窓拭き完了

2008/10/31 Fri 17:12

 気合を入れて今日は朝から礼拝堂の窓拭きをしました。
 雑巾とバケツの他に、錆びて塗料がボロボロで、持つと赤茶けた錆び色がいっぱいのかけらと一緒に手に付く脚立が今日のわたしの相棒です。
 今日は曇り空のせいか昨日より予想最高気温が高めのわりに肌寒い日でしたが、いつもの作業着(作業用のツナギ服)を着て気持ちを引き締めます。
 結構広いガラス窓8枚(上下に分けると16枚)と網戸4枚が今日の相手です。
 自分の書斎と牧師館の台所の窓も並びなので一緒にしたかったものの、そこまで手を伸ばすと大変なので今日は礼拝堂の窓だけにしました。
 一拭きで雑巾は真っ黒!がーん!
 続けて数回拭くと雑巾の一面は黒い粘土を盛ったようになってしまうではありませんか・・。
 網戸も水をかけただけでどろどろの茶色い汁が・・。
 そういえば相当窓拭きをしていなかったような・・。
 つけが回ってきたようです。観念して取り掛かるしかありません。
 それでもやってみると悪戦苦闘するほどではありませんでした。もっと早く取り掛かっておけば良かったと後悔してしまうのでした。
 でも、どうして前回あんなに“超しんどかった”のかなと記憶を辿ってみると、そうでした、前回は真夏に、しかも、一番暑い時間帯に窓を拭いたのでした。
 “よぉ~し、涼しい頃や暖かい頃を見計らって次回からは早め早めに取り掛かろう”と、即座に気持ちを切り替える、とにかく前向きな自分に頭が下がるのでした。わはははは。
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高すぎるホース・・

2008/10/30 Thu 19:29

 教会の窓が雨風で汚れてしまっているのは少し前から気づいていました。
 そろそろ窓拭きしないといけないのも分かっていました。
 でも、窓拭きは紋々が残りやすくかなり厄介なのも知っています。
 そうこうしているうちに今度の日曜日は“永眠者者記念礼拝(日本的に言えばお盆のようなもの)”なので、普段礼拝に来られない方々が来られるのを思い出しました(もちろん島外・県外からも来られます)・・。
 その時うちには“ケルヒャー(高圧洗浄機)”があるのを思い出しました(正式にはケルヒャーとは60カ国に3万店以上の販売代理店があり、世界各国トップクラスのシェアを誇るドイツの清掃・洗浄機メーカー。我が家にあるのはそこの多分一番安い入門機)。

ケルヒャー

 今乗っているスクーターを購入した際に、カウルなどプラスチック部品が多いので洗車時に傷付けたくないと無理してこの高圧洗浄機を購入したのでした(もちろん重宝に使っています)。
 今日は、この高圧洗浄機がいつか見たテレビショッピングで、“延長高圧ホースを繋ぐと二階の窓まで洗える”と謳っていたのを思い出したのでした。
 最近疲れているのもあるし、延長ホースを買い足しさえすれば、明日にでも教会の窓を徹底的に洗えるぞとほくそ笑みつつ、土庄のホームセンターまで足を延ばしてみることにしました。
 バイクならそんなに時間もかからないし、久しぶりに乗るので気分転換にも良いやと鼻歌交じりで出掛けたまでは良いのですが、値札を見て仰天してしまいました。
 ケルヒャー延長高圧ホース10mは1万5千円以上もしたのです・・。
 本体が8800円~9800円程度のものなのでホースだけで倍以上ということになります・・。 
 そういえばS教会のS牧師が、
「へぇー、三野先生ケルヒャー持ってるんですか。良いですねぇ。でも、僕ならジャパネットたか○で買いますよ。延長ホースが付いてるのはかた○だけですからね。」
と言っていたのを恨めしく思い出してしまいました。
 しかし、それにしても倍とは・・。
 6mのホースも売っていましたが9980円もしました。
 妥協してこれにしたところで相当の出費ですし、“やっぱり少し短かった”とか“やっぱり10m要ったなぁ”などという結論になってしまうと目も当てられません。
 ここはひとまず撤退です。
 明日は無心でせっせと窓拭きに専念することにします。
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教会は社会資源のひとつ

2008/10/27 Mon 06:24

 「教会って敷居が高い」
と思っている方が多いようです。
 そうかと思いきや、
「そんなことないですよ。教会はどなたにも開かれていますから。」
と公言する教会も多いのです。
 しかし、冷静に見回して考えてみると“本当に開かれているといえるのか”と言わざるを得ない教会が多いように感じます。
 そもそも、“教会は何をどんな風にしているところなのか”知らない方も多いと思いますし、礼拝をしていることは知っている人でも、“教会に通っている人たちはどういう具合に足を運んでいるのか”とか、“一般的にはどんなときに利用するのか”とか、“行ったらどういう扱いをされるのか”とか全く分からない方は多いと思います(実際、“教会って暗そう”とか“厳しそう”と言われて驚いたことがあります)。
 反面、教会側は“開かれています”と言いつつ、世間に対してどれだけそういった不安要素を取り除き、どんな方でも行きやすいように努力しているかと言えば、殆どそういう努力はしていないまま口先だけで“開かれています”と言っている場合が多いような気がしてならないのです。
 実際のところ、世間は教会なんて殆ど気にしていないし、自分とは関係のない世界だと思っている人も多いし、率直に言えば教会の存在そのものに興味がないように思えるのです。
 それだけにそういう世間に対して、何からどのように伝えたらいいか分からずに手をこまねいているという教会側の現状もあるのかもしれません。
 そういうわたしも“足りないことだらけで申し訳ない”と感じている者の一人です。
 大切なのは、“教会というのはキリスト教信者のためだけにある施設ではなく、すべての人が心の平安を得るために利用できる社会資源の一つ”だということを一人ずつでも良いから理解して頂けるように教会側も日々努力しないといけないということでしょう。
 “開かれている”と言うのなら、それなりの努力が教会側にこそ必要なのだと思います。
 わたしも内海教会ももっとがんばらなくちゃね。
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船賃の値上げ

