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生きているところ
2010/06/30(Wed)
煙突

 昨日は三重県津市にある阿漕(あこぎ)教会へ地区伝道部と壮年部の委員会に行って来ました。

 教会員さんの車に便乗させて頂いて、国道23号線を南下するルートです。

 いつもは自分で運転しているので写真は諦めていましたが、今日はチャンスなので写撮ってみました。

 少し高架しているところから、大小並んでいる工場群の煙突が良く見えるのです(なのに駐停車する場所が無いのです)。

 津市へは鈴鹿サーキットで有名な鈴鹿市を越えればすぐです。

 それでも1時間ほどかかる訳ですから、“先生すぐじゃあありませんよ”と言われてしまいました^^;

 小豆島だとフェリーだけで1時間以上掛かっていたので、それが基準になってしまっているのでしょうか。

ヨットの塀

 さて、会議の後、教会員さんに“阿漕教会の近くに良い所があるから”と、海に案内されました。
 
 確かに教会から5分ほどなので文句なく近い場所でした。

 ここです。この可愛いヨットの塀のある場所です。

 さて、ここはどういうところでしょうか。

津ヨットハーパー

 そう。ヨットハーバーです。ここはその名も“津ヨットハーバー”という所でした。

 きちんと整備されている綺麗で立派なヨットがズラリと並んでいます。

 津には海水浴場もあるそうで、やはり工場地帯とは別世界だなと思わされました。

 第一、今までこんな立派なヨットハーバーは見たことがありません。

 四日市も町は海に近いのに、海岸線は殆ど工場やコンビナートですから、このように海と親しい関係の町は少し羨ましい気がしました。

 もっとも、ヨットやクルーザーなどお金持ちの趣味の世界にはもともと関係ありませんし、フェリーや高速艇には充分過ぎるほど乗ったので食傷気味なのですけどね・・。

 ・・そうなんですね。考えてみるとそれほど海が好きなわけではないのに気付かされました。

ヨット

 そして、ヨットを見ていると、父がまだ若かった頃、老後になったら母と二人で太平洋へヨットで繰り出したいなどと言っていたのを思い出しました。

 母は笑って聞き流していましたし、我が家にそんな経済力があるはずもないので、当然の如くその夢は叶いませんでしたが、父はやぱり海の男だったんだなと思いました。

 来る日も来る日も海の上で生活していたのに、まだ乗りたかったなんて・・。

 それにしても夫婦仲良く幸せに暮らしている姿を思い出すと、人の幸せって、夢が叶うかどうかでもないようだと思わされるのでした。

 私も自分の生きているところを大切にしよう。

  
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まっすぐな道
2010/06/29(Tue)
真っ直ぐな道

 まっすぐな道を歩いていると

 道の狭さが気にならない

 まっすぐな道を歩いていると

 走り出す気も起こらない

 まっすぐな道を歩いていると

 後ろを振り向くのも勿体ない

 まっすぐな道を歩いていると

 自然と空を見上げたくなる

 誰かと出会う道だからかな

  
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梅雨の晴れ間
2010/06/28(Mon)
輝き

 梅雨はジメジメして気分までも憂鬱になりそうですから、今日のように晴れ間が広がると嬉しくなります。

 香川や愛媛で水不足の深刻さを学んでいるというのに現金なものです・・。

 そうかと思うと、強い日差しからは着実に夏に向かっていることを感じさせられるので、“夏も嫌だなあ”などとまたわがままなことを思うのでした。

 四季もまた豊かに恵みなのに・・。
 
 “父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる(マタイによる福音書5章45節)”

