おあずけ
2009 / 06 / 30 ( Tue )
 雨です・・。

 よりによって大雨です・・。

雨と雲と霧

 寒霞渓の山々も霧で煙っています。

 バイク屋さんから電話。
「やっと修理完了しました。」

「やったー!じゃあすぐに取りに行きます^^」

「本気ですか?雨すごいですよ・・。うちは別に構いませんが・・。」

 ・・そうでした。・・雨でした。・・大雨でした。

「・・・・。」

「・・・・。」

「んーー、でも、・・やっぱり行きます。」

「そ、そうですか・・。三野さん雨でも平気な方ですものね・・。・・でも、そんなに急がれてるんですか?」

 はっ!そうでした・・。特別急いでいるわけではありません・・。
 部品がなかなか届かずに修理が遅れていたので、気持ちがバイクに行き過ぎていたようです・・。
 早い話、すぐ乗りたいなぁというだけの話でした。

子供バイク

 それでは子供と同じではないですか・・。
 とても成熟した大人の振る舞いとは言えませぬ・・。

「そうですね、明日は曇りになりそうだから、明日伺うことにします。」

「了解しました。」

 ・・という訳で、2ヶ月近く待ったマイバイクは、更に明日までおあずけとなりました・・。

 ・・雨なんですよね・・。

 寒霞渓の山々も霧に煙っています。

 私の心にも霧が立ち込めているようです(なんちゃって)。


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18 : 40 : 47 | プライベート | トラックバック(0) | コメント(3) | page top
ブーケトス
2009 / 06 / 29 ( Mon )
奏で

 明後日から7月ということは、明日で6月も終わりということ。

 最後の土日も過ぎたので、もう6月に結婚される方も殆どいらっしゃらないかと思いますが、6月18日の“ジューンブライド”のとき書きこぼしていたので今日書きます。

 “ブーケトス(bouquet toss)”についてです。

 挙式後に花嫁の投げたブーケを受け取った人は“次に結婚できる”と言われるなど、未婚女性たちが幸せのおすそ分けを受け止める“結婚式の楽しいイベント”という印象があります。

 花嫁が結婚式で使ったブーケ(花束)を後ろ向きになって未婚女性の待ち構える所に投げるものですが、ブーケを投げず、ブーケにくくり付けた紐の端を未婚女性たちにくじのように引っ張ってもらというブーケプルズというやり方もあるようです。

 実は欧米と違って、ブーケトス(やブーケプルズ)は日本でそれ程盛り上がらないのが実情と聞いたことがあります。

 そもそも、フランス発祥と言われるこのブーケトスは、花嫁の自己防衛手段だったという由来がある時点で日本と温度差があってしかるべき要因です。

 どうやら中世のヨーロッパでは、結婚式当日の花嫁は最高にラッキーな存在と考えられていたそうで、挙式参列者はドレスを引きちぎるなど、幸せのおすそ分けを受け取る方法は相当過激なものだったそうです。

 それでドレスを引き裂かれたくない一心で、花嫁が自らブーケを投げるようになり、時を経て“次に結婚できるのは受け取った女性”だと信じられるようになっていったとのこと。

白い花

 文化も習慣も全く違う日本ですから、盛り上がらないのも無理はないかもしれません。
 
 第一、日本における結婚年齢は高くなってきている傾向もあるようですし、独身主義という考え方の人も増えてきているようです。

「さぁ、独身女性はお並びください^^」
 とのアナウンスにしらけたり、困惑したり、嫌悪感を抱いたりということがあっても不思議ではないかもしれません・・。

 嬉しそうにしているのは、主役の花嫁だけだとしたらちょっと悲しいものがあります。

 自分の結婚式でブーケトスをしようと考えている方は、そういったことを少し考慮されると良いかもしれません。


10 : 29 : 03 | 行事 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top
穏やかな日々
2009 / 06 / 28 ( Sun )
 穏やかな天気が好きです。

穏やかな

 「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。」
 新約聖書マタイによる福音書5章45節の言葉です。

 “父”というのは神様のことですが、“正しい者”や“正しくない者”とは誰のことでしょうか。
 “正しい者”をキリスト教信者のことと思う人もいるかもしれませんが違います。

 すべての者は神様の正義の前に“正しくない者”でしかないと思います。

 天気や雨について考えてみると、どちらも共通して、時として恵みであったり試練であったりします。

 何が“恵み”で何が“試練”なのかも断定できませんし、誰が“正しい者”で誰が“正しくない者”かも分かりません。

 言える事は一つ、私もあなたも神様に等しく愛されているということです。

 でも、出来れば穏やかな日々が続けばなぁと思ってしまうのでした。

 

14 : 15 : 23 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
安全運転で
2009 / 06 / 27 ( Sat )
緑の壁

 小豆島は緑の深いところを走るのも爽快です。

 鳥のさえずりや波の音を聞きながら走り、時折見え隠れする海の色が鮮やかなときは尚更です。

 時々、原生林のようなところもありますが、勿論それはほんの一部分です。

原生林・・

 海が良く見えるなかなかのドライブコースといえば小豆島の北側の海岸線なのですが、大規模な石切り場があちこちにあるので、景観という点ではいささか興覚めする感が無きにしも非ずです。

島の北側海岸線

 小豆島はもともと(塩と)石の産地として名高い訳ですから、仕方ありませんけどね・・。

 江戸時代に石を切り出すために小豆島に来た職人さんたちが、故郷の醤油や佃煮の製法をもたらしてくれたそうですから、感謝しないといけません。 

石切り場

 所々、アップダウンが激しく、急カーブが続く道もありますから、島外から来られた方は極力安全運転を心がけてください。

 安田~福田間など道が狭いのに急カーブの連続で、手に汗握る道となっています。バスは道の脇に生えている木々の枝スレスレに走行しているのに驚かされます。

 また、寒霞渓~土庄間は“傾斜角17度”という、ちょっと尋常ではない坂道が延々続いたりもします。ブレーキが利かなくなって事故に繋がるケースもあるようですから、本当に要注意です。

島の景色

 これからレジャーや観光を考えておられる方は、安全運転で小豆島を楽しんでください。

15 : 17 : 40 | 地域情報 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
瀬戸の花嫁
2009 / 06 / 26 ( Fri )
 昨日紹介した“家並みの間にフェリーが見えるスポット”の少し先を走っていたら、またまた何かを見つけました。

何か看板がある・・

 小さな集落を通り過ぎようとしてた時のことです。
 位置は土庄港から北西に車で約10分(小豆島有数の漁港小江地区)。
 小豆島を左向きの形にたとえると頭のてっぺん、角のある辺りです。

 さて、人家と人家の間に何か白い看板が見えます。

渡し舟・・

 ・・渡船のりば・・。

 えーーっ、渡し船乗り場がこんな所に!!

