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厳しい島嶼部の教会
2009 / 08 / 31 ( Mon )
 昨日から内海教会を会場に“さぬき四島伝道協議会”(と香川分区教師会と宣教協力委員会)がありました。

坂手港

 宿泊は坂手港にある小豆島サイクリングターミナルです。

エリス

 文字通り坂手港にあります。
 中央に写っている茶色の屋根の三階の建物です。

 香川県の直島、豊島、小豆島にある三つの教会・伝道所の活動を共に担う課題として、香川分区の教会で毎年協議会を持つのです。

 今回は、3期目となる四国教区へ長期伝道援助の継続申請を行うかどうか、その為には実際どのようなビジョンがあるかなどをかなりシリアスに話し合うものでした。

 島嶼部のどの教会・伝道所も、経済的にも人材的にも非常に厳しい現状となっています。

 私は内海教会という小豆島の教会に着任していますが、実際に活動している教会員が3名程の教会ですから、普通に考えると有り得ない人事配置ということになります。

 四国教区の互助制度、四国教区伝道部の長期伝道援助、分区からの支援、他の教会や個人からの献金などがなければ到底不可能なことなのです。

 多くの方々の熱い思いに支えられているのです。

 しかし、それでも経済的に苦しく、更に教会員も高齢化のため、課題ばかりが目立っているのは事実です。

 島嶼部の他の教会も同様の厳しさがあります・・。

 多くの方々の熱い思いと、現状的厳しさの中で、島の教会は日々歩んでいるのです。

 今回は幾つかの課題が浮き彫りになりました。

 感謝の思いと共に、一つでも多く、課題をクリアしていきたいものです。


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18 : 53 : 05 | 行事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
選挙後
2009 / 08 / 30 ( Sun )
 選挙は“どの候補者・政党が一番良いか”ではなく、“どの候補者・政党がましか”で選ばないと無理だというような言葉があります。

碁石山、大獄

 確かに、期待して投票したという部分があっても、半信半疑というか、それ程期待すると後でがっかりするという不信感のようなものがあります。

 でも、この選挙の結果どんな明日が待っているのかなと思います。
 まだ、結果は出ていませんが(これ書いているのは30日の午後3時)、どんな政治が待っているのでしょうか。

 どの政党もいろんなことを盛り沢山に謳っていましたが、その中でどんな政策が実現するのでしょう。
 ほんの少しでも平和な社会に向かってくれないだろうかと思います。

 どんな明日が来るのやら・・。
15 : 01 : 37 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
選挙で何が変わる
2009 / 08 / 29 ( Sat )
 明日は第45回衆議院議員選挙投票日です。
 しかし、明日は日曜日なので午前中は礼拝があり、午後には会議(さぬき四島伝道協議会)があるため、結構忙しい日となってしまいました。
 それで、投票は朝早く行こうかなと思っています。

 朝早くの投票と言えば、私が20歳になって初めての投票も早朝だったのを思い出しました。
 “大人としての責任を果たすんだ”という意気込みが強くあった訳ではなく、“最初の投票者は投票箱が確かに空だという確認をさせてもらえる”と聞いていたので、興味本位からに過ぎないものでしたが・・。

 確認作業をした後、選挙管理委員の方が投票箱を封印し投票開始となります。
 投票の行為以外にもう一つ何かをしたような気になれるし、同じように並んで待っている年配の方々との世間話も意外と楽しかったので、朝一番の投票は結構続けていました。

漁船

 さて、今度の選挙は政権交代だろうと言われていますし、二大政党制到来とも言われています。

 実際、自民党のマニュフェストも民主党のマニュフェストも相手が居なければ、謳うはずも無かったであろう事柄が記されていますから、ある程度この流れも国民にといっては少しは良いかもしれません。
 
 しかし、どの党(たち)が政権を取ったとしても、一番大切にして欲しいのはやっぱり弱者への配慮と平和です。

 弱い立場の人を大切にする政治を切望しますし、平和な世を実現して欲しいものです。
 あまり、触れられていないようですが、憲法第9条はいじらないで守って欲しいです。

レンツ

 先日、高松に行ったとき、港に米海軍の軍艦が停泊していました。
 休暇なのでしょうか。
 それにしても、街中にあのグレー色は違和感バリバリでした。
 あれは戦争の色です。

対潜哨戒機

  近寄ってみると、対潜哨戒ヘリコプターを誇らしげに搭載しています。
  ミサイル発射装置や速射砲、魚雷発射管は当然搭載しているはずです。

keep out

 いつもなら散策できる波止場が立ち入り禁止区域になっています。
 この違和感は何でしょう・・。

穏やかな海

 戦争色の無い社会が来て欲しいものです。
 
16 : 24 : 44 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(10) | page top
太陽との会話
2009 / 08 / 28 ( Fri )
 昨日は久々に“朝日”を見ました。
 私はいつも早起きな方ですが、起きるとすぐに家で仕事を始めてしまうので、朝日をまじまじと見るなんて滅多にありません。