 それぞれの輝きを見つめる視点が必要みたいですね^^


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親の問題
2010/06/25(Fri)
土次第

 アジサイは言うまでもなく、土壌のpH濃度によって花の色が変わるので、色が気に入ったアジサイを植えたとしても、期待通りの色が出るかどうかは土次第です。

 根っこ部分の状態はとても大切なのですね。

 そういえば、昨日写真を載せた蓮は、“泥水の中から生じるのに清浄な美しい花を咲かせる”ということで仏教的には仏の智慧や慈悲の象徴とされていると聞きます。 

 あんな泥んこなところにあるとは思えない美しさということでしょうか。

 (違う視点で)どちらも根っこ部分と花の部分の関連性が言われているのは面白いですが、どの植物も成長面から見ると同じですね。

 土地の肥沃さ、水分その他、根っこ部分に関わるものは大切な要因となっています。

 考えてみると人間もまた同じ。

 どんな根っこ部分を持っているか、どんな土地に根を張っているかで大きく変化するはずです。

 成長途上の子供は特にそうです。

 小さな子供の根っこ部分に相当するのは家庭や親ということになりますが、何と言っても親でしょうね。

 もちろん100%とは言いませんが、子供たちの行動は相当親の影響下にあります。

 親の価値観が子供に移行していくようです。

 叩く子供は親に叩かれています。

 口汚くののしる子供は親に同じようにされています。

 と言うことは、子供の問題は子供の問題ではなく親の問題だと言うことになりそうです。

 子供の問題行動は親が成長するための注意信号かもしれません。

 “子供は親の言うことは聞かないが、親のすることをする”という言葉を聞いたことがあります。

 確かに理屈で教育しようなんて無理な話。

 でも、裏を返せば、親がどういう価値観を大切に、どのような行動をしているかが自然と伝わるということですね。

 親が変わると子供が変わるともよく言われます。

 でも、幾つになっても親も子供も一緒に成長する共同体だということですね。

 親子で綺麗な花を咲かせましょう^^

 小さくても、淡くても、思い通りの色にならなくても、アジサイは綺麗です。

 
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蓮の花
2010/06/24(Thu)
昼過ぎの蓮

 今日の朝刊(中日新聞)に菰野町の蓮が咲き始めたと紹介されていたので、三男の幼稚園のお迎えのときに写真を撮ることにしました。

 幸いにも今日は梅雨とは思えない晴天に恵まれているので、これを逃す手はありません。

 菰野町立図書館の駐車場に車を停めれば、目指す蓮の咲いてる池はすぐです(図書館の南東)。

 一番綺麗に咲いていたのは上の写真の花ですが、さすがに朝開花して昼にはしおれるという蓮だけあって、咲いてた花の殆どは開きすぎになっていました・・。

 やはり、早朝に行くべきですね。

咲き過ぎ・・

 蓮(ハス)の古い呼び名は“はちす”だったと聞いたことがありますが、確かに花托の形は“蜂の巣”みたいですね。

 しかし、改めて蓮の花を見ていると、小さい頃、母に連れられて寺院を巡り歩いた頃を思い出しました。

 如来像の蓮華座や仏前の常花(金色の木製の蓮華)の印象が強烈に残っています。

 そういえば、教会で飾られることが殆ど無いのもありますし、やはりヒンドゥー教や仏教的な花だなという印象です。
 
 “一蓮托生”なんていう言葉もやはり仏教からのものですしね。

 “一蓮托生”の意味は大辞林(三省堂)によると
“〔補説〕 [2] が原義
[1] 最後まで行動や運命をともにすること。・ ―の運命

[2] 〔専門〕 仏 死後、極楽の同じ蓮華(れんげ)の上に生まれ変わること。仏典にはなく、日本の浄土信仰から生まれた考え。”
とあります。

 ラーメンや中華料理で使う白くて大きいスプーンみたいな“れんげ”(本当は“散蓮華[ちりれんげ]”)は、形が散り落ちた蓮華の花びらに似ているからだそうですが、どこかしらに仏教的な背景があるのかもしれませんね。
 
 そんなことを考えたのもつかの間、“熊本の辛子蓮根が食べたいな”などと思いつつ、幼稚園に向かったのでした。

蓮

 野鳥もたくさん来る良い所みたいですし、近くの方はぜひどうぞ。

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感情体験
2010/06/21(Mon)
教会門柱

 昨日、名張教会で伝道師就任式がありました(伝道師と言うのは牧師になる前の教師で、後に正教師試験を経て牧師になります)。

 今年、日本基督教団の三重地区に赴任した牧師や伝道師は6名もいたため、昨日まで毎週のように日曜日の午後各地で牧師就任式や伝道師就任式が行われていました。

 地区内のいろんな方々に何度もお会いする機会となったので、地区に馴染みやすくなれたかもしれません。

 それにしても牧師や伝道師たちの経歴はまちまちだなぁと思わされました。

 高校を卒業して神学校に行き、社会経験のないままストレートで伝道師になられた先生もいれば、社会人だったけれども人生半ばで牧師を目指した私と同い年の新人がいたり、ドイツ帰りの牧師や、隠退を先延ばしにして新任地に赴かれた牧師もいます。