 そういえば、この辺りには沖に小さな島が幾つかあります。そこへの渡し船なのでしょう。
 風情があるなぁ、とバイクを停めて行ってみました。

狭い路地

 家一件分の狭い路地を抜けると船着場がありました。

船着場

 ここから向こうの島へ渡るのですね。
 そんなに遠くない島がすぐ近くに見えます。
 
 風情はありますが、住んでいる方々はさぞ苦労があるのだろうなと思いました。
 私なんか小豆島でも不便さを感じていますから、恥ずかしい限りです・・。

沖ノ島

 さて、家に帰ってから、一体何という島だったのか調べてみましたら、この島は“沖ノ島”であることが分かりましたが、更に、凄いことが分かりました!!

 なんと!!この“沖ノ島”は、あの小柳ルミ子さんの歌“瀬戸の花嫁”の舞台となった島なのだそうです!

 小豆島で住み始めて4年目になりますが、全然知りませんでした。
 ここだということはもちろん、小豆島に瀬戸の花嫁の舞台となった島と渡し船があっただなんて・・。
 不覚です・・。

 ちなみに、この沖ノ島は面積0.19k㎡、23世帯87名(2009年3月1日現在)の、小豆島の北西108m沖合いにある島です。
 もし、小豆島に来られたら一見の価値ありかもしれません。

 小江地区と沖ノ島の間にある海峡は、流れが早く“小江の瀬戸”“乾の瀬戸”と呼ばれているそうです。明治時代の末頃から始まったというこの渡し船でここを渡ると更に風情が増すかもしれませんね。 渡し賃は当初1銭だったそうですが、今は往復100円だそうです。 

通りへ

 何年かに一回、瀬戸の花嫁がここを渡るとか・・。
 この路地を通って嫁いでいくのですね・・。
16 : 08 : 31 | 地域情報 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top
ふしぎ発見!フェリーが道路に・・
2009 / 06 / 25 ( Thu )
 今日、所用で土庄町(隣町)に行ったのですが、時間があったので“あまり行ったことのない道を走ってみよう”と、いつもは左折している“淵崎”の交差点をそのまま西へ直進してみました(小豆島を左向きの牛の形に見立てると“頭”の辺りです)。

小さな漁港

 のどかな魚村の風景が広がり“こういう景色もいいなぁ”などと思いつつ進んでいくと、奇妙な看板が目に留まったので引き返してみると・・。

ふしぎ発見!フェリーが道路に・・

 “ふしぎ発見!”って・・・・・・。

 よく見てみると、どうやらこの道路をもう少し行くと緩やかな右カーブに突き当たって、その先が海なので航行してくる船が丁度迫ってくるように見えるという案内のようです。

 ご丁寧に航行する船の時刻一覧表も載せてあるという親切ぶり。
 しかも、それはよく見ると“フェリー出現時間”という念の入れ用・・参りました。
 確かに、この辺りは土庄港のすぐ先なので、高松行きや豊島行き、岡山行きのフェリーがひっきりなしに通るところです。
 それにしてもよく調べましたね・・。

この向こうなのね

 ああ、この先のようです。

 確かに一瞬の出来事に近いものような気がします。

 ふむふむ、“近付くほど遠くに見えるようになる”のか・・。

小さな船影が・・

 遠くに船影が見えました。

 もう少し早く通りかかっていたら、見えていたのかと思うとちょっぴり惜しい気がしましたが・・。

 わざわざ見に来ようとまでは思わないかな・・。

 しかし、いろんなものがある小豆島なのだな・・。
19 : 41 : 39 | 地域情報 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
バイク万歳
2009 / 06 / 24 ( Wed )
 昨日は私の所属する日本基督(“キリスト”と読みます)教団の“四国教区常置委員会”という会議のため愛媛県の松山に行ってきました。
 私は常置委員ではありませんが、香川分区長なので陪席する必要があるのです。

 いつものバイクはあいにく修理中のため、今回は高速バスをチョイスしました。

「高速バスの方が楽でしょう。」
と、よく言われますが、実はずっと疲れます。
 時間も倍以上かかります(連絡が悪いため、船とバスの乗り換えに1時間程のロスが出ますし、バスは幾つも停留所に停まる上に遠回りもします・・)。

 しかも、今回は会議の終了時間が遅かったのと天気が悪かったので、帰れませんでした・・。

 小豆島行きの最終の船は20時30分発の草壁港行きフェリーなので、18時11分松山インター発の高速バスがギリギリの便となります。

 予定到着時刻は20時17分・・。
 13分も余裕があるように感じますが、大体、交通事情によって到着時間は予定時間を上回るものです。

 以前は走って何とか間に合ったという経緯があるものの、昨日は雨だったので恐らく無理だと判断したのでした・・。

ブルーラインで帰る

 結局、松山で一泊し、帰り着いたのは今日の午後1時半・・。

 公共交通機関を使うと恐ろしく時間と労力がかかると実感しました。

 バイク万歳です。

 バイクなら高速を使って(飛ばさなくても)大体2時間ほどで松山から高松港に到着できます(乗り継ぎのタイムロスがないので大助かりなのです、しかも、小豆島行きならどの港行きでも乗れます。)。 
 ※ちなみに乗用車でも同等の時間で移動できますが、フェリー代がべらぼうに高くなってしまうのでいつもという訳にはいきません・・。

 バイク万歳です。


 
17 : 07 : 38 | 行事 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
幸せと愛がくっついてくる
2009 / 06 / 22 ( Mon )
黄色の花

 ある人がマザー・テレサに
「私は百万ドル貰っても、ハンセン病者に触りたくはない。」
と言いました。

 それに対して、マザー・テレサの答えは・・
「私も同じです。
 お金のためなら“二百万ドルやる”と言われても、今の仕事はしません。
 しかし、神様への愛のためなら喜んでします。」

ラベンダーの穂波

 マザー・テレサは“隣人愛”と“神様への愛”は“表裏一体の同じもの”だということを言っているのです。
 そして、愛は“お金のためや名誉のため”には成しえないものだとも言っているのです。

 人の行為というものよくよく考えてみると、結局は“自分のため”なのかもしれません・・。

 しかし・・。
 私も、あなたも、心底大嫌いな人も含めて、この地上に生きている“すべての人が神様の愛に包まれている”と知るなら何かが変わるかもしれません。

 私の悲しみや苦悩を同じ目線に立って受け止めてくださる神様がいると信じられるなら、すべての人に同じように関わっておられる神様の姿が感じ取れるかからです。

 そして、今まで見過ごしてしまっていた人々の悲しみや苦悩に、いつの間にか自分も同じ目線で関われるようになると思います。

アルバ

 しかもそれは、その時すでに“自分のため”ではなくなっているはずです。

 そんなさりげない“共に生きる”という視点に、幸せと愛とがくっついてくると私は信じています。

17 : 01 : 05 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(6) | page top
スカっと
2009 / 06 / 21 ( Sun )
 ここのところめっきり暑くなって来ました・・。

暑っ・・

 梅雨というのに雨は少なく、かと思うと中途半端に小雨が降るので、むしむしします・・。

 梅雨はガーっと雨が降って、カラッと暑い夏が来てくれると良いだけなんですよね。

去年の海

 中途半端ではなく、スカっとした天気が好きです。

 人間も同じかな。
16 : 02 : 11 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
いちご狩り
2009 / 06 / 20 ( Sat )
 小豆島では“いちご狩り”が出来るので、“いつか子供たちを連れて行ってあげたいな”と、思っていますが、今年もシーズンが過ぎてしまいました・・。

