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来年は・・
2010/09/29(Wed)
49.jpg

 ついに(昨日から)40代最後となりました。

 ・・ということは・・来年は50歳ということ?

 まだまだ若いつもりでいましたが、年齢がそれを許してくれなくなってきているようです。

 年齢どころか、体もいうことを聞きません。

 何かをするとすぐにあちこちが痛んだり、手が上がらなくなったり、首が回らなくなったりします。

 歳を重ねて少し丸くなってきましたが、“人にも自分にも優しく”という年齢なのかもしれません。

 やはり、どうあがいても、歳相応に生きて行くようになっているみたいですね。

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ギリシャ語で魚は
2010/09/27(Mon)
イクテュス

 これは、1本しか持っていない私のネクタイピンです。ネクタイも数本しかありません。
 
 会社勤めの方と違って、毎日スーツを着ないので全く問題なく事足りているのです。

 このネクタイピンは、キリスト教書店で20年以上も前に購入したもの(物凄く安い)で、中に何やら読み辛い文字が記された魚の形をしています。

 このデザインはステッカーなどにもなっているので、ご覧になられたことのある方は多いかもしれません。

 実はこれ、古くからキリスト教のシンボルとして用いられてきたものです。

 えっ、キリスト教のシンボルって十字架じゃないの?と言われそうですね。確かにその通り。でも、この魚の形をしたシンボルは、ローマ帝国による厳しい弾圧下にあったキリスト教徒たちの隠れシンボルだったのです。

 知らない人には一体何のことか分からないというシンボルだったという訳です。

 今でも、知らないと分かりませんが・・。

 でも、どうして“魚”がキリスト教のシンボルなのかなと思われるでしょうが、ギリシャ語で“イエス・キリスト、神の子、救い主”と、書いたときの頭文字をつなげると“魚”という単語になるのです(信仰告白ですね)。

 ※ここでしばらく、ギリシャ語で表記しようと試みましたが、単語の語尾にあるときの“シグマ”の文字が見つからないので諦めました・・。

 上記の理由でカタカナ表記にします。

 “イエス・キリスト、神の子、救い主”はギリシャ語で“イエスース クリストス テオゥ イオス ソテール”なので、その頭文字を並べると“イクテュス(魚)”となるのです。

 ・・う~ん・・カタカナだと説得力のかけらも無いなぁ・・。

 ちなみに、ネクタイピンの文字は全部大文字となっています。

 十字架だと仰々しい気もしますが、魚だとさりげない信仰告白のようなので、私はこの魚を気に入っています。


 
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自然の恵みの大きさ
2010/09/26(Sun)
栗

 先日(ちょっと前)、県民の森という所に行った時、まだ緑色の小さな栗の実がありました。

 実りの秋はもうすぐ其処まで来ているのだなと、少し実感させられる気がしました。

 実は、四日市教会にも以前は栗の木があったそうです。

 栗が庭にあるなんて、とても素敵だと思いましたが、でも、今はありません。

 柿やみかん、夏みかんなどは今でも残っていますけどね。

 先々々々代の牧師夫人が植えられたものだそうです。

 当時は幼稚園のありましたから、園児たちはさぞかし喜んでいたんだろうなと思います。

実っています

 さて、今年は猛暑だったので、夏の間は毎日水をたっぷり掛けて世話をしてきました。

 ・・つもりだったのですが、

 ・・がんばったはずなんですが・・

 今朝、見てみると大変なことに・・

 はじめは鳥につつかれたのかなと思いましたが、そうではない様子。

割れてしまっている

 みかんの実がぱっくり割れてしまっています。

 しかも、こんなのがあちこちにあるのです・・。

 聞くところによると、今年の日照り続きの猛暑で作物(特に柑橘系)に水分が十分行き渡らなかったところへ豪雨があったので、水分が急激に実に行ってしまい、皮の成長が追いつかないために、実がはじけるように割れる被害が出ているのだそうです。

