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インターネットの表示を大きくする
2012/02/29(Wed)
こもの

 パソコンのモニター画面より小さいサイズの表示のままで、インターネットをしている場合があります。

 実は私も長い間、左右が空白なのに、最初の設定の時からそうだということで、あまり気にもとめないでそのまま使っていたくちです。

 それで、少々恥ずかしいのですが、表示を大きくする方法をつい最近知ったのでここに書いておこうと思います。

 誰かのブログを訪問したとき、テンプレートの文字が小さくて読みづらい時など重宝します。

 方法はいたって簡単。

 “CTRL”キーと“+(プラス)”キー(テンキ―横)を押すだけ。

 それだけで、表示が大きくなるのです。

 もちろん“CTRL”キーと“-(マイナス)”キーを押せば、逆に小さくなります。

 何年も損してたなぁ・・。

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本当はカラフル?!
2012/02/28(Tue)
23号線

 「色をいろいろ混ぜると灰色になるよ。」と、子供たち。

 テレビ画面上で、色を混ぜ合わせる幼児向けのゲームで得た知識ですね。

 「だから、ホコリが全部灰色なのは?」と、私。

 「いろんな色のホコリが集まっているから?!」

 「ご名答!」

 「そういえば、テレビでもそんなこと言ってたような気がする。」と、妻。

 茶の間の会話ですから、ここまでで終わりそうですけれども、我が家ではこの後、誰かが何かを言いますよ・・。

 「ということは!・・」

 ほらね。今日は妻です。しかも、笑顔です。

 「ということは、『私の人生は灰色です・・』っていうのは、ほんとは『カラフルだ』ってことよね。」

 う~ん、かなり無理な気がしますが、それは結構面白い発想ではないですか^^

 私には考えもつかないなぁと脱帽です・・。

 
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視界良好!
2012/02/27(Mon)
見えませんでした

 昨日までの四日市教会は、フェンス沿いに植えられたカイズカイブキのため、目隠し状態でした。

 というのも、この緑色の植木に加えて街路樹もあるため、国道に面しているというのに、表から教会は殆ど見えにくい状態になっていたのです。

 そこで、時間をかけて、話し合いの時も経て、思いきって切ることにしました。

視界良好

 ね、視界良好になったでしょ。

 実は、今日がその作業日で、精鋭男性軍6名プラス女性軍2名で、朝から奮闘したのでした。

 私は軽トラックを借りに行く途中で、バイクのバッテリー上がりというアクシデントもありましたが、なんとか予定通り作業することができました。

 雨も降りませんでしたしね。

すっきり

 今は街路樹も刈り込んであるので、ほんとすっきりしました。

 精鋭軍の皆さん、昼食を用意してくださったり、軽トラックを貸してくださった皆さん、本当にありがとうございましたっ。

 「中にゴミを放り込まれやすくなったんじゃないかな・・」と心配してくださる方もおられましたが、見えるところはかえって投げ捨てされなくなると思います。

 ・・もっとも、教会前の歩道は、しょっちゅうゴミ(おにぎりの袋とかのコンビニごみ)が投げ捨てられているので、見える見えないは関係ないのかもしれませんが・・とにかくゴミとは縁が切れないと思います・・。

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ややこしいイースター
2012/02/26(Sun)
線路と煙突

 先週の水曜日から、教会歴は“受難節”に入りました。

 主イエス・キリストの十字架を頂点とする受難を覚えて、悔い改めの生活をする期間です。

 4月8日のイースター(復活日)前日までの46日間がその期間です(日曜日は計算に入れないので40日間。ちなみに“40”という数は聖書で苦難をあらわす数字)。

 しかし、4月8日と言うと“仏教の花の日と一緒だ”と思われるかもしれませんが、イースターは4月8日と決まっている訳ではなく、毎年移動する厄介な日なのです。

 たまたま今年が4月8日だったということであり、この日からさかのぼって受難節の始まりである“灰の水曜日”の日付が決められています。

 しかし、イースターはややこしいのです。

 来年2013年のイースターは3月31日ですから、2012年度は年度内に2回もイースターがあるということになりますし、2014年のイースターは4月20日ですから、2013年度はイースターが無いということになります。

 言葉にすると分かりにくいですが、3月22日~4月25日と年度の境を挟んで移行するので、毎年ある行事にも関わらず、イースターが二度ある年度や無い年度などができてしまうのです・・。

