悪意が無くても

2009/05/31 Sun 23:21

 別に答えを求めているわけでもなく、ただそのまま受け止めてもらいたいと思っていることを受け止めてもらえなかったり、不用意な言葉で傷付けられたときの痛みは結構キツイものがあります。

 その反面(そういう場合はえてして)、相手にしてみればこちらが傷付いていることさえ分からなかったりするものです。

 悪気がまったく無い場合も多いので、なおさら悶々とした気持ちがしこりのように残ったりします。

 そんな経験をするたびに“人を傷付けたくないなぁ、注意しよう”と思います。
 
 大切なのは“悪意が無いこと”とか、“善意を持ち続ける”と言うようなことではなくて、相手がどのような人であれ“同じ目線で相手と向き合い、相手を受け止める”ということなのでしょうね。

 そんな姿勢を貫いていたいと強く思います。

目線が違うよ
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風に向かって

2009/05/30 Sat 14:43

 風に向かって立ち続けるほど強くはないけど。

オリーブ公園の風車

 いつも前を向いていたいなぁ。
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抜けてるのって良いよ!

2009/05/29 Fri 21:41

 とても気の合う弟分みたいな牧師がいます。
 非常に几帳面なのに突然ボコッと抜けてしまう不思議な性格です。

 時々、思いもしないところで迷惑をかけられたり、フォローしなければならないこともありますが、実のところ、私は彼が時々抜けていて“良かった”と思うのです。
 私もそういう面があるので実感としてよく分かっているつもりですが(もっとも、私の方はズボラですけど・・)、真面目なだけとか几帳面すぎるだけだと、人間ってしんどいと思うのです。

 本人がしんどいだけならまだしも、愚痴をこぼしたり、人の悪口を言ってみたりと、周りにとっても鬱陶しい存在になりかねませんし、病気にだってなりやすいと思います。

 几帳面で真面目なのにボコッと抜けてしまう・・そんな他愛の無い、それほど迷惑をかけないガス抜きが自然に出来ているなんて素晴らしいことだと思ってしまう訳です。

弟分

 でもね、我が身を振り返ってもそうですけど、結局は世の中“お互い様”です。
 ほんとに良い意味でね。
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優しい父親になってね

2009/05/28 Thu 20:36

 昨日、知人から転居を知らせるハガキが届きました。
 年は離れていますが、親しい友人です。
 先月 お子様が誕生したとの言葉も添えられています。

 そういえば、もう数年も会っていません・・。
 家族三人揃っての写真を眺めていると、懐かしさと嬉しさがじわぁ~とこみ上げてきました。
 
 内海教会は自分の家族を除くと、年配者数名の教会なので、結婚式や子供の誕生などまったく縁がない世界なのです。
 教会暦に従った教会行事以外に変化は望めないだけに、こういう知らせは一段と嬉しくなるのかもしれません。

 もちろん、転居通知に過ぎないので、おめでたいとか、久しぶりに会えるという類のものではありませんが、“念願の長男が この前 誕生しました”の一言だけで猛然と嬉しさがこみ上げてくるのでした。

 優しい父親になってください。おめでとう。
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デメリットと別の良さ

2009/05/27 Wed 16:04

 小豆島は自然が豊かでとても良い所。大好きです。
 買い物や交通の便など不便なこともありますが、暮らしていてほっと落ち着ける場所だなぁと実感しています。
 ほんの少しドライブすれば、風光明媚な場所もごろごろあります。
 交通量も少ないので夜と言わず、昼間からとても静かなものです。
 小豆島に来る前に、大きな道路沿いや線路の近くに住んでいたことがありますが雲泥の差です。
 幼稚園や小学校なども少人数である上に、みんな素朴なのでとても良い雰囲気となっているのも魅力です。
 住み始めたばかりの頃は不便さばかり目に付いたものですが、小豆島の良さに気付いてしまうとあまり気にならなくなりました(慣れたせいかもしれませんが)。

 しかし、そんな小豆島ですが、唯一残念なことがあります。
 川です。
 たっぷり遊べるような川が無いのです。
 寒霞渓の山が急傾斜なので大きくて流れの遅い遊べる川など存在しないのです・・。

片城川

 私は高知で生まれ育ったこともあり、川が大好きなので、それだけが残念でなりません。
 “高知といえば海でしょう”とよく言われますが、高知市内だったため意外と海は遠くて数回しか行った記憶がありません。
 家族と行ったのが確か2回(家に車が無かったのでバス。確か40分位かかったような・・)。
 友達と行ったのが3回程度です(中高生のとき自転車で。確か1時間以上かかったかな・・。)。
 
 結局、小さい頃から親しんできたのは川でした。
 鏡川や仁淀川という川でしたが、泳ぐのはもちろん、釣りや飯ごう炊飯など結構楽しんで少年時代を過ごしてきました。
 鰻だって簡単に釣れるので、自分で釣った鰻を蒲焼にしてもらった弁当をもって学校に行ったりしたのも楽しい思い出です。