2008/10/26 Sun 16:34

 土庄港~高松港(四国フェリー)が船賃の値上げをするというニュースは知っていましたが、昨日高松港の切符売り場のお兄さんに尋ねてみると高松港から小豆島行きのフェリーは池田港の国際フェリーも草壁港の内海フェリーも“横並びで値上げするでしょうね”ということでした。
 今までの値上げのときもそうだったようですから、考えてみるまでもなく均一に値上げされるのは当然かもしれません。
 しかし、大人の運賃片道570円が670円になるのですから大打撃です。
 特に我が家のように大家族の場合、“値上げ額×人数×往復”となるわけですから、単純計算しても相当な打撃となります・・。
 船舶係数(?)は相当なものになるはずです。
 もちろん、バイクや乗用車の料金も11月1日より値上げとなります。
 外国では島嶼部住人の税に関して優遇措置がある国もあると聞きます。税金は均一でも良いから船賃の補助など国や自治体は検討してくれるといいのですが・・。
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気温差

2008/10/25 Sat 20:41

 今日はプライベートで高松へ行ってきました。一人で、もちろんバイクです。
 昼に出発したときは暖かかったので、薄い上着でも暑いくらいでしたから快適といえば快適でした。
 ところが夕方になるとそれで丁度良くなり、さらに小豆島に帰り着いた19時45分には寒くて凍えそうだったのでした。
 草壁港(教会に一番近くてバイクで5分)行きにも、池田港(次に近くてバイクで10分)行きにも乗り遅れてしまったため、教会から一番遠い土庄港行きで帰る羽目になったので、土庄から教会のでかじかみながら30分かけて帰りました。
 「バイクに乗るには一番いい季節でしょう。」
と、今頃良く言われますが、実は一番厄介な季節のような気がします。
 こちらとしてはバイク暦30年ほどのキャリアですから、暑いのも寒いのも、雨も雪もへっちゃらなのですが、唯一嫌なのは今頃のように一日で着るものを換えなければならない煩わしさです。
 そうしてみると、真夏とか真冬のように“これ一着でと覚悟を決めてそれで一日中オッケー”というのがベストのようです。
 そんなこと言うから“変わり者”扱いされるのでしょうか・・。
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秋ですね

2008/10/24 Fri 17:16

 毎朝、新聞を取りに出るのはわたしの日課ですが、最近冷えてきたなと実感すると共に、澄んだ空気の美味しさが体全体に染み渡る喜びを感じます。
 わたしは秋生まれのせいかなんだかとっても秋が好きです。
 秋の空気や景色、肌寒さ、実り、もの悲しさ、ファッション・・何もかも素晴らしく感じます。
 感謝ですねーー。
 
 “秋”の由来は、空の色が“清明(あきらか)”な時期だからとか、収穫が豊かで“飽き満ちる”からだとか、紅葉など“紅(あか)”が転じて秋になったなどと諸説ありますが、“aki”という言葉の響きもまた一興です。

 “秋を愛する人は 心深き人・・・”そんな歌を思い出します。
 本当に心深き人かななんていうのは言いっこなし。

 “愛を語るハイネのような 僕の恋人・・・” 
 よぉーーし、愛を語ろうかな・・・。
 もちろん、神様の愛ですよーーー。わたしの場合。
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 もう2年ほど小豆島町立図書館で絵本の読み聞かせボランティアをしていますが、最近読んだ絵本でとても気に入っているのが“クレリア”です。

クレリア

 一日中くねくね歩き回ってくたびれたムシのクレリアは、大きな木の長い枝を見つけて体を伸ばして休みします。
 ところが目を閉じたところにクモがやってきて
「僕にも休ませて」
と言います。
 クレリアは
「いいわよ。にょろ。」
と言って少し縮んでクモの休む場所をあけてあげます。
 続いてバッタ、テントウムシ、チョウと次々にムシたちがやってきて
「休ませて」
と言います。
 そのたびにクレリアは
「いいわよ。にょろにょろにょろ・・。」
と、少しずつ縮んでいくのですが・・・。

 この結末は教えられませんが、不満が残りそうなくらいあっけない終わり方であることは告白しておきます。
 しかし、それでいて、その心地良い余韻は他に類を見ません。
 読んだときの感動は最初あまり感じないかもしれませんが、じわじわと味わい深さが効いて来る心に残る名著です。
 そうそう、付いている“おまけ”も最高です。
 図書館で借りたら“おまけ”は見えませんね・・、きっと。
 わたしも図書館で借りて気に入りすぎてしまって購入したのですが、付属の“おまけ”を見て思わず感激しました。