 ややこしいイースター・・。

 でも、前にも書きましたが、算出方法もややこしいのがイースターです。

 イースターの算出方法は、325年に行われた第1ニカイア公会議で、アレクサンドリアの教会で守られていた方式を採用したので“太陽暦の3月21日以降で最も早い、太陰暦の14日の次の日曜日”と決まったのです。

 決まったのですが、これは分かりにくいということで、中世から(現代に至るまで)“3月21日(暦上の春分の日)当日あるいはそれ以降の最初の暦上の満月(新月から数えて14日目)を過ぎたあとの最初の日曜日”となりました。

 もっと簡単に言い換えると“復活祭は春分の日の後の最初の満月の次の日曜日”ということです。

 覚えておくと、外国などで役に立つことが、もしかするとあるかもしれません・・。

 
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私が正義ではない
2012/02/24(Fri)
鳥と十字架

 1958年の今日2月24日は“月光仮面”の放送が始まった日だそうですね。

 私の生まれる数年前のことで、もちろん観たことも無ければ思い入れもありません。

 ところが、私が小学生の頃(確か5年生だったので1972年頃か)、現代風にアニメ化されて放送されまして、ウルトラマンや仮面ライダーなどが乱立していた時代だったこともあり、月光仮面のアニメの方は観ていた記憶があります。

 歌の歌詞は同じなのに、曲はやたらテンポ良くカッコイイものになっていました。

 今にして思うと、ヒーローもの大好き少年でしたね。

 のちに知ったことですが、“正義の味方”という、ごく当たり前のヒーローの肩書のようなものは、この月光仮面からで、原作者である川内康範氏の作だということです。

 しかし、良く考えてみると“正義”ではなく“正義の味方”としたのは、とても優れた表現だと思います。

 “正義を笠に着る”などという表現がありますが、自分が正しいと思い込むと人は過ちに陥りやすそうに思うからです。

 そう思うと“正義”の“味方”という謙虚そうな表現は大切な気がしますし、その後の日本のヒーローものが“正義の味方”という表現を踏襲してきていることは、すごいことだなと思いました(実情は別として・・)。

 しかし、この月光仮面というネーミングは、人々の苦難を救済する菩薩(日光菩薩)のイメージで、まず“日光仮面”が考えられたそうです。

 それを発展させて月光仮面となったということですが、月光仮面に落ち着いて良かったと思うのは私だけではないでしょうね。

 そういえば、“巨人の星”の主人公“星飛雄馬”も最初は、“明けの明星”から“星明(ほしあきら)”だったというのは有名ですね(ちなみにこの名前は明子姉さんに使われています)。

 話がそれてしまいましたが、自分が正しい、自分こそが正義だと思い込んでいると、人は相手の正しさを受け止めることが出来なくなります。

 会話が出来なくなると言っても良いですね。

 それは双方にとって不幸なこと。

 慎み深さを身につけたいものです。

 
 
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気持ちを受け止める
2012/02/23(Thu)
砥部焼お雛様

 “意見を受け止めること”と“気持ちや感情を受け止めること”とは違います。

 意見は時に一致し、時に相反します。同意できるものもあれば、意見を戦わせる必要も生じます。

 でも、感情というのは、考え過ぎであったり、見当違いの場合もありますが、その感情を抱いているのは紛れもない事実です。

 ですから、その感情そのものは、受け入れてしかるべきものだと思います。

 しかし、“その感情を抱いている事実を受け止める事”の出来ない人が多いのも事実です。

 人にとって、切なさや悲しみを受け止めてもらえないのは、苦痛以外の何物でもありません。

 たとえば「○○で悲しいんだ・・」に対して、力づけてあげようという善意であったとしても「そんなの気にしなくていいよ」と言われたらかえって逆効果のはずです。

 「元気出せよ」とか「頑張れよ」に至っては、突き放されているとしか思えません。

 そうなんだねと、悲しいと言っている感情を受け止めてから、次の段階を一緒に考えればいいはずですね。

 昨日、教会員さんに「先生はどんなに寒くても、バイクで出かけていると思っていました。」という言葉が嬉しかったのは、私の気持ちや感情を受け止めてくださっていると感じたからなのでしょうね。

 実際、私は“バイクで行きたいけど、皆からやめてくださいと言われるだろうな”と思っていました。

 こんな寒い日にバイクで行かないことは正論だろうけど、個人的感情としてはそれでもバイクで行きたいということです。

 この方もおそらく“心配だから本当はバイクで行ってほしくない”と思っておられたとは思いますが、そういう正論で押してくるのではなく、まず気持ちを受け止めてくださったということですから、実はものすごいことだと思います。 

