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楽しい時間でした

2010年01月31日
教会入口の看板

 今日は小豆島に旅行に来られた2名の方が内海教会の礼拝に参加してくださいました。

 日曜日の礼拝に出席するためにインターネットで小豆島の教会を検索されたのだそうです。

 しかも、失礼のないようにと事前にメールでそのことを連絡してくださっていました。

 頭が下がります。

 今日は教会員の出席が2名だったので礼拝の人数は倍になった訳です。

 ほんの些細な変化ですが、それでも雰囲気ががらりと変わったような元気さが醸し出されて、教会の(年配の)方もとても喜んでいました。

 礼拝後もお茶を飲みながら、聖書をはじめいろんな話に花が咲いて、とても楽しいひと時を皆で共有することが出来ました。

 それにしても、田舎の路地裏の小さな教会で少人数の礼拝が守られているのに驚かれたのではないかなと思います。

 でも、どこであってもどんな環境であっても、同じように福音が語られているということで、それはすごい事実なのかもしれないと改めて思いました。

 お二人とも小豆島を楽しんで元気にお帰りください。

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当たり前のように

2010年01月30日
海と空と三都半島

 当たり前のように海があり

 当たり前のように空が広がる

 でも、それはほんとうに当たり前のことなのかな

 当たり前のように私がいて

 当たり前のようにあなたがいる

 でも、それもほんとうに当たり前のことなのかな

 当たり前のように笑顔があって

 当たり前のように涙がある

 でも、でも、やっぱり全部かけがえの無い真実だ


 ※写真は土庄のエンジェルロードから見た三都半島

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私の住んでいる町

2010年01月29日
旧内海町

 これが私の住んでいる町。

 旧内海町(“うちのみ”と読みます)の中心部を小高い山から南向きに写したところ。

 見えている海は内海湾でその向こうが田ノ浦半島。

 写真には写っていませんが半島をずっと右に行ったところに二十四の瞳映画村があります。

 内海町は隣町の池田町と2006年3月21日に対等合併し、今は小豆島町となっています。

 日本におけるオリーブ栽培の発祥地なんですよ。

 その他にも醤油や佃煮、手延べそうめんなどでも有名です。

 気候や多島美などが似ていると強引に言い張ったのかどうか知りませんが、意外なことにギリシャのミロス島と1989年(平成元年)10月8日に姉妹島提携をしています。

 恐るべし小豆島。

 私はこの町がとても好きです。
 
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お母さんが男?!

2010年01月28日
えへへっ

 無邪気な子供の言葉と言えば、数年前に焦った上にとても面白い出来事があったのを思い出しました。

 ある幼稚園の子供(うちの子供ではないです)に話し掛けられた時の事です。

 5歳位のその男の子はニコニコしながら突然こんなことを言い出したのです。

「あのね、ボクのお母さんは“男”だって分かったんだよ^^」

 ・・えっ、男? お母さんが男? お父さんじゃなくて? 男? おかあさんが? おとこ? オトコっ?! 

 ええっ!どういうこと?! お母さんが男だって分かったって言った? 

 お母さんだと思っていたのに実はお父さんだったということ?

 じゃあ、この子は性同一性障害のお父さんが育ててくれていたということなの?

 それとも女装癖のあるお父さんだったりしたの?

 ええっ、どういうこと? ええっ そういうこと? いや どういうことよ? ええっ?

 ?????????????????????????????????????????

 このニコニコしてこっちを見つめてるこの子に一体何と言葉を掛けたら良いの・・?

 ?????????????????????????????????????????

 ・・極めて膨大な考えが一瞬のうちにシナプスを結合し脳内を駆け巡りました。

 時間の感覚や疲れ方からもほんとうに長く感じましたが、ものの1~2秒だっただろうと思います。

 そんな(どんな?)沈黙を破ってその子がポツリ。

「あぁ~。早く弟が産まれないかなぁ~^^」

 ・・・・・・?!

 ええっ、そういうこと!