 毎日たっぷりホースで水を撒いていたつもりなのに、全然足りなかったという訳ですね・・。

 やはり、雨と言うか、自然の恵みの大きさを改めて感じさせられました。

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えっ、1位
2010/09/25(Sat)
ゴール
 
 今日は次男の小学校の運動会でした。

 昨年までは幼稚園生だったので“おゆうぎ”とか“かけっこ”でしたが、今年は小学生。

 何かピリリと違います。

 上級生の迫力には負けますが、徒競走も真剣勝負のようです。

 練習ではいつも2位か3位と言っていたのでのんびり見ていたら、何と1位でゴール。

 う~ん・・私は小学1年生の時は確かビリだったかも・・・それにしても、これをきっかけに運動を頑張るかもしれないから、いっぱい褒めてあげよう・・・とかなんとか考えていると妻が、

「お父さんも小さい頃、足が速かった?」

「うっ、う~ん、中学とか高校では速かったなぁ・・。」

 実際、中学校の後半からメキメキと運動が得意になり、高校では3年間成績は5だったのは事実です。

 思い返すと、小さい頃はスタートのタイミングを計るのが下手で、“位置に着いて、よーい”と“ドン!”の間で頷いていたのが敗因のようです。

 さて、夕食時に妻が笑顔で息子に言い出しましたよ。

「お母さんも小学生の時から足が速くて、男の子にも負けなかったんだよ~。お父さんも足が速かったみたいだから、Y君も足が速くなるよ~^^」

「そ、そうだね・・、いっぱい走ったらもっと速くなると思うよ・・。きっと・・。」

 息子の1位を“偉いなあ、褒めてあげよう”と純粋に思うものの、“息子と妻に負けてるのか・・”と平静を装いつつ、少々複雑な気持ちに揺れる父でした。

 それにしても、鈴鹿サーキットのある三重県だなぁと思わされたのは、高学年の徒競走のバックでかかっていた音楽がスクエアのF-1のテーマだったことです。

 とてもカッコイイ雰囲気でした。

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インパクトのある建物
2010/09/24(Fri)
インパクト

 やけにインパクトのある工場が三重県桑名市にあります。

 この工場は国道23号線を四日市から名古屋方面に向かう途中、木曽川手前の左手に見えます。

 初めて見たとき、思わず二度見しました。

 もちろん“ギロチン”を作っている工場ではなく、スクラップ工場のようです。

 実は、私の四日市教会は国道(164号線)に面しているのに、街路樹の緑と教会の生垣の緑のため全然目立たないのが悩みの種なのです。

 ですから、ギョッとするのは別にして、こんなにインパクトが強くて印象に残る建物は羨ましい気がします^^;

 見たら忘れられませんし、人に教えたくなるのですからね。

 やはり教会というものは、心の平安を求めたり、相談に訪れたりと、自由に利用できるその地域の社会資源だと思うので、教会関係者だけでなく、広く一般にその存在を覚えていて欲しいと、牧師としては願っているのです。

 でも、教会のイメージを保ちつつ、ここまでインパクトのあるものはちょっと無理かな・・。

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昨日の月
2010/09/23(Thu)
2010年9月22日の月

 昨日は中秋の名月十五夜といえど満月ではなく、今日が満月なのだそうです。

 しかし、あいにくの雨。

 ということで、昨夜撮った月の写真を載せておきます。

 水曜日は午後7時半から9時頃まで“聖書を学び祈る会”があるので、これは7時頃、教会の庭で撮ったもの。

 聖書にも月はしばしば登場しているので一つ載せてみます。

詩編8編4―5
  あなたの天を、あなたの指の業を
  わたしは仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの。
  そのあなたが御心に留めてくださるとは
  人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう
  あなたが顧みてくださるとは。

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月見だんご
2010/09/22(Wed)
月見だんご

 今日も朝から暑い日でしたが、聞くところによると暑さも今日までで、明日から過ごしやすくなるとの事。

 ほっと一安心です。それにしても、“暑さ寒さも彼岸まで”そのままですね。

 今年は明日が彼岸で今日が十五夜。

 というわけで、例年にない暑さの中、“お月見だんご”を買ってきました。

 買って来たと言っても、教会から1軒挟んだお隣が“とらや風月”という美味しい和菓子屋さんなのです^^

 子供の日の“ちまき”もここで買いました。

 我が家はこういう四季折々の風情を大切にしたいのです・・実際は美味しいものを食べたいということかな^^;