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意外な嬉しい一言
2012/02/22(Wed)
教会とスカブ

 今日は水曜日。“聖書を読み祈る会”がありました(まだ夜もありますけど)。

 先週の日曜日は三重地区の講壇交換日だっため、私は四日市教会の礼拝に出ていなかったものですから、“先生、お久しぶり”とか“一週間ぶりでした”などと皆さん(礼拝のある日曜日だけでなく、水曜日の集会にも教会に来られる方々が多くて、熱心で偉いなぁと思ってしまいます)。

 そんな中、意外な発言がありました!

 「日曜日に教会に来てみたら、先生のバイクがとめてあって、車が無いから、てっきりバイクで行かれているんだと思っていたのに、お車だったんですね。」

 おお、このように私のことを理解してくださっている方もおられるのだなぁ(T_T)

 引き留める方が多い中“マイナス4度でも先生なら行くだろう”と、信じてくれていたことが嬉しいですね。

 やっぱり、バイクで行っておけば良かったような気もします。

 私は私らしくあるべきですよね。


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教会と教会堂は違うのに
2012/02/21(Tue)
朝の十字架

 先日の記事を読み直して、“教会”と“教会堂”を混同していたことに気付きました。

 いつもきちんと区別するのは難しいこともあり、便宜上そうなってしまうこともありますが、厳密には区別する必要があるのです。

 「何のことか」と、お思いの方も多いと思いますが、実は“教会”というのは建物のことではなく、群れを形成する教会員たちを指すのです。

 “教会”は聖書の原語ギリシャ語で“集められた群れ”という意味の“エクレシア”という言葉です。

 ですから、建物のことではないのです。

 建物は“教会”ではなくて“教会堂”というのが正しいのです。

 私は尾鷲教会のことを“温かい教会”と書きましたが、それは“暖房の効いた建物”ということではなくて、“温かい教会員さんたち”だということです。

 もし、そのように誤解されていたら恥ずかしいなぁ・・。

 そんなつもりで書いてないのに、誤解してもおかしくない書き方なのにさっき気付いたという訳です。

 ちょっとややこしいですか・・。

 しかし、そう聞くと“あれおかしいぞ”と、思われることって幾つかあると思います。

 たとえば、結婚式のために“ホテルに建てられた教会”です。

 あそこには信徒、少なくとも群れを形成する複数の信徒たちは存在しない訳ですから“教会”ではありません。

 学校(ミッションスクール)や、キリスト教関係の病院の中にある礼拝場所が、“礼拝堂”とか“チャペル”とか“教会堂”などと呼称されているのもそのためです。

 チャプレン(その施設で働く牧師)はいても、教会を形成する信徒の群れがいないからです(いても流動的であり、どこかの教会に所属している信徒だから)。

 ただし、東京三鷹のICU(国際基督教大学)のように、学校法人として付属の教会を形成しているところもありますが、それは例外です。

 しかし、ここまで書いてきて、ミッションスクールやキリスト教主義の病院や福祉施設は、完全にホテルと並べて考えられないものだなとあらためて思わされました。
 
 ホテルは結婚式産業として、形だけの礼拝堂を建てているだけですし、そこで働いている牧師も本物ばかりではありません。

 私も実際に、偽牧師をホテルで目撃したことがあります。

 何年か前“週刊文春”に「ホテル・結婚式場の牧師の9割はニセ者だ!まさに神をも畏れぬ仕業(2005年5月26日号)」という記事がとりあげられたように、結婚式場の外国人牧師のほとんどは偽物(牧師の資格も無く、英会話塾の先生とか米兵)だそうです・・。

 元宣教師という異色の国会議員ツルネン氏も、ツルネンメルマガで、偽牧師について触れています。

 う~ん、しかし・・、それでいいのか日本人・・。

 私も小さな事としておかないで、教会と教会堂の区別くらいはきちんとしていこう。

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昨日の朝
2012/02/20(Mon)
フロントガラスの霜