三都半島に昇る朝日

 昨日は所用で朝早く高松に出たので思いがけず見ることが出来たのでした。
 これは池田港発のフェリー国際丸から見た三都半島に昇る朝日です(池田港5時30分発)。

昇るよ

 朝日をまじまじと見ていると“希望”とか“新しい生命”とか“復活”とか“力強さ”とかそういうイメージが湧いてきます。

 古来より朝日に手を合わせる人がいますが、気持ちが分かるような気がします。
 そういえば、キリスト教で礼拝堂を東向きに建てるのは、昇る朝日に重ねて復活されたイエス・キリストを偲びつつ礼拝をするからでした。

明け行く

 白々と明け行く空は秒単位で姿を変えます。
 つかの間の感傷も自然の前では置いてきぼりを食うようです。

 さあ、今日も自分らしく生きるぞ(自分らしく = 出来ることしかしない^^)。

 珍しくこの日は往復切符を買ってしまいました。
 帰りが何時になっても良いように、いつもは片道ずつしか買わないのですが、魔がさしたのでしょうか。
 案の定というか、港に早く着いたので、結局17時43分発草壁行き、17時50分発土庄行きを見送って18時15分発池田行きまで港で待ったのでした。
 小豆島と関係ありませんが、女木島・男木島行きと直島行きも港で見送ったので、実際の時間以上に随分待っていたような気がしました。

 しかし、奇妙な巡り会わせとでも言うのでしょうか、仕方なく遅くなったこの帰り、“朝日”に続いて“夕日”も見られたのでした。

沈む

 そういえば、朝久々に出会った太陽は、私がこの日一日地べたを走り回っていた間、空の上をゆっくりと東から西へ移動していたのですね。

「やあ、奇遇だね。」
「また会えたね。」
「僕も今日は一生懸命生きたよ。」
「僕もだよ。」
「お疲れさん。」
「お互いにね。」

 そんな会話があったような無かったような・・。


16 : 52 : 42 | 出来事 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
普通の葉っぱ
2009 / 08 / 27 ( Thu )
 特別きれいでもない葉っぱ

 虫食いもあり、埃もかぶった葉っぱ

 ごく普通の葉っぱ

葉っぱ

 光を透かして輝く
 
 「太陽のおかげなんだよね^^」

 自分に光の無いことを知っている

 さらけ出している

 私も自分の弱さや、至らなさを知ろう

 あっけらかんと生きていこう

 

 

 
17 : 16 : 00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
共にと考えてみませんか
2009 / 08 / 26 ( Wed )
 噛み合わない議論、およそ建設的でない議論は疲れます。

 自己主張や無神経さが絡むともっと厄介です。

きりかぶ

 “ために”なんていう考え方は棄てませんか。

 “共に”と考えてみませんか。

 目的地はどこですか。
20 : 39 : 01 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
雲の中へ
2009 / 08 / 25 ( Tue )
 昨日は雲を真横から見た話でしたが、横どころか雲の中に入ってしまったことがあったのを思い出しました。

霧の山頂

 天気が良いの日なのに寒霞渓の山頂に雲がかかっているのが見えたので、行ってみたことがあるのです。

霧の道

 山を登って行くにつれて道の先は霧に包まれ始めました。

雲の間から見える内海湾

 時折、雲の晴れ間から内海湾などが見える程度・・。

霧がそこまで(顔は隠しました)

 ここは四方指しです。
 雲が次第に間近に迫ってきました。
 (これは妻です・・。
 立地的に分かり易そうな写真がこれしか無かったので、顔は見えないようにとの条件で載せました。)

見えない!

 全く何も見えない世界に・・。
 この後、完全に自分たちの居る場所は霧に包まれたのでした。

 ところで、文中、“霧”と“雲”という単語が入り混じっていますが、後に、“霧”と“雲”について調べてみると、どちらも大気中の水分が飽和状態に達して発生する同じものだそうです。

 考えてみると、同じものなのに、下から見ていると雲で、触れられるところに行ってみると霧と言い表しています。

 ・・変ですね。

 大気中に浮かんでいて、地面に接していないものが雲で、地面や山に接しているものが霧と考えて良いようです。

 つまり、雲の中に入ったと言っても間違いではないような気がします。

 “先に調べていたら、その時もっと感動したのかな”などと思うのでした。




17 : 02 : 31 | 地域情報 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
雲を真横に見る
2009 / 08 / 24 ( Mon )
 私は早起きで、毎朝5時前後に起きています。
 結構すっきり起きてしまうので、朝食前からすでに雑務などを始めてしまいます。
 途中5時30分頃に来る朝刊を読んだりもします。
 学生時代は夜型でしたが、朝方に切り替えたことで生活リズムに余裕が出来、とても楽です。
 朝方はとてもお勧めです。
 唯一残念なことは、電話連絡出来ない時間帯ということですね・・。

 結局、予定しているその日の仕事は昼過ぎ(といっても大体2時頃)に終わります。
 今日もそのように一日が過ぎ、午後2時半頃、ふと外を見ると青空に“いかにも夏”といった雲が浮かんでいるのが見えました。