せせらぎ

 でも、それも何か別の楽しみ方に気付けば気にならなくなるのでしょうね。きっと。
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小豆島の巨木

2009/05/26 Tue 16:19

 ちょっと前に、子供たちを連れて30~40分のドライブに行った時、大きな“ソテツ”を見てきました。
 これです。池田の誓願寺にあります。

これで1本の“ソテツ”

 信じがたいのですが、これで一本なのだそうです。
 しかも、樹齢は1千年との表示が・・。

樹齢1千年

 下を覗いて見ると年期もののツッカイ棒(御影石製)何本もで枝々が支えられています。
 植えた人もまさかこんなになるとは思ってもいなかったでしょうね・・。

 そういえば小豆島には大きな木がところどころにあります。

樹齢1500年

 これは土庄町にあるシンパクの看板。樹齢1500年以上とあります・・。

特別天然記念物のシンパク

 よく分かりませんが、確かにデカイ!

 そのほか、中山(“農村歌舞伎”や“千枚田”や“湯船の湧き水”などのある近く)にも巨木があります。

中山の巨木

 屋久島の屋久杉なんかとは勝負になりませんが、観光で小豆島に来られた際、巨木を見るのもオツなものかもしれません。


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恵みが届いている

2009/05/25 Mon 17:11

麦の穂

 風にそよぐ麦の穂波を見ていると、私たちの踏みしめている大地に、神様から“恵みが届いているな”と、妙な実感を感じます。

 静かに確かに祝福が豊かにあるような気がします。

 私の心にも、あなたの心にも、祝福があるようにと祈ります。
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散歩コース内海湾べり

2009/05/24 Sun 17:39

内海湾夕方

 内海教会から南に徒歩数分で海に出ます。
 内海湾が見渡せる場所です。
 向こうに見えるのは“岬の分教場”や“二十四の瞳映画村”などのある田ノ浦半島です。

岬の分教場(本物)

 ※これは岬の分教場

二十四の瞳映画村入り口

 ※こちらは二十四の瞳映画村の入り口。もちろんここにも分教場が建っていますが、こちらのは映画のセットです。もちろん本物の岬の分教場とは少し離れた場所にあります。

 写していませんが、最初の写真右手にはドックがあり、いつも船の修理や点検をしています。小豆島の内海フェリー、国際フェリー、四国フェリーなどもちろんここでメンテナンスをしています。
 つい先日も内海フェリーのブルーラインがドック入りしていました(ガンダムに出てくるホワイトベースに似ている船)。

ドック入り

 ※田ノ浦半島側から撮ったもの。

 海が近くて、子供をつれて散歩するにはなかなか良いのですが、潮風のせいでしょう、自転車やバイクがすぐに錆びてしまいます・・。
 変な話ですが、風の強い日の翌日は簡単な錆び防止として水をぶっかけたりします。もちろん、洗うのが一番ですが、一々しているのも大変ですからね。

 
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ありのまま

2009/05/23 Sat 19:30

雲と古民家

私のブログは始めてから2年半が過ぎましたが、fc2に初めて登録したときからカテゴリーを5つ選んでいました(確か“地域情報”と“日記”と“ライフ”に“スピリチュアル”それに“哲学・思想”だったかな)。

 おかげさまでアクセス数も増えてきましたが、5つもカテゴリーを登録しているせいかブログランキングを見ると、あまり上には行くことはありませんでした。

 先日何気なく、“日記”と“哲学・思想”の二つに絞ってみたところ、果たしてブログランキングが上がったではありませんか。
 これは意外と面白いのでこの際一つに絞ってしまえ、ということで“哲学・思想”1本にしてしまったところ、ランキングが10位以内に入るようになり、最高位5位にまで行ってしまいました。

 ・・・しかし、哲学・思想の上位にいざ入ってしまうと、気持ちが落ち着きません。

 そうです。皆さんよく分かっておられるように、私のブログはたまに真面目そうなことも書きますが、“哲学”も“思想”も無く、大体はごく普通の日常の断片を綴っているだけですからね・・。
 なんだか変なプレッシャーを感じるようになりました。

 ある方から“すごいですねぇ~”と言われましたが、“全然すごくないよ”と答えていてはたと気付かされました。
 そう、たいしたこと無い今まで通りで良いのだということです。
 あまり期待されなければランクも下がるし、ランクが下がったら気持ちも楽になりますしね。

 それによく考えたらありのままにしか出来ませんしね。

 ということで、これからもありのままいきます。

 皆さんも期待せず息抜きでご訪問ください。
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裁判員制度

2009/05/22 Fri 00:01

 いよいよ裁判員制度が始まりました。
 アメリカの陪審員制度と同じようなものだと思っている方もいますが、内容について相違点が多く同じものではありません。

 勇み足的で、不備の多い制度のような気がしてならないのですが、考えすぎでしょうか・・。
 少なくとも、どうして、何のために始めなければいけないのかいまだによく分かりません。