 これは車のフロントガラスについた霜です。

 昨日の朝7時、出発前に撮りました。

 あんまり朝早く車に乗ることがないので、これが普通なんだろうと思い、“やっぱり四日市は寒いなぁ”などと呟きながら出発したのでした。

 しかし、帰って来て新聞の天気欄を見ると、マイナス4度の予報になっていました。

 この冬一番の寒さだったみたいですねぇ。

 ウィンドウウオッシャー液も凍って出てきません。

 水をかけたらたちまち凍ってきます。

 ああぁ、舐めてかかって愚行を繰り返していた自分が情けない・・。

 でも、それなら“いっそバイクで出かければ良かったかな”などとも思う懲りない私なのでした。

 バイクなら途中の景色を写真に取れたでしょうし・・。

 昨日撮った途中の写真は、信号待ちの時に撮った、この近所の煙突と朝日のみ・・。

朝の煙突

 でも、景色を記憶に留めるだけというのも、かえって贅沢なものかもしれません。

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尾鷲教会~温かい教会
2012/02/19(Sun)
尾鷲教会

 今日は三重地区の講壇交換で、三重県南部にある尾鷲教会に行ってきました。

 四日市から約145km。ナビの予想到着時間は3時間半ほどでしたが、実際は2時間少しで到着。

 多くの方は“遠いですねぇ”と言われますが、近いものです。

階段踊り場のステンドグラス

 表から見える壁面の大きな十字架は階段踊り場のステンドグラスですね。

 もちろん、礼拝堂にもステンドグラスがあります。

尾鷲教会礼拝堂

 大きな矢印に見えるところの上にあります。

 これですね。

尾鷲礼拝堂のステンドグラス

 なんだか尾鷲の豊かな自然と、神様の恵みが滲み出ているかのようなステンドグラスです。

 実際、そのような教会でした。

 尾鷲教会で説教させていただくのは初めてでしたが、懐かしいような印象と温かみを感じる教会で、私の心も癒されるような時間を一緒に過ごさせていただきました。

尾鷲ひかり

 訪れた人の心を温かくする教会がここにもあったと、嬉しい思いで帰途につきました。

 尾鷲教会のブログはこちら。

 尾鷲教会

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鳥目線?
2012/02/18(Sat)
とんびと太陽

 明日の準備が済んだので、パソコンの地図で少し遊んでみました。

 道路地図を持ってないので、パソコンの地図をいつも利用しています。

 むむむ・・。

 そうです。三重県はもちろん、近隣県の地名や交通の便など、まだまだ知らないことばかりなのです。

 そう、これは一種の勉強ですね。

 中四国は庭のようなものなのですが、近畿、東海、中部などほとんど馴染みのないまま大人になってしまいましたからね・・。

 しかし、今回とっても驚いたことが!!

 子供の頃、社会の先生が言った「和歌山の白浜温泉は最高だな」との言葉が忘れられず、いつかは行ってみたいと思いながらも、今まで行く機会に恵まれなかった白浜温泉というところがあります。

 何といっても、四国には道後温泉(なかなかの温泉)があるのに、白浜が最高だと言われたのですから、気になってしょうがありませんでした。

 一つの憧になっている白浜温泉の隣県、三重県に昨年やって来たという訳です。

 “隣の県に来たのだから、いつか行ってみたいなぁ、やっと夢が現実するかなぁ”などとのんきに考えていましたが、何気なくさっき地図を見てみるとやたら遠いではないですか。

 いや、遠すぎるといった方が良いですね。

 三重県南部に高速道路が通っていないのは分かっていましたが、高速を降りてからが遠すぎます。

 道も良くないでしょうし・・。

 で、高速を使おうと思ったら、滋賀、京都、大阪方面を通って南下する、超遠回りルートとなります。

 これなら岡山に行くのと変わらないくらいの距離ではないですか・・。

 う~ん、白浜は遠くになりにけり・・。

 明日、礼拝説教をすることになっている尾鷲教会は、少し遠いかなと思っていましたが、ものすごく近く感じてきましたよ。
 
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歳か緊張感か、やっぱり歳か
2012/02/17(Fri)
石油コンビナート