 そう、どうやら妊娠しているお母さんのお腹の赤ちゃんが男の子、つまり弟だとわかってとても嬉しいという話だったようです・・。

 無邪気な子供の言葉は時に強烈な力を持っていますね・・。

 
 
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子供の無邪気な言葉は恐ろしい・・

2010年01月27日
Kくん

 我が家の三男坊は4人兄弟の末っ子で甘えんぼ。

 特にお母さんを独占したいという願望が人一倍強いようです。

 先日、幼稚園のお迎えに私が行くと、年少組からK君の大きな声が。

「あ、あれはYくんのおとうさん!」

 Y君というのはK君の兄貴(我が家の次男坊で同じ幼稚園の年長さんです)。

 それを聞いた担任の先生が

「Y君とK君のお父さんでしょ。」

と言うと、すかさず

「ちがう!Yくんのおとうさん!Kくんはおかあさん!」

 どうやらお母さんを独占したいという思いから、頭の中で自分とお母さん、お兄ちゃんとお父さんというペアを想定し固定化しようとしているようですね。

 しかし、帰りの道中、そのとき周りにいた父兄の困惑気味で怪訝そうな表情の意味にやっと気付きました。

 “もしかして、本当のお父さんじゃないと思われたのか?!”

 がーん!!ショック!!!

 訂正のしようも無く、ただただ子供の何気ない言葉の恐さを思い知らされました。

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身を低く屈めて

2010年01月26日
光の海

 聖書を読んだことの無い方と話していると“聖書には素晴らしいことばかりが書かれていて、登場人物は皆聖人のように素晴らしい人たちなんだろう”と誤解されていると感じることがあります。

 しかし、実際に聖書を読むと人間の心の醜さや差別など罪深い事柄が赤裸々に綴られているのです。

 人によっては、それらを反面教師として“そのようにならないようにしなければ”とか“清い人間になならなければ”と考える人もいると思います。

 その考え方自体尊いものだと思いますが、聖書で赤裸々に綴られている心の醜さや差別などの罪深さこそが人間の現実であり限界であり、自分もそのような人間の一人であるという事実を受け止めて欲しいと、聖書はそのことを記しているのだと思います。

 “決して聖人でも善人でもないただのちっぽけな人間に過ぎないのだ”とわきまえることから自己実現が始まると思います。

 提示された理想像をお手本に、自分をその理想像に近付けるのとは決定的に違います。 

 “自己実現”と“自分の理想を実現する”というのは似ているようですが全く異質なものなのです。

 理想像とは自分自身ではなく自分の幻影や願望に過ぎません。

 理想を追うとは、内実と遊離した外面だけ取り繕ってよしとするようなもので、自分の本質と乖離してしまいます。

 矛盾した二重構造の人間を目指すのではなく、自分自身から余分なものを削り取って小さくなり、謙虚に素朴に歩むところから本当の自己実現が始まるのだと思います。

 それが証拠に、聖書にはいたるところに神様自らが身を低く屈めて人々と向き合う姿勢が描かれています。

 “ここまで頑張って登って来たら祝福してやる”ではなくて、低く身を屈めてへりくだる神様は“あなたを祝福するためにここまで来ました”と呼びかけているのです。



 
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少しの熱ですが

2010年01月25日
ミントの霜

 風邪みたいです(インフルエンザではなく単純に風邪)。

 昨日からダウンしています。

 たまには休息をとっても良いよということかな。

 知恵熱だったら嬉しいのに^^ ははは 違うか ^。^

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希望を受け止める

2010年01月23日
風を受けて

 風車は太陽を浴び、風を受けて立ち続けています。

 風見鶏のように小刻みに向きを変えることもなく

 でぇんと立ち続けています。

 横から後ろから斜めから風が吹いてもお構いなし。

 この向きの風を受けるのみ。

「受けられなかったら仕方ないけど、

 そんな毎日ばかりではあるまい。

 この向きの風は吹くよ。

 吹いたら受ける。

 それだけさ。」

 それも一つの希望を受け止める在り方。

 ※写真は小豆島オリーブ公園のギリシャ風車
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問題の本質はもっと別のところに

