教会のオルガン
2013 / 06 / 28 ( Fri )
でんきおるがん

 先日、教会の電気オルガンをメンテナンスしていただきました。

 買ってから10年以上もメンテナンスしていないのは、さすがにいけないだろうということになったからです。

 しかし、面倒がってメンテナンスしなかったのではなく、買った正規販売店が既に存在しないためなのでした。

 数百万円もするオルガンだというのに、アフターケアが立ち消え状態だったという訳です。

 今回はメンテナンス出来る方を探し、職人さんに東京から来ていただいて実現したのでした。

 しかし、驚きました。カバーを開けると基盤や電気部品の塊。

 時代の最先端を行ってる気がして、それはそれでいいのですが、いろいろと話を聞いていると、電気オルガンは電気部品であり、足踏みオルガンやパイプオルガンのように、メンテナンス次第で何百年と持つようなことはないらしいのです。

 言われてみれば、それはそうですね。

 しかし、それにしても、パーツ類は消耗品を含めて、そろそろ手に入りにくくなっていると言うではありませんか・・。

 え゛ーーーーーっ。

 たとえばイタリア製のキーボード部分は、メーカーがその製造を終了しているため、鍵盤の下にあるゴム製のパーツは安いモノだけに儲けが無いので、メーカーは鋳型を作り直してまで再生産しないだろうということでした。

 つまり、この2センチ幅のゴムパーツが次にダメになったら、キーボードごと移植してやり過ごすしかないというのです・・。

 それにスピーカーのアンプなども、壊れたら部品が無いので、全く別のものと取り換えるしかないとのこと・・。

 結局、一事が万事、継ぎ接ぎして何とか状態を保っていくことになるようですが、そんなふうに継ぎ接ぎしていつまでもつのかと不安になります。

 まさに“電気製品”なんだなと実感してしまいました・・。

 しかし、これは寄付してくださった方の思いや、毎週一所懸命練習して奏楽してくださっているオルガニストさんたちの情熱がこもっているオルガンです。

 その重厚な音色で礼拝音楽の幅を広げ、感動を呼び、教会に集う皆さんの賛美と信仰と共に在るオルガンです。

 出来るところまで、継ぎ接ぎしてでも大切に守っていってあげようと自然と思えるのは、このオルガンが四日市教会の仲間だからでしょうね。

スポンサーサイト
21 : 15 : 07 | 未分類 | コメント(4) | page top
支えられて
2013 / 06 / 22 ( Sat )
雨ですね

 何気ない事柄に埋もれている、人の優しさや素晴らしさに気付く者でありたい。

 さりげない思いやりに、私も支えられてきたから。

 人は温かさを受けて成長するのだと実感してきたから。

 だから前を向けるのかもしれない。

 ありがとう、と祈りつつづける。

 
 

19 : 24 : 01 | 思ったこと | コメント(2) | page top
風は思いのままに吹く
2013 / 06 / 21 ( Fri )
カゼ

「風は思いのままに吹く。

 あなたはその音を聞くが、それがどこからきて、どこへ行くかは知らない。

 霊から生れる者もみな、それと同じである」

                             ヨハネによる福音書3章8節


18 : 51 : 47 | 未分類 | コメント(4) | page top
今を生きる
2013 / 06 / 20 ( Thu )
_DSC_0470-2.jpg