 今日は小学校のPTA新旧役員懇親会がありました。

 ・・しかし。しかしです。

 私はすっかりその存在を忘れてしまって、連絡をいただいてやっと思い出したという不甲斐無さ・・。

 歳ですかねぇ・・。

「三野さんって、いつもちゃんとしてるのに、ポコッて抜けてしまう時がありますよね。」

 う~ん、直球ですな・・。でも、その通り。

 どうも、緊張感が伴わないものは忘れやすいみたいですね・・。

 ・・というか、そもそも今日が17日だという認識が抜けていたみたいです。

 曜日的にも木曜日くらいの認識でした・・。

 ・・そもそも緊張感を持って生活していないのかも・・。

 いろいろ考えさせされますが、やっぱり“歳”の一言に尽きるのでしょうか・・。

 ちょっと前まで、こんなにボコッて抜けたことありませんでしたから・・。

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雪降る夜は
2012/02/16(Thu)
雪降る教会

 1970年代はフォークソングの時代でした。

 そんな時代に教会の青年たちによく歌われていたのが、ゴスペルソング集“友よ歌おう”(いのちのことば社)。

 私は1961年生まれでしたし、子供だったのではやりの頃は歌っていませんが、大学生の頃になっても青年会などでまだ歌われていました。

 私なんかギターは弾けないし、皆で仲良く歌を歌うのは恥ずかしいというくちでしたし、通っていた教会に青年が少ないという環境でしたから、ほとんど馴染みはありませんでした。

 それでも、青年キャンプなどで触れる機会があり、特に“雪降る夜”という歌は好きでした。

 今でも雪が降ると思い出します。

 カラオケにあると最高ですが、こんなマイナーな曲はあるはずがありませんね。

 こんな歌詞の歌です。


 “雪降る夜”  作詞 山内修一

 雪ふる夜は 耳をすませて
 静かにイエスの み声をきこう
 雪より白く 罪のけがれを
 きよめてくれた イエスのみ声を

 雨ふる夜は ふるさとしのび
 信仰の友に 便りをかこう
 涙をながし 祈ってくれた
 やさしい友の 愛のしるしに

 星ふる夜は ギターつまびき
 み神のわざを 賛えてうたおう
 み旨のままに 造られた世界
 希望のひかり かかやく世界

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 実は、他にも良い曲満載の歌集です。

 もし、ギターが弾けたら、きっと楽しかったろうなと思ってしまいます。

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笑う門には福来る
2012/02/14(Tue)
ひゃっほー

 “笑う門には福来る”と言います。

 確かに、笑うことによって自律神経が頻繁に切り替わり、副交感神経が優位の状態になると言われます。

 交感神経は、怒りや恐怖を感じたときなどに優位になるのに対し、副交感神経は、安らぎとか安心を感じた状態のときに優位となるので、この状態が続くとストレス解消効果があるそうです。

 (反対に交感神経が優位の状態が長く続くとストレスの原因になってしまいます。)
 
 また、笑いによって、身体の様々な器官に良い刺激が与えられます。

 NK細胞(ナチュラルキラー細胞)が活性化するので、ガン予防と治療の効果があるとか、自律神経の頻繁な切り替えにが脳に刺激を与え、神経ペプチド(免疫機能活性化ホルモン)が全身に分泌されるとか、糖尿病の治療にも有効などと言われます。

 また、笑いが頬の筋肉を動かし、それによってストレスが解消されたり、鎮痛作用たんぱくの分泌を促進さたり、血圧を下げたり、心臓を活性化させたり、血液中の酸素を増したり、心臓に良い影響を与える、とも言われています。
  
 “笑うものは命永し”というノルウェーのことわざは的を得ている訳ですね。

 そういえば、アンネ・フランクも“薬を10錠飲むよりも、心から笑った方がずっと効果がある”と言っています。

 どうせなら笑顔で生きていきたいものです。

 “笑って暮らすも一生、泣いて暮らすも一生”(ドイツの格言)ですし。

 そういえば、“イエス・キリストは笑わない人だという印象を持っている人”が時々おられますが、それは間違いですね。

 聖書には明らかに楽しそうに微笑んでいたり、嬉しそうに笑っているとしか思えないシーンがいくつもあります。

 たとえばルカによる福音書10章21節など、心から喜び笑顔で祈っている主イエスが描かれています。

“そのとき、イエスは聖霊によって喜びにあふれて言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした。”

 その他にも知りたい方や興味のある方は、聖書全般の笑いとかユーモアについて著しているこの本をお勧めいたします。

 「キリスト教と笑い (岩波新書)」宮田 光雄 著

 ・・学生時代に読んだので、今は絶版かもしれませんが・・。


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子供の視点は大切だと思います
2012/02/13(Mon)
三滝公園方面