 それにしても、四日市の月見だんごは始めて見る形でした。

二種類

 最初、ウサギさんの形なのかなと思いましたが、“里芋”の形なのだそうです。

 なるほど、そういえば十五夜の月のことを“中秋の名月”とか“芋名月”と言います。

 団子やススキと一緒に里芋を供える所もあると聞きますから、里芋と団子が合わさったのでしょうね。

こんな大きさ

 ちなみに、こんな大きさでした。

 さあて、あとはお月様のお出ましを待つばかりです。

 待てよ・・十五夜と言っても、厳密には旧暦の8月15日に当たる日であって、必ずしも満月ではないのです。

 ちょっと調べてみよう・・。

 ふむ、なるほど、満月は明日のようですね・・。

 満月でないのなら、もうお団子を食べちゃおうかな。

 何の説得力もありませんが。


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静かな祈り
2010/09/20(Mon)
四日市教会礼拝堂の窓

 誰も居ない礼拝堂で、一人黙想するのがとても好きです。

 早朝でも夜中ででも、いつでも可能な訳ですから、牧師の特権のような気もします。
 
四日市教会の木枠の窓

 電気はつけないで、窓からの灯りの中に佇んで祈ります。

 でも実は、仰ってくだされば、どなたでも出来るのですけどね^^

 (ただ、深夜と早朝はご勘弁ください。)
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毎日成長
2010/09/19(Sun)
なつみかん

 教会の入り口付近には“なつみかん”の木があります。

 春に花が咲き、実はもうこれくらい大きくなっています。

 もっとも、まだまだ大きくなる途中ですけどね^^

 それにしても、誰も見ていないところで、毎日毎日成長している様には感心させられます。

 でも、人間だって同じく、誰も見ていないところで、本人の気付かないうちに、毎日毎日成長しているのだと思います。

 みかんが枝につながっているように、人間も神様に愛されていますからね。

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飛行機雲と秋の空
2010/09/18(Sat)
ひこうきぐも

 真っ直ぐに残されていく飛行機雲を見ていると、

 それに対して“私の人生は回り道だらけだった”と思わされます。

 でも、スカッと晴れた秋の空を眺め続けていたら、

 “地球規模では、飛行機雲だって紆余曲折だろう”と思えてくるのが面白い。

 
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虹色のきらめき
2010/09/17(Fri)
あれっ

 先日、土砂降りの中で見た虹のことを書き、昨日は土砂降りに遭ったことを書きましたが虹は見えませんでした。

 ところがっ、今日玄関先でなにやら光るものがあるではありませんかっ。

 良く見ると七色に輝いています。

 何かに反射して出来たのでしょう。

 ういえば、昔、メダカを飼っていた水槽に反射して、こういう虹色が出来たことがありました。

虹色

 アップにしたのがこれです。

 慌てて撮ったので(太陽はすぐに移動してしまうため、急がないと見えなくなってしまうのです)、枯れた雑草などが写っていますが、それはご愛嬌と言うことで^^;

 妻に言うと、なんと手ですくい始めました。

手ですくう

 確かに愛おしくなるような輝きです。

 しかし・・

籠ですくう

 籠ですくう意味は私には分かりませなんだ・・

 でも、とっておけるものならとっておきたいような気もします。

 実物の感動って、写真の何倍もありますからね。

 小さな小さな虹を見たというお話でした。

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少し温かい^^
2010/09/16(Thu)
突然の土砂降り

 昨日、朝9時過ぎに文房具屋に自転車で出かけました。

 午前10時から“婦人会”がありますが、充分間に合うと踏んで出発です。

 しかも、何の根拠も無いのに、曇り空を見上げて“傘は持って行かなくて大丈夫だろう^^”と楽天的な私はそのまま出かけて行きました。

 ・・しかし、なんと突然スコールのような土砂降りが!!

 “買い物をする前で良かった~”と、一瞬思ったものの、“やっぱ良くな~い!このままじゃずぶ濡れだぁ・・”

 慌ててペタルをグイグイ踏み込み、何とか雨宿りできそうなところまでたどり着けました。

 傘も持たずに意気揚々と出てきた愚行を後悔するものの“きっと通り雨だからすぐやむさ”と、依然として楽天的な私・・。

 “それにしても婦人会に遅れるわけにはいかないよなぁ・・”などと呟きながら、空模様と時計を気にしていると、目の前の布団屋さんからお婆さんが表に出てこられました。

「すごい雨になりましたね。少し雨宿りさせて頂いていますが、よろしいですか。それにしても、最近は涼しくなりましたよね・・」

などと、いつもの癖でいろいろと話しかけました。

 大体、はじめて会う人と親しく会話をしたいなら、出会って10秒以内に声を掛けるというのが鉄則です。

 少し話をしていると“傘を貸してあげましょう”と、見ず知らずの私に勿体ないお言葉をかけてくださるではありませんか。

 何て優しい。

 雨脚も予想通り弱まってきたので、傘は丁寧にお断りして文房具屋さんに向かいましたが、“ちょっとしたものでも、人との触れ合いってやっぱり良いなぁ”と、思わされるひとコマでした。