「雲の写真が撮りたいなっ!」

 そう思って、家族に同道しないかと尋ねると二つ返事。
 あっという間に出発です。
 行動力の良さは自慢できます^^

 それにしても行き先も聞かずに車に乗り込む家族って、よっぽどのんびりしているのか私を信頼しきっているのかのどちらかかな・・などと考えている間に星ヶ城の駐車場に到着です(15分くらいで行けます)。
 星ヶ城に来るのは二度目で一年半振りです(そういえば、以前に来たとき詳しい記事を書いたような気がします。)。

杉林

 杉林の小道を少し登ると頂上に到着です。
 5歳の次男も3歳の三男もがんばって登りました。

真横の雲

 果たして、期待通り雲を“真横”に見ることが出来て感激しました。
 星ケ城は小豆島で一番高い場所なので当然かもしれませんけどね。
 標高は816.6mです(ここからは南東方面がよく見えます)。

 子供の頃、雲に触ってみたいとか乗ってみたいとか考えていたことを思い出しました。

山頂の三角点

 僅か数分で“雲の写真も撮れたから帰ろう”などとは、さすがに言い出せなかったので、西に少し移動することにしました。
 南側が見渡せるはずです。

星ケ城の西から

 今日は天気も良かったみたいで視界も良好。
 雲と景色の両方を撮ることができました。
 家族よありがとう。

 手前に見える町は小豆島町(旧内海町)の中心部で、この中に私のいる内海教会もあります。

 右手に延びているのが三都半島。
 左手から右にいびつに延びているのが田ノ浦半島(二十四の瞳の岬の分教場などがあります)。
 海の向こうに見える陸地が庵治(映画“世界の中心で愛を叫ぶ”のロケ地)や高松です。

寒霞渓も見下ろせる

 ふと、右手を見下ろすと寒霞渓(ロープウェィの山頂駅、土産物屋など)が見え、本当にここは高い所なんだなと実感しました。

 もちろんここは観光地ではないので静かですし、登り道は杉林のため陰になっていて涼しく、とても快適な山歩きが出来ます。
 
 小豆島の穴場の一つですかね。

 ・・ん?

 “雲を横から見た”ことを書くだけの予定でしたが、だらだらと長くなってしまいました(反省・・)。
 

 
17 : 56 : 19 | 地域情報 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top
帰りの船
2009 / 08 / 23 ( Sun )
帰途につくよ

 小豆島に来て、どれだけ船に乗ったか分かりません。
 会議その他で島から出ることは結構あるのです(殆ど高松へ渡ります)。
 往復2時間(時間待ちも入れるともっと)ですから、合計するとかなりの時間ということになります。

 小豆島に赴任する前までの40数年間に乗った乗船時間など、こちらでの数ヶ月分にしか過ぎないと思います。

 しんどいことはしんどいですが、帰りの船に乗るとホッとする、その安堵感が何とも言えません^^

薄雲

 特に今頃は夕方少し涼しいですし、瀬戸の島々の夕景も綺麗です。

 それで時々客室から出て、潮風を浴びながら景色をぼんやりと眺めたりします。

 冬でもたまに外に居てみたりしますけどね^^

小豆島が見えてきた

 船を使わなければならないのは、時間もかかるし、体力的にも経済的にも負担がかかりますが、景色を堪能しホッとできるこの時間と空間は、苦労へのささやかなご褒美かなと思うこともあります。

夕陽

 でも一番なのは、家で温かい家族が待ってくれてるということかな^^
 
17 : 02 : 13 | 感謝 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
草抜きの日々
2009 / 08 / 22 ( Sat )
 海のそばを通っていると、水上バイクに乗っている人が見えました。

水上バイク

 うわーっ、スゴイなっ。

 カッコイイなっ。

 普通のバイクは30年近く載っているし、大好きですが、そういえば水上バイクなんて乗ったこともないし、その感覚も未知数です。

 ワインディングロードを駆け抜けていくとか、遠くまでツーリングするとか、バイクの醍醐味なら体に染み付いていますが、いざ水上となるとちんぷんかんぷんです。

 想像することさえできません。

 第一、道というものが存在しないんですから・・。

 ・・とまあ、ぶつぶつ言ってしまう訳ですが、憧れと嫉妬以外の何ものでもないような気もします。

 ははは。

 やや反省しつつ、いつかは乗ってみたいなと素直になりかけたところで帰宅すると、待っているのは“草抜き”なのでした。

 ここのところほぼ毎日、妻と教会の雑草を抜いています。

 ゴールデンウィーク頃に怪我をしてしまったので、しばらく庭の手入れが出来なかったのが悔やまれるところ。

 抜いても抜いても、あれよあれよと言う間に、次々と生えてきます。

 “後悔先に立たず”よろしく、手に負えないほど伸びきった雑草と日々格闘です。

 特に、8月30日には内海教会で“さぬき四島伝道協議会”の会場になるので、あんまりボサボサだと格好悪いですからね・・^^。

 あっ、そういえば、明日は子供たちの通っている幼稚園の環境整備の日でした。

 そう、平たく言うと“草抜き”です・・。

 筋肉痛をこらえながら草抜きの毎日・・。

 水上バイクは無理でも海辺でごろんとしてみたいな・・。

 ・・いえ、水風呂でもいいです・・。
16 : 56 : 00 | 行事 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
人間関係~へりくだって考えているか
2009 / 08 / 21 ( Fri )
天の御使い