 もちろん、男も女もいます。

 私など学生を9年間もし(大学、神学大学、神学校とか)、社会経験のないまま27歳で牧師になり、なおかつ途中で教会から距離を置いて数年間(精神障害者関係の仕事など)普通の社会人の生活をしたかと思いきや、復帰してまた牧師をしているという変り種。

 いろんな人がいて面白いなぁと本当に思います。

 ところで、“牧師は教会しか知らないのではなく、社会経験のある者が良い”という言葉を時々耳にすることがあります。

 一理あるよも聞こえますが、そうではないと私は思います。

 私は社会人として本当に苦しい時代を過ごしたことがあるので、社会経験のあることが評価されれば嬉しい立場なのかもしれませんが、率直に言って殆どナンセンスな気がします。

 “社会経験がある”と一くくりに言っても、それは社会のごく限られた業種の更に一部分を知っているだけの話で、実際は知らない事だらけなのです。

 知らないのに知っているつもりになるとしたら、かえってマイナスです。

 大切なのは社会経験があるとか、どんな仕事をしていたかではなく、どんな“感情体験”を積んで生きてきたかと言うことだと思います。

 これは牧師に限らず全ての人に当てはまると思います。

 押しつぶされそうな悲しみや絶望、底知れぬ虚しさや心の痛み、辛すぎるほどの怒りなど。

 それに貧しさや病気、障害などに直面することもそうでしょう。

 もちろん全てが必要と言うわけではありません。

 自分の心が打ち震えるような感情体験があったなら、他者の負っている感情体験と全く同じでなくても相手の思いに共鳴することが出来るのです。

 相手の痛みに自然と寄り添うことが出来るということです。

 人として生きていくうえで、これはとても大切な要因だと思います。

 ・・しかし、そんなことを言いながら、もちろん私などまだまだですけどね・・。

 謙虚にいろいろ受け止めながら生きて行こうっと^^

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また今年も同じ扇風機を出しました
2010/06/19(Sat)
私の扇風機

 今日の予想最高気温は30℃で、しかも、昨日から天気が悪いので湿度も相当高い様子。

 ということで、扇風機を出しました^^

 これはもう、20年近く使っている私の扇風機です。

 他にも幾つか扇風機はありますが、これだけは私の扇風機と決まっているのが三野家の掟・・。

 別に思い入れがあるとか気に入っている訳ではありません。

 壊れているので本当ならとっくの昔に捨ててるはずの代物なのです。

ぐるぐる巻き

 幅広テープでぐるぐる巻きなのがお分かりでしょう。

 首のところが完全に壊れていて、無理やりモーターと羽根の部分を載せている状態なのです。

 それを毎年巻き直して使っています・・。

 上下の角度調節が出来ないので、一番上にするか一番下向けるかという呆れた状態です。

 もう一度言いますが、気に入ってるとか、思い入れがあるわけでは決してありません・・。

 遡ること10数年。

 さすがに“もう潮時だ”と観念して新しい扇風機を購入したのですが、粗大ゴミの日に慌てていたせいでしょう、並べてあったこれとまだ新品だったものとを取り違えてしまい、買ったばかりの扇風機を捨ててしまったのでした・・。

 何たる不覚・・。

 しかも、回収場所に行ったときは既に時遅し・・ではなく、捨てたはずの扇風機が残っているのに気付いたのは翌年の初夏(今頃)でした・・。

 う~む・・悲しすぎる・・。

 という訳で、自戒の念も込めて、完全に壊れるまで使おうと決心し今日に至ってしまっているのでした。

 そう、首を巻きなおせば一応使えますし、壊れているから大事に扱うせいか、これ以上ちっとも壊れないのです・・。

 恥ずかしさのあまり“完全に壊れるまで使う”と公言している手前、もしかするとあと10年も20年も使うことになるかもしれません・・。

 一瞬の不注意と口は災いの元というお話でした。

 毎年、リアルに思い出す切ない思い出ですね・・。

 
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ちょうど3ヶ月
2010/06/18(Fri)
夾竹桃の花