 少し濡れて寒くなりましたが、心は温かくなった昨日の出来事であります。

 
 
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欠け多い自分
2010/09/15(Wed)
はな

 失敗したとき、その失敗を反省するのは大切なことですが、落ち込みすぎるというのはどうかと思います。

 “完全な人間など居ない”と頭では理解しているものの、自分の失敗は必要以上に後を引いてしまいやすいものです。

 反省と落ち込みの程良い中間点が確保できたら、どれだけ楽かと思います。

 現実には“失敗そのもの”というより“人に低く見られるのではないか”とか“嫌われるのではないか”などと考えてしまっているのかもしれません。

 やっぱり人から嫌われるより好かれていたいと考えるのが人情でしょう。

 しかし、誰一人からも嫌われない人なんて、存在しないはずなのですよね。

 そういえば武田信玄の言葉にこんなのがあります。

 “百人のうち九十九人に誉められるは、善き者にあらず”

 孔子のこんな言葉もありました。

 “真の善人とは、十人のうち五人がけなし、五人がほめる人物”

 そうそう、中国と言えば中国の兵法書“六韜(りくとう)”では 

 “仲間の多い人間とは腹黒い人間”

などと言われています。

 そういえば“皆に好かれようとして、皆に嫌われた”なんて、よくある話です。

 皆に好かれることよりも、欠け多い自分である事をわきまえて謙虚に生きればよいような気がします。

 “わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ”(コリントの信徒への手紙一12:9)

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レインボー
2010/09/14(Tue)
虹~

 古い写真を整理していたら、むかし妻と見た虹の写真が出てきました。

 そういえば、妻とはいろんな所で虹を見ていますが、写真を撮ったのはこれを含めて2回ほどしかありません。

 今でも“あの時写真を撮っておけば良かった”と悔やむほど、一番印象的な虹が思い出されます。

 それはある年の夏の終わりごろ愛媛県の郊外で見たものですが、あまりも状況が凄過ぎて写真に撮ることを忘れていたのです^^

 すごく良く晴れた日のことでした。

 一直線の田舎道を走っていると、道路前方がグレーっぽいカーテンで覆われているように見えるではありませんか・・。

 “あれっ、あれは何っ?”

 近付いてみると、それが雨であることに気付きました。

“ええっ、こんなの初めて見たよ!そこまでは快晴で、そこからは雨ということ・・”

 言い終わらぬうちに ダンダンダン!!!

 あっという間に土砂降りの境目に突入し、突入と同時に大粒の雨が前も見えないくらいの勢いでフロントガラスを叩き始めました。

 ひぇ~え~・・。

 しかし、そのとき見上げた虹の美しかったこと・・。

 回りには人も車もおらず、この出来事の目撃者は私と妻だけ。

 空に虹が掛かっているのを見つけたら、その辺にいる人たちに知らせたくなるものですけどね。

 なんだかちょっぴり得したような、狐につままれたような不思議な印象を受けたのが懐かしいです。

 それで写真撮るのを忘れてしまったんですよね・・。

 若かったなぁ^^;

 ちなみに中国では“虹”を“蛇や竜の一種”と見ななしていたらしいので、虫へん(虹、蜺、蝃、蝀)なのだそうですが、英語では“rainbow”、つまり“雨の弓”ですね。

 これは聖書の影響があると思います。

創世記のノアの方舟物語の最後に虹が出てきますが、旧約聖書の言語であるヘブル語では“虹”と“弓”は同じ言葉なのです。

 神様が弓を雲の中に置かれるという穏やかな気持ちが込められている箇所です。

“更に神は言われた。「あなたたちならびにあなたたちと共にいるすべての生き物と、代々とこしえにわたしが立てる契約のしるしはこれである。すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れると、わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない。 雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。」 ”創世記9章12~16節

