もどかしく
2013 / 03 / 25 ( Mon )
信号

 思いが届かない時は辛いものです。

 相手の気持ちが分かる時は、なおさらもどかしくなります。

 いつか気付いてくれるのを待つしかないですね。

 心は痛いままだけど。

 
スポンサーサイト
21 : 51 : 57 | 未分類 | コメント(4) | page top
深層心理か
2013 / 03 / 18 ( Mon )
薄暗い

 朝ごはんの時、私が配膳を手伝った豆腐のお皿を見て妻が一言。

「あっ、お父さんの薄い髪の毛が入ってる・・」

「えっ、ごめん・・。」

・・んっ!!

 妻よ、それを言うなら“細い”じゃないの?

 確かに薄くなってきてるけど・・。

19 : 30 : 30 | プライベート | コメント(14) | page top
いろいろ
2013 / 03 / 16 ( Sat )
瀬戸大橋・・

 心の奥に本音があり、

 そのまた奥にも別の本音あり。

 別の扉にもまた何かあるみたいだし、

 固く閉ざされて、その存在さえ自分でも気付かぬ扉もある。

 広がりと深さ。

 ややこしいな。

 ややこしいけど面白いな。

 人間。

 一筋縄ではいかぬから。


20 : 18 : 04 | 未分類 | コメント(0) | page top
3.11
2013 / 03 / 11 ( Mon )
黙して祈る。
23 : 07 : 06 | 未分類 | コメント(2) | page top
店を知らない・・
2013 / 03 / 08 ( Fri )
養老天命反転地

 私はあまり出歩かないので、いまだに四日市の町をあまり知りません。ですから、PTAの懇親会のお店を決める時などにも、私はあまり役に立ちません。

 特に外食関係に弱いのです。

 そういえば、赴任してきた3年前の私の誕生日に、妻が「子供たちが学校に行っている間にランチに行こう。ちょっとドライブして。」と言ってくれました。

 ・・しかし、・・ドライブに・・ランチ・・。子供たちが学校から帰ってくるまでの時間内で・・。

 ううむ、難題だぁ・・。手ごろなドライブコースも思いつかなければ、小洒落た店も知りません・・。

 「そうだ、三重地区の伝道部会に行ったとき、四日市教会のTさんに教えてもらった美味しそうな店が津市にあるよ。四日市から30数Kmだから、丁度良いかも。」

 ということで、津市にある“陶々”という中華レストランに生きました。

 雰囲気の良い、明るく広々とした店内。お店の人の応対も上品です。何となくデートをしているような久々の雰囲気。

 すると、入り口から見たことのある顔の人が入ってきました。

 よく見ると・・。

 あれれっ、この店に以前連れてきてくれたTさん、しかも奥様もご一緒に・・。
T
 しかも、お互い気付いていて、妙な雰囲気になりつつあるというのに、店員さんはTさんを私たちの隣の席にエスコートするではありませんか・・。

 「あっ、どうも・・。」

 「こりゃ、どうも・・。」

 今、思い出しても可笑しい出来事でした。

 
19 : 49 : 40 | プライベート | コメント(2) | page top
人はあなたの後ろを見ているよ
2013 / 03 / 01 ( Fri )
あるく

 いつだったか、先輩牧師からこんなことを言われました。

 「教会員さんは牧師の後ろを見ているよ。」

 最初は何のことを言っているのか分かりませんでしたが、こういうことのようです。

 “言葉の上で素晴らしい会話や説教をしても、それだけでは駄目なんだ”

 “口先の言葉ではなく、その牧師の背負ってきているものや生き方を人は見ている”

 う~ん、そうかもしれません。いや、きっとそうだと思います。

 人は他人にどう見られるかを気にするあまり、外見を取り繕おうと必死で頑張るものですが、人はそんな表面的なものではなく、その向こう側にあるその人の本質を受け止めようとするものです。

 世間的なイメージが確定している牧師など、意識過剰になりかねない背景がある訳ですから、上手に見かけをごまかしてやり過ごそうと考える人がいてもおかしくありません。

 威厳をもって、聖書的に正しく、神学的に素晴らしい言葉を巧みに操るのは、そこそこ勉強していればそう難しくはないでしょう。

 しかし、聖書的に正しかろうが、神学的に優れていようが、その言葉はただそれだけのものに過ぎません。

 本当に人の心に届くものを共有するためには、それだけでは駄目だということです。

 牧師の本気度や真剣さ、謙虚さや祈りの姿勢が本物かどうかが大切なんだと、その先輩牧師は語ってくれたのだと思います。

 確かにそうだなと思いました。そして、これはすべての人間関係にも当てはまるものだなと思いました。

 相手がどんなに表面的に取り繕っても、そのメッキは剥げてきますし、どんなに隠していようと、良いものでも悪いものでも、その人の本質は見え隠れしてきます。

 そうしてみると、その解決は頑張る生き方では有り得ないこと、不完全な自分たちにとって可能な道筋は謙虚に生きることなのだろうなと思わされました。

 “肩ひじ張らずに、あなたはあなたらしく生きたらいいと思うよ”

 結局はそういうことなのでしょうね。

21 : 37 : 19 | 未分類 | コメント(10) | page top
| ホーム |