 教会から少し北に歩くと、三滝川があり、川向こうの三滝公園越しに火力発電所が見えます。

 火力発電が素晴らしいという訳でもありませんし、ダム湖に何もかも沈めてしう水力発電が優れているとは言いません。

 風力発電や太陽光発電は、クリーンと言えども発電力で劣ります。

 しかし、原子力を使わないでやっていけたら、どんなに素晴らしいだろうかと思います。

 それは誰もが願ってしかるべき単純明快な考え方だと思いますが、そうではない事実・・。

 お金が絡んでいるからですかね・・。

 思想や何やかやではなく、みんな単純に子供の視点で考えてくれたら良いのですが・・。

 大人の論理ではなく、子供の視点って、とても大切だと思います。

 ちなみに私は、地熱発電が発展して、原子力にとって代わってくれることを願っています。

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おにぎりせんべい
2012/02/11(Sat)
おにぎりせんべい

 私が子供の頃から好きなお菓子に、株式会社マスヤの“おにぎりせんべい”があります。

 実はこの株式会社マスヤは、三重県伊勢市に本社と工場があるので、同郷の仲になれたような気がしています。

 私が子供の頃のおにぎりせんべいは、今のように刻みのりをまぶしたものではなく、大きめの海苔をぺたりと貼り付けて、本物のおにぎりみたいな雰囲気だったんですけどね・・。

 しかし、変わったのはそれだけではなく、今ではいろんなバリエーションがあるようです。

 実は上の写真は、お気づきの方もおられるかと思いますが、ノーマルのおにぎりせんべいではなく、なんと“ミニ”なんです。

ちいさぁ~い

 ほらね。

 こんなに小さい。

 これ子供の手ですよ。

こんなサイズ

 ちっとも知りませんでしたが、こんなのもあるんですね。

 子供たちは、美味しそうにちまちまと食べていますが、私なんか一袋を一口で食べられそうです。

 ちなみに、大きさ重さのバリエーションも豊富なうえに、今ではソース味、チーズ味、えびわさび味、カレー味があったり、またクラッシュだとか、おにぎりの種という種類も出ているようです。

 頑張っているなぁ、マスヤ。

 でも、私としては、昔ながらの普通のおにぎりせんべいが一番好きですけどね。

 それにしても、昔はもっといっぱい入っていたような気がしますが・・。
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気持ちが大事
2012/02/10(Fri)
ベランダの雪だるま

 昨年ですが、私が病気で臥せっていた時、妻が撮った写真です。

 雪が降ったので私に見せてあげようと、ちっちゃな雪だるまを作って撮ってくれていたのだそうです。

 これベランダらしいです。

 確かに、バックの縞々の影は手すりのようですね。

 しかも、手前にくぼみがありますが、ここが雪だるまの材料になったところらしいですよ。

 なかなか可愛いです。

 ・・。

 ・・って、私に見せようとして作ったり撮ったりしたはずなのに、この写真を私が見たのは昨日ですよ。

 一年以上見せられなかったってどういうことなのかな・・。
 
 ま、気にしない、気にしない。

 
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説教題は一つの山です
2012/02/09(Thu)
薄化粧の山

 2月19日(日)、つまり次の次の日曜日は、三重地区の教会で牧師がそれぞれ別の教会で説教する日なのです。

 “聖壇交換”という言い方をしますが、教会の説教台を交換するのではなく、説教者を交換するということです(言うまでもないですか・・)。

 私は“尾鷲教会”からお呼びがかかったので、日本基督教団の教会では、三重県内で一番南に行くことになりました。

 たまたまですが、昨年は二番目に南にある“紀伊長島教会”から呼ばれていたので、南の方に縁があるみたいですね。

 しかし、よその教会で説教をする場合、事前に聖書箇所や説教題、讃美歌などを決めてお伝えしなければなりません。

 自分の教会だと、自分で週報(式次第や報告を掲載)を印刷するので、印刷ギリギリが締切でいいのですが、よその教会だとそういう訳にはいきません。

 しかも、次週予告というものがあるため、前々週(今回で言えば今週)中ごろまでにお伝えする必要があります。

 しかし、説教題と言っても、話す内容が決まらないとタイトルが決められない訳で、これはこれで大仕事なのです。

 結局、今週は来週の説教の原稿が仕上がる前に、再来週の説教原稿を仕上げてしまうという、変なことになりました。

 気になると、とことんという性格がネックだなと自分で思うのはこういう時ですね。

 以前、小さいことにこだわらない先輩牧師の話を聞いたことを思い出しました。

 そこまでは無理でも、少しあやかりたい方です。

 その牧師さんは自分で週報を印刷しないで、奥さん任せの方でしたが、次週の説教題を教えてほしいと、出先に奥さんから電話があった時、こう答えました。

 「ああ、紙(説教題を書いたメモ)は、冷蔵庫の上にある。」

 「えっ、“神は冷蔵庫の上にある”なの?」

 「そうだ。適当に直してもらっても構わん。」

 「分かりました。」

 お互いその勘違いに気付かず、礼拝当日にその牧師さんは説教壇で、考えたことも聞いたこともない説教題に変わっているのに気付きます。

 「神は冷蔵庫の上にあり」

 私なら卒倒ものですが、その方はその題に合わせて説教したと言うのです・・。

 やはり、私には絶対無理か・・・・・!
 
