小児からの脳死臓器提供
2011 / 07 / 18 ( Mon )
何かぶってんの

 改正臓器移植法の全面施行以降、15歳未満の小児からの脳死臓器提供は1例のみ実施されたそうです。

 毎日新聞の調査によると、このほかに小児患者が脳死とみられる状態になったケースは少なくとも14例(11医療施設)あったものの、脳死臓器提供にいたらなかったとのこと。

 その理由は、親が臓器提供に承諾しなかったり、悲しむ家族の様子を鑑みて医師が提供に関する説明を見送ったからだそうです。

 施行前からうすうす感じていましたが、やはり小児の場合は、脳死が人の死として受け入れられにくいのが現状なのでしょう。

 小児の臓器提供を待ちわびていらっしゃる方々には、残酷な現実だと思います。

 しかし、脳死状態の小児を抱えた家族のことを思うと、“子供の臓器を提供しなさい”という圧力が強烈でなかったことなのだろうと、その点では評価できることではないかなと思いました。

 臓器提供を待ちわびる方々と、子供が脳死だと宣告される人々の両方から考えると、必ずどちらかが苦しむ、本当に辛い両刃の剣のような法律だなと思えてなりません・・。

 人の心よりも、科学技術の方が進み過ぎてしまったのかもしれません。

 論理的にクールに、自分の子供の“命と死の境目に線を引くこと”が突然求められる社会・・。

 その向こうにある明日は、どんな明日なのかな。


 
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コメント
--No title--

臓器移植のこといろいろ考えさせられますがよく分からないことがおおいように思います
自分はいいと思っても家族の同意がなければ上手くいかないと思うとどうすれば良いのかますますわかりません
今からこの年で学んでもどうかな

と思います
by: ハッピー高齢者 * 2011/07/19 10:39 * URL [ 編集 ] | page top
--ハッピー高齢者 さんへ--

感情の問題が大きく横たわっていますよね。
しかも、本人と周りの感情にもずいぶん違いがあるかもしれません。
(本人の意思を確認できないことが多いでしょうが・・)
しかし、なにより、臓器移植をより成功させるために
人の活動停止(心肺停止)以前に臓器を取り出す、というところに問題があります。
まだ心臓が動き、体も温かい段階なのに、
それを“死”と受け入れるのは提供側、特に親には困難だと思います。
ただでさえ、自分より先に子供が死ぬことを受け入れるのは酷なことですから・・。
難しいですね・・。
by: ショウゴ * 2011/07/19 17:10 * URL [ 編集 ] | page top
--医師を辞めた友人--

こんばんは。
臓器移植に関しては大切な問題を解決しないまま発射したように思います:友人の1人は「人間の死が心臓が停止したからか、脳が停止したからか、自分には確定できない」と云って医師を辞めました。これが今の真実ではないでしょうか?
人間にはまだまだ判らない/解らない自然の不思議があります。命の不思議もその一つなのではと思います。
原発と同じで科学者の中にはパンドラの箱を開けたがる人が出て来ます、結果を無視して。医師が不法な手段で臓器を、それも自分に移植するために手に入れるという事件も出ています。
貧しい国々では、お金のために臓器を売る人達がいます。それを悪用して、事もあろうか、宗教関係者が仲に入り、大儲けしていた事件もアメリカで発覚しました。
原発と同じで臓器移植も再考されなければならない事項の一つかもしれません。
by: yokoblueplanet * 2011/07/19 18:51 * URL [ 編集 ] | page top
--yokoblueplanet さんへ--

人の死をずらす、しかも手前に・・。
それは相当無理のあることだし、ほんとうに議論もしつくすさずの見切り発車だったと思っています。
なんだか「野締めの方が活け締めより美味しいんだ」と言っている、グルメの論理に似ている気がしてなりません。
仰るように、原発同様に再考すべき事柄だと思います。
by: ショウゴ * 2011/07/19 21:22 * URL [ 編集 ] | page top
--No title--

こんにちは☆
私は臓器移植には基本的には反対の立場です。
臓器移植の由来は、元々旧日本陸軍731部隊の石井四郎軍医中将が戦犯逃れのためアメリカに渡した人体実験の資料から出発しているものと知りました。
生命倫理学上も臓器移植の正邪もはっきりしないまま、人の死を脳死と断定することにも疑問を感じます。
臓器移植でしか助からない子どもを持つ親さんからすれば、どうしても助けたいという気持ちは当然でしょうが、脳死と判定された小児の臓器を移植したことで、果たして子どもが本当に幸福になれるものでしようか。
私にはどうしてもそう思えません。
by: まり姫 * 2011/07/20 16:25 * URL [ 編集 ] | page top
--まり姫 さんへ--

そうですね。
脳死を人の死とするのは、かなり無理なことだと思います。
生物学的には生きている状態ですから。
脳死の移植を受けだ側も、提供した側も
心になにかしらのしこりが残るのではないでしょうか。
そして、その責任は誰も取ってくれない。
判断した者にのみ、ずっしりと責任がのしかかるだけ・・。
誰に対しても無責任なことを始めたものだと思えてなりませんね。
by: ショウゴ * 2011/07/20 17:59 * URL [ 編集 ] | page top
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