 作・絵: マイケル・グレイニエツ
 訳: ほその あやこ
 出版社: セーラー出版
 税込価格: \1,890(本体価格:\1,800)
 発行日: 1999年7月

 もちろん、本屋さんの回し者ではありません。
 
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心臓マッサージ

2008/10/21 Tue 17:03

 わたしは10年以も心臓病と付き合ってきているので、心臓病関係のニュースには敏感になっているところがあります。
 今月14日のロイター通信によると米心臓協会(AHA)はこのほど、《心肺停止時の蘇生救急としての心臓マッサージ(胸骨圧迫)を行うときのリズムとして、ビージーズの1977年の大ヒット曲“ステイン・アライブ”が最適だとの研究結果を発表した》とのこと。実際にはイリノイ大学医学部(デビッド・マトロック医師)の研究チームが発見したのだそうです。
 どういうことかと言うと“心臓マッサージ”を行う際のリズムは“1分間に100回の速さ”が推奨されているそうですが、これを実際の楽曲に当てはめてみると、“ステイン・アライブ”のリズムに乗って行うと1分間に103拍で、ほぼ一致しているというのです。
 あのジョン・トラボルタ主演で有名なディスコブームの火付け役となった“サタデーナイトフィーバー”のあの曲です。知名度の高さが決定的だったようですが、これで一人でも多くの人の命が助かるなら凄いことです。
 そういうのも、心臓マッサージや人工呼吸などのCPR処置(心肺蘇生法)は、生存率を3倍に高めるとされていますが、適切なリズムがつかみにくいので処置を行うのに消極的になる傾向がありますし、調査によると、大半の人々が行う心臓マッサージのリズムは遅すぎるのだそうです。
 前出のイリノイ大学デイビッド・マットロック博士は学生や医師15人を対象に次のような実験を実施したそうです。
 まず携帯音楽プレーヤーで“ステイン・アライブ”を聴きながら、そのリズムに合わせて人形を相手に心臓マッサージをさせ、その5週間後に音楽を聴かないで“ステイン・アライブ”のリズムを思い出しながらさせたところ、音楽を聴きながらの場合は1分間平均109拍で、(5週間後の)音楽を思い出しながらの実施では平均113拍だったとのこと。
 少し早いような気がしないでもないですが、心臓蘇生には1分間で100拍を下回るより、多い回数の方が効果が高いそうなのです。
 余談ですが、クイーン(イギリスのロックバンド)の“Another One Bites the Dust”も、知名度的に優れている上に1分間に108拍と、心臓マッサージに有効なリズムの候補曲だったそうですが、さすがに“地獄へ道づれ”という曲は使えませんよね・・。
 そうそう、ちなみに日本ではSMAPの歌った“世界に一つだけの花”はドンピシャ1分間に100拍だそうです。
 これらを覚えておくといつの日か人助けに役立つことがあるかもしれませんというお話でした。
 
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ドキンちゃん!

2008/10/20 Mon 16:20

 三男を耳鼻科で診てもらうために近所の内海病院に行ってきました。
 島には珍しく、結構大きな総合病院です。

内海病院①

 ロビーを過ぎて内科前のトイレのところで三男が突然立ち止まり
「ドキンちゃん!ドキンちゃん!」
 と言いながらその場を離れようとしなくなるではないですか・・。
 ドキンという知り合いでもいたのかとあたりを見回しても年寄りが数人しかいませんし、第一ドキンなんて人は知りません。
 良く見てみるとうつむいて足踏みしているのです。
 アンパンマンに出てくるドキンちゃんの人形でも落ちているのかも知れないと思いましたが、周囲数メートル以内には何も落ちていません。

内海病院②

「もう(耳鼻科は)すぐそこだから行こう。」
と言ってもその場を離れようとせず下を見続けています。
 それでふと足元を見てみるとシミがあります。

内海病院③

「ただのシミじゃないか・・。はやく・・。」
と言いかけてビックリしました。ただのシミどころか、そのシミの形は全くドキンちゃんそのもの・・。

内海病院④ドキン

 ね。そっくりでしょ!!
 子どもの観察眼と想像力って凄いなと改めて思いました。

 しかし、子どもってかわいいものですね。
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雑草との戦い再開

2008/10/18 Sat 17:01

 最近、会議や行事に追われていたように思います。
 今週になって久しぶりにコーヒーなどいれて一息つきながら何気なく庭を眺めてみると、いつの間にか雑草が生い茂っているではありませんか・・。
 確かこの前徹底的に抜いてひと段落したのに・・。と思ってみても、よくよく記憶を辿ってみると一月半以上も前だったような気がします。 
 また一からか・・。
 よくある話ですが、また雑草に戦いを挑むだけです。
「待ってろよ。明日から抜き始めるからな!」
 自分で言っておきながら“明日から”とはやや拍子抜けする言葉です。
 でも、今日の今日はしんどいなぁ・・。
 遠藤周作氏が“「明日出来ることは今日するな」という言葉が好きだ”と何かの本に書いていたのを思いだしました。
 “今日の悩みは今日一日にて足れり”
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カメラ貯金