 またまた“来年こそは”と、思うのでした。

小豆島ふるさと村

 一応、私が小豆島内で把握しているのは①小豆島ふるさと村観光農園、②小豆島農園、の2箇所です。

①小豆島ふるさと村 観光農園
所在地  香川県小豆島町室生2084-1
期  間  12月中旬~6月中旬(期間中は無休)
時  間  8時30分~16時
料  金  30分食べ放題。中学生以上1260円、4歳以上840円(12~3月)。
                 中学生以上1050円、4歳以上630円 (4~6月)
問合せ 0879-75-2266(ふるさと村総合管理事務所)

②小豆島農園 ※原則予約制
所在地  香川県小豆郡土庄町滝宮
期  間  1月2日~5月末頃(期間中は無休)
時  間   9時~16時
料  金  30分食べ放題。中学生以上1300円、 小学生800円、4歳以上400円(1~3月)。
                 中学生以上1200円、 小学生700円、4歳以上300円(4~5月)。
問合せ  TEL:0879(61)1082  FAX0879(61)1083   MAIL:info@shodoshima.co.jp

 それから番外編として、島に住んでいる者にはまず関係ありませんが、リゾートホテルオリビアン小豆島というホテルでは宿泊客先着8名限定で“夜のいちご摘み”という企画を行っています(もちろん“昼のいちご狩り”もあります。場所は上記の農園のようです)。
 期間も短く、曜日も限定されているようですが、料金も安い上にお土産のいちごまで付くという優れもの(大人700円、小人500円、イチゴ 1パック(約300g) お土産付き)。
 朝摘みいちごは有名ですが、農家の方に言わせると夜は格別に美味しいのだとか。

 リゾートホテルオリビアン小豆島
 〒761-4142 香川県小豆島夕陽ヶ丘 TEL.0879-65-2311 FAX.0879-65-2170
  E-mail:yoyaku@olivean.com

 ところで、いちご狩りで美味しく食べるために重要なポイントが二つあるそうです。
 以下に紹介しましょう。

①ビニールハウスの奥から食べるようにする。
・どのいちごを食べても良いということは、どうしても、すぐ手の届く“入り口付近の良い物”はすでに食べられているということです。ですから、まず一番奥から入口に向かって探すのがベストということになります。

②人数分の(紙)コップと冷たい氷水を水筒に用意していく。
・摘みたてをその場で食べられるのがいちご狩りの醍醐味。でも、摘みたてということは冷たくないので美味しさが半減します。そこで、持参した氷水コップに摘んだいちごを浸けてから食すと、より美味しくいただけるということです。

 しかし、一度も行った事ないのに、そういう“うんちく”だけあるのが悲しいですね・・。

 えっ、そんなことはシーズンが終わってからじゃなくて、始まる頃に言いなさいって?!

 そうですね、失礼しました・・。

 
17 : 00 : 00 | 地域情報 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top
すべての人の命の尊さ
2009 / 06 / 19 ( Fri )
 私は15歳以下ではありませんが、実は(※あまり言いたくありませんが)、心臓移植しか治療法が無いと言われた心臓病の持病があるので、臓器移植法というのはまるっきり他人事ではなく、やはり気になる法律なのです(もっとも、今では薬だけで何とかなっています^^)。

 十数年前に初めてその診断を下されたとき、周りの方々は一様に心配してくださり、“渡米して移植できるように募金を募ろう”と、いってくださる方もいました。
 しかし、その時から真剣に考えていますが、どう冷静に考えても脳死の人から臓器を頂くのにはためらいがあり、移植するということは全く考えられませんでした。

 結局、病気の程度が周りがさわぐ程ひどくなかったことと、どういうわけか奇跡的に心機能が回復してきたため、何とか今日まで普通に生活しています(医者も驚いていました)。

 「三野さんは牧師さんだからはっきり言いますけど、あと5年の人生と割り切って身辺整理されたらどうですか。身辺整理には充分な時間でしょう。」
と、言ってこられた医者さんもおりましたが、いまだにピンピンしています。

夕景
 
 さて、衆議院本会議で臓器移植法改正案(A案)が可決されました。

 ご存知のように、現行法の“15歳以上とされている年齢制限”を撤廃し、今まで不可能だった国内での子供の臓器提供に道が開かれるということですが・・。

 しかし、どう考えても勇み足的な気がします。

 何より、“脳死が人の死”であるとの法的決定がこんなに簡単にあって良いのかと、はなはだ疑問です。
 どれだけの国民が“脳死を人の死”として納得出来ているのでしょうか・・。

 日本は法治国家であり、国民主権なのですから、もっと広く国民の意識を拾って行くべきだと思います。
 移植を切望する患者側から考えると、良い方向への前進であると思いますが、ドナーとなる側から考えると、一気に行き過ぎの感は拭えないはずです。

 “日本人は本音と建前を使い分ける民族だ”と、言われてきました。
 それは良く言えば“あれか、これか”でどちらか一方を切り捨てるのではなく、“どちらも大切にする姿勢だ”と言えなくも無いと思っています。

 そう考えると、現行法の“臓器提供の場合に限定して人の死とする”は、まさに、日本ならではの優れた妥協案である気がします。

 日本人の死生観として“脳死を人の死とは考えにくい”というのが殆どではないでしょうか・・。

 もちろん、臓器移植法改正案は、これで決定ではなく参議院での審議が残っているので、どう転ぶか見守ることにしましょう。

こわごわ抱っこ

 昨夜ニュースで観た、何年も前から脳死状態に近いと言われている子供の母親の言葉が忘れられません。
 確か、“脳死状態の子を持っていると、臓器を下さいと言われるようになるでしょう。もちろん、拒否する権利もあるでしょうが、今でも辛いのに、更に肩身が狭くなる・・。”と言うような内容だったと思います。
 そのお子さんはほぼ脳死状態と言われたまま何年も成長しているのです。
 その成長を喜びとしてお母さんは生きているようでした。

 生きる人も、死ぬ人も、生きている人も、死んでいく人も、すべて神様に同じ重さの命が与えられています。
 すべての人の命の尊さを考えていかなければ、本当の幸せには近づけないと思います。

夜明け前
17 : 33 : 14 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ジューンブライド
2009 / 06 / 18 ( Thu )
リングピロー

 教会と言えば“結婚式”が連想される方も多いようで、
「6月はやっぱり結婚式が多いんでしょう?」
と、聞かれることが時々あります。

 はっきり言って、こんな田舎の教会の牧師が結婚式事情に詳しいわけがありません・・。
 (内海教会ではここ数十年間結婚式はないのです・・。)
 ・・答えに窮してしまいます。