 人間関係に悩むとき、相手の問題ばかりが目に付きやすいものです。

 相手のしたこと、しなかったこと、そんなものが目に付きます。

 実際、問題は相手にあると考える人は多いようです。

 でも、本当に問題は相手だけなのかなと思います。

 自分はどのような関係性を持ってきたのでしょうか。

 二人の問題は二人に原因があるのではないでしょうか。

 “問題は双方にあったのではないか”と気付けるかどうかで、この後が大きく変わります。

 相手の問題と思い込んでいるものは、自分の価値観や態度や物言いが引き金になって、話し合いも改善もされずにこじれた挙句なのかもしれません・・。

 大切なのは“悪口を言ったり、批判したところで、関係は改善されない”ことをわきまえ、“取っ掛かりの部分の自分の問題性を顧みる”ことだと思います。

 自分が変われば相手も変わります。

 自分も相手も変われれば、必ず暖かい空気に包まれるようになります。

 そして何より、人は変われます。

 understanding してみませんか。

 

 

 
20 : 47 : 26 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
切なく穏やかな光
2009 / 08 / 20 ( Thu )
降り注ぐ光

 光が降り注ぐよ

 あなたの肩に

 光が降り注ぐよ

 あなたの悲しみに

 光が降り注ぐよ

 あなたの涙に

 光が降り注ぐよ

 あなたの優しい心に

 光が降り注ぐよ

 私にも、全ての人にも

 見上げて、かすかな一筋の光を

 あなたを照らす穏やかな光を



 
17 : 27 : 17 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top
そこであなたも生きている
2009 / 08 / 19 ( Wed )
ここに生きてる

 友人から聞いた話。

 あるとき知人に誘われ、“見せたいものがある”と、まだ薄暗い早朝に高い所に連れて行かれたというのです。

 詳しいことは何も知らぬままだったので、“何を勿体ぶって見せたいのか”と、心の中で呟きながら、知人の指差す先を見て驚いたそうです。

 そこにあったのは、昇り始めたばかりの“朝日”と、沈みかけている“満月”。

 そんなものを見るのはもちろん初めてですから、僅かな時間、大地の西と東で繰り広げられている出来事に驚愕したそうです。

「・・自然って凄いなぁ・・。」

 その時、知人がポツリと一言。

「ほんと自然って凄いですよね。そして、その中であなたも生きているんですよ。」


 私も何を見て、何を感じ、何を考え、何を求めて生きているのかな・・。

17 : 17 : 55 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
新型インフルエンザ・・ついに来たか
2009 / 08 / 18 ( Tue )
 次男と三男の通う幼稚園から連絡網が回ってきました。
 
 20日に予定されていた登園日がお休みになったとのこと。

 そういえば8月に入って“文化系サークルの合同合宿で小豆島を訪れた京都大と京都女子大の学生男女計10人が新型インフルエンザに集団感染した”との報道がありました。

 感染者数は30数名と数も多く、しかも、小豆島での新型インフルエンザは確か初めてだと思います。
 
 「きっと新型インフルエンザの影響なんだろうね。」
 「久々に友達に会えるし、絵本の貸し出しもあるから楽しみにしていたから可哀想ね。」

 などと、妻と話していましたが、今朝の新聞を見て“ええっ!”と思わされました。

 “小豆島の保育園児11人が新型インフルエンザに集団感染”

 ああ、これですね・・。

 でも、大学生の集団感染のときも何処のホテルに宿泊していたか報道されなかったように、今回もどこの保育園なのか知らされていません。

 プライバシーその他の保護のためでしょうが、島という閉鎖された狭い世界に住んでいる身にしてみれば、少々不安です。

 子供たちを病院に連れて行くのも、少し躊躇われてしまいます・・。

 しかし、“広がるのも時間の問題と覚悟しておくことも必要かな”と思わされました・・。

内海
12 : 49 : 35 | 地域情報 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
長男の帰省
2009 / 08 / 17 ( Mon )
木立

 先週末から長男が夏休みで帰省しています。
 高校卒業後初めての帰省です。

 約30年前の自分を思い出しました。
 全国に散り散りになった友人たちと久しぶりに再会して、毎日のように語り合ったり、ドライブしたり、海水浴に行ったりと短い夏を謳歌したものでした。
 高校時代とは違ってちょっぴり大人になった気分で、懐かしさと照れくささの交差する不思議な思いがしました。

 しかし、冬休み、春休み、また翌年の夏休みと時が過ぎるたびに、帰省してくる友人の数は減っていったものです。
 帰省するにしても、それぞれ次第に短期間となり、時期もバラバラとなって行くのです。