 気付くと、今日は6月18日ですから、四日市に引っ越してきて丁度3ヶ月になります。

 改めて3ヶ月なんだと実感させられていますが、3ヶ月も経ったのか、3ヶ月しか経っていないのかよく分かりません。

 短かったような長かったような・・。

 何もかも新しくなった環境でしたから戸惑うことも多くありましたが、それでもようやく馴染み始めてきたと思っています。

 ようやくスタート地点に立て始めたのかもしれません。

 これからですね。

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やってみる
2010/06/17(Thu)
入らないと思うよ・・

 どう見ても無理。

 どんなに大きな口を開けても入りません。

 でも、やってみる。

 最初から諦めないのはすごいけど、徒労に終わりますよ・・。

 しかし、無理だろうが何だろうが、とにかくやってみるだけはやってみるという姿勢は見上げたものですね。

 何もしないより何かを得られるでしょうし。

 少なくとも、普通に食べるよりよっぽど面白かったようですね^^

 食べかすを撒き散らかしても、顔も手も洋服もクリームだらけにしても、ニコニコ笑顔で見守ってくれている母に感謝しなさいよ^^

 そう思うと妻もすごいなぁ。

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謙虚
2010/06/16(Wed)
ガクアジサイ

 アジサイの花言葉は“移り気”だとか“あなたは美しいが冷たい”などとネガティブなものだと先日書きましたが、ガクアジサイの花言葉はまったく別物で、ズバリ“謙虚”なのだそうです。

 移り気だとか、冷たいだとか、高慢だとか、無情、浮気、自慢家などというアジサイの中にさりげなくガクアジサイの謙虚が佇んでいる訳ですね。

 う~む。

 なるほど。

 謙虚さって無意識的に佇んでいるからこそ謙虚な気がします。

 さりげなく、自然に、無意識に。

 それが謙虚かな。



 
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成長している
2010/06/14(Mon)
ちっちゃいみかん