 結局は裁判官主導型なのではないかとか、“出頭”という言葉が示しているように殆ど拒否できないとか、期間が短すぎるとか、被害者のプライバシーがどれだけ守られるかなどという事もありますが、一番疑問なのは相当ばらつきが出る(不公平感のある)量刑になりかねないのではないかということです。

 ご存知のように日本には死刑が今も存続されています。死刑廃止論などはごく少数意見でしょう(毎日のようにテレビ時代劇で“敵討ち”や“仇討ち”が美談として放送されているお国柄ですし、死刑は犯罪の抑止力になると信じている方も多いです)。
 問題は、日本の刑法では、極刑の下にあるのは“終身刑”ではなく、実質懲役15年~20程度の“無期懲役”だということです。
 プロの裁判官でも非常に微妙な判断が要求される(であろう)極端な量刑しか選択肢が無いのです。
 それを素人が多数決で決めるのです(アメリカの陪審員制度では全員一致)から量刑にばらつきが出てもおかしくありません。

 ばらつきが出ると言うのは公平な裁判と言えるのかどうかとても疑問です。

 専門的な人に言わせると本当にいろんな問題があると思いますが、とにかく刑法の整備が最優先課題ではないかと思えてなりません。

沈・・

 
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つながってる

2009/05/21 Thu 19:26

 私の出身地である高知に行くと、土産物売り場に必ず龍馬グッズが並んでいます。
 最近の高知はあまりにも“龍馬”先生一辺倒過ぎて“龍馬”先生があふれすぎです。
 でも・・、とは言いつつ、やはり高知県人としては龍馬先生大好きなので、いつだったかつい、二等身の龍馬くん人形を買ったことがありました。
 刀を引っ張ると喋ってくれるやつです。しかし、残念ながら土佐弁とは程遠い台詞・・。
 唯一、“心はいつも太平洋ぜよ!”の後半部分だけ土佐弁っぽかったのが救いでした。
 とはいえ、意味不明の言葉ですけどね・・。

海

 海と言えば、最近、島暮らしのため海を眺める機会がとてつもなく多くなりました。この数年間だけで一生分くらい見たかもしれません。
 その海を眺めていてふと思い出したのは、ノーベル賞作家の大江健三郎氏の幼少の頃の話です。
 都会に憧れる思いを語ると、母親は家の前の道に健三郎少年を立たせて“この道はどこまでも続いている”ということを話されたというものです。 
 厳密には“愛媛県の内子”は四国、つまり島国なので、道だけでどこまでも行けるものではありませんが、それでも大江健三郎氏は志を高く持ち世界に羽ばたかれました。
 道でさえ、そのような思いを掻き立てるのですね。

海 夕方
 
 海を眺めていると(今眺めているのはかつて中国人が河と間違えたと言われるほど小規模の瀬戸内海ですが、それでも)、この海は本当に全世界につながっているんだと思えて感動することがあります。
 
 
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幼稚園の田植え

2009/05/20 Wed 17:30

 夕べ遅く、幼稚園の父兄(といってもお母さんですけど)から妻にメールが届きました。
 その方も妻も幼稚園のアルバム係で、どうやら“明日の田植えの写真を撮ってきて欲しい”と言うもののようでした。
 リーダー格のその方が撮る予定だったようですが、急に都合が悪くなったのでしょう。
 私は写真を撮るのが好きですし、時間も取りやすいので、妻がアルバム係に決まったとき“無理でないときは手伝うよ”と言っていたので、当然協力することになりました。
 それに田植えに子供たちと一緒に行くのも楽しそうだと思いました。

田んぼ 後ろは寒霞渓!

 幼稚園から歩いて5分ほどの所に田んぼはありました。
 写真で分かるように寒霞渓の山々を見渡せるロケーション。空気も爽やかでした。

 インフルエンザ対策らしく、今年は例年のように田んぼの中に入らないで畦から植えましょうということで、泥まみれを期待していた子供たちはちょっぴり残念そうだったかな。
 でも、多分一番残念がっていたのは写真班の私かな。泥まみれの子供たちの笑顔が撮れない訳ですからね・・。

桃色の花

 どうのこうのと言いましても、自然の中の子供たちの笑顔は値千金の輝きがありますね。
 この畦に咲いていた花よりも眩しい笑顔でした(個人情報保護のため子供たちの写真は掲載しませんのであしからず)。

 今日は少し疲れましたが、“ああ、自分はやっぱり子供たちが大好きなんだなぁ”と実感を持って再確認できた半日でした。

 アルバム係り様。こんな機会を与えてくださってありがとう。
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歩き続ける