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ええっ、UFO?
2012/02/08(Wed)
UFO発見!

 遠くの方に、何やら浮かんでいます。

 アドバルーンかな・・と思いきや移動しています。

 ロープで繋がれている形跡もありません・・。

 飛行機かな・・とも思いましたが、動き方がゆっくり過ぎます。

 飛ばされた風船が流されているのかな・・とも考えましたが、それにしては大きすぎます。

 そう、すごく大きくて、平べったくて、しかも、右に左にゆっくり動いています・・。

 ・・もしやUFO?

 もっとも、現段階で確認していない訳なので、未確認飛行物体であることには違いありませんが、いわゆる空飛ぶ円盤かと大騒ぎする歳ではありません・・。

 ・・めんどくさいな・・いったい何?

 近寄って見てみると・・

飛行船でしたか・・

 何のことはない、飛行船でした。

 でも、飛行船ってあまり見ないから、それなりに嬉しかったですけどね。

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負のスパイラルって
2012/02/06(Mon)
かもめ

 嫌な時に限って、嫌なことが続くこともあります。

 たまたまだろうけど、よくもまあ、運が悪いにも程がある、というような時があるのです。

 しかし、そうかと思えば、自分の怠惰さが原因で、次々に困った事態が引き寄せられることもあります。

 これを怠けたからここにシワ寄せが来たとか、あれをしてなかったばっかりにこれが出来なくなってしまったとか・・。

 その後者であるにもかかわらず“もう駄目だ”“負のスパイラルだ”と絶望感に浸ってしまう人もいます。

 確かに、すべての事柄がうまくいかない原因と責任が自分にあるとわきまえて、自信喪失してしまうこともあるかもしれません。

 どれもが連鎖しているから、もうどうしようもないと思い込んでしまうのかもしれません。

 大変な事態になっているからかもしれません。

 しかし、百歩譲って“負のスパイラル”で、どれもこれもが連鎖して行き詰っているとしても、“だから駄目だ”ではなく、“だからといって駄目じゃない”と考えられたら全然違ってきます。

 負のスパイラル然として、悪循環に陥っているとするなら、つながっているのだから、問題点や課題の何処から手をつけても良いということです。

 手を付けやすいところから問題点を改善していくようにすれば、連鎖して次の事柄はどうすべきか、その次はどうすべきか、と改善の連鎖が始まるはずです。

 自転車に乗る練習をする場合、自転車を運転するとは①バランスをとることと②ペタルをこぐ動作(タイミングや力加減)とに分けて考え、別々に練習すると早く乗れるようになり、分けて考えることも無く同時に練習すると時間が余計にかかってしまいます。

 確かに、二つの別々の動作を一度にするのは、無謀なことかもしれません。

 ペタルをこぐのは後回しにして、まずはサドルにまたがって歩き、次第に足を上げられるようにし、ほんの少しの下り坂を使って足をつけないで下ったり、ジグザグに下ったりと、バランス感覚を身に付けてから、仕上げとして推進力となるペタルこぎの練習をするようにすると、どんな人でも一日程度で乗れるようになるそうです。

 それと同じで、負のスパイラルと一くくりにして物怖じするのではなく、それぞれの課題を分けて考えれば、案外楽に手を付けられますし、つながっていればこそ、出来ることから次々に改善されていく可能性があります。

 解決に必要なのは、案外、根性や精神力や、やる気だけではないかもしれませんね。
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豆まき
2012/02/04(Sat)
豆入れ

 今日は立春。

 ということで、その前日の昨日が節分でした。

 昨日は雪のことを書いたので、うっかりしていましたが、子供は幼稚園で雪だるまだけでなく、節分の豆入れも作ってきました。

 上の写真ですね。

 なんで、やっつける相手の鬼の絵を描いているのか不明ですが、他に書くものも無いのでしょうね。

 子供たちは毎年、節分の豆まきを楽しみにしていますが、もともとは寺社が邪気払いに行った豆打ちの儀式を起源とした行事。

 教会の敷地内の牧師館から「鬼は外~」「福は内~」という声が響くのもどうかなという気もしますが、日本の行事を知るというのも大切じゃないかなと思っています。

 ということで、一応、きちんと酉の刻にまきました。

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笑顔の雪だるまたち
2012/02/03(Fri)
ユキダルマたち