2010年01月22日
穏やかに

 困難さの理由や言い訳が口をついて出てくることがあります。

 その時、自分では“仕方ない”とか“正当な論理”だと思っていても、他人の言い訳などを耳にすると違和感を感じ、自分のそれも多分同じなのだろうと嫌悪感が走るものです。

 私が小学2年生の時、アポロ11号が月に着陸しました。

 今見えてるあの月に人が居るというのは驚愕の現実でした。

 夢物語が現実になる出来事の重さと、テレビに映し出されるスーパーコンピューターの威圧感に圧倒されたものです。

 あの凄い人数のスタッフと、莫大な予算、ハイテク技術の結晶と綿密な計算が伴ってなされた計画だと、幼な心に信じていました。

 しかし、近年になって当時の現実を知るとその時以上の驚愕を覚えました。

 あの超巨大なスーパーコンピューターは現在のノートパソコン程度の能力しかなかったこと、宇宙船や着陸船など乗り物の材質や強度は問題だらけだったこと、月面に無事着陸出来る可能性はとても低かったことなどを最近知りました。

 マゼランやコロンブスが大航海をした時よりもすごい冒険だったのかもしれません。

 何があるとか無いとか、悪い状況だとか、何処に問題があるとか、そんなことばかりに拘りやすいものですが、問題なのは本当にそういうことなのかなと思います。

 問題の本質はもっと別のところ、自分の内にあるような気もします。

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冬のつぼみ

2010年01月21日
花のつぼみ

 先日、ほんとうにたくさんの花のつぼみを見つけました。

 寒さに震えて“春は遠い”と溜め息をついてる人間をよそに、

 春を感じられない冬の最中に、

 植物はせっせと春への準備をしているのですね。

 希望が見えないじれったさの中で、

 道標の無い道の途上で

 わたしたちも立ち止まるのはよそう。

 

 
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ぽっかぽか

2010年01月20日
鴎と鵜

 堤防の上で鴎と鵜が同居している

 見た目は可愛いけれど、餌を獲る事に関してはライバル同士・・なのかな

 ・・自然は厳しい

 ・・人間も同じようなものなのかな

 “人間は共にいる人たちやライバルに対しても隣人愛がある”と子供たちに話したいな・・

 でも、自分を愛してくれる人を愛することは出来ても、それ以外はどうなのかな

 見返りなど考えもしないで、隣にいる人を大切にし合えると

 みんなの心はぽっかぽかになるけどね^^



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木の実を見つけた猿を見つけた

2010年01月19日
木の実を見つけた

 滝を観に行った日、木の実をみつけたお猿さん発見。

 食べられるのかな・・?

 美味しいのかな・・?

う~ん・・

 う~ん・・

 味わっている様子。

 恍惚とした表情みたいですね・・。

 ね、ね、美味しいの?

 どんな味?
 
 そもそもどんな木の実なの?

 教えて?

教えないよ

 ふん、教えないよ。

 そんなぁ~。

 調子に乗ってどんどん近付き過ぎたからかな・・。

 
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ほんわか

2010年01月18日
ほんわか

 冬の“空”と“海”はホンワカした色ですね。

 “青”ではなくまさに“空色”と“水色”。

 瀬戸内だからとも言えますが・・。 

 気持ちまでホンワカしてきます。


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昨日の記事の参考までに~八月の銚子の滝

2010年01月16日
 昨日、凍った銚子の滝の記事を載せましたが、よく考えてみると凍っていない滝の全景を載せたことが無いことに気付きましたので載せてみることにします。