 四日市教会の庭にはみかんの木があります。

 つい先月、花を咲かせていたと思っていると、もうたくさんの実をつけているではありませんか。

 しかも、こんなにちっちゃい^^

 酸っぱさと希望が詰まっているのかな。

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次男の風船虫
2010/06/12(Sat)
風船虫

 6歳の次男は工作好き。

 この前までダンボールでロボットを作るのに熱中していましたが、今回は何故か風船。

 虫のようですね。

 くびれた風船でひらめいたのでしょうか。

風船虫背中

 背中もしっかり書き込んでいます。

 私なんかペンで描いてる最中に割れたら嫌だななどと考えますけど、子供は無邪気なものですね。

風船虫ピース

 どうせなら目も描けば良いのに手、足、触覚、尻尾と同じく貼り付けタイプです。

 しかも結構気に入っているみたいですね。

 羽根だって裏返せばもっと綺麗なのにと思いますが、本人は模様を活かしているつもりらしいのです。

風船虫空気穴

 唯一つの謎は、割れた別の風船の空気入れ部分が移植されていることです・・。

 どうやら今朝テレビを観ていた時、その風船の寿命だったのか、何もしていないのに膨らませてあったピンクの風船が突然パンって割れたらしいのです。

 よっぽど印象深かったのはわかりますが、でもどうして・・。

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不揃い
2010/06/11(Fri)
不揃い

 不揃いの植え方。

 四角四面の田んぼならこんな植え方をしなくても済んだはずです。

 電信柱が田んぼの中(隅っこでしょうが)に立っている農家の方から

「あれが一本あるだけで労力が何倍にもなる」

 と聞いたことがあります。

 そういえば小豆島では棚田を見ました。

 斜面に狭くて不揃いの田んぼが並んでいるのですから労力は数倍どころではないはずです・・。

 田んぼと生きている農家の方の根性を考えさせられます。

 さりげなく当たり前のようにあるだけに感謝の思いがこみ上げてきます。

 私たち人間も、その心は統一規格でなく不揃いです。

 そんな私たち一人一人に愛を注がれる神様も大変だろうなぁと思います。^^

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夾竹桃
2010/06/10(Thu)
夾竹桃

 とても可愛い花を咲かせる“夾竹桃(きょうちくとう)”です。

 細い竹のような葉と、桃のような花ということで命名された植物ですね。

 赤い花が有名ですが白い花をつける夾竹桃が牧師館の玄関先にあります(シロバナキュウチクトウ)。

 大気汚染(や病害虫)に強い花として有名ですから、四日市だなぁという気がします。

 夾竹桃の花は6月から10月にかけて一夏中咲くそうなので、結構楽しませてくれそうです。

 ただ、毎日、落ち葉が半端じゃない量で落ちてくるのが厄介です。

 掃除だけでなく、小さい子もいますからね・・。

夾竹桃の白い花

 何のことかと思われたかもしれませんが、実は夾竹桃には毒性があるのです。

 葉、茎、花、実すべてに強心配糖体であるオレアンドリンなどが含まれており強毒だそうです。

 燃やした時にでる煙にさえ毒性があるそうですから、万一口にすると大変かなと少し心配しせっせと掃除しています。

 花言葉は“用心”“危険”“油断しない”だそうです・・納得。

 でも、シロバナキョウチクトウの花言葉は“恵まれた人”だとか^^ 少し気分が上向けるかな。
 
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こんにちは赤ちゃん
2010/06/08(Tue)
つたのあかちゃん

 子供の出産のお手伝いに今週関東に行かれた教会員さんがおられます。

 大変さと喜びとで今頃汗と笑顔が弾けているかなと思い、私も笑顔で陰ながら祝福を祈るのでした。

 牧師館の玄関先にある柿の木にツタが絡み付いているのに気付いていましたが、あまり気にしていませんでした。

 その方の“お孫さんは女の子と聞いているけれどどんな赤ちゃんなのかな”とか考えていると、その絡み付いているツタの先っちょが枝からぶら下がっている様子が可愛く見えて仕方ありません。

 ツタの葉っぱの赤ちゃんが次々に生まれているみたいです(一番先のは1mm位)。

柿のあかちゃん

 更に巻きつかれている柿の木に目をやると、これまた可愛い緑の実が付きはじめています。

 緑の赤ちゃん、みどりごです。

 とても大切で貴い存在。

 新約聖書マタイによる福音書18章1~5節にこのようにあります。

“そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」 ”

ヒイラギの葉っぱのあかちゃん

 “偉そうな”と言う言葉があります。

 文字通り“偉く”はなく“偉そう”なだけ。

 お偉い大人は天の国から遠いようですね。

 赤ちゃんや子供たちからいろいろと学ばせてもらいましょう^^



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冷たくないよね
2010/06/07(Mon)
あじさいのつぼみ

 教会の北側入り口にアジサイが咲いています。

 今日、出先から帰って覗いてみると、まだ花になりきっていないのがありました。

 花の赤ちゃん?子供?全体ではつぼみ?

 これは西洋アジサイですが、何だか品種改良される前のガクアジサイの面影を感じます。

 もともと日本原産の花なのに18世紀に西洋へ渡り、品種改良されて現在では400~500種類あるそうですね。

 ヨーロッパでも愛された日本の花と思うと、ちょっぴり嬉しくなります。

 しかし・・。

 フランスでは“日本の薔薇”と呼称されていると聞いたことがありますが、(フランスでアジサイの)花言葉は“冷たい美”“辛抱強い愛情”だそうです・・。

 よく分からない・・。

 不思議なフランス人・・。

 ちなみにイギリスでは“自慢家”といいますから、ほんとうに歓迎されているのか分かりませんねぇ・・。

 でも、花言葉辞典で改めて調べてみると“移り気”“高慢”“辛抱強い愛情”“元気な女性”“あなたは美しいが冷淡だ”“無情”“浮気”“自慢家”“変節”“あなたは冷たい”などなど・・。

 予想外の結果にガックリ。

 土地のpH濃度で色が変わってしまうからでしょうか。

 花言葉なんて調べなければ良かったかな。


 
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空には線がいっぱい
2010/06/06(Sun)
線がいっぱい

 空には線がいっぱい

 電線、ケーブル、電話線、飛行機雲・・

 何処かと何処か、誰かと誰かを繋いでいる

 映像、音声、データ通信、自分自身・・

 一方通行のものもあるでしょう

 誰かが待ちわびているものもあるでしょう

 会いたくて会いたくて仕方の無い思いを持て余している人もいるでしょう

 想い、愛情、慕情、そして心配・・ 

 何より人の存在が、思いで繋がっている

 同じ空の下、思いを傾けあっている存在がそこにある

 それが愛おしい

 
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久々のタンデム
2010/06/05(Sat)
いっぽん道