「でも、恐らく、そんなに多いとは思いませんけどね・・。
 何しろ梅雨時ですから皆さん避けられるんじゃないでしょうか。」
 と、答えると、

「えっ!でも、6月といえば“ジューンブライド(6月の花嫁)”じゃないんですか?」

 そらきた・・。

 そもそもどうして“ジューンブライド”なのかよく知らない方が多いのかもしれません。

 ということで、今日は流れ的に“ジューンブライド”について書いてみましょう。

カサブランカ

 6月の花嫁がジューンブライドと呼ばれて、“6月に結婚すると幸せになれるという言い伝えがある”ことは皆さんご存知ですよね。

 ご想像通り日本生まれの考え方ではありません。

 その由来にはいくつかあるようですが、一番ポピュラーな説は、残念ながらキリスト教発祥のものではなくローマ神話からなのです。

 女性の守り神であり婚姻を司る神る女神ジュノーの月が6月なので、この月に結婚すると二人は幸せになるという言い伝えが生まれたようです。

 しかし、キリスト教圏のヨーロッパで根強く広がったのを考えると、どうやら、この起源云々より“気候”という要因が大きいようです。

 この時期のヨーロッパは一般的に雨が少なくて晴天続きとなる上に、花々が最も華やかな季節となるので(日本で言えばさしずめ“春”ですね)、結婚式を挙げるのに最も適している季節だったのです。

花々

 更にもう一つ、農耕作業が一段落する時期でもあったようです。
 (余談ですが、キリスト教会の日曜日に行われる礼拝開始時間が大体午前10時過ぎになっているのも、農作業等が一段落する時間といわれています。農耕と生活リズムは切り離せない関係だったことが分かります。)

 はっきり言って、“ジューンブライド”はヨーロッパの文化と伝統です。
 日本の気候風土と全くそぐわないのは明白なので、誰かが日本に無理やり直輸入したものと思われます。

 推測の域を出ませんが、多分民間の結婚式産業の関係者が、梅雨時で閑散期に当たっていたこの時期を盛り上げるための起爆剤として“好都合な情報”だと広め始めたとしか考えられません。

 日本では無理に6月に結婚式を挙げなくて良いんですよ~。

乾杯!

 ただ、老婆心ながら申し添えさせていただくと、いわゆる結婚式場のチャペルでのキリスト教式結婚式には、相当数のニセ牧師が存在するそうなので、(ニセ者でも全然構わないという方は結構ですが)“どうせなら本物の牧師に司式してほしい”と、お考えの方は、スタッフに確認されることをお勧めします。

 多分、一生に一回の事ですしね・・。

チャペル

 “結婚式に出席したとき司式がニセ牧師なのが分かって幻滅した”という話を時々聞きます。

 ちなみに、この写真のレストランは本物の牧師にこだわっている真面目なお店でした。

 でも、結婚式場ではなく、近くの教会に挙式させてもらえるか、いっぺん尋ねていただくのがベストのような気もします。

 ・・それにしても、どこのチャペルも私のとこの教会よりキレイだなぁ・・。
16 : 47 : 58 | 行事 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
見えない希望を見上げる
2009 / 06 / 17 ( Wed )
 今日は香川分区の“さぬき四島伝道担当者会”が、お隣の豊島にある香川豊島教会でありました。
 私も小豆島の内海教会の牧師なので毎年参加しています。

 ※今日はカメラを忘れてしまったので写真を一枚も撮ることができませんでした。
  よって、本日の写真は過去のものを再利用しています。ごめんなさい。

  ちなみに、ケータイのカメラは昨年末より故障中・・。

島々の航路図

 豊島は小豊島を挟んで小豆島の西側にある島です。

 しかし、ただの小さな島ではなく福祉施設がいくつもある意外な島です。
 実は、賀川豊彦先生(大正昭和期の牧師で、社会運動家として世界的に有名な方。日本で生協や農協などの設立にも尽力されました)の設立したイエス団の施設などがいくつもあるのです。

 豊島には土庄港からフェリーが出ています。
 豊島には二つの港があり、豊島教会のあるのは家浦港の近くです。
 でも、距離はありますが、手前の唐櫃港で下船します。
 料金が安いからです(バイクを乗せて片道1500円。家浦まで行くと1780円)。
 時間も30分と短くて助かります。

豊島の唐櫃港

 ただ、唐櫃港では一時立ち寄りという感じで、停船時間の短いことといったら尋常ではありません。
 ロープも張らずに陸付けしているうちに上下船してくださいという感じ。

香川豊島教会入り口

 これが香川豊島教会の入り口。
 内海教会よりきれいです。

 さて、今回の会議はシビアな話も多かったので少し疲れましたが、島嶼部の教会ですから当たり前ですね。
 普通の町や教会でも“少子高齢化”といわれて久しいですが、島はもっと深刻ですから・・。

 希望など全く見えないかのような状況下でありつつ“それでも希望を見上げることが、自分に出来る大切なことかな”と、帰りの船の中で思いました。
17 : 38 : 26 | 行事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
洞雲山の夏至観音
2009 / 06 / 16 ( Tue )
 “有言実行”と言えばカッコいいですが、元気になったのと、天気が良かったのと、昨日の記事に書いたことを忘れていなかったので、小豆島町坂手にある洞雲山の夏至観音を見に行って来ました。

マルキン醤油前

 まずは坂手方面へ出発です。
 マルキン醤油やタケサン醤油など醤油屋さんの続く道を進みます。
 ちなみにマルキン醤油前のお土産屋さんで売っている“しょうゆソフトクリーム”は観光客に人気があるそうです。

古江交差点

 少し行くと“古江”の交差点。
 ここを右折すると田ノ浦半島方面で、この先には“二十四の瞳”で有名な“岬の分教場”や“二十四の瞳映画村”などがあります。
 この交差点左手にある“つくだにやさん”というつくだ煮屋さんの人気商品は“つくだ煮ソフトクリーム”です。

洞雲山と坂手港

 そうこうしている間に、洞雲山が見えてきました。右手に見えるのが坂手港です(ここから京阪神方面へのフェリーが出ています)。
 ちなみに教会からここまで車で僅か5分程度です。

ここから入る

 坂手の町を少し過ぎた所の交差点を左折して山に向かいます(右折すると坂手港)。
 “二十四の瞳”の作者“壺井栄記念碑”もこっちにあります。

あそこまで登る

 あ、あそこまで登るのね・・。
 と言ってもここまで教会から6分くらいしか経っていませんが・・。 

坂手港と坂手の町

 すごい傾斜のためか、エンジンから変なにおいがしていますが・・。
 多分大丈夫だろうと根拠の無い強気な気持ちで登り続けます。
 がんばれ!カローラ!