 思い返すと、高校卒業後の最初の夏休みは間違いなく、高校時代の友人たちとのきらめく思い出の時でした。

 長男も今そういう時を過ごしているのだろうと思うと、帰りが遅かったり、朝寝坊がひどくても、なんとなく微笑ましく感じられるのでした。

 経済的に苦しい牧師家庭故にアルバイトを余儀なくされているので、ちゃんと食べてるかとか、病気になったらちゃんと病院に行っているかとか、親としては不安でたまらないものです。

 確かに経済的には苦しい学生生活を送っているようでした。
 いつ電話しても“超低空飛行で何とかやっている”という印象でしたから・・。

 そういえば、私が最初に帰省した時は結構痩せていましたね。

 しかし、このたび長男に再会してびっくり!

 えっ、もしかして、前より太ってる!?

 こちらとしては“お金が無くて食べられないのではないか”と心配していたのですが、“食べ過ぎてお金が無い”というのが現実のようでした・・。

 ・・ま、マイペースでがんばってくれればいいよ^^


15 : 41 : 54 | プライベート | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
あたらしい憲法のはなし
2009 / 08 / 15 ( Sat )
 終戦記念日です。
 「“終戦”記念日なんて言い方は、ごまかしだ!本当は“敗戦”記念日ではないか!」
と、いぶかる人もいましたが(もちろん今もいますが)、もう随分前から
“憲法第9条で日本は戦争を放棄したのだから、先の大戦をもって日本の参加する戦争は終わった”
との理解により、本当の意味で“終戦”記念日なんだという主張がなされるようになっています。

 これはとても大切な視点だと思います。
 日本は第2次世界大戦で多くのものを失いましたが、手に入れた唯一の大切なものは“憲法第9条”なんだと国内外で言われているのは周知の通りです。

 しかし、アメリカとの関係性により、憲法第9条を改正(改悪という言い方が正しいでしょうけど)して日本も戦争可能な国にしようという動きがあります。

 とても、残念なことです。

 今度の衆議院選挙は政権交代があるかもしれないという歴史的なものになりそうですが、単なる政策だけでなく憲法第9条をはじめ戦争と平和についても真剣に触れて欲しいという気がします。

 しかし、昨今、新聞やテレビなどであまり終戦記念日を取り上げるものがなくなっているような気がしますが、気のせいでしょうか・・。

 昨年の憲法記念日にも少し触れましたが、“あたらしい憲法のはなし”という本があります。

 この本は1947年5月3日に公布された日本国憲法を解説するために、文部省が新制中学校1年生用の社会科の教科書として発行した(同年8月2日)もので、日本国憲法の精神と中身を平易に解説した名著です。

 文部省の役人が著したものだと聞いていますが、新しい憲法に対する熱い思いがほとばしり出ています。
 失礼な言い方ですが、恐らく今の文部科学省の役人では書けない文章だと思います。
 もちろんそれは歴史的なものによるのでしょう。
 
 残念ながらこの“あたらしい憲法のはなし”は1950年に中学校の副読本に格下げとなり、1952年には姿を消した短命の教科書でした。

 著作権は旧文部省に属しているそうですが、保護期限が過ぎている関係で、幾つかの出版社から“復刻版”が出ていますので今でも手に入るようです。

 出来れば一人でも多くの人に読んで頂きたい本の1冊です。
 特に政治家をはじめとする行政に関わっている人たちに読んで頂きたい本ですね。

二十四の瞳 平和の群像
 
※少し長くなってしまいますが、(15項目のうち)以下に少し引用してみたいと思います。結構、感動します。

三 国際平和主義
 国の中で、国民ぜんたいで、物事をきめてゆくことを、民主主義といいましたが、国民の意見は、人によってずいぶんちがっています。しかし、おゝぜいのほうの意見にすなおにしたがってゆき、またそのおゝぜいのほうも、すくないほうの意見をよくきいてじぶんの意見をきめ、みんなが、なかよく国の仕事をやってゆくのでなければ、民主主義のやりかたは、なりたたないのです。
 これは、一つの国について申しましたが、国と国との間のことも同じことです。じぶんの国のことばかり考え、じぶんの国のためばかりを考えて、ほかの国の立場を考えないでは、世界中の国が、なかよくしていくことはできません。世界中の国が、いくさをしないで、なかよくやってゆくことを、国際平和主義といいます。だから民主主義ということは、この国際平和主義と、たいへんふかい関係があるのです。こんどの憲法で、民主主義のやりかたをきめたからには、またほかの国にたいしても、国際平和主義でやってゆくということになるのは、あたりまえであります。
 この国際平和主義をわすれて、じぶんの国のことばかり考えていたので、とうとう戦争をはじめてしまったのです。そこであたらしい憲法では、前文の中にこれからは、この国際平和主義でやってゆくということを、力強いことばで書いてあります。またこの考えが、あとでのべる戦争の放棄、すなわち、これからは、いっさい、いくさはしないということをきめることになってゆくのであります。