2009/05/19 Tue 19:36

 新緑の青さは清々しい輝きを持っています。

新緑の眩しさ

 不安や希望をポケットに詰め込んで走り回っていた若い頃の色のようです。

 とは言え、今でも不安や希望と前向きさを抱えて生きているのだから、まだまだ青臭いかな。

 でも、後ろを振り向きすぎたり、ため息が目立つようになったら、青いどころか枯れかかりかな。

 いつまでも青臭いのも御免だけど、いつまでも前向きに生き続けたいな。
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 「えっ、『テレビに出るの久しぶり』ってどういうこと?」
 そうでした。変なことまで書いていました。
 実はテレビは何度も出たことがあるのです。
 
 若い頃では学生時代。
 大学で写真部の部長をしていた頃、美術部と合同で展示会を開催した際に、地元テレビ局の取材を受けたときです。
 慣れないネクタイを締めて眩しいライトを前に、緊張しながら綺麗なアナウンサーさんのインタビューに応えたのが懐かしく思い出されます。

 近年では、“愛媛いのちの電話”の事務局長をしていた頃にニュース番組などの取材が多くありました。
 松山のケーブルテレビでは、年に数回、やはり“いのちの電話”がらみで、数週間にわたって毎日6回以上放送される5分ほどの番組に、カメラ目線でアピールしなければならなかったのが結構苦痛だったように記憶しています。

 でも、一番面白かったのは、またも学生時代の写真部の合宿で地方に行った時。
 自由行動で後輩二人と景色を撮影していたら、観光客の一群にバスガイドさんが
「この○○はなでるとご利益があります。」
と言うようなことを言っていたので、一群が去った後、後輩と二人冗談でそれ(木か何かだったような・・)に頬ずりして笑っていました。
 そうすると、黒っぽい服を着た人が近寄ってきたかと思うと、ものすごく小さな声でこう言われるのです。
「あのぅ!カメラを意識しないで下さいませんか。すぐ前に進んでください。生放送なんです。」
え゛え゛ーーーっ!!!
 観光シーズンの観光地だったため、生番組の取材が行われていたらしく、一部始終が流れたとのこと。

 実はこのほかにもいろいろと面白いテレビ関係の話がありますが、この辺でやめておきまーす。
 
 余談ですが、ラジオは自分の番組を1年間(毎週15分番組で全国放送)持っていたこともあるんですよ~。
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 今朝、子供たちと何気にテレビを観ていたら“新婚さんいらっしゃい”という番組のコマーシャルが流れました。

 その、うどんを前にして
「今回は高松からお届けします(この台詞は確かではありませんが大体そういう内容)」
と、笑顔で喋る桂三枝氏と山瀬まみ氏を見て思い出しました。

「この二人の間、向こう側でうどんを食べてる人はお父さんだよ~。」
「えぇ~!!」

 そうなのです。
 そういえばいつか高松のうどん屋さんで一人食べたとき、テレビ局のスタッフが大勢いたとことがありました。
 確かに、桂三枝氏と山瀬まみ氏がいました。
 “新婚さんいらっしゃいの番宣らしいよ”という人の話し声も聞いたような気がします。

 ああ、あれだったのですね~。
 しかし、自分のうどんをすすっている姿がテレビから流れているのは妙なものです。

 食べたのは、最近良く通っている“なかにし”といううどん屋さんです。
 もちろんセルフのうどん屋さんですが、ここは麺を暖めるための湯がきまで自分で出来るようになっていますし、何より“コシ”が素晴らしい上に“ダシ”もしっかりしている本格的な讃岐うどんの店です。
 しかも、テーブルに置いてあるネギと天かす(もちろんどちらも無料)も、さりげなく抜群なのが嬉しいところです。ネギの旨みは他店の追随を許さぬ味ですし、天カスはカラっと揚がっていて信じられないくらい油っぽさを感じない優れもの。
 料金も良心的で、朝早くから開いているのもすごく嬉しくなる店です。

 この店の常連たちは真剣にうどんを食べに来ているといった風ですから、テレビ局のスタッフがうろうろしていたり芸能人がいても“うっとうしい”という雰囲気でした。
 ですから、撮影中の店の雰囲気は極めて奇妙な空気に包まれていました。

 それで私も常連客と言うか、うどん通のように極めてクールにうどんをすすったのでした。

 ・・実際は、極めて空腹だったからそれどころではなかったと言うのが本音ですけどね。
 
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 臓器移植法の改正案が審議されつつあります。
 現行では15歳未満の臓器提供が認められませんが、その年齢制限を撤廃するかどうかが大きなポイントのようです。
 しかし、“脳死が人の死”と言えるのかどうかなどの議論がうやむやのまま臓器移植法が施行された現実がいまだに引っかかっている人は多いはずです。

 “総論賛成各論反対”という言葉があるように、人間って自分にとって都合の良い場合と良くない場合とで気持ちが全然違ってくるものです。
 現行では子供から子供への脳死による臓器移植が不可能のため、助かったかもしれない命が助からなかったという事例もあると思います。“それで良いのか?”ということなのでしょうが、事はそんなに簡単なことではありません。
 