2008/10/17 Fri 15:58

 かつてカメラ好きで、高校のときから写真の現像など(もちろん白黒でしたが)していました。もちろん、暗室などありませんから、自分の部屋の雨戸を閉めて更に目張りして暗室にしていたものです。しかし、当時住んでいた高知の家は随分古くて雨戸も隙間だらけだったので大変でした。仕方なく夜間の作業が多くなったのは自然の成り行きでした。
 でも、写真部に入ったのは高校3年生になってから(部活をしていなかったので、卒業アルバムの部活のページにも載りたいという理由で入部したのでした)。
 部活でもなく、独学で暗室技術や撮影技術をマスターたということからして、基本的にとても好きだったのだと思います(とりあえずそういうことにしておいてください)。
 大学では1年次から写真部に入りましたが、どこかに所属しておきたいのと高校の写真部が意外と楽しかったのが理由でした。それにしても潰れかけだったので2年生で部長になったのは計算外でしたが、5人ほど入部してきた1年生を鍛えて、写真部を楽しく再建したのは結構楽しい経験になりました。
 しかし、その後神学校(牧師になるための学校)に行ったところから余裕がなくなり、写真と距離を置き始め、最近ではカメラさえ持っていないという体たらく・・。
 ご存知の方も多いと思いますが、最近私が写真を撮っているのはすべてケータイに付いているカメラです。
 実は、いつの間にかフィルムカメラの時代は過ぎて、デジタルの天下になっているではないですか。かつて鍛えた瞬時に発揮する露出補正やピンと合わせの絶妙なテクニックなどコンピューターの前に打ち崩されてしまっているではないですか・・。
 現像にしてもそうです。フィルム現像の必要はありませんし、薬の温度管理や現臓器などの道具類をはじめとして温室さえも必要なく、すべてはパソコンで処理できる時代です。
 いまやお手軽に誰でも一眼レフを使え、プリントもお手のものなのです。 
 それはそれで素晴らしいことですが、完全に時代に置いて行かれてしまった感が拭えません。
 かつての愛機や現像道具は引越しにつぐ引越しの間にすべて手放していました。コンパクトカメラさえ手元にありません・・。
 そういう訳で、
「ケータイのカメラで十分なんだ。」
などと強がって見せていたのかもしれません。
 まだまだ人間が未熟ですねえ・・。

 しかし、先日、香川分区の教会学校の行事でデジタル一眼レフを使わせて頂く機会がありました。
「凄く楽しいーーー!」
 とにかく楽しいではないですか。
 懐かしい感触というのでしょうか。
 なんだか“写真を撮るのがこんなに楽しかったっけ”というくらい楽しくて仕方ありませんでした。
 出来栄えは見ていませんが・・。

 カメラ貯金でも始めようかなと少し真剣に考えるようになって来ました。
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 今日10月16日は“ボスの日”なのだそうです。
 はっきり言ってどうでもいいような気がします。
 日本で“ボスの日”と聞くようになったのは学生時代でしたから20年ほど前ですが、デパートとかスーパー以外で聞いたことがありません。
 商売根性見え見えのあざとさがばかり感じられて反対に冷めた目で見てしまいます。
 しかし、このボスの日がどうして出来たのか調べてみると、1958年にアメリカで父親思いの娘が唱えたのが発端とありました。
 聞いたこと無いけどキリスト教がらみの経緯かなと、少しばかり好奇心をもってみましたが残念ながら当てが外れてしまいました。やっぱりね・・。
 部下との間がしっくり行かなくて悩んでいた会社経営者の父親のことを思って、娘のパトリシア・ベイ・ハロスキという人が、関係を修復する手立てとして考えたのがボスデーの設立だったとのこと。
 う~ん・・。上下間の関係修復は上役の仕事だと思うのですけどね・・。
 話しにならないような展開です。
 彼女は商工会議所に登録をして、多くの人々からボスデー設立の支持を得たといいますから、多分賛成したのは“ボス”の側だったのではないかと勘ぐってしまいます。
 なんだか日本で流行らないでいるのが救いです。

 笑ってしまうのが“秘書の日”です。4月最終土曜日の直前の水曜日だという覚えにくさ・・。きっとこれを実行している上司なんてアメリカでも少ないように思えます。
 ボスの日に呼応して出来たのかと思いきや、意外にもボスの日より6年早い1952年にアメリカの秘書協会(IAAP)が定めたもので、4月の第4週を秘書週間とし、その週の水曜日を秘書の日としたのが始まりだとのこと。
 完全に日本では定着しなさそうな日です・・。

 しかし、どちらも自分側から制定したとは・・。
 勝手にどうぞという気がします。

 バレンタインデーや孫の子やら、どこかの業者が設け根性で勝手に作った日に踊らされるのは真っ平ですけどね・・。

 そういえば、香川県の「さぬきうどん振興協議会(うどん製めん業者の団体)」が、“年明けうどん”を年越しそばに並ぶ正月の恒例行事として広めていくという計画を発表したことが先日の新聞で報道されていました。
 あざとい、あざと過ぎます・・。
 わたしのような純粋な讃岐うどんファンは興ざめもいいところです。
 うどんを楽しみとして食する、愉快に楽しみながら味わう、そんな素朴さがそろばん勘定で踏みにじられてしまう気がします。
 まともな製麺屋さんやうどん屋さんは“質が低くなってしまうから”と販売する玉数を増やしてまでも儲けようとはされません。
 せっかくのうどん文化が台無しになりそうな気がしてなりません。
 人為的なものはさっさと撤回してくれないかなぁ・・。