 “今を生きること”、“前を向いていること”に精いっぱい過ぎて、あまり深く考えたことも無かった自分の歩みを冷静に振り返る機会がありました。

 そうしてみると、妙に切なさが心の奥底からこみ上げてきます。

 孤独を道連れに遥か遠い場所を目指して来た半生でした。

 どんなに辛くても笑顔で生きてきた自分だったような気がします。

 口先ではなく行動ですべてを示し、いや言葉と行動を一致させることを大切にしつつ、あっけらかんと生きて来ました。

 理想主義者だとか愚か者だと罵られたり、無視されることもありました。

 考え方は正しくても、その方法がまずくて反感や誤解を招いたこともありました。

 人を傷つけたこともあれば、裏切られたこともありました。

 若くて人間的には未完成過ぎたのだと思います。

 もっと、おとなしく生きていたら楽だったのかもしれないとも思いますが、性格上違う路線はなかったようにも思います。因果な性格です。

 しかし、もう過ぎたことですし、今も前を向いて生きている以上、過去なんか思い出す必要など無いのかもしれません。

 ただ、「よくやってきたなお前、随分がんばったよ、褒めてやるよ」と自分に言ってやりたくなりました。

 しんどいことは分かっていましたが、振り返ってみると当時のしんどさがどういうものだったか、その質が切実なくらいリアルに分かるからです。

 もちろん、それからも、そして今も、決して楽ではないし、多くの試練があることに変わりはありません。

 まだまだ、私は練られていかなければならないのだと思います。

 やはり、前を向いて、精一杯今を生きるだけで良いのかもしれないと、そんなことを改めて考えさせられた気がしました。



 
17 : 01 : 36 | 思ったこと | コメント(8) | page top
私はいつも少数者側にいるから、ちょっと思う
2013 / 06 / 14 ( Fri )
ふわふわっ

 多数決と民主主義の違いが分からない人って意外と多い気がします。

 私もそんなに詳しい方ではありませんが、「結局、民主主義って多数決でしょ。」という意見など聞くと、それが違っていることに気付かされます。

 多数決は民意を反映しようとする一つの手段に過ぎないはずです。

 皆の気持ちを最大限大切にする結果というのは満場一致ということになりますが、そうなることはほとんどなさそうですから、多数意見で妥協しようと多数決が用いられます。

 しかし、多数決が、不完全ながらも“民意を反映できるかどうか”は、意見交換(協議)にかかっていると思います。
 
 多数決には少数意見を無視する危険性がありますし、やり方によっては本当の多数かどうか不確かな事も想定されますから、本当にそれが一番の希望であり意見であるかを各人がしっかり確認するために、よくよく意見交換することが必要となります。

 そのところがぼやけてしまうと、多数意見の勝ちなんだからという、数に頼る多数決の論理が先走ってしまうと、それは民主主義のようでありながら、違うものになってしまうと思います。

 まさにそれは“数による暴力”となってしまいそうです。

 意見交換や協議の質こそが大切なのだと思います。

19 : 38 : 43 | 思ったこと | コメント(8) | page top
天と地?
2013 / 06 / 12 ( Wed )
電車

 昨日、所用で名古屋に行きましたが、行きの電車であっけにとられる光景を目にしました。

 この電車の座席というのは、山手線なんかとは違い、左右に二人掛けの席が進行方向に向かって並んでいるタイプです。

 知らない人と至近距離で向き合う必要が無いぶん気が楽ですが、友達でもない人と二人並ぶのも少し抵抗があります。

 それで、大部分の方は二人席に一人で座っている訳ですが、それはつまり、座ろうと思えばどこでも座れる空席があるという状況ということでした。

 しかし、もちろん、念のため一人も座っていない席を探すのが常套手段です。

 乗り込んだ電車の端から順に空席を探していると、一組の席が空いているではないですか。

 しめた、まだ誰も座っていない席があった。

 誰かに先を越されないように、すっすっすっと近づくと、その席の斜め後ろに人が立っているのが見えました。

 あ、先を越されそう・・。

 結構、いい歳をしたおじさんです。

 私もいい歳したおっさんですが、彼のようにパナマ帽にアロハシャツといったおしゃれなタイプではありません。

 そう、彼はちょっとお洒落さんです。

 競って座るのは好きじゃないので、その人に譲って通り過ぎようとすると、その人にはまるで座ろうという素振りがありません・・。

 ははあ、たまに立ってるのが好きな人がいるけど、この人はそうなんだ、じゃあ遠慮なく・・、と、空いてた席に座ると、その人は待ってましたとばかりに、ひとつ前の一人分空いてる席に腰かけたではありませんか・・。

 ええっ、結局座るの? なんでここに座らなかったの?