 ただ、フランス語では“虹”を“アルカンシェル(arc-en-ciel)”つまり“空に掛かっているアーチ(英語であらわすとthe arch in sky)”と言いますけどね。

 そういえばラルクアンシェルという日本のバンドの名前は、このフランス語の虹からでしょうね(L'Arc〜en〜Ciel)。

 竜やら弓やら幻想的な印象の言葉のような気がしますが、日本の方言ではなんとも言えない“虹”の呼び名が存在します。

 “地獄の釜のつる”とか“立ちもん”“太鼓橋”などなど・・。

 名前はともかく、また虹が見たいなぁ・・。

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はじめてのおつかい?
2010/09/12(Sun)
ポスト

 写真中央にかすかに見えるのは、教会の二本北側の道路にある“ポスト”です。

 郵便局が其処にあるわけではなく、ポストだけがポツンと佇んでいるだけですが、近いのでとても重宝しています(切手のストックが必須)。

 特に最近では、小学1年生の次男と幼稚園年中の三男が、良くお使いに行ってくれるので大助かりです。

よその敷地ですが・・

 近いのと、こちら側からずっと見守っていられるロケーションなので、思い切って頼んでみたところ、むしろ大喜びで行ってくれています。

 今までお使いに行ったことなど無かったので、新鮮なのかもしれません。

 二人が通っているのはよその敷地ですが、子供だから多めに見てもらいましょう^^;ははは・・

投函

 果たしていつまで楽しくお使いに行ってくれるか分かりませんが、しばらくはお願いしてみようと思っています。

 ただし、郵便物の収集は一日二回で、しかも二回目が午後3時なのがネックと言えばネックです。

 子供が学校から帰って来るとすぐ頼まないと間に合わないんですよね・・。
 

 
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創立120周年記念礼拝
2010/09/11(Sat)
掲示板120周年

 明日9月12日(日)は四日市教会の創立120周年記念礼拝です。

 120年といえば、人間で言えば大還暦。

 もっとも、人間で大還暦を迎えた(正式に証明できる)人はただ二人しかおらず、日本の泉重千代氏とフランスのジャンヌ・カルマン女氏のみ(私の記憶が正しければの話ですが)。

 人生と比較すると気の遠くなるような歴史のような気もしますが、ヨーロッパの教会の歴史から言えばまだまだ浅い歴史と言えます。

 今まで続いた伝統を絶やすことなく、次の世代に粛々と引き継いでいくことが肝要のようです。

 明日の礼拝は、私の四代前の牧師(四日市教会で28年間牧師をされた)井柳福次郎先生に説教をして頂きます。

 人の説教を聞くというのも滅多に無い機会なので、とても楽しみです^^

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ほんの少しの違い
2010/09/10(Fri)
秋の太陽

 人から批判されると落ち込んでしまうのは人の常です。

 しかし、その反面、批判する人は、“批判してくれている”という考え方もあります。

 批判せずに無視し黙殺する人よりも、自分寄りの人なのではないかと言う訳です。

 確かにそうかもしれません。

 でも、もう少しその考えを推し進めてみると、その批判というのは“自分自身”に向けられたものではなく、“自分の一部の言動(自分のある言動)”に対するものであることが殆どだということに気付かされます。

 つまり、批判されると“自分自身(自分の全て)が批判されたんだ”とか、“自分は嫌われたんだ”と思い込むのは早計だということが分かります。

 考えてみると、自分も人の言動が目に付いたり鼻についたりした場合(批判するしないは置いておいて)、やはり、直ちに相手の全てが嫌いになったと思うことがあるとするならば、それも早計な思い込みだということですね。
 
 “相手のここが嫌い(一部が気に障る)”という感情と“相手が嫌い(全否定)”との違いを冷静に受け止めることが出来たなら、自分の持っている人間関係の溝みたいなものが少し浅くなるような気がします。

 そして、誰かに批判されることがあったとしても“私の全てが批判されたのではない”と考えることが出来るなら、いろんな可能性の扉が開かれる気がします。

 ほんの少しの違いですけど。

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無駄な時間は無い
2010/09/03(Fri)
瀬戸内海

