました。
桂浜③昼
 ただでさえ高台にある宿舎の5階部屋からは桂浜と太平洋が見渡せる絶景。しかも、こんな上空(?)から眺めたことなどなかったので大感激でした。
桂浜④夕
 これが夕景。家族にも見せたいっ!と思いました。
桂浜⑤朝
 これは早朝。6時頃です。朝風呂に入ると浴場からも同じ眺めが見渡せました。
桂浜⑥龍馬
 国民宿舎のすぐ前には龍馬記念館がありました。何年か前に出来たのは知っていましたが、こんなところにあるとは知りませんでした。
 研修は“牧会者カウンセリング”で、ロールプレイを中心にしたとても充実したプログラムでした。
 また、プログラムの合間には各種委員会の会議が入ったり、夜は久々に合う友人たちと語り合うなどかなり過密スケジュールでしたが、相当にリフレッシュできた気がします。
 もちろん、往復の交通手段はバイクです(高速は使わず国道で四国の山道のツーリングを楽しみました。)。
 今日は疲れがどっと噴出した感じで半分ぐったりしていますが、心地よい疲れです。
 
 
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自分を信じる?!

2008/09/08 Mon 06:12

 “自分を信じる”という言葉を良く耳にします。特に若い人たちの口から良く聞きます。
 でも、自分って不完全だと思うし、不確かだと思うし、実際気持ちも移り行くし、信じる対象にはならないと思うのです。
 ただ、しいて言えば、“他人の評価を気にしない”という言葉の裏返しであるならrすごく分かる気がします。
 自信の無い人は人から評価してもらわないと気持ちが持たないものです。
 他人から評価され認められることでしか自分に自信を持てないというのであれば悲劇です。
 恐らく“現実の自分より良く思われたい、評価されたい”とエスカレートしていくことになりがちです。
 そうなるともはやを自分信頼することが出来なくなってしまい、本当の自分のピュアな感情さえ感じにくくなってしまうかもしれません。
 それは八方美人的な生き方は人に支配されたり保護されたりして安堵する生き方とも言えます。
 自分の現実を受け止め、不完全な自分を受け入れ、成長途上にある自分の感性を信頼する、そんな孤独に耐えられる生き方が“自分を信じる”ということなのかなとふと思いました。
 そうするとそれはとても大切なことのように思えます。
 もし、自分が良かろうが悪かろうが関係なく、ただただそのままの自分をしっかり受け止めてくださる人知を超えた存在(神様)を信じられるもっと安心して生きられるかもしれません。
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ツクツクボウシ、スズムシ

2008/09/07 Sun 18:39

 ツクツクボウシの鳴き声を聞くと“夏が終わったな”と感じます(もっとも、ツクツクボウシ自体は7月から現われて鳴き始めているそうですが、その頃はまだ数が少ない上に鳴き声も他のセミにかき消されてしまうので目立たないだけのようです。夏の終わりにツクツクボウシという図式は他のセミが少なくなる8月下旬から9月上旬頃には鳴き声が際立つようになるために過ぎないようです)。
 最近では夕方からスズムシがしみじみと鳴くようになりました。
 日中暑い日もありますが、スズムシの声をすぐそばで聞きながら寝るのはなかなか風情のあるものです。スズムシの飼育(籠に入れての鑑賞)は平安時代から貴族の間で始まったとされていますから、庭のスズムシの鳴き声を自然に鑑賞できるなんてすごく贅沢かもしれないと勝手に考えて悦にいっています。
 鳴き声の周波数は高いため電話などでは伝えられないと聞いたことがありますが本当でしょうか。わざわざ試す気になりませんので、夜私が書斎にいる時間帯に電話をかけてこられると確認できると思います。実際今も窓の外でスズムシが合唱しています。
 ・・・でも、意味もなく電話をかけてこないでくださいね。
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電報