 私にも子供がいます。4人もいます。どの子も可愛くて仕方ありません。みんな大切な宝物です。自分の命より大切と言えるほどです。
 もし、自分の子供が臓器移植、それも脳死による臓器移植しか助かるすべが無いというような場合ということを考えると、一日も早く脳死による15歳以下の臓器提供を可能にして欲しいと願うだろうと思います。それはどなたでも同じだと思います。

 しかし、反対の立場であったらと思うと気持ちが一変します。
 脳死というのは、まだ心臓も動いているし、体も温かいし、メスを入れると反応すると聞いたことがあります。
 多くの場合、脳死状態になる原因は不慮の事故です。朝、家を出るときはあんなに元気だったのにと泣き崩れて状況を受け入れられないような時に、心臓も動いている上に肌も暖かい子供の“臓器を頂きたい”と言われて素直に“はい”と言えるような気持ちになれるだろうかと思うのです。

 自分の子供を助けるためなら賛成だけど、自分の子供の臓器を脳死状態で提供するのには抵抗がある、というのが殆どの方々の偽らざる気持ちではないでしょうか・・。

見えないよー

 医療技術が発達したことを歓迎すべきかもしれませんが、人は無茶な領域に踏み込んでしまったなと思う気持ちの方が強くあります。
 すでに後戻りできない重要な議論となっているだけに事は深刻ですね・・。
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バイク牧師寂しがる

2009/05/15 Fri 16:57

 いつだったか、坂出教会で会議があった際に、フェリーと電車を使って行った事がありました。
 高松港からJR高松駅まで徒歩数分ですし、坂出駅までマリンライナーを使えば数分しかかかりません。それでたまには公共機関を使ってみようと思ったのでした。
 ・・しかし、マリンライナー待ちの時間や、坂出駅から坂出教会までの徒歩10数分間は意外と時時間がかかる上に疲れてしまいました・・。そもそも内海教会から草壁港までの徒歩20分もありますし、何より帰りがあるのです・・。
 やっぱりバイクで出かけるに限るなと実感したものです。
 おまけに何人もの方から
「えっ!今日はバイクじゃないんですか!?」
とか
「三野先生がここにいるのにバイクがここに無いなんて不思議な感じですね・・。」
とか言われる始末・・。
 自分が一番違和感と不便を感じていたのですけどね・・。

相棒!

 そんなこともあり、もう後悔したくないので、結構積極的に出かけるときは愛車に跨っています。

 しかし、実を言うと、今、そのバイクを修理中なのです。
 離れてみると違和感と不便さに加えて寂しさを凄く感じています。
 バイク屋さんから代車を借りていますが・・しっくりきません・・。
 愛車のスカイウェイブは、ただの便利な乗り物や道具ではなく、気持ちの通じ合う相棒のような存在になってきているのだなと実感しています。
 それはそうですね。小豆島に来てから(前のバイクが壊れて)買い換えて以来、会議や委員会などいつ何時も一緒に出かける仲でしたからね。小豆島、豊島などの島嶼部をはじめ四国中はもちろん、所用で関西にも何度か行きました。
 暑い日も、寒い日も、晴れの日も、雨の日も、雪の日もいつでも一緒でしたからね・・。

 ・・はぁ・・来週までの辛抱なんだなぁ・・。
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恐い公園?!

2009/05/14 Thu 16:36

 以前、恐そうな公園を見ました。
 小豆島ではないですけど・・(香川県ですけどね)。

恐っ!

 ほのぼのとした色彩なので、最初は何のための看板か分かりませんでしたが近寄ってみて驚きました。
 しごく普通に書かれているのですが内容が凄くヘビーです。
 水が濁流だったらリアル過ぎだったでしょうね・・。

 ここではちょっと子供だけで遊ばせられませんねぇ・・。
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 幼稚園児など“小さい子供”たちの様子を見ていると、行動も感情も毎日めまぐるしく変動していることに気付かされます。
 優しいなぁと思っていたのに冷たい一面が現れたり、微笑ましいなぁと思っていたのにちょっぴり意地悪な態度が出たり・・。
 幼稚園や保育園は初めて(家族以外と密接に)他人と接し、人間関係にもまれる場ですから、まだまだ感情が安定していなくて当然なのです。ある意味、自分の感情をコントロールする訓練の場なんだと思います。

 しかも、言葉がまだまだ発達途上ですから、自分の(不安定な)感情を説明したり、気持ちを正確に伝えることが困難なのは仕方のないことです。
 ですから、ある子の一面だけ見て“あの子は○○な子”などと言い切ることは出来ないのです。