石の道標

 道は狭いし、両脇の伸びた草は車体をこすり続けるし・・。
 道を間違っていないかと疑いたくなりますが、道標は“どうぞそのまま行っちゃってください”・・。

一心寺

 3km程登ったところで行き止まり。
 一心寺というお寺に着きました。
 駐車場らしき場所に車を停めさせて頂いて、あとの400~500mは徒歩です。

ここから徒歩

 狭くて険しい山道ですが、舗装されているので大助かりです。

展望台 讃岐十景

 途中に展望台がありました。
 “讃岐十景”とあります。
 ホントかななどと思いつつも眺めない手はありません。

田ノ浦半島と向こうに三都半島

 確かに絶景です。
 “四方指し”(寒霞渓の西)という場所からの方が綺麗な気がしないでもないですが、この角度からの眺めは初めてなので感激しました。
 小豆島を“左向きの牛の形”とすると、股のあたりから後ろ足と前足を眺めている事になります。
 正面を向こう側に伸びているのが田ノ浦半島で、奥側を右から左に伸びているのが三都半島です。

到着かな

 展望台から2分程で一番札所洞雲山に到着のようです。

スタンバイ

 午後三時ごろ出現予定なので、まだ20分もあるというのに大勢の観光客たちがスタンバイしていました。
 しまった・・。
 どうやら別ルートがあったようです。
 そっちの方が楽だったかも・・。
 ま、いいです。

どこの辺りに出るのか分からない・・

 そんなことよりどの辺りに現れるのでしょうか?
 誰に聞いても“知らんねぇ”・・。
 反対に“あの辺りやろうか?”とおばさんたちに質問される始末・・。

下でもスタンバイ

 おっと、下を見ても皆スタンバイしています。

 それにしても、時間を尋ねても誰一人正確な時間を知りませんでした。
 お寺の関係者らしき人に尋ねても“大体午後3時ごろです”・・。

 ・・いつ、どこに現れるかよく分からないシチュエーションというのも有難味があるような気がしないでもないですが・・。

 さて、そろそろ時間になりました。

 ・・・・・これですか。

 ・・・・・これですね。

 ・・・・・これみたいです。

 言われてみるとそんな形に徐々になってきました。
 
 ちなみに、この写真は20枚ほど撮った挙句のベストショットです。
 完全形を知らない上に、徐々に光と影の具合いが変化するので何枚も撮らないと安心できません。
 なんといってもこの時期だけ一日3分程度しか見えないという代物ですから・・。
 取り直しにまた来るのも嫌です。

 さあ、これです。
 
これですね

 そんな感じに見えますか。

 人によっては撮り損ねていたりしているようなので、一応撮れていて良かったなぁと安堵しました。
 
あっという間でした・・

 始まりがいつだったか分かりませんでしたが、終わりもいつの間にか・・という感じでした。

 夏至観音。
 毎年夏至を挟んだ50日間の露の晴れ間にだけ出現する・・。

 でも、久々に写真を撮ることに疲れました・・。
 もう来ないですねきっと・・。
 来るのに30分もかからないのですけど・・。

 そうそう、詳しそうな誰かが仰っていましたが、50日間見えるといっても、形は少しずつ変わっていくのだそうです。
 一番良い形は最初の頃、6月に入ってすぐらしいですから、観光で来られる方はその辺りを狙われるのが良いと思います。
 まだ、梅雨に入ってないでしょうし。

16 : 32 : 02 | 地域情報 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
夏至観音~小豆島第1番札所洞雲山に光現!するらしい
2009 / 06 / 15 ( Mon )
 小豆島には“四国八十八ヵ所”のような“小豆島八十八ヵ所”があるので、白装束のお遍路さんをよく見かけます。
 四国に比べて範囲が狭いので、お手軽感があるのかもしれませんが、当然真意は未確認です(確認のしようが無いです・・)。
 
 しかし、何箇所か札所に行ってみたことがありますが、山の上(本当に凄い山の上)にあったり、大きな岩にえぐれ込むように寺院が建っていたりするので、たちまち非日常の世界を体験するような印象を受けます。

第42番西ノ滝 08年

 それにまた、景色が抜群なのです。それはもう絶景のところが多いようです。

西ノ滝からの眺め

 ・・さてと、少し盛り上げたところで、小豆島のお遍路さんについてはここまでとします。
 自分は牧師なので、 これ以上踏み込むとかえって変でしょうし・・。
(ちなみに上の写真の42番札所西ノ滝には国道436号線旧池田町付近で“西ノ瀧”という案内表示を見たとき「滝を眺めるのも良いなぁ」と上がってみたところ、お寺の名前だったのですよね・・。)

 さて、実は思い出したことがあるので先を急いでいるのもあります(というか昨日の新聞チラシにその案内があったので思い出しただけですが・・)。

 そう、思い出したのは、その小豆島霊場第1番札所の洞雲山(小豆島町坂手)には、“夏至観音”が現れるというものです。
 夏至をはさんだ約50日間(6月上旬~7月中旬)、お寺の背面岩肌に観音像が浮かび上がるのだそうです。
夏至観音の新聞チラシ

 小豆島に来たときから聞いているので、いつか見てみるのも良いなと、漠然と考えていましたが、いまだに見たことがありません。
 大体忘れているので、その時期を逃してしまうせいですが、時期が梅雨時ですから、せっかく思い出したのに天気の悪い日が続くというパターンも多いですね。

 近くに住んでいるのに出会えない厄介な観音様です。

 そう、“夏至観音”と呼ばれるこの像は、光と影の微妙な具合で生じるらしく、(梅雨時でありつつも)晴天の日の午後3時頃、わずか3分間程度だけ見ることができるという代物なのだそうです(その時間だけ少しでも雲がでたらおしまい)。

 今ひいている風邪が治ったら見に行ってみたいと思います(仏教徒の方、ひやかしみたいで御免なさい・・)。
 
21 : 06 : 43 | 地域情報 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
ミルトス再び
2009 / 06 / 14 ( Sun )
 今年も教会の庭のミルトスに花が咲き始めました。

ミルトス09

 つぼみの数は今年も多いので6月いっぱい楽しませてくれそうです。

つぼみたち

 旧約聖書ゼカリヤ書にあるように、ここにも天使が舞い降りないかなぁ。
13 : 18 : 51 | 楽しみ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
絵本の読み聞かせ
2009 / 06 / 13 ( Sat )
 今日(毎月第2土曜日)は午後2時から“絵本の読み聞かせ”ボランティアの日です。
 近所にある“むとす館(小豆島町立図書館)”の子供コーナーで行っているのですが、気がつくともう3年近く続けています。

 子供が好きなので始めましたが、子供の集まりは日によってまちまちなため、“今日は何人来てくれるかな?”といつもドキドキです。
 今日は6~7名ほど(歩き回る子もいるので大体ですが・・)来てくれたし、何より喜んでくれたのでほんとうに嬉しかったです。

 この図書館での絵本の読み聞かせボランティアを続けていたことが大きかったようで、実は先日、小豆島町立の幼稚園でも絵本の読み聞かせをさせて頂きました。パチパチパチ。

 何気なく始めたボランティアでしたが、こうなってくるとやめられません。

 追記:しかし、今日は最初分かりませんでしたが、
     途中から咽喉の調子が変なことに気付きました。
     頭痛も少し・・。
     風邪気味なようです・・。
     明日は日曜日なので、体調が心配です。
     そんな訳で、今日は早めに寝ることにします。
16 : 43 : 54 | 行事 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
ゴミ捨ての屁理屈
2009 / 06 / 12 ( Fri )
遠い月