 ここは先日麦畑の写真を載せた菰野(こもの)町。

 477号線から西へまがり“朝明茶屋”に続く一本道です。

 北側が麦畑、南側が田んぼとなっています。

 たまたまですが、道路まで中央線で色違いになっているのが面白い。

 “朝明茶屋”というのは小料理屋さんではなく、自然豊かなキャンプ場なのでお間違いなく(私はしばらく誤解していましたけどね)。

 宿泊やキャンプファイヤーは勿論、川遊びやニジマスのつかみ取りもできる森と渓谷に囲まれたキャンプ場です。

 http://www.kankomie.or.jp/db/result.php?id=10350

 もっとも、私たちは今回この辺を走っただけなんですけどね^^

 実は“天気も良いので久しぶりにバイクで走ろう”と妻を誘い、二人乗りで走ってきたのです。

 時間が無かったので片道15km程の距離を、行って帰ってきただけの慌ただしい強行軍でしたが、さすがに何にも無しというのも寂しいので、菰野役場横のミニストップ(コンビに)でソフトクリームを食べて帰りました^^

 天気も景色も良く、爽やかな1時間と少し。

 思いがけずコンビ二には、小奇麗で広々としたテーブル席のコーナーがあり、“プリンソフト”も落ち着いて食べることが出来ました。

 ・・が、財布を忘れていたので、妻におごってもらうような形になってしまい、ちょっとカッコワルかったかな・・。

 それにしても、妻とバイクに二人乗りするのは昨年の7月以来なので半年ぶりです。

 次に出掛けるときにはちゃんと計画的に行こうかなっと^^

 
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HONDA CARS 三重北羽津店に決めた
2010/06/04(Fri)
シュワッチ!

 シュワッチ!!

 突然ウルトラマンの登場ですが、これは“ホンダ”のお店(HONDA CARS 三重北羽津店)。

 少し前に車の点検整備に行ったときのものです。

 実は、ここはとても感じの良い店で、ものすごく感激しました。

 一般に、車屋さんに限らずどんな店でも、別の店で買った客にはそっけないものですが、ここは違いました。

 まるで自分のところで購入した客のように親切丁寧な対応をしてくださるのです。

 客の立場で考えてくださると言ったら分かりやすいと思います。

 言葉で言うのは簡単ですが、実際にそのようにされているところに頭が下がりました。

 なかなか出来そうで出来ないことです。

 Ⅰ主任、大したお方です。

ショールーム

 この方の応対はあまりにも誠実だったので、身構えていた分ほっとさせられまましたし“出会えて良かった”という思いがこみ上げて来るほどでした。

 “本当に信頼できそうなのでずっとお付き合いさせて頂こう”としみじみ思いつつ帰路につきました。

 こういう方と出会えるのも四日市の素晴らしさかも。なんてね^^

移転・・

 “しかも、近くの店でほんと良かった~”と思っていたら、何と!今秋“移転”とあるではありませんか!!

 “四日市東インター前”と言えば随分遠くなります・・。

 とほほ・・。

 ・・でもいいんです。ここが最高ですから。

 人間、信頼関係と安心感は大切です。

 考えてみると教会もそうですね。

 私も心して職務に励みましょう。

 さて、あとは信頼できるスズキのバイク屋さんが見つかるといいですけどね^^

 
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まわり道再び
2010/06/03(Thu)
四日市教会の木枠の窓

 私の人生はお世辞にも立派なものではありませんでした。

 まわり道の多いモラトリアム人間だったなぁとつくづく思います。

 あれ、ここまで書いたところで、以前そんなことをブログに書いたのを思い出しました。

 確か“まわり道”というタイトルで、私がブログを書き始めた頃だったと思います。

 果たして、探してみるとすぐに見つかりました。

 あはは、あまり成長していないんだ、と実感しましたが^^多分この頃の記事を読まれた方は殆どおられないと思うので、私のブログにしては珍しく再登場させてみました。

 既に読んでるよ!という方は飛ばしてくださいね^^


まわり道 2006-09-23 Sat 15:11

 私の人生は‘まわり道’や‘寄り道’が多かったように思います。考え過ぎたり悩んだり、それはそれなりに真剣に生きてきたつもりなのですが、振り返ってみると、その時々の自分がもう少し大人だったら随分違った人生を歩んでいたのではないか、もう少し楽に生きられたのではないかと歯がゆくなることもあります。反対に、その‘まわり道’や‘寄り道’があって今の自分があるのも事実だと、自分を納得させようとすることもありました。でも、そこで味わうしんどさは、結局自分の責任にすぎません。