 いじめっ子のようなことをしていたかと思うと、その子は次の日に痛い目に遭っていたりと、立場そのものもコロコロ変動するのです。
 そんな風にして子供たちは人間関係を一生懸命学んでいるのだなぁ、すごいなぁと思います。
 だから、子供を叱る時は頭ごなしではなく、どうしてそんなことをしたか、何をどうしたら良かったかなどを一緒に話し合うスタンスが大切なのでしょう。
 子供たちには問題行動と言われるものが出ることがあります。その殆どは、その行動を通して回りに何かを伝えようとしているものですから、それらに対応するためにも、上記のスタンスは大切だと思います(子供の問題は親の問題だという視点からも大切です)。

 そんなことを考えていると、大人だって同じようなものかもしれないと思えるようになってきました。いろいろと環境や立場が変わることもありますし、対人関係に変化を余儀なくされることもあります。今まで出会ったことのないタイプの人と関わらなければならないことも多々あります。病気の方たちとの出会いもあります。そこで自分というものが問われるのです。
 大人だって、やっぱり人間関係にもまれながら成長していますし、いつまでも学びの途上にあるのではないかと思えてきました。
 しかも、勧善懲悪なんてものは存在しないのも分かっています。
 優しさや温かさ、無関心や冷たさなどあらゆる性質をどこかしらに私たちは持っています。
 聖書で“人は罪人(つみびと)”だと言いますが、“罪(ハマルティア)”とは本来“まとはずれ”と言う意味です。まとはずれな行動をする性質を人は持っているということです。
 一面・一部分だけを見たくらいで“○○な人”と断定できるほど単純な人はいません。
 みんな何某かの弱さを身にまとっているだけの話です。

 そんふうに考えてくると、大人も子供も等しく“決め付けてかかったり”、“頭ごなしに叱ったり”“対立したりする”ことは誤りであることが分かってきました。

 上からでも下からでもなく、同じ目の高さでお互い関われたら、何か大切なものがそこに生まれてきそうな気がします。

平和の群像

 ※小豆島土庄港にある二十四の瞳“平和の群像”
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霧に煙る小豆島

2009/05/11 Mon 19:53

 今日は朝から“霧”が凄かったです。

霧

 最初は“野焼き”をしている方が多いのかとも思いましたが、全然煙臭くないのでもしやと思いました。そう、なんと海も国道も山も霧に煙っているのでした。
 とてもびっくりです!

 そんな中、今日の午後は多度津教会で香川分区の“教会婦人会連盟の設立総会(再結成)”という一大イベントがあるので、分区長の私は11時50分池田港発のフェリーで出かけたのでした。
 怪我の痛みと昨日の草抜き(土堀り?)の筋肉痛を押しての出発です。

 しかし、池田港までの霧に煙る国道436号線は、視界が悪いのは仕方ないとして、マイナスイオンたっぷりのため、痛みを抱えている私にとっては清々しい15分間となりました。
 バイクでなかったらこの清々しさは半減していたと思うと、ちょっと得した気分です。
 
 帰りにはもちろん霧は晴れていましたが、婦人会総会がとても良い会だったので、帰途もマイナスイオンを吸っているような清々しい気持ちを味わうことが出来ました。・・ちょっと言いすぎかな。ははは。

 それはともかく、霧の小豆島もなかなかオツなものですよ。
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綿みたいな根っこ!

2009/05/10 Sun 19:20

 今日は久しぶりに庭の草抜きをしました。
 ・・昨夜見た夢が良くなかったせいです。

 昨日ブログにも書いたように、庭の雑草が相当気になっていたのでしょう。草抜きを延々とする夢をたのです・・。
 しかも、抜くために少し掘り返すと、土の中から雑草の小さな“球根”がぞろぞろと止め処なく出てくるという夢でした。
 そこまで気になっているのかと目覚めた時に嫌気がさしましたが、実際、このまま放っておくわけにはいきません。 
 
 “よぉしどうせならすぐに取り掛かろう”と、礼拝後、作業着に着替え長靴を履いて出陣です。

 しかし、球根軍団の凄さは夢に見るまでもなく、既に十分すぎるほど思い知っているので、今回は球根の所ではなく、根っこがはびこっている所にしました。もちろん、ただの気休めであることは言うまでもありません・・。

 “うおーーーーっ”
 絶句でした。
 想像以上でした。
 なめてかかったつもりはありませんが、カウンターパンチを喰らったようでした。

 地下茎が縦横無尽に張り巡らされているだけでなく、まるで敷き詰めた“綿(わた)”が全面に埋まっているみたいな“根っこ”だったのです。
 もう、冗談ではなく、厚さ5cm以上の綿が埋まっている感覚なので、芝生を剥ぐような作業を余儀なくされました。
 “これは草抜きじゃない!”と、呟きながらせっせと肉体労働に勤んだのでした・・。

 しかし、寄る年波には勝てません・・。
 汗と土にまみれながら悪戦苦闘したものの、こなせたのはせいぜい3㎡どまり・・。

 うう~ん・・。
 でもまた、がんばります!
 