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壁か橋か

2008/10/15 Wed 17:07

 “人とうまくやっていけない”と嘆く人がいます。
 あるいは、対人関係が何かしらぎすぎすしていたり、しっくり来ない人がいます。

 そういうとき何かで自分を守ろうと躍起になっていたり、別の何かに頼り過ぎていたり、対抗意識が強すぎたりしているケースが多々あるものです。

 結局、自分では気づかないうちに、人との間に何がしかの“壁”のようなものを築いているのです。

 それが自分を守ると信じてそちらを第一義的に重要視しているのです。

 実を言うと、わたしも昔そのような部分がありました。
 若かったのでしょう。
 生意気でした。
 実力も無いのに鼻っ柱だけ強くて、今思うと恥ずかしい限りです。

 でも、いろんな人や団体の姿と接しているうちに、それらは“壁を作る生き方だ”と分かってきました。

 本当に自分を守るものや、対人関係で大切なものとはどういうものか手探りで掴もうとしています。
 “壁”ではなく“橋”を築く人になりたいと思います。
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山頭火

2008/10/13 Mon 06:43

 内海教会の会員さんから
「先生は俳句は好きですか?」
と尋ねられ、とっさに
「どちらかと言うと山頭火が好きですね。」
と答えてしまいました(どちらも何も選択肢なんて最初から無いのに・・)。
「山頭火なんて・・」
と言葉を濁して帰られましたが、後から人に聞くと
「多分“俳句を一緒に作ってみないか”というお誘いだったのでは?」
ということでした。
 そういえば、その方は俳句の本まで出しておられるほどのお方した・・。
 “山頭火”は好きな人は好きだけれど、俳句の専門家に言わせると邪道みたいなものでしょうね・・。
 言わなきゃ良かったと思いつつ後の祭りです。
 でも、考えようによっては俳句を作るという苦行から逃れられたとも言えます。よしとしましょう。

 しかし、やっぱりわたしは山頭火が好きですな。
 例えば

 “まっすぐな道でさみしい ”

 “雨だれの音も年とった ”

 “しみじみ食べる飯ばかりの飯である ”

 なんて、じいぃぃぃんと来ませんか。
 侘び寂びに加えて哀愁を帯びた自由さがなんとも言えませぬ。
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変なしんどさ

2008/10/12 Sun 17:15

 近々、四国教区の常置委員会があるのでしんどいです
 報告の資料を作成したり準備をしなければなりません。
 しかし、考えてみると、香川分区の報告資料は書記さんが作成してくれますし、教区だよりの報告資料はもう完成しているので安ずることはありません。
 しかも、報告の準備と言っても僅かの時間なので当日の発表だってたいしたことはありません。
 ・・ええっと・・何に対してしんどいような気持ちになっているのかな・・。
 やっぱり松山まで出かけることかな。
 いつも帰りがフェリーの最終便ぎりぎりになるので、そのストレスが強いのかもしれません。
 以外に脆いわたしの心・・。
 でも、会議や人前での発表という点については全くストレスが無いというのも変な話ではあります・・。
 う~む、船に乗り遅れたくないというだけのストレスだったか・・。
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 予想通り、こんにゃく入りゼリーでの窒息死事件を受けて、自民党内でゼリーの形状などを規制する新法制定を検討する動きが活発になってきたそうです。
 諸外国ではこんにゃく入りのゼリーの販売自体が規制されているのに、日本では法的規制は無いままこの13年間で17名の犠牲者が出ているのです。
 当然の流れといえば当然のように思います。
 しかし、なんだかすっきりしないのは、食べ物を咽喉に詰まらせて窒息死する事件はこんにゃくゼリーの専売特許ではなく、むしろ、日本では“餅”や“飴”を詰まらせての件数が横綱級なのです。
 一説によると“餅”を咽喉に詰まらせての死亡件数は“こんにゃくゼリー”の約90倍とも言われています。
 そんなことを考えていると、“どこまで規制するのが妥当なのか全く分からない”ということです・・。
 わたしも子どもの頃、咽喉に飴玉を詰まらせて死にかけたことがあります。でも、飴玉の販売を禁止すべきだとか、何らかの規制が必要だと考えたことはありません。
 昨今の論調では、こんにゃくゼリーが悪者にされていますが、どんなものでも口に入れるものは危険なのだということを認識する必要性を感じます。
 “ご飯”でさえ咽喉に詰まらせて死亡された方がいるという事実もあります。
 
 何でもかんでも“危険だから規制すべし”でいいのかなと思ってしまうわたしは変なのでしょうか。
 例えば“火鉢”は露出した生の火が地上高数十センチのところにあるわけですからとてつもなく危険なものといえます。
 しかし、その危険性と利便性とをわきまえて、日本では文化の一つとして用いられ続けてきました(最近ではあまりお目にかかれませんが・・)。

 利用する側の意識や覚悟が取り残された議論には、前向きな姿勢を感じることができませんが、いかがなものでしょうか・・。もちろん、供給する側の意識や責任も大きなものとして考えられるべきだと思います。