 よろしければ見比べてみてください。

八月の銚子の滝

 これは昨年の八月末に撮った銚子の滝の全景です。

 この時初めて行きました。

 落差20メートルと聞いていますが、それより小さな印象を受けます。

 
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氷の滝

2010年01月15日
 秋に紹介した小豆島土庄町の“銚子の滝”が凍ったとのニュースを聞きました。

 そういえば、昨日は小豆島でも氷点下を記録するとても寒い日でした。

 凍った滝なんて今まで見たこともなかったので早速行ってみることにしました。

 早くしないと解けてしまうかもしれませんし、丁度土庄まで行く用事があったので好都合です。

 しかも、土庄の町から車で10分もかからない所であり、駐車場からも徒歩数分の所にあります。

凍った銚子の滝

 確かに凍っていました。

 少しは解けかかっているみたいでしたが、かなりの部分はまだ凍ったままです。
  
しぶき

 氷の合間に飛び散るしぶきも冷たそうです。

滝の中

 滝の水は氷の裏側を流れ落ちているので、見た目はまさに“氷の滝”。

滝の下

 滝壺は無く、岩場に落ちる滝なので、全てが凍ってしまう珍しい滝かもしれません。

川も凍る

 滝の下の川も凍りついていました。

下を流れる

 よく見ると氷の下を水が流れています。

滝の傍の木

 滝の傍の木はしぶきを浴びて凍り付いていました。

雨のつらら

 滝から少し離れたところの岩場に“つらら”発見。

 多分、雨水か何かが少しずつ凍って出来たものでしょう。

葉っぱとつらら

 岩下の木の葉から垂れ下がった“つらら”の透明度の高さに驚かされました。

氷浸けの木

 木の枝周りの“つらら”も同様です。

 一体どのようにしてこんなに透明な氷が出来たのでしょうか・・。

 いずれにしても、相当寒かったとういうことでしょうけどね。

日向ぼっこ

 道に上がってみると、お猿さんたちがくっつきあって日向ぼっこをしていました。

 そういえば、このすぐ近くの“お猿の国”では、野生の猿たちが冬に身を寄せ合って暖をとる“猿だんご”で有名でした。
 
 さしずめこれは“ミニ猿だんご三兄弟”かな。

 寒い日が続いているから風邪をひかないようにネ^^

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いつしか目的地にたどり着く

2010年01月15日
どこかな

 兄貴は弟を従えて突き進む

 漢字は読めないけど、その為には地図も読む

 地図の上が北だということも、東西南北さえ知らないけれど地図と格闘する

 俺に付いて来れば大丈夫と背中に書いてある

 結局はしっちゃかめっちゃか堂々巡りに歩くのだが、いつしか目的地にたどり着く

 “やったーっ、すげーっ”と共に喜ぶ

 まるで人生みたいだ

 親父も負けずにがんばるよ^^

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使い物にならない

2010年01月13日
吉田の金ケ崎

 昨日は琴平教会を会場に四国教区伝道部主宰の“伝道協議会”がありました。

 今回の主題は“さぬき四島伝道のこれから”と、随分前から決まっていて、私はそのさぬき四島のうちの一つ小豆島の牧師なので、行かないわけにはいかない・・どころか、発題者の一人なのでした。

 おまけに香川分区長という責任ある立場ですし、もちろんさぬき四島伝道担当者会の一員です。

 さらにしんどいことに、私は主催者側の教区の伝道部の書記でもあるのでした・・。

 実のところ、この11年間の活動を振り返ると(私はまだ4年目ですが・・)、お世辞にも“これこれこのように成功しました。めでたしめでたし”という報告にはなりようがないものなのです。

 かといって、誰の責任かと追求しても始まりません。

 とても気の重い役割でした。

 この数ヶ月間おもりを肩にしょっているような重圧感がありました。

 それでもなんとか、協議会を無事終えることが出来ました。

 今まで味わったことが無いくらいの安堵感というか、ほんとうにホッとしています。

 何だか気が抜けたみたいになって、今日の私は使い物になはならないくらいクタっとしていました^^;