 “私の根っこ”は、こんなものには負けてません。
 
 
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雑草の世界

2009/05/09 Sat 16:51

 たくさんの方々に心配をかけてしまった怪我も随分良くなり、病院にももう行かなくていいことになったので少しほっとしています。
 やれやれです。

 ・・・って、自分の世界に浸っている場合じゃなくなっていました!

 さあ大変!!

 にっ、庭が凄いことに・・!!!

 雑草だらけiなっているではありませんか・・!!!!

雑草①

 これって、球根で広がる花ですし、しかも球根は数mmという小ささ・・。それがびっしり地下で広がっているのです・・。
 早く対処しないと球根がますます増殖してしまいます・・。

雑草②

 これも同様に小さな球根で広がります。
 内海教会の庭にある雑草は只者でないものばかりな気がします・・。

雑草③

 こんな立派なのも咲いていました。

雑草④

 これも可愛い色とは裏腹に厄介な奴です・・。

雑草⑤

 これも同様に結構手こずる奴です。

雑草⑥

 それぞれをアップで見ると一応可愛いとは思うのですが・・。

雑草⑦

 これが庭中ですから、ぞっとしますよね・・。

雑草⑧

 タンポポはホッとさせてくれる“一服の清涼剤”のような気がしないでもないですが、この“綿毛”って全部“種”ですからね・・。

 そんな父の哀愁を帯びた憂いも知らずに、子供たちは今日も楽しげにタンポポの綿毛をフーフーするのでした・・。
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風邪で声が出ない

2009/05/08 Fri 22:11

 妻が風邪を引いてしまいました。
 症状としては、高熱が出たり嘔吐下痢がある訳でもないのですが、声がかすれているのが一番の痛ましい症状です。

 そういえば私も数年前に声が出なくなってしんどかったのを思い出しました。
 ほんとうにしんどいです、声が出ないというのは。
 特に私などしゃべるのが仕事みたいなところがありますし、第一しゃべるのがとても好きですからね。
 妻は子供たちとの会話のたびに疲れるのが辛そうです。母ですね・・。

 そういえばあの時医者に
「声が出ないのはどうすればいいのでしょうか?」
と、尋ねたら
「喋らん事ですな。」
と切り捨てられたのを思い出しました。
 そういえばいろいろと思い出しました。
 その時鼻水もひどかったので、そのこともその医者に相談したのでした。
 答えは
「上を向いとくんですな。」
でした。

 私は妻に
「しんどいね。」
としか言わないことにします。

 早く良くなるよう陰ながら祈っていますよ。

 
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うつ病の人に相談しよう

2009/05/07 Thu 19:22

 “うつ病の人の冷静さってスゴイな”と思うことがあります。
 実は状況をクールに見据える能力には凄いものがあるのです。
 冗談ではなく、過去に精神関係の仕事をしてきて実感している事柄です。

 世には霊感商法や誇大広告、まことしやかな儲け話などが多々ありますが、どうして引っかかるのかと疑問に思うくらい引っかかる人は引っかかっています。
 お金を出して買わないとご利益を与えないと言うのも変な話ですし、簡単に痩せたり、異性にもてたりする商品があること自体眉唾な気がします。また、そんなに簡単に儲けられるのならそんなにオイシイ話を他人に持ちかける人はいないはずです。
 
 しかし、引っかかる人は引っかかってしまいます。
 “もしかしたらこれは自分に訪れた偶然のチャンスかも”とか、“自分にだけはいいことが訪れても良いはず”とか、人は考えやすいのかもしれません。
 (どこかで聞いたことのあるような)他人のラッキー体験が“自分にも訪れて欲しい”という願望があったりするので、“きっとこれだ!”などと思い込みたくなってしまう素地があるのでしょう。
 つくづく人間って弱い生き物だと思います。

 例えばロトくじなど(私も好きですが・・)、過去の当たりナンバー一覧というのがありますから、よく当たっている数字とかも分かります。それで傾向と対策をしっかり掴めば当たりやすいと思いがちなのですが、数学的に考えればどの数字を選ぼうが当たる確立は同じなのです(“43はよく当たる数字だから”というようによくよく考えて1,14,23,28,33,43などとしても、単純に1,2,3,4,5,6にしたものと当たる確立はまったく同じなのです。宝くじ売り場でタダでもらえるロトくじの過去の当たりナンバー一覧表は人々の冷静さを奪い、妄想の世界に引きずり込む効果があるようですね・・)。

 しかし、うつ病の人はそのへんのところを惑わされないのが凄いのです。
 “確立は一緒でしょ・・”と淡々と切り捨てます。
 きっとロトくじを買うことはあっても、ロトくじの予想屋にお金をつぎ込んだりすることは無いと思います。