 月の周回衛星“かぐや”が月面へ制御落下されたとのニュース。
 宇宙航空研究開発機構のホームページを見てみると、ホットトピックスとして“「かぐや」月に還る~月面へ制御落下”との記事が掲載されていました。

 ただし、月面に落下させたことについてはあまり触れられていません・・。

 なんだか、この報道を耳にしたとき、中学時代の遠足の一コマを思い出しました。
 高知の五台山(竹林寺や牧野冨太郎植物園などで有名な)というところへ行ったときの昼食時です。

 恐いもの知らずだった私たちは、その向こう側は崖になっている大きな岩の上で昼食を食べていたのですが、その中の一人友人のK君が何事でもないかのように、飲み終えた空き缶を崖下に投げ捨てたのです。

「あっ、ゴミを捨てたらいかんやろう!あんなとこ誰も拾いに行けんやろうが!」

とっさに批判されたものの、涼しい顔でK君。

「だから、誰も拾いに行けんがやったら、誰が見るがよ。誰っちゃあ困らんろうが!」

屁理屈です。

 ただ、本人は屁理屈ではなく正しい考えと信じているようで、それからは話にならなかったのです。
 それにしても頭脳明晰なK君の言動は不思議で不可解なものとして印象に強く残っています。

 このたびの“かぐや”月面制御落下の報道を聞いて、その出来事を思い出したのです。
 ほとんど誰も行かない(行けない)、見ない(見れない)月面に、産業廃棄物を投棄したという出来事ではないのでしょうか・・。

 どうやら、大気圏突入で燃え尽きさせるために地球に移動させるにはコストがかかり過ぎるから、月面に落下させたようです・・。

 ・・それにしても「月に“還る”」という表現にしても、方便というか屁理屈以外のなにものでもないような気がしてなりません。

 何だか、そんなことして欲しくなかったなぁ・・。

 願わくは、このニュースに触れた少年少女たちが、“見えないところならゴミを捨てても構わない”とか“余分なお金を使うよりその辺にゴミを棄てたら良い”というようなことを学ばなければ良いのですが・・。
16 : 42 : 21 | 出来事 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top
リカちゃんのパパ
2009 / 06 / 11 ( Thu )
※すみません。今日はくだけた話なので、リラックスして読んで下さい。

後姿

 「牧師さんって多才ですよね。」
たまに私にもそんなことを言ってくださる方がいますが、何かの間違いでしょう。
私なんか全然多才ではありません。
 確かに多才な牧師というのは世に多く存在していますが、私はその中に入っていないと思います。
 音楽もスポーツも語学も不得意ですし、これといって秀でたものや人様に自慢できるものはありません・・。
 そう考えるとただの“聖書オタク”みたいなものかもしれません・・。
 ですから、楽器が出来たり、臨床心理士の資格を持っている牧師など、羨望のまなざしで見てしまいます。
 何か別の仕事をされていて牧師になられた方、特に専門職や特殊な仕事をされていた方など、その専門領域が十分生かされることもあるので“すごいなぁ”と唸らされる事もよくあります。

 しかし、リカちゃんのお父さんにかなう人はまずいないと思います。

 リカちゃんというのは言わずと知れたタカラトミー(旧タカラ)の女の子向けの国民的着せ替え人形です。
 このリカちゃんのお父さんの設定というのは凄いんです。
 二代目リカちゃんの頃まで(最初期は)設定さえ無かったのですが、ある時から“豪華客船の船長さん”であることが判明します。
 しばらく私も“リカちゃんのお父さんは船長さん”と把握していたのですが、ある時
「何言ってんの!リカちゃんのパパは“パイロット”よ!!」
と、教会学校の子供たちに教えられてびっくりしました。
 調べてみると確かにパパは“パイロット”という設定になっているのです(三代目頃から)。
 ・・・・・・。
 確かに、ある職種の頂点ということで類似性はありますが、全く別の職業への転職、しかも頂点であるポジションに転職出来るなんて、只者ではありません・・。
 近いように見えても別の山のてっぺんですからね・・。
 更に最近では音楽家(指揮者)になっていました・・。

名前はピエール・・。
恐るべしピエールの職歴・・。
しかも設定は若干36歳・・。
凄すぎるぞピエール。
妻(リカちゃんの母)の年齢は33歳。
とどめはリカちゃんには22歳の姉がいるということですな・・。
14歳の時、11歳の妻が産んだということですか・・。
恐るべし、恐るべしピエール。

 元社長だった牧師や、元暴力団だった牧師が居るとか聞いたことありますが、それより凄いリカちゃんのパパ・・。
 私なんか、多才でないどころか、何のインパクトもありませんな。
14 : 58 : 56 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top
祈り
2009 / 06 / 10 ( Wed )
小さな花

 どんなに信仰を持っていない人でも、非常事態や死の間際ともなると“祈る”と言われます。
 それが本当なのかどうなのか知りませんが、祈りはまず“自分の為”から始まるものかもしれないと考えさせられます。

 例えば、人は歯が少し痛んだだけで、ためらうことも無く歯医者に行くように、自分の痛みには敏感ですが、他人の痛みには鈍感なもの。
 自分の痛みに対するほどの行動力はありません。

 だから、“人のために祈る”には、人の痛みを感じ取る感性が無いと無理かもしれません。
 
 では“人のために祈る”ことの方が“自分のために祈る”ことより大切であったり尊かったりするのかと問われると、どちらも大切だ思います。

 実は“共に生きる”ことを感謝して、“共に生きる”ための祈りこそが本当に尊いものではないかと思うのです。
 “共に生きる”祈りに至るために、“自分のための祈り”も“人のための祈り”もあるように思います。
 
 ですから、もし自分勝手な祈りであっても、思い上がった祈りであったとしても、本当にとことん祈り続けていくなら、やがて神様がその祈りを“共に生きる祈り”に昇華してくださると思っています。

 今も、世界中のどこかで、自分のことを覚えて“共に生きる祈り”を祈ってくれている人たちが必ずいるからです。

19 : 49 : 51 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top
すべてが幸せになる
2009 / 06 / 09 ( Tue )
霧

 少し前に高松のCD.ブックス・グレース(キリスト教書店)で、ある音楽家の方と偶然お会いしました(厳密には再開)。
 すぐには思い出せませんでしたが、三年前にコンサートの案内のため内海教会に来られた方でした(島嶼部も含めてあちこちの教会にPRのため訪問されていたのでした)。

「ああ、懐かしい。そういえばわざわざ来てくださったんですよね。」
「ああ、覚えています。小豆島の小さな教会の牧師さん。」

 ただ、それだけの仲でしたから、一通りの挨拶で終わるはずでしたが、次の言葉に驚かされました。

「元気そうですね。あの時は元気無かったですが・・。もう、ぼやいてないんですか。」
「えっ、ぼやき?僕が?・・・。」

 ・・そういえば・・思い出しました。
 ・・そうです。元気なかったのです。ぼやいてもいました。確かに・・。

 もう、すっかり忘れていました。

 この方とお会いしたのは、私が小豆島に来て1ヶ月も経たない頃、まさに来たばかりの頃でした。

 小豆島、特に教会のある内海のあたりが想像以上に田舎だったこともあり、今までの暮らしに比してその不便さにさいなまれたり、半分後悔じみた感情に揺さぶられていたような頃でした。