 もちろん今後の新たなる活動計画を立てていく責任が残っていますから、まだまだ気は抜けませんけど、今日くらいは一時の休息ということで許していただきましょう。 

 ※上の写真は小豆島町吉田の金ケ崎の半島です(近くにオートキャンプ場や温泉があります)。
  今の私の気持ちはこんな感じでしょうか。

 
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気の持ちよう

2010年01月12日
田ノ浦半島と瀬戸内海

 写真手前が内海湾、左手にあるのが田ノ浦半島の先っぽ、その向こうが瀬戸内海で陸地はさぬき市(高松市の東)。

 小豆島から高松港までは20数kmしかありませんが、フェリーで1時間掛かります。

 昨日は香川分区の役員研修会が高松教会でありました。

 これから年度末に向けていろいろな行事が続きます。

 島の人間にとっては、朝早く出ては夜遅く帰るの連続になります。

 島暮らしを始めた頃には結構くたくたになっていましたが、最近ではこういう暮らしにはもうすっかり慣れてしまいました。

 “時間が掛かるなぁ”と考えていたものが、“時間は掛かるもの”と開き直ってきたようです。

 気持ちの持ちようで色々変わってくるのでしょうね。

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パワーがあるなぁ

2010年01月10日
 今日は礼拝後に“聖書を読む会”と“役員会”があったので少し疲れました。

 役員会は毎月第一日曜日なのですが、今月は1月3日だったので一週ずらしたのでしたが、聖書を読む会までずらさなかったのでダブルヘッダーになってしまったのでした。

 しかし、私は“少し疲れた”なんて言うのは申し訳なく思ってしまいます。

 なにせ、うちの役員さんは81歳と80歳ですからね。

 10時20分からの礼拝を守って、聖書を読む会で勉強して、更に役員会で協議してですから大したものです。

 昼食も取らずに散会したのは午後2時30分・・。

 私はまだまだですな。

ブルーラインです

 何か丁度良い写真が見つからなかったので、草壁港~高松港を結ぶフェリーのブルーライン号の写真を載せておきます。

 “機動戦士ガンダム”に出で来る“ホワイトベース”に似ているような気がします。

 眺めているとガンダムや元気が出できそうです^^


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オリーブの葉のような

2010年01月09日
小豆島オリーブ原木

 オリーブの葉の白く輝いている様が好きです。

 でも、実は、白っぽく見えるのは葉の裏側。

オリーブの葉

 人間にも裏表があると言われます。

 裏と言えばネガティブな性格や言動というイメージが湧くものですが、マイナスイメージという意味ではなく、人から見えない部分と考えることも出来ます。

 目立たない所で、そして、自分でも意識しないで優しさや親切、思いやりなど輝かせている人がたくさんいることを思います。

 そういう輝きが本当は美しいのかもしれません。

 あなたも自分の気付かないところでオリーブの葉のような生き方をしているかもしれませんよ^^

 
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お隣の豊島(てしま)へ

2010年01月08日
 今日は所用でお隣の豊島(てしま)に行きました。

 来週の香川分区役員研修会の打ち合わせのためです。

唐櫃港を見下ろす

 これが豊島の唐櫃(からと)港。

 向こうに見えるのが小豆島です。

 とても近いのがお分かりと思いますが、船賃は利用者数が少ないため安くないのが辛いところ。

さらば豊島

 今日は昼過ぎに行って夕方帰る強行軍でしたが、できればゆっくり回ってみたいところです。

 賀川豊彦師の立体農法が行われていた関係で島には牛も飼われていますし、景色の良い場所やオリーブ畑、きれいな湧き水の出る場所もあります。

 今度は時間に余裕を持ってのんびり行こうっと^^

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わたしの道の光

2010年01月07日
 朝日は“始まり”と“復活”を意味しているように思います。

 だから、朝日に向かうと、根拠が無くても希望があるような気がするのかもしれませんね。

冬の朝日

旧約聖書 詩編119編105

 あなたの御言葉は、わたしの道の光

 わたしの歩みを照らす灯


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慰めは・・

2010年01月06日
花たち

 慰めは何処から来る

 慰めは天から来る?

 それとも地平線の彼方から?