 考えてみると、最近めっきり写真を撮ることが少なくなっています。

 殆どと言って良いほど出掛けない(書斎に居る時間が長い)からですね。

 (三重)地区や(中部)教区の会議などに出かける回数も、以前と比較にならないくらい少なくなっています。

 昨年の写真を何気なく見ていると、船や港の写真が多いのが目に付きました(上の写真もそのうちの1枚)。

 そういえば、小豆島に居た頃は、毎月何回も会議その他の行事があって、そのたびに船で出かけていました。

 毎週のようだったようにも記憶しています。

 往復2時間の船上の時間を“なんて無駄な時間なんだ”と思っていましたが、振り返ってみると豊かな時間だったのかなと思わされました。

 考えてみると、人生も無駄に思えるような時間こそが無駄ではなく、その人を養い成長させるために必要な時間であることが多いものです。

 無駄な時間を無理して過ごさないでいると、かえって時間を無駄に過ごしてしまうのではないかという気もします。

 それでは、もう少し“無駄と思えるような行動をしてみようかな”と、良からぬ事を考える私でありました^^
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さるすべり
2010/09/02(Thu)
百日紅

 教会の庭のサルスベリの花がまだまだ咲き誇っています。

 今年の夏は観測史上(1898年以降の113年間のデータを比較した気象庁の発表によると)、最も暑い夏だったそうですが、サルスベリは耐病性が強いだけでなく、暑さにも強いのかもしれませんね。

 そもそも夏に咲く花ですから、厚さに強くて当たり前かな^^

 それにしても“サルスベリ”というのは、成長に伴って幹の古い皮が剥がれた後に現れる“すべすべした樹皮の様子から、猿が登ろうとしても滑ってしまうのではないかということで命名された”と子供の時に聞いた記憶があります。

 それで、てっきり“猿滑”と書くのだと思っていましたが、実際は“百日紅”と書くのですよね。

 しかも、猿はいとも簡単にサルスベリを登れるそうですから笑ってしまいます。

 耳学問も良いですが、実際自分できちんと確かめる事は大切ですね。

スカブとサルスベリ

 しかし・・ちょうどバイクを置いている上方で花が咲いているので、私の相棒は花にまみれています。

 もちろん路面にもたくさん落ちているので、きちんと掃除しないとズルッといきそうです。

 今日、慌ててバイクで出かけた時が、まさにそうでした。

 ・・猿ではなく、私が滑って転んでしまいそうだったというお話・・お粗末・・。


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自転車が来た
2010/09/01(Wed)
河村サイクル

 4歳の三男は自然体験を満喫できる遠くの幼稚園に通っていましたが、9月から近所の幼稚園に変わりました。

 やはり送り迎えに時間を取られ過ぎる上に、私たち親の体力も底をつき始めたのもあります(もちろん子供も疲れていました)。

 少し寂しい気もしますが、親子でいろいろ考えて出した結論なので後悔はありません。

 しかし、幼稚園がものずごく近くなったので“車で送り迎えも無いだろう”ということになり、自転車を買うことにしました。

 幼稚園送迎用の妻の自転車ですね^^

 そこで、教会から一番近くにある自転車屋さんをインターネットで探したところ、はたして歩いて数分の所にあり感激しました。

 小豆島では、自転車屋さんは町内に無く、というか、島内に1軒あるだけで、それも15km離れた隣町にあるのでした。

 それで、殆どの人は自動車関係(整備や販売)の店でカタログを頼りに買うというのが普通でしたから、それに比べると天と地ほどの違いです。

 しかも、この河村サイクルのおじさんは物腰の柔らかいとても親切な方だったので、更に嬉しくなりました。

 もちろん、腕も確かです^^

自転車

 以前、あるホームセンターで6,800円という信じられない激安自転車を買って、その乗り心地の悪さに閉口してしまったという暗い過去があります>

 ですから、普通の自転車というだけでも安心できますが、おじさんの調整のバッチリさに敬服しました。

 ハンドルの高さ、角度、ブレーキなどの調整が絶妙なのです。

 これからもよろしくお願いします。 

 そんなに高くない(むしろ安い)自転車ですが、おかげさまで乗り心地も良く、妻も喜んでくれました。

 さて、これで、幼稚園の送り迎えもバッチリだと思いつつ、自転車を持っていないのは家族の中で私だけになってしまったことに気付きました。

 でも、バイクがあるのでこれ以上贅沢は言えません・・。

 とは言え、郵便局に行くときなど、私も時々貸してもらおうかな^^

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