 しかし、そのシンプルな謎は、すぐに解けました。

 そのおじさんは(私もおじさんですが)推定20歳以上の歳の差をものともせず、隣の若い女性に親しげに話しかけ始めたのです。

 いわゆるナンパというものなんでしょう。

 とにかくまあ、話が上手らしく、楽しそうな雰囲気を醸し出していますし、ひっきりなしに女性を見つめるしぐさはまるで恋人同士です。

 空いてる二人席に私を座らせて、自分は若い女性の隣に座るという作戦だったようですね。

 参りました。

 そんなこと考えたこともありませんし、そこまで考えて実際に行動する人がいるなんて思いもしませんでした。

 若い女性の横に座るのは、私なんかは反対に敬遠するんですけどね・・。

 世の中はほんとすごい人がいるもんだなぁと、あっけにとられるやら感心するやら・・。

 ・・・・・・・。

 そんなことを考えていると、その直後に太めのおじさんが(私もおじさんですが)隣に座ってきました。

 ううむ・・・。天と地の差になってしまったじゃないですか・・・。

 これが世の中ですな・・。


 
16 : 54 : 10 | 未分類 | コメント(10) | page top
穴があったら入りたい
2013 / 06 / 09 ( Sun )
どくだみ

 “穴があったら入りたい”

 こんなセリフ、あるにはありますが、私は個人的に一度も使ったことはありませんでした。

 しかし、今日という今日はまさに“穴があったら入りたい”でした。

 単に恥ずかしいというより(もちろん恥ずかしいには恥ずかしいのですが)、皆さんに申し訳ないという思いが強くてしょうがありません。

 まさに取り返しがつかないくらい申し訳なさ過ぎて、胸が痛みます・・。

 今日は先日亡くなられた方の納骨式でした。

 教会のお墓(教会から車で片道20分ほど離れた墓地)で讃美歌を歌い、聖書を読んで納骨式が順調に執り行われていました。

 いよいよ、納骨式の中でお墓をほ開けて遺骨を納骨しようとした瞬間、そこまでは全く順調だったのですが、私はとても大切なことを忘れていたことに気付きました(汗)。

 遺骨を納める墓の裏側には、石の蓋があって、しかもその奥には鉄の扉があるのです。そして、さらにその扉は鍵があるのをすっかり忘れていたのです。

 そう、納骨室の“鍵”を持参しなければならなかったのに、頭の中から完璧に消えていました。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 唖然とした私。

 「か、鍵を忘れてきました・・。」

 沈黙の嵐。

 「えっ・・・。」×20数人

 皆さんの動揺した顔・・。

 「はぁ・・・。」

 ・・沈黙。

 「う~ん・・。」

 ため息×∞

 仕方ありません・・。鍵を取りに帰るしかありません。その間、皆さんには待っていただいて・・。

 結局、書斎まで鍵を取りに帰り、墓地で皆さんを40分程お待たせした挙句にやっと納骨式が終わりました。

 晴れでも雨でもなかったのが不幸中の幸いですが、年配の方も足の悪い方も、遠方から来られた方もおられたので、謝っても謝り切れず、底抜けに申し訳ない思いで、心が痛んで仕方ありません。

 それなのに、皆さん、愚痴ひとつこぼさず、「先生急がなくていいからね。」「気を付けて帰ってきてくださいね」と温かいお言葉を下さるばかり・・。

 皆さんが優しいだけに、体力的に負担をかけ、時間を浪費させてしまったのが切なくのしかかってきます。

 穴があったら入りたいというのは、こういう心境なのだなと、実感した次第です。

 あああ・・・。今夜はうなされるかも・・・。


 

 
19 : 32 : 35 | 行事 | コメント(12) | page top
お金とは
2013 / 06 / 07 ( Fri )
らべんだー

お金に関してこんな言葉があります。結構好きですね。こういうの。

金とは、幸福以外のあらゆるものを与えることのできる万能の供給者であり、天国以外のどこにでも行くことのできるパスポートである。」

 イギリスで“お金とは何か”という定義を一般公募した時の最優秀作品だそうです。

 なんだか、人生経験の豊かさから滲み出てきた言葉のような気がします。

 私たちは目に見えるものに幸せがあると考え、そこに集中してしまいやすいものですが、所詮、死によってそのすべては手放します。

 目に見えない幸せを見つめる人生って、案外大切な視点だと思います。 
 
20 : 36 : 15 | 未分類 | コメント(4) | page top
| ホーム |