 あるいわゆる開発途上国に粉ミルクが物資として贈られたときの悲惨な出来事が忘れられません。
 お乳の出なくなった母親たちは粉ミルクを“魔法の食物だ”と感動して利用していましたが、残り少なくなってくると仕方なく薄めて飲ませるようになり、そのうちどんどんどんどんミルクは薄くなり、その結果、多くの赤ちゃんたちは栄養失調で次々に亡くなっていったという話しです。
 単純な教養の問題なのかもしれませんが、“規定どおりに溶かないと栄養が足らなくなって危険だ”と供給した側は責任を持って伝えなければならなかったのです。

 いつも犠牲になるのは弱い立場の子どもやお年寄りなのです。
 “口にするものはいかなるものもその恩恵と共に危険性もある”ことを、責任ある立場の者は全員伝える責任と義務があるのです。メーカーや小売店、業者だけの問題ではなく、すべての親や大人たちが含まれています(お兄ちゃんお姉ちゃんも)。
 
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10月10日は

2008/10/10 Fri 18:31

 10月10日が“体育の日”に制定されたのは東京オリンピック開催(1964年10月10日)を記念して1966年からでしたから、1961年生まれのわたしにとって10月10日は少年時代からずっと“体育の日”でした。
 しかし、2000年のハッピーマンデーの制度によって“体育の日”が10月の第2月曜日に移ってしまってから、いまだになんとなく腑に落ちない感じがしています。
 子どもの頃、10月10日になると
「今日は何の日だ?」
「体育の日!」
「残念でした!目の愛護デーでした!」
などと馬鹿げた会話が毎年のように飛び交っていたものですが、“体育の日”が無くなってしまった今、あのギャグにしか使われなかった脇役もいいところの“目の愛護デー”が主役の座に躍り出たという衝撃的な現実を受け入れにくいのです。
 人間の出来ていないわたしなど“目の愛護テー”は10と10を横にすると眉毛と目が並んでいるようだからという、根拠にもならないような根拠で決まった記念日じゃないか・・などと、ついつい思ってしまうのでした。
 せめてもう少しまともな記念日が他に何かないかなぁと思っていましたら、案の定、何かで見かけました。
 今日10月10日は“銭湯の日”でもあるのだそうです。
 ・・おいおいおい・・・。・・・ん~・・・。
 これは良く考えてみるまでも無く、10月10日をくっつけると“1010”だから“千(せん)十(とお)”って言うんでしょう・・。
 やれやれ・・。
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がんばらなきゃ・・

2008/10/09 Thu 21:05

 今日、長男の希望している専門学校から合格通知が届きました。
 まだ10月ととても早い時期なのですが、指定校推薦で願書を提出していたのでした。
 小豆島には准看の専門学校しかありませんから、もちろん島外で、しかも県外に行ってしまうのです。
 よく分かっている親父のつもりでしたが、いざそのことが決定すると“いなくなってしまうんだ”という現実感に襲われています。
 長女も今春から県外の学校に行きましたし、立て続けに長男も来春には家を出て行ってしまう訳です。
 いざ現実が突きつけられてしまうと“予想外の寂しさを感じてしまう自分は意外と子離れできていなかったのか”と愕然としています。
 しかし、感傷に浸る間も無く、授業料・入学金の振込みという厳しい現実が待っているのでした・・。
 う~ん、親父もがんばらなきゃ・・。
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種明かし

2008/10/08 Wed 20:28

 私の読書の原体験といえば推理小説だったと記憶しています。
 小学生の頃“シャーロックホームズ”に始まり、怪盗ルパンや江戸川乱歩の少年探偵団シリーズなどにもとっぷり漬かっていました。
 盲腸で入院したときに誰かからコナン・ドイルのシャーロックホームズ“まだらの紐”を頂いて読んだのが始まりでした。
 ・・そういえば最近、推理小説なんか読んだことがありません。
 たまには読むのも良いなと思えてきました。
 そういうのも、最近会議が増え、フェリーに乗る回数がめっきり増えてきたからです。
 フェリーに乗る時は神学書を読んだり会議のための資料などに目を通したりしているのですが、たまには娯楽的要素もいいかもしれません。 

 “それでは、久しぶりにアガサクリスティーでも読もうかな”と考えていると、高校生のとき見た映画雑誌(“スクリーン”だったか“ロードショー”だったか忘れましたが)の記事を思い出して笑ってしまいました。もう30年近く前のことです。
 それは、アガサクリスティーの“オリエント急行殺人事件”が中国で上映されたときのポスターが載っている記事でした。
 ご存知のように“オリエント急行殺人事件”は列車の乗客全員にアリバイが成立しているという難事件で、実は乗客全員が共犯だったという結末の奇抜さがセンセーショナルな小説でした。
 その“オリエント急行殺人事件”の中国語のタイトルがなんと!“全員殺人事件”で、ポスターにでかでかと印刷されていたのでした・・。
  確かにオリエント急行殺人事件の本質を見事にタイトルにしていますが、推理小説の結末や犯人を事前に知らせるのは言うまでもなくタブーのはず・・。
 恐るべし中国。
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なんとなく幸せ