2008/09/06 Sat 21:14

 今日電報(弔電)を打ちました。教会と分区からの2通です。
 調べてみると、郵政が民営化され、電報もいくつかの民間企業が扱っているではないですか。しかも、民間は安く、300字までの本文と台紙のセット料金なので明瞭会計です。
 そして何より台紙の出来がなかなか良いのです。もちろんNTTのも悪くありませんでしたが、同じような物ばかりにならないので気に入りました。
 早速、文章をワードで下書きし、使用者登録をして配達手続きを完了しました。
 ・・・ところが、“明日の昼には届けられません”との返事。
 そんな電報役に立たない!と少し頭にきてしまいましたが仕方ありません。やはり老舗にかなうものはないのかもしれません。
 結局、NTT西日本に申し込み無事配達手続きを済ませることが出来ました。
 ・・・しかし、しかしです。
 300字までの明朗会計の予定で書いた文章をそのまま使ったので、料金は予定の3倍に!
 慣れないことをするものではありませんでした・・。
 でも、おかげさまで字数に縛られずに書けたので結果的には良かったかもしれません。
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ため息や泣くのは大切

2008/09/05 Fri 20:19

 “ため息は心を削る鉋(かんな)”と言われるなど、あまり良いものではない印象が強いのですが、ヨガの先生をしている方から
「ため息は良いのよ~。自律訓練法なんかでも自律神経のバランスを整えるのに良しとされているし、とにかく体の中の悪い気を吐き出すのがため息なのよ~。」
と教わったことがあります。
 リラクゼーション法の定番ともいえる“腹式呼吸”を自然にしていることになるのだそうです。
 ため息をすると体の中から悪い気が吐き出され、さらに深くゆっくり酸素を吸うことになり、結果内臓の動きが活発になって血行が促進されるとのこと。
 つまり全身に新鮮な酸素が行き渡って、心身ともにリフレッシュすることができる素晴らしい代物が“ため息”なのだそうです。
 思い込みを思い込みのままにしていたら損するところでした。
 他にも“泣く”なんていうのも良くないイメージが付きまとっている印象がありますが、実際はとても大切な行為なのでそうです。
 人間の脳は“泣く”ことによって、悲しみやストレスなどがリセットされるように出来ているのだそうですから、本当に良く出来ていると感心させられます。そういえば“思いっきり泣いてすっきりした”記憶が甦ります。
 悲しいものでも純粋に感動するものでも何でもいいから、映画や小説を観たり読んだりして時々泣くと精神的に落ち着いて良いのだそうです。
 心が疲れたとき、とことんため息ついて、ため息も出尽くすくらいにため息ついた後で、悲しい映画を観ると良いわけですね。
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“べき”?!

2008/09/04 Thu 21:37

 若い頃はあまり考えたことがありませんでしたが、“べき”って変だなと思うようになってきました。
 福田首相の辞任表明時に際しても“べき”は露になりました。
“総理はこうあるべき”
“政治家はこうあるべき”
 勝手に一つの枠組みを決め付けて他人に当てはめているのです。
 恐らく、あのままずるずると辞めずにいたら、
“いつまでも政権にしがみついて情けない。”
などという(自分の考え出した枠組みから)批判をする人たちが大勢いたはずです。
 人間ってとても勝手な生き物です。
 しかし、他人にばかりでなく自分にも枠を押し付けてしまう人がいて、それも相当不幸だと思います。
 良く言えば“理想に生きる”とか“理想を追い求める”という生き方かもしれませんが、裏を返せば
“こんなときはこう考えるべき”
“こういうときはこのように行動すべき”
“これらは我慢すべき”
など、“べき”の嵐、“べき”でがんじがらめです。
 それは自己実現とは程遠いし、単に強迫観念の亡者みたいです。
 現実を受け入れる。紛れも無い事実を事実として受け止める。それが現実だと受け止める。
 そんなふうにあっけらかんと生きた方が自己実現に近いような気がします。
 そこには“べき”なんて言葉はありません。
 ほんとうは“べき”なんて言葉は要らないものではないかな。
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批判だけではどうかと思う