六 戦争の放棄
 みなさんの中には、今度の戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。
 そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは、「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
 もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとうそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戦争が、二度と起こらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。
15 : 46 : 28 | 行事 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
お盆です
2009 / 08 / 14 ( Fri )
 牧師が言うのも変ですが、お盆ですね。
 小豆島は帰省ラッシュと観光客で人と車があふれているので大変なのです。

 いつも空いてる道は混雑していますし、どの店もいつになく人であふれかえっています。
 都会の喧騒から離れてのんびり過ごしている身にとってはいささかしんどい時期となりました。

我が内海の町

 スーパーは案の定高級食材が並んでいます。
 そんな(高級な)食事と無関係な我が家としては、“少し小豆島の中で浮いているのかも知れない”と思えるのでした。

 お盆休みも無い牧師ですが、しばらくは家でのんびり過ごすことにします。

 
19 : 02 : 11 | 出来事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
お勧め出来ないかも・・
2009 / 08 / 13 ( Thu )
 お勧めなんですが、お勧め出来ない観光スポットがあります。
 土庄町にある“銚子渓自然動物園”通称“お猿の国”の展望台です(間違わないでくださいね。お猿の国はお勧めできます^^展望台が凄いんです)。
 写真の後方山の上です。
 残念ながら、お猿の国の入園料を払わないと入れません。
 ちなみに年中無休(AM 8:10 ~PM 16:30)で、入園料は大人370円 小人180円となっています(JAFカードがあれば少し割引があります。二十四の瞳映画村なんかもそうです)。
 
銚子渓自然動物園

 無料駐車場はお向かいの銚子茶屋にあります。約100台は大丈夫です。

無料駐車場

 不思議なのは、どう見てもお向かいで目と鼻の先なのに“徒歩4分”の表示があることです。
 小豆島七不思議の一つに認定いたしましょう。

徒歩4分・・

 約500匹の野生の猿たちが餌付けされてのんびり過ごしています。
 日に2回“モンキーショー”もあるそうです。・・って、本当にそれって野生?

お猿の国

 二箇所ほど、餌やりの小屋があって、1回100円で餌やりをさせてもらえます。
 人間の方が小屋に入るという、反対にこちらが見世物にされたような感覚が味わえます。

 しかし、この棒を持ったおばさんは、ここに書かれている“注意心得”を地でいく凄まじいお方でした。
 バシバシ!!

餌やりのおばさん

 さて、この猿たちのエリアを過ぎると山のほうに向かう道が続いています。

北の登り口

 最初は階段で、途中から未舗装の道に続いています。

何と言うことも無い登り道

 この道はどうということの無い道なのですが、しばらく行くと視界が開け、同時に驚かされます。

いつの間にか岩場・・

 今まで歩いたことも無いような岩場なのです。

微妙な階段

 一応、“ここを歩くのだよ”と言わんばかりに、岩場を削られた微妙な階段があります。
 
手摺りもありません・・

 もちろん、手すりもありません・・。
 強風の日は絶対行っちゃ駄目です。
 雨の日も恐そうです。

かなりの絶景

 “転んだら崖下に転落間違いなし”という岩場の道をしばらく歩くと休憩所に到着します。
 悲しいことに絶景です。

岡山方面

 右に岡山。

高松方面

 左に高松。

いやはや

 こんな危険な観光地があるのかと愕然とするロケーションです。
 しかも、お金を払わないと行けない場所というのがすごいでしょう。
 
 小豆島をなめてはいけません。
 私が行った日にこの山上で全員“ビーチサンダル”の家族連れにすれ違いました。
 思わず“死ぬ気か!!”と叫びそうでした。

 実はもう一箇所、この近くに物凄く危険なのに爽快なスポットがあるのですが、あまりに危険なので省略します。

 言っておきますが、行かれるのならどちらも自己責任でお願いします。
 お勧めなんですが、お勧め出来ない観光スポットですかね・・。
 でも、見ていたら、結構みなさん展望台まで行かれているみたいですけどね^^
20 : 33 : 49 | 地域情報 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
人は・・
2009 / 08 / 12 ( Wed )
蝶々

 人は生きている。
 でも、必ず死ぬ。

 人は愛を求めている。
 でも、自分を愛することも難しい。

 人は真剣に生きている。
 でも、的を外すことがある。

 悲しいときも、切ないときも、苦しいときもある。
 でも、生きていく。

 嬉しいとき、楽しいとき、幸せなときもある。
 でも、一人で手に入れた訳ではない。

 人は生きている。
 でも、本当は温かい存在に生かされているに違いない。
21 : 44 : 14 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
日常
2009 / 08 / 11 ( Tue )
 昨夜、母が電話を掛けててきました
 「ニュースによると徳島や岡山の台風被害が大変そうだから、そこも大丈夫かと思って。」