2008/10/07 Tue 22:08

 今日は会議や委員会が三つもありました。、もちろんフェリーでお出かけです。
 朝は7時半に家を出て、7時50分草壁港発高松港行き。
 そうそう、最近どういうわけか、この内海フェリーのブルーラインは10分ほど遅れます。
 今日も8時50分に着くはずのところ、やはり9時頃になりました。土庄の四国フェリーは燃料高騰のあおりを受けて減便しましたが(高速艇とか)、もしかすると内海フェリーは速度を遅くして燃料費を浮かしているのか?などと疑ってしまいそうです(帰りはほぼ定刻でしたからその疑いは少し晴れましたが・・)。
 帰りはなんとか17時47分高松港発草壁港行きに乗れました。
 なんだかつまらないことをわざわざ書いているように見えると思いますが、行きも帰りも教会から一番近い草壁港を使えた訳ですから、時間的ロスが一番少なかったという点で物凄くラッキーなのでした。
 私も人の子、必要以上に疲れたくないのは本音です。良かった良かった。
 と、交通面だけでなく、会議や委員会もとても良かったので、心地よい疲れを感じています。
 今日の会議や委員会の参加者は本当に積極的であり魅力的な方々ばかりでしたから、非常に後味の良い、充実感の感じられるものでした。
 日本基督教団の香川分区ってすごく良いなと改めて実感してしまいました。
 何でもないことなのですが、今日は何となく幸せな気がしています。 
 この文章では皆さんに伝わらないかもしれませんが・・。
 でも私、どーんと大きな幸せがあるのも好きですが、こんな風に幸せか何か良く分からないようなちっぽけな幸せを感じとって、それをつなぎ合わせて生きるのがとても好きです。
 
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二つの記憶というだけの話

2008/10/06 Mon 20:52

 1970年代に“すぐやる一家青春記”というテレビ番組がありました。新多摩市役所の“すぐやる課”課長の小林桂樹氏が父親役で、三人の息子と同居人合わせて男ばかり5人の家庭の隣に美人が越してきたという設定のホームドラマでした。
 記憶というのは曖昧で、小林桂樹氏が主演だとばかり思っていましたが、何年か前に友人から“主演は美人の隣人役の夏目雅子さんで、しかも彼女初主演作ということで話題にもなっていた”と聞かされショックを受けたことがあります。
 それはさておいて、この小林桂樹氏が役柄で課長をしていた“すぐやる課”というのは、もともとは日本で初めて1969年に千葉県の松戸市役所に“すぐやる課”が出来て話題になった影響によるものでしょう。
 その日本で最初の“すぐやる課”が出来たのが確か10月6日でした(姉の誕生日に近かったので何となく記憶に残っていたのでした。それで思い出して今日書いているというだけの話ですが・・)。
 (何となく今日はぐだぐだ書いていますが)この“すぐやる課”を松戸市役所に設置したのが当時市長だった松本清氏。・・まつもときよし。・・マツモトキヨシ。そう、あの全国チェーンを展開しているドラッグストア“マツモトキヨシ”の社長さん(創始者)なのでした。
 “市役所は、市民に役立つ所・市民にとって役に立つ人がいる所”をモットーに、日本初の即応部門“すぐやる課”が作られ話題となり当時全国的に報道されましたが、その仕掛け人がマツモトキヨシ氏だったとは、実はつい最近まで知りませんでした。
 この“すぐやる課”の考え方は日本各地で支持され、同名部署や同じ役割の部課が続々とできて、1975年には全国で315の自治体で採用されたそうです。もっとも、現在の数字は知りませんが・・。
 でも、とにかく彼は政治の世界においても経済界においても全国制覇っぽいことを実現していたというのは驚きです。
 ただ、どんな人なのか実態はまったく知りません。
 ・・・10月6日で何となく二つの情報がつながったのでつい書いてしまいましたが、きっとこの記憶もそのうち薄れて消えてしまうのでしょう。
 記憶とはそんなものですね。
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臭いのもと

2008/10/04 Sat 16:01

 今日、出先から帰ってくると、駐輪場前から玄関前にかけて何かとても臭うのです。悪臭とまでは言いませんが、誰かの臭い靴下のような、小汚い野良犬のような臭いが漂っているのです。たんぱく質が分解されつつあるような、とにかく動物的な臭いがどこからともなく漂っていきていました。
 家に入っても臭うので、臭みのもとは家の中かと一瞬どきりとしてましたが、時折しか臭わないので開けてある窓を通って外から入ってきているのが分かりました。
 そこで庭に出て原因を突き止めることにしました。家の周りのどこかで動物が死んでいるかもしれないので、分からないままだと気分が悪いのです。
 しかし、庭中歩き回ってみましたが臭いのもとがなかなか特定できません。風向き次第なのでしょう。臭ったかと思うとすぐに臭わなくなるの繰り返しなのです。
 確かに臭うのに実態が分からないままでは気持ちが落ち着きません・・。
 ふと、釣り好きのお隣さん家を見てみると、釣った魚を沢山干しているではありませんか・・。
「あっ、これだったか・・。」
 原因が分かってほっとしましたが、
「臭い!ほんとうに臭い!どこが原因なんだっ!」
と大きな声で喋りながら庭を徘徊していたので恥ずかしくなってしまいました・・。
 お隣さんに聞かれていなければいいのですが。
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お手軽ドライブ

