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できることしかできない

2012年03月15日
トイカメラY

 3月11日で東日本大震災から1年が過ぎました。

 ブログを書くなら、それに触れないのも変ですし、かといって祈りと募金以外に何もしていない以上、書くことが思いつかないのも事実です。

 そんなこと考えているうちに数日が経ちました・・。

 何もできない自分、できたとしても僅かなことしかできない自分を思い知