 小豆島はそれ程大変ではありませんでしたから、そんなにすごい台風だったのかと思わされました。

 また、今朝の新聞によると被害者が相当出たとのことで、改めて驚かされました。

避難している

 確かに内海湾には、まだ避難中の船が停泊していました。

三都半島とブルーライン

 しかし、そうかと思えば(当たり前ですが)、ブルーライン(草壁港~高松港間のフェリー)など、通常通り運行しており、天気の回復した、ごく普通の日常が動いています。

夏の日

 何事も無かったかのように、平凡で平穏な夏の日がありました。

 自然や世の中の前で、人は無力な存在なんだと改めて思わされました。
17 : 51 : 37 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
台風接近
2009 / 08 / 10 ( Mon )
 雨です。
 昨日から雨です。
 台風が発生したとのこと。
 大雨洪水警報発令中とか。

雨に煙る三都半島

 雨が続くと退屈な気持ちがこみ上げてきます。
 子供たちは特にそうでしょう。

 でも、台風のため非難している人たちはそれどころではないはず・・。

 そういえば、内海湾(うちのみわん)は小さな内海(うちうみ)になっているのでとても穏やかなため、台風時には瀬戸内海を航行している船が何隻も非難のため停泊しています。

 多分今頃内海湾は船でいっぱいでしょう。
 天然の案全海域ですね。

 早く航海が再開され安全に航行できるよう祈っています。

 下の写真は昨年の台風接近時に撮ったもの。
 右側に伸びているのが三都半島、左手が田ノ浦半島。

停泊中の船
09 : 18 : 17 | 地域情報 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
絵本の読み聞かせ
2009 / 08 / 08 ( Sat )
笑い

 今日は月に一度の絵本の読み聞かせの日。

 幾つかのボランティアグループが図書館での絵本読みをしていて、私の“ハーブの会”は毎月第2土曜日午後2時からとなっています。
 ハーブの会と言っても、私一人しかいないグループですけどね^^(図書館の人が「何か会の名前があった方が良いでしょう」と付けてくれたのが“ハーブの会”)

 いつもは幼稚園や保育園の子達が多いのですが、今日は小学生ばかり。
 夏休みですからね^^

 そもそも小豆島には子供たちが行くところは殆ど限られているため、図書館は絶好の溜り場なのです。

 対象の年齢がどうであれ(その日に来た子供たちに合わせられるように)絵本は多めに用意しておくのは当然のこと。

 今日は初めての子も何人かいましたが、皆純朴でとても可愛い子たちでした。

 今日、読んであげた本を“借りて帰りたい”と言って、ニコニコしながら帰って行く子もいます^^

 いつも楽しいので毎週でもしたいところですが、そうもいきますまい・・。

 さて、今日は5歳の次男も連れて行ったので、私が絵本をでも読んでいるところを撮って貰おうかなと考えていましたが、肝心のカメラを忘れていったのでアウト!充電までしたのに・・。

 ということで、今日の写真は以前に撮っていた、小豆島町立図書館“むとす館”の入り口に据えられている笑う子の像でした。
19 : 56 : 32 | 行事 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
8月
2009 / 08 / 07 ( Fri )
どこへ

 何かがおかしい。

 自分たちの力不足・・。

 やり方や方向性の間違い・・。

 ほんとうは何処へ行こうとしていたのだろう。

 ほんとうは何を求めていたのだろう。

 たくさんの分かれ道のたびに、真剣に選択し生きてきたはずなのに・・。

 
19 : 40 : 50 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
人が人を殺していいのか
2009 / 08 / 06 ( Thu )
 この数日、少し忙しかったのでパソコンを殆ど開くことが無かったため、ブログの更新もコメントの承認や返事まで滞ってしまいました。
 楽しみにしていてくださった方々には大変失礼しました。
 申し訳ありません。そして、更新していないにも関わらず拍手やポチ、コメントなどして頂きありがとうございました。

樹

 さて、今日は8月6日。
 広島に原爆が投下された日です。
 たった一機のB29が落とした爆弾一つで約15万人が死亡しました。
 8月9日の長崎では約7万人の死者。 

 今朝の新聞にアメリカで行われたアンケート結果が小さく掲載されていました。
 第二次大戦末期のヒロシマ・ナガサキへの原爆投下は“正しかった”と考えている人が61パーセント、“正しくなかった”と考えている人が22パーセント・・。

 “あの原爆投下が正しかった”が61パーセント!!!

 この数字にはいささか驚かされました・・。

 殺傷力、後遺症の凄まじさ、今でも原爆症で苦しんでいる人がいるという事実など知らないはずはありません・・。
 知っていての数字のはず・・。

 (人道的な兵器などもちろんありませんが)あんなに非人道的な兵器はありません。

 60数年経った今でも、あの核爆弾投下が正しかったと半数以上が信じている投下国アメリカ・・。
 なんだか目の前が真っ白になりました。

 “人が人を殺していいのか”という思いがこみ上げてきます。

 人が人を殺すということに鈍感すぎるように思えてなりません。

 どんな理由があっても“人が人を殺す”ことが正しいなんて無いと思います。

 でも、実は人が人を殺しても罪にならないものはたくさんあります・・。

 戦争、死刑執行、正当防衛、緊急避難、人工妊娠中絶(法の範囲内)、スポーツ(格闘技などの試合)などなど・・。

 つまり法律的に殺人罪になるものだけが殺人というカテゴリーに入っているだけです。
 法に触れなければ問題ないと考えて済ませるか、済ませられないか、そこのところをきちんとえぐれる人間が増えて欲しいと思えてならないのでした。
18 : 07 : 39 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(10) | page top
反抗と受容~存在の貴さ
2009 / 08 / 03 ( Mon )
 私の父は船乗りでした。