2008/10/03 Fri 15:59

 雨の翌日は空気が澄み景色が綺麗なので、先日久しぶりに寒霞渓に上ってみました(もちろん車で)。
 寒霞渓頂上まで約15kmなので30分程で行けるお手軽ドライブコースです。

寒霞渓①

 次男を幼稚園に迎えに行ってそのまま出発したのですぐに到着しました。幼稚園は神懸通り(寒霞渓への道)のすぐ近くあるのです。

寒霞渓②

 予想通り絶景でした。旧内海町(小豆島町)が良く見えます。正面の半島は二十四の瞳の映画村や岬の分教場のある田ノ浦半島で、右にかすかに見えているのが三都半島です。
 この景色はロープウェイの山頂駅の左をまっすぐ行ったところにある展望所から見たものです。残念なことに、この場所は意外と分かりにくいみたいで、この景色を堪能しないまま帰ってしまう観光客も多いようです。

寒霞渓③

 展望所には地形を記した石版が設置されているので、地理に疎い方でもどこが見えているのか良く分かります。四国はもちろん、剣山まで見えます。

寒霞渓④

 このショットだともっと分かりやすいでしょう。画像をクリックされると大きく見えます。
 景色を堪能しながら、水筒のお茶と持参したお菓子で、しばしのおやつタイム。 
 所要時間1時間ちょっと、コストもほんのちょっとの少し贅沢なひとときに子どもたちも大喜びでした。
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ムカデ最後の日

2008/10/02 Thu 19:26

 先日の日曜日、礼拝中に妻が一番後ろの席から大きな紙に書いたメモを見せるではないですか。
 こういう状況はよほどの緊急連絡に違いありません。
 一体何事だろうかと焦りつつも、牧師としてのプライドがあるので、何事も無かったかのように平静を装いながら注視してみると、そのメモには
“また ムカデが!”
と大きく書かれていました。
 なんのこっちゃ・・。
 礼拝が終わって聞いてみると、
「ムカデがまた出たけど、あなたは礼拝堂の方に行っていたので、下の子どもたちを守るために勇気を振り絞って退治したの。」
とのこと。
 うーむ。そういうことだったのか・・。
 そういえば、あれだけ恐がっていたムカデを退治したとは、よくよく考えてみると我が妻ながらあっぱれだったなぁと改めて感心したのでした。
 その反面、私は“たかがムカデがどうしたの”という態度をとってしまった訳ですから、全くもって不覚でした・・。
 “次からはそんな思いをさせないよ”と愛妻に対して決意を新たにしたのですが、それっきりぷっつりとムカデは出なくなりました。
 あれだけ毎日10~20匹も出現していたのが嘘のようです。
 何はともあれ、めでたしめでたしというお話でした(決してのろけではありません)。
 
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ガミガミ親父がいない街角

2008/10/01 Wed 17:28

 “街角にガミガミ親父が居なくなったのが寂しい”
そんなことを言う友人がいました。
 言われてみると、子どもの頃、自分の子であろうとよその子であろうと関係なく、良くないことは良くないとガミガミ叱りつけるおじさんがどこにでもいたものでした。
 ですから子どもの頃は“いつどこで叱られるか分からない”と心の奥底で無意識的に認識していたように思います。
 友人が言いたかったのは、最近は子どもの非行や度の過ぎた悪戯を見ても見ぬ振りする大人ばかりになってしまっているということでした。
 言われてみればそんな気もして、“よおし、一丁俺も街角のガミガミ親父になってみよう”と一念発起し、いろんなことが目に付くたびに子どもや青年に注意したり諭したりということを始めてみました。今から15年ほど前のことです。
 始めてみると、自転車の二人乗り、タバコを吸う中学生や高校生、道いっぱい広がって歩く学生など次から次へ、これでもかこれでもかと注意しなければならない対象者のオンパレードでした。
 銭湯に行ってもかけ湯をせずに湯船に入ろうとする少年に注意したり、バイクで信号待ちしているときでも、横でとまっている学生がヘルメットをきちんと被っていないのを注意したりと、どこに居ても休む暇もなく、しかも、誰からも“変わり者のうっとうしいオッサン”という目で見られる始末。
 数年ほどがんばってみましたが、さすがに疲れ果ててやめてしまいました。今から思うととんでもない苦行のような日々でした。しかも、煙ったがられるだけで誰からも感謝されずしんどいだけでした。
 フェリーの座敷で赤ちゃんを寝かしつけている若夫婦がいるところでわざわざタバコを吸い始めたおじさんに“確かにここは禁煙ではないけど、赤ちゃんがいるからよそで吸って頂けないか”とお願いして殴られそうになったこともあります。しかも、当然ですがその若夫婦はしらんぷり。
 僅か数年間でしたが、かつての街角のガミガミ親父たちの偉大さを身をもって実感したのでした。
 でも、これでいいのかなと時々ふっと悩むときがあります。・・悩みというかジレンマというか変てこりんな気持ちにふっとなるのです。
 “誰に対しても優しいおばさんと、誰に対しても叱るときは叱るおやじさんがどこにでも居た時代”がまた来ないかなと思ってしまう私は、ただの時代遅れなのもしれません・・。
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