 そう、すっかり忘れていましたが、当初そんな頃があったのです。
 完全に忘れていました。もやもやしていたのです・・。

晴

 いろいろと思い返してみると、小豆島に来てそんなもやもやした感情に揺さぶられつつ、いつの間にかここに暮らす喜びを実感するように変えられていたのだなぁと改めて思い知らされました。

 欠点や、嫌な事や、不便なことばかりが目に付いて仕方が無かったものですが、ネガティブな発想の貧困さを感じるようになり、敢えて長所と思えるところや、素晴らしい事、此処にしか無い良さなどを見つけ出しながらポジティブな視点で生活するようになってきたようです。

 あまり意識してそうしてきたわけではないけれど、それは年数をかけて徐々にそんな風に変化してきたのだなと実感しました。

 思い返せば、それは小豆島で暮らして得た、本当に大切なものの一つだなと思わされます。
 住んでいる場所だけではなく、相対するいろんな人たちとの関係性においても同様の思いが染み付いているのを感じます。

 嫌なところではなく良い所を見つけるとすべてが幸せになります。
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真実ある人生
2009 / 06 / 08 ( Mon )
 “マーフィーの法則”というものがあります(日本では十数年前にブームになりました)。

 もともとはアメリカ空軍に端を発したもので(エンジニアだったエドワード・アロイシャス・マーフィーJr.大尉の逸話)、後にそれに類するユーモアとペーソスに富む経験則がまとめられた本が有名になりました。
 その“マーフィーの法則”の原則は“If it can happen, it will happen. ”(起こる可能性のあることは、いつか実際に起こる。)というもの。

 殆どがウイットに富んだ愉快なものですが、この原則論は真実であろうと思います。
 “絶対など有り得ない”と言い直すと分かり易いかもしれません。

 例えば、
 原子力発電推進の方は
「原子力発電所は絶対に安全です。」
と異口同音に言われます。
 そうあって欲しいけれど、設備がいくら万全でも操作する人間のすることに絶対は無いはずです。
 そもそもその設備にしても人間が設計し人間が組み立てたものですから、どこかにミスの付け入る隙の存在する可能性があります。

 裁判にしても同じようなことが言えます。
 “冤罪”です。
 間違いのないようにと細心の注意を払って捜査や審理が進められるものの、人間のすることですから過ちを犯す可能性が潜んでいます。

 人間は神様ではないんですよね・・。

 完全など有り得ないのに、なにがしかのことをこなして生きていかなければなりません。
 それが人の悲しさかな・・。
 完全ではないこと、間違いを犯して当然なのだと、そんなことをわきまえながら生きていく必要がありそうです。

 そう思うと
「俺の人生は失敗ばかりなんだ・・。」
と嘆きながら生きている人たちの方が、自信満々でエリート街道まっしぐらの人たちに比べて真実のある人生ではないかなと思ってしまいます。

海の底のワイヤ
12 : 23 : 48 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
意外と良い
2009 / 06 / 07 ( Sun )
 昨日、書き忘れていました。
 小豆島からは、島々だけでなく岡山の陸地も意外とよく見えるのです。

向こうは岡山

 南を見ると屋島などをはじめとして高松の陸地がよく見えるのは書きましたが、北を見ると岡山もよく見えるのです。
 場所によっては兵庫県の方まで見えます(姫路など)。

 こうしてみると瀬戸内海は狭いのだと実感してしまいます。

 考えてみれば、フェリーで高松まで60分、岡山まで70分、姫路まで100分ですからね・・。

意外と綺麗な海

 しかも昨日は、天気の良い日だと意外と海も綺麗だということを実感しました。

16 : 09 : 36 | 地域情報 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
小瀬の大黒岩(かさね岩)
2009 / 06 / 06 ( Sat )
 雨の翌日の小豆島は空気が澄んでいるので景色が抜群に綺麗です。
 昨日は雨。
 ということで、今日の午前中は山に登ってみることにしました。
 もちろん子供同伴なので、出来るだけ車で上がれて眺望抜群の所がいいなということで、土庄町の小瀬の大黒岩(かさね岩)に決定しました(昨年に続いて2回目)。
 土庄港を出て南に航路をとってすぐ見上げた山の上に見える大きなかさね岩のある所です。
 (下の写真は以前にフェリーから撮ったものなので少々霞んでいますがご了承ください。)

あっ、危なそうな岩

 肉眼ではあまり見えにくいものの、発見するとその危なさ加減が印象深い岩です。

 車で土庄港を右手に道を直進して海に出たところの分かれ道を左に入ると大黒岩の案内があるので、そこを左折。さらにその先の案内を左折(気付かないと産業廃棄物処理場のようなところに迷うのでご注意)。
 細い道を上ると小さな駐車場に着きます。

ここから歩き

 ここから徒歩です。最初は階段ですが・・。

杖のサービス・・辛そうな予感

 杖のサービスがあるとは・・過酷な予感・・。
 それでも、この階段は平成18年に完成したものらしいので感謝せねばなりませぬ。

延々石段

 ほぼ45度の階段が延々と・・。

眺望の予感

 時折見える眺めに眺望の予感が・・。

修繕中のお宮

 階段をやっと登り詰めると、修繕中のお宮が。
 宮大工さんがタバコをふかしながら
「お参りに来てくれたの?御免ね・・。」
 牧師ですからお参りはちょっと・・。
「いえ・・。景色を見に来たので・・。上に上がります・・。」
「おう、景色は最高やからな。」

少しの絶景

 ここからも南西の海と島々は綺麗に見えます。

ここから階段無し

 お宮の右手から頂上への登り道があります。
 もはやここから階段の恩恵には与れません。

 滑ります・・

 人が歩きやすいようには作られていません・・。自然のまま、手すりを取り付けたのみ。

ここも登る

 まだまだ続くの・・。

砂だらけ・・

 これって砂岩ですよね・・。ズルズルっ。

頂上はそこだ!

 何となく空が広くなってきた気配が!

パノラマだぁ!

 すっごーい!本当にパノラマだぁ!!
 空も海も綺麗ーーーっ!!

後ろもパノラマっ

 振り向いても絶景!!

南方面

 ロープを越えると左右は断崖絶壁・・。

五剣山や屋島

 五剣山や屋島がはっきり見えます。


稲毛島

 その手前には稲毛島が。
 あの映画“世界の中心で愛を叫ぶ”で主人公たちが二人でキャンプした無人島(映画の中では“恋島”というネーミングでしたが)です。

多島美

 その右手には大島(ハンセン病の施設のある)や女木島(鬼ケ島)や男木島が。

豊島と小豊島

 更に小豊島や豊島(日本基督教団香川豊島教会のある)がはっきり見えます。
 ちなみにベネッセハウスや島プロジェクトなどで有名なアートの島“直島”は豊島の向こう側です(ほぼ見えませんが・・)。直島には日本基督教団香川直島伝道所もありま~す。

 それにしても澄んだ空気も最高でした。

右に行けば土庄港

 午前中だけで帰ってこれるのも小豆島の狭さのお陰。

 皆さんも天気の良い日に是非どうぞ。意外な穴場です。

 少し疲れますけどね。
16 : 38 : 22 | 地域情報 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top
要るものは少しじゃないかな
2009 / 06 / 05 ( Fri )
 子供の頃、テレビのマンガはクラスの全員が観ていて、間違いなく共有の情報でした。
 なにしろ、私の住んでいた高知では当時民放は“高知放送”のみだったので当然です。

 ところが事件が発生します。

 中学1年のとき“宇宙戦艦ヤマト”が裏番組の“アルプスの少女ハイジ”に視聴率競争で負けて、半年で打ち切りになったのです(数年前に“テレビ高知”も開局されていたのです)。

 とにかくそのときはショックでした。
 好きなアニメの打ち切りと、テレビアニメは共有財産ではなかったということのダブルショックでした。

 大人になって知ったのは、アニメオタクを大量に排出する松本零士氏の“宇宙戦艦ヤマト”と、後にスタジオジブリを立ち上げる宮崎駿氏が激突した歴史の一コマだったということです。

 それから時は流れ、テレビ局の数は軒並み増え、BS放送に、ケーブルテレビ、スカパーやWOWWOWなど増えに増え続けた挙句、レンタルDVDなども含めると何百もの選択肢に・・。

 音楽も然り・・。

 皆で共有出来ているものは本当に少なくなってしまいました。
 各方面に細分化され、自分の興味分野では深いけれど、他分野にはまったく疎いのが当たり前になってきました。

 もちろん、私の少年時代のように情報量が少ない方が良いとは言いませんが、必要ないものまで氾濫しているような気がします。

 本当に必要なものが残るようにと願ってやみません。

 ・・本当は時代について行けない ただの親父の独り言かな・・。 

ありすぎ
17 : 21 : 12 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
悩む力
2009 / 06 / 04 ( Thu )
 昨年だったか、ある人に
「何かお勧めの本はありませんか。」
と尋ねられたので
「ちょっと前に出た本だけど“悩む力”というのがとてもお勧めです。知らない人が多いけど、一人でも多くの人に読んでもらいたい本なんですよね。」
と答えると、
「“悩む力”?最近の本ですよ。もう読みました。良い本ですよね。」
との返答。

 “へぇ~あの本を読んでいたのか。結構この人も見かけによらずマニアックだなぁ。意外だなぁ”などと思いつつ、その場はそれで終わりました。

 しばらくして姜尚中氏の同名の本が、そこそこベストセラーになっていることを知りました。
 ああ、あの方が言っていた“悩む力”はこっちだったのかぁ・・。
 それはともかく姜尚中さん好きなので早速読んでみました。
 さすが姜さん、なかなかの内容に感動しました。

 ただ、本を出されるのなら同名の本には注意して欲しいなと少なからず思ったのでした。

 私のお勧めの本のタイトルも“悩む力”ですが、北海道浦河にある精神障害者の共同施設“べてるの家”の物語です。
 著者は斉藤道雄氏。みすず書房刊です。

悩む力

 ご存知の方も多いかと思いますが、“べてるの家”は心の病を抱える人たちが引き寄せられるように集まって、ひとつ屋根の下で何ものにも管理、支配されずに暮らすようになった施設です。

 この本には“べてるの家”で繰り広げられる住人たちのぶつかり合いや支え合い、医療関係者や牧師、町の人たちとの交流などが描かれています。

 厳しい現実に直面しながら、悩む力を持って、共に暮らし、社会で生きている“べてる家”の人々の生き方は、“生きるとは”“人間とは”という根源的な問いを突きつけてきます。

 人間同士が共に生きていくという点で、大いに感銘を受ける本です。
 よろしければこちらの“悩む力”も是非お読みください。
16 : 07 : 54 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
乗れなかったぁ・・
2009 / 06 / 02 ( Tue )
 大体私は朝型なので、起床は比較的早い方なのですが、今朝はどういうわけか更に早起きしてしまったため午前中から眠いのでした。
 いつもは6時前後に起きますが、今日は5時前にすっきり目覚めてしまったのです。
 
 いくら職場(教会)に住んでいるとはいえ昼寝するのも不謹慎なためそれはできないのですが、ラッキーなことに今日は二ヶ月に一回の香川分区教師学習会の日でした。
 フェリーの1時間軽く昼寝が出来る絶好のチャンスではないですか。
 しかしアンラッキーなことに、発表者は私なのでした(ええ、もちろん学習会の間に眠れないということを言っているのではありませぬ)。

 今日は“礼拝学”について発題しました。
 私も時には真面目に勉強するのです。
 しかし、気合が入りすぎて、用意した資料はA4用紙13枚のボリュームとなってしまいましたが・・。

 とにかく、学習会も無事終わり、数名の牧師たちと雑談をして“さあ帰ろうか”と時計を見てみると、16時少し過ぎ・・。
 以前にも書いたことがありますが、実に微妙な時間なのです。
 今日の会場は坂出教会でしたが、この時間で言うと、16時47分発池田港行きには間に合いそうもありません。
 その次の便はというと、17時43分草壁港行きですから1時間30分以上もあります・・。

 それでしばらく居残って雑談に花を咲かせて高松港に向かいましたが・・。

 がーん、がーん、がーん・・・・・・・・。

 港に着いたのは、フェリーのロープが解かれて、離岸したまさにそのタイミングだったのでした・・。

 そう、乗り遅れです・・。

 あと1分早ければ乗れていたのでした・・。

 次の便は・・19時30分発池田港行き・・。

 早く帰って寝たかったのですが、世の中そううまくいかないようです・・。
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進めませんがな
2009 / 06 / 01 ( Mon )
 いつだったか、あれは忘れもしないかなり昔、ある人から
「三野先生って、本当に何ていうか、スタンスがいつもニュートラルですよね。」
と、言われたことがあります。

 そのときはあまり深く考えもせず、基本的に“あれかこれか”で物事を考えたりしないし、信条的にも右でもなければ左でもないので、そんな風に見えるのかなと思ったのでした。

 ・・で、そんな会話のあったことをすっかり忘れていたのですが、昨日妻との会話中に(どういうわけか分かりませんが、脈絡的にそうなったのでしょう)思い出してしまい、
「そうそう、僕はニュートラルでいたいな。」
などという不用意な言葉を発してしまったのでした。

 どうということなく会話は流れていくと思いきや、間髪入れずに妻が一言。

「それじゃ、前に進めんやん。」

 ・・んーーー・・。考えたこと無かったし思いもしなかったけど、確かにその通り・・。
 う~ん、そのフラットな突っ込みは効くなぁ・・。

 そうですよね。よくよく考えてみると、“ニュートラルでいる”って変な言葉だったんですねぇ・・。
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