 慰めは笑顔から来る

 さりげない思いやりから来る

 あどけない優しさから来る

 悲しみを知った憂いから来る

 あなたの笑顔から来る

 私の心にやって来る

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荒波を飄々と

2010年01月05日
大波

 今日は北日本を中心に大荒れだったそうですが、西日本の瀬戸内海も強風と大波でした。

 香川分区の教師会(牧師会)に出席するために午前中に出発しましたが、ものすごく揺れました。

 お隣の豊島の牧師さんは船が欠航して欠席でした(小さな船なので)。

 私は船乗りの息子なので(なんのこっちゃ)船酔いの心配はありませんが、こんな日は車やバイクが潮を被ってしまうのが心配と言うか嫌なところです。

 実際、見て分かるくらい塩の結晶が紋々と付着しますが、慣れている私は船の横の水道で水を掛けて洗い流すのを忘れはしませんけどね。

 さて、教師会ですが、今日の波のように大荒れでした。

 私はまるで無能牧師とでも言うようにののしられました。

 別に立派な牧師だとは思っていませんが、貧しさや苦労を背負いながら精一杯努力しているつもりですけどね。

 分かってくれる人だけ分かってくれれば良いですし、何より神様は見てくださっていると信じています。

 今年も荒波をものともせず飄々と生きていこう。

 
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空と海

2010年01月04日
3日夕方のおひさま

 昨日の夕方、田ノ浦半島や三都半島の見渡せる洞雲山の展望台へ子供たちを連れて行ってみました。

 我が家から車で約20分で行ける手軽さが嬉しいところ。

 あいにくの雲で太陽は隠れていましたが、空と海の美しさは見事でした。

 子供たちも“障壁があっても飲まれずに存在を発揮するように育って欲しいな”などと思ってしまいました。

 もちろん私も・・^^
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同じキャリア

2010年01月02日
 昨日は何となく“成長”ということを書きましたが、何人もの方からコメントを頂き恐縮しています。

うわぁ~ぶつかるぅ

 子供の成長や親の成長といいましても、主観的なものと客観的なものとの相違はあるはずですし、個人差もあってしかるべきですよね。

 また、子供の成長と親の成長の度合いの違いだとかそんなことも考えさせられました。

 いろいろ考えていると、父親としての私のキャリアは長男の歳と同じ年数だけなので、長男と共に同じ年数だけ成長を重ねてきていることになります。

 長女に対しても次男に対しても三男に対しても同じで、彼らの歳の数だけのキャリアしか無い訳です。

 それとは別に私自身としての48年間の成長もあり、妻と共に歩んできた年数だけ夫としてキャリアを積んで来ているということです。

 牧師としては20年。

 一人の人間に幾つもの側面があって、それぞれが補完し合ったり研鑽したりしながら一人の人としての成長があるのだなと・・。

 出会い、係わり合い、慈しみ合う相手と相対して成長させてもらっているのだなと、感謝の思いがこみ上げてきました。

 みんなありがとう。

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成長しているかも

2010年01月01日
 新年あけましておめでとうございます。

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

海

 ・・と、毎年挨拶しますが、何がめでたいのか、何が新しくなったのかといつも思わされます。

 一つ数字の増えたカレンダーが新しくなっただけなら寂しいものです。

 かといって、人間それほど成長を続けられるわけではないし・・。

 昨年末に県外で下宿暮らしをしている長男と長女が帰ってきて、久しぶりに家族全員が揃いました。

 我が家の家計は火の車なので両者ともアルバイトで生活費を稼ぎながら勉強しています。

 大変なことはもちろん、寂しさや戸惑いなどもある生活だと思います。

 だらしなさや至らなさが目に付くので、親の目から見るとそれほど成長しているような気がしないものですが、恐らく本人たちはいろんな経験を積んで、随分成長したという自負心を持っているはずです(口には出しませんが)。

 そういえば私も学生時代日々成長しているという自惚れた自覚があったものです。

 でも、大人になって振り返ると、自分で思っているほど成長はしていないけれど、それなりに少しずつは成長していたなぁと思えます。

 多分それなりに成長しているのでしょう。

 そう考えてみると、実際の成長というものは掴みにくいということですね。

 彼らもきっと成長しているし、私ももしかしたら成長しているかもしれない・・そんなことを思いました。

 日々神様に生かされて今あることを感謝したいと思います。

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