 うまい話が舞い込んできたら、迷わずうつ病の人に相談することをお勧めします。
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え、もう終わりスカ

2009/05/06 Wed 18:54

 世間的には5連休、人によってはもっと凄い連休だった今年のゴールデンウィークも今日で終わり。
 私の場合、土日とさらに数日間、仕事その他があったので、結局、今年も家族サービスは出来ませんでした・・。
 唯一、できたのは“かくれんぼ”位のものかな・・。

 うーん・・。もう少し計画的に考えておけば何か出来たかも・・。
 今更反省してももう遅い・・。

 しかし、(牧師の仕事を)考えてみれば、特別な行事を除けば、通常の仕事の殆どは自宅ですし、しかも殆ど臨機応変に自分のペースで出来るもの。
 つまり、昼間に時間が欲しいと思えば、夜間にシフトすることもお茶の子さいさいで、平日も休日も殆ど関係ありません。

 ・・とは言いつつも、実際には自由と言うより、世間さまの休日にも仕事があると言ったほうが正確ですね。休日も平日も関係なく何か仕事があります。
 ですから、世間と同じように休むことも出来ますが(完全には無理)、休んだだけたまった仕事のツケが回ってくるだけの話なのです・・。仕事量は変わりませんから。

 子供にしてみれば、“父親は家に年がら年中いるのに、仕事していたかと思うと一緒に遊んでくれたり、かと思うと早朝とか夜に仕事したり、時には一日中書斎にこもったりしている、いったい何をしているのだこの親父は”という感覚かもしれません・・。
 そもそも、庭の草抜きだとか、修理のための大工仕事やペンキ塗りなど作業着に着替えてしょっちゅうしていますから、一体何の仕事なのかも分からなかったりして・・。

 一体いつになったら子供たちの期待に応えられるのやら・・。

 ・・えっ、何も期待していないって・・。
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 全然使わなくなっているデジカメを5歳の次男にあげました。
 メチャクチャな撮り方しかしませんが、とても楽しいようですし、殆どプリントしないのでコストもかかりません。
 使わないで捨てられるのを待っているより、カメラも楽しんでくれれば嬉しいだろうと思います(創造性の養いにはならないと思いますが・・)。

 しっかし、それにしてもメチャクチャです。

「おとうさんのしゃしんをとる。」
と言って書斎に入ってきたのはいいですが、全然撮れてないではないですか・・。

書斎①

 “仕事をしているカッコいい写真も良いな”と思ってしまった私はばかみたいじゃないですか。
 何枚も撮っていましたが・・。

書斎②

 どんどん外れていってますよ・・。

書斎③

 もう存在感自体無くなっちゃってますけど・・。

書斎④

 ・・っていうより、芸術の世界に入ってましたか・・。父はいずこへ・・。
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 “友人”というものを考えてみると、“若い頃と違って、いつも一緒にいるとか、毎日のように熱く議論するといった関係性はあまりなくなってきたな”と思うようになりました。
 特に、親友たちも含めて牧師という特殊な仕事(?)の者が多いので、それぞれが日本中(や世界)に散り散りになって過ごしています。
 もちろん近隣の教会をはじめ、いろんな方々との新しい出会いがある訳ですから、いろんな方と親しくさせていただいていますが、学生時代のような付き合いは全くといっていいほど無くなってしまいました。
 もちろん、それは世の大人たちの常識だと思います。
 多くの方々が仕事や家庭その他の活動などにも役割が与えられていくわけですから、当然の帰結というか現実です。
 結局、友人たちとの交流であるとか、付き合いというのはごくごく限られた時間に限定されてしまいます。
 若い頃のように、悩みがあると、たちどころに参集しあって話を聞いたり聞いてもらったりするということは難しくなっています。
 しかし、同時に感じるのは、どんなに離れていても、何十年も顔をつき合わせていなくても、気付くとすぐ傍らにいてくれる友人たちのありがたさです。
 友人としての形は年を重ねるごとに変わってきていますが、中身はずっと同じ、いや、むしろ、さらに熟成されてきているのかなと、このごろよく思うようになりました。
 孤独のように見えるけれど、見えない何かでつながっている友人たちが何人もいるのは、何よりの財産なのかもと思います。
 みんな愛しているよ。
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おさかなごはん

2009/05/01 Fri 14:53

 今朝、朝食を食べていたら、5歳の次男が
「あっ、おさかな!」
と、自分のお茶碗を覗き込みながら言うではありませんか。
 えっ、今日はお魚なんておかずに無かったし、釜揚げシラスやふりかけの類さえ食べてないのに・・。
 などと思いつつ、私も覗き込んでみると

おさかなごはん

 ほんとにお魚みたいなご飯粒が・・。
 子供って小さなものを見つける天才なのかもしれません。
 私なんかはきっとこういったものの前をいつも通り過ぎているのだろうな・・。
 大人より子供の方が、人生を深く生きているのかも知れません。
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