 むしろ、今感じているのは、自分の半生を肯定したり否定したりする以前に、「悩みや挫折や苦痛から多くのものを学ばせてもらってきた」という実感です。「だから良かった」とか「だから悪かった」ではなく、ただそれだけのことだと自分を受け止めているような気がします。自分の中身は変わっていないのに、自分の立場や境遇が少し変わっただけで、周りの人の対応や態度が変わってしまうことは多々あります。変わらないのは、私を捉えていて下さる神様だけだったという経験が大きいのかもしれません。

 ですから、「自分を受け止めているような気がする」と言ってみても、それはいつも変わらず自分を受け止めてくださっている神様がおられるからなのだろうなと思います。今までもこれからも私の‘まわり道’や‘寄り道’に神様が付き合ってくださると単純に信じられるから私は必要以上にくよくよしないのかもしれません。神様が共におられたから悩みや挫折や苦悩から多くのものを学ぶことになったのかもしれません。

 聖書には、悩む者、苦しんでいる者、弱い立場に置かれている者と共に神様がおられることが書かれています。それで私は納得しました。私の信仰の故ではなく、私の弱さや情けなさの故に神様は私と共にまわり道を歩んで下さっていたということが良く分かりました。皆さんも悩みや挫折や苦痛のとき、自分の傍らにたたずんでおられる神様を心で探してみてくださいませんか。

※上の写真は四日市教会の窓。木枠で出来ている年季ものです。窓の向こうはみかんと夏みかんの新緑。
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横断禁止なんです
2010/06/02(Wed)
ぷい

 珍しく三男(4歳)と二人で散歩に出掛けた帰り道(二人っきりというのは珍しい)。

「つかれた・・」
と歩道橋に腰掛ける三男。

 “48歳の親父の方がもっと疲れてるんだけどなあ”と思いつつも、相手に理屈は通用しません・・。

疲れたモン

 実は、ここは元新町の国道164号線の歩道橋。

 教会まで目と鼻の先なのです。

反対側のすぐそこに・・

 どうやら歩道橋にわざわざ登るのがご不満の様子。

 確かに交通量は少ないので、パパッと渡れそうな道路に見えます。

 でもね、少年よ、ここは横断歩道も無いし“横断禁止”の立て札がしっかり掲げられているのですよ・・。

 小豆島には一個も(歩道橋は)無かったけどね。

 仕方なく、ジャンケンをして勝ったら“パイナツプル”とか“チヨコレイト”“グリコ”などと言いながら一段ずつ進めるゲームをしながら帰りました。

 おんぶは回避できましたが、時間は7倍掛かりましたね^^

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麦秋
2010/06/01(Tue)
麦畑の帰り道

 そろそろ麦秋(ばくしゅう)ですね。

 確かに、まるで秋みたいに麦の穂が実っています。

 麦秋というのは、ご存知だと思いますが、麦の穂が実って収穫期を迎えた初夏の頃を言います(麦にとっての収穫、つまり“秋”だということで命名された季節です)。

 麦秋は“むぎあき”と読んでも間違いではないそうですから、ばくしょうされることはありません。

 もちろん季語は“夏”です。

田んぼ脇の帰り道

 しかし、麦畑の先にある田んぼを見ると、季節がごっちゃになっているみたいで、不思議な気がします。

 そうそう、うっかりしていました。

 ここは四日市市の西隣にある菰野(こもの)町。

 末っ子が菰野町の幼稚園に通っているので時々来るのです(大抵迎えは妻で私は滅多に行きません^^;)。

帰り道

 それにしても麦畑と田んぼの真ん中を一直線に通る通学路って、子供たちはうんざりだとしても風情があります。

 この子達の中で、大人になって都会に住む子がいたら、子供の頃は素晴らしい環境だったと実感すると思います。

 考えてみると、私はこんな景色のところで暮らしたことは無いので羨ましいですね。

 もちろん小豆島にもこんな景色はありませんでした(土地が狭いので、それはそれで風情のある“棚田”などはありましたが)。

麦畑

 一面の麦を見ていると、麦畑の中に建っている香川県の琴平教会を思い出しました。

 豊かな春の実りの麦秋。

 その穂波を見ていると、神様の豊かな恵みが全ての人の上に注がれている気がします。

 
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