2008/09/03 Wed 16:58

 福田首相が昨年の安部首相同様に任期1年足らずで辞任されると表明されました。
 ショックを受けた人たちは相当います。拉致被害者の家族の方々や、年金問題その他、福田首相に一縷の望みを抱いていた人たちの失意は計り知れません。
 野党屋マスコミをはじめ多くの人たちが福田首相批判の大合唱です。
 確かに、無責任で期待はずれで失望したという言い分も分かります。しかし、ねじれ国会にあの支持率の低さ、公明党や自民党内部のとの関係性問題、次々に表面化する課題・・、良くがんばったという評価もしてあげていいのではないかと思えてなりません。
 批判してはいけないというのではなく、批判と共に評価もしてしかるべきだと思うのです。
 もちろん、福田首相の弱さ、や見通しの甘さ、方法論のお粗末さ、言い出せばきりが無いほどの批判があります。
 しかし、たった一年にしろ努力邁進してこられた事実を無視しては可哀想です。
 また、福田首相批判をするならそういう結果しか残せなかった自民党という組織そのものをも批判すべきではないでしょうか。
 恥さらしな真似を世間にさらした福田首相に“ご苦労さま”の一言を添えてあげたい。
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 8月31日(日)~9月1日(月)に、小豆島のお隣の豊島に行ってきました。香川分区の“さぬき四島伝道協議会”出席のためです。
 今回は一泊なので土庄港にバイクを停めておくのが不安で、かといってバスでは連絡が悪いので、思い切ってバイクで乗り込むことにしました。豊島は今まで何度も伺っていますが、バイクで行くのは初めてです。内海から土庄までバスだと710円で、バイクを船に載せるのは1030円と船賃のほうが高そうですが、豊島には港が二つあり、教会そばの家浦(いえうら)港までの人の運賃は740円ですが、バイクなので手前の唐櫃(からと)港までの430円で大丈夫で。つまりバイクの場合の合計金額は1500円で、バスと船の1450円と殆ど変わりません。土庄港で1時間ほど連絡待ちする手間も要りません。もちろん、日帰りでは港にバイクを停めて船賃のみということになります。

豊島①牛

 豊島は“福祉の島”と呼ばれるように、幾つもの施設があります。その殆どがキリスト教関係の施設であり、賀川豊彦先生の功績によります。さらに福祉関係のみならず牧畜なども含め農業にも関与されています。
 せっかくバイクだし会議まで時間が少しあったので、少し回り道して香川豊島教会に行くことにしました。早速牛が出迎えてくれました。豊島を巡ったことが無いのでとても新鮮でした。

豊島○地図

 豊島は教会のある“家浦”と、もう一つの港のある“唐櫃”、更に“甲生(こう)”という三つの集落があります。時間が無いので細かく島を回れないので、唐櫃港を下船して甲生へ回って家浦へ出るコースで回ってみることにしました。

豊島②小豊島

 手前にあるのが“小豊島”向こうが小豆島です。こんなに景色が良いとはちっとも知りませんでした。

豊島③島々

 南側(四国側)には屋島や高松のサンポート、男木島や女木島、大島などが見えます。絶景です。

豊島④バイク

 相棒のスカイウェイブです。

豊島⑤オリーブ

 途中にオリーブ園もありました。親近感を感じます。

豊島⑥建物

 教会で会議をしたあと今日の宿舎へ移動です。海辺にある別荘のような住宅展示場を借りてくださったのでした。ロケーションは抜群だし、ジャグジー風呂もある豪華さ!

豊島⑦棕櫚

棕櫚の木も良い雰囲気をかもし出してくれています。

豊島⑧

 夕食は豊島教会の方々が用意してくださったバーベキューを別荘の海側の庭でいただきました。
 海に沈む夕日がやけに綺麗でした。
 ・・・と、こんな書き方だとすっかり楽しんできたように見えるかもしれませんが、しっかり会議漬けと、あくまで仕事なのでした・・。
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