 今日もまた、大雪でした。

 こんな日に、私は町内の資源ごみ当番で、一面の雪と渋滞に驚きつつ、朝7時半から小学校北門横のごみ置き場に行きました。

 1号線や23号線といった、幹線道路から迂回してきたと思わしき大型車も多いため、渋滞は見たことも無い様相のもの。
 
 道路は凍結しているというのに、ノーマルタイヤの車が多いのには驚きました。

 北海道では夏タイヤと言うのですよね・・。

 ま、それはともかく、子供たちに聞くと、幼稚園や小学校では雪遊びに興じたとのこと。

 結構、降り積もっていましたからね~。

 大人には散々な日でしたが、雪遊びに慣れていない子供たちにしてみれば、とても楽しい日だったでしょうね。

 小学校の参観日と懇談会に妻が行っていたため、珍しく幼稚園にお迎えに行った私は、“今日はすごく楽しい日だった”と誇示するかのように並んでいる、可愛い雪だるまさんたちに会うことができました。

ユキダルマ

 あまり美しくないようですが、とて誇らしげに胸を張っています。

 あれだけあった雪は、お昼過ぎには溶けたけど、君たちだけは残ったんだね。

 子供たち遊んでくれて、そして、子供たちの笑顔を連想させてくれてありがとう。

 
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寒いよ 歌うよ
2012/02/02(Thu)
また雪

 またまた雪です。

 暖房していても、足元が冷えるのが厄介です。

 今日の予想最高気温は、確か3℃でしたから、足元っていたったら0℃くらいではないでしょうか・・。

 私の書斎なんか、冷蔵庫にいるみたいに寒いです。震えが止まりませんし、吐く息が真白くなりますからね。

 今日は、書斎の仕事を早めに切り上げて、教会の事務室で仕事をしましたが、それでも足元は凍りそうでした・・。

 しかし・・、私なんかこんなに軟弱なのに、教会のお掃除当番のご夫妻が、こんな寒い雪の日だというのに来られました。

 熱意に脱帽です。

 私なんか、渡り廊下を通れば、牧師館からすぐ教会に来られる訳ですから、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

 しかし、再来週の讃美歌を選ぶために、ヒムプレーヤー(讃美歌自動演奏機)を使って実際に歌っているところに、来られたので、少々恥ずかしかったですね^^;

 気付かなかったので、背中を丸めて、大声で讃美歌を歌っているところを見られてしまいましたから…。

 ははは。

 それにしても、早く暖かい日が来ないかなぁと、春の日を待ちわびてしまうのでした。

 
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惑わされずに楽しく生きよう
2012/02/01(Wed)
50.jpg


 今日2月1日は“においの日”なんですな。

 といっても、2000(平成12)年に、P&Gの「ファブリーズ暮らし快適委員会」が制定したものです。

 そう、2月01日ですから「に(2)お(0)い(1)」の語呂合せにすぎませぬ。

 その頃の私は、まだ30代後半でしたから、“においがどうしたっていうの?”てなものでしたが、最近はいけません・・。

 特に昨年、一昨年あたりから、親父臭が気になりだしました・・。

 いわゆる“加齢臭”というやつです。

 余談ですが、この加齢臭という言葉は資生堂が作ったもので、ほんと余計なものが作られたなぁと思います。

 しかも、この言葉が市民権を得て、以前にも増して余計に意識されているような気がしてなりませんっ。

 はぁ、はぁ・・、少々、被害妄想的ですか・・。

 話はそれてしまいましたが、さすがに50歳ともなると、今まで考えたこともなかったようなことが、いろいろ気になったりします。

 でも、それはそれで、無意識的に通り過ぎていたものに目をとめたり、心砕いたりと、新しい経験や出会いがあるということですね。

 惑わされずに楽しく生きよう。

 ・・あっ、不惑は40歳だったか・・。

 50歳は・・と、あ、天命を知る・・ね・・。

 ん・・ちょっと厳しいかな・・。

 ま、聖書でなく、孔子の論語だからよしとしておこう・・。

 惑わされずに楽しく生きよう。
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