 父は交通事故に遭うまで(私が小学校低学年の時)は外国航路、闘病生活後は国内便(治療のため転職を余儀なくされた)でしたが、ほとんどいつも家に居ない存在でした。
 父と一緒に遊んだ記憶は殆どありませんが(事故の後遺症なども原因)、子供たちを大事に思ってくれていることは良く分かっていたつもりでした。

海

 しかし、高校受験も大学受験の時も私の希望する進路は、父の考えによっていつも断念させられました。
 父親といえども私の人生に責任を負えるはずがありません。
 それはただの横暴だと怒り、理不尽さに引き裂かれそうなくらいの悲しみが襲ったものです。

 自分は本当は受け入れられていないのだと愕然としたのを覚えています。

 十数年前、父親と久しぶりに会った時に父がポツリとこんなことを言いました。

「あの交通事故で俺が死なんかったき、お前ら姉弟みんな大学に行けて良かったろうが。」

 父が死ななかったので大学まで行けて良かっただろうと言うのです。

「違うよ親父さん。俺は“大学に行けたから親父さんが死ななくて良かった”と思ったことは一度も無いよ。姉貴たちも同じやと思うよ。“親父さんが事故で死ななくて良かった”それだけよ。」

 何度言ってもその言葉の意味を理解してくれず、なんだか、そんなことを言い聞かせなくてはならない現実が切なくて涙が出そうでした。

 父は、何かを成したり生み出したりすることでしか人の価値を測れない、そんな価値観しか持ち合わせていないのだと言うこと、そのように育ってきたのだということがそら恐ろしく重く感じられたのです。
 “存在の価値”という面が抜け落ちているのです・・。

 若い頃から親に反抗したり拒絶したりしてきましたが、そんな親を受け止めることの難しさと大切さを思わされたものです。

 親に対しても子供に対しても友人に対しても隣人に対しても、受け入れることの難しさと大切さを念頭に生きていきたいと思います。

 親父さん、安心して生きてください。
17 : 50 : 30 | プライベート | トラックバック(0) | コメント(8) | page top
見た目じゃないよ
2009 / 08 / 02 ( Sun )
 何かをしている子供に“早くしなさい!”と言うのは良くないそうです。
 確かにせかされて育つと、いつまで経っても自立心が養われないような気がします。
 今の状態をせかすのではなく、“ご飯を食べたら、絵本を読もうね”などと次の行動を含めて声かけすると、段取りも含めて自分で考えて行動することが養われるということでしょう。

 ただし、頭でそういうことが分かっていても、のんびりした子供のテンポを見ていると、つい“もっと早くしなさい”と言ってしまう私は、まだまだ修行が足らないようです。

 先日、タンカーとツバメを見てそんなことを思わされました。

タンカー

 悠然と航行しているタンカーを見ていて、“あの膨大な量の原油を運ぶことにおいてはあれが最速なんだ”と気付きました。
 あんなにゆっくりなのに・・。

ツバメ

 それから、目の前を横切るツバメは目にも止まらぬ早さですが、何匹もいるヒナのうち1~2羽分のエサしかくわえて飛べません。
 もっとも、このスピードがあってこそエサが捕れるのですよね。

 見た目だけや、見た目のスピードだけで物事を判断するのは愚かな事ですね。

 子供も含めて世のすべての人、いろんな事を、見た目だけで判断するのは未熟な証拠といったところでしょうか。

 
16 : 52 : 50 | 思ったこと | トラックバック(0) | コメント(9) | page top
庭のミント
2009 / 08 / 01 ( Sat )
 教会の庭にはミントが植わっています。
 繁殖力があまりにも強いので時々抜きますが、それでもあっという間に広がります。
 今は小さな花を咲かせているのが可愛らしいです。

ミントの花

 そう言えば神学生時代に、(何かのキャンペーンだったのか)どこかでミントの小さな鉢を貰ったので育てていたことがあります。
 ところが、その存在をいとも簡単に忘れてしまい、あっさり枯らせてしまったのです。
 しかも、それを何気なく寮の夕食時に話すと、
「えぇーーーっ!!ミントみたいな丈夫な植物を枯らせる人がいるなんて驚きーーっ!」
などと、聞いていた女子寮生に言われる始末・・。

 その時は“ミントを枯らせた位でガタガタ言わないで欲しいな”と思ってましたが、こうしてミントの強さを目の当たりにしていると、ミントを枯らせた私は只者ではないと思うのでした。

 ちなみに、ミントの葉は時々料理などのアクセントに使えて便利です。
20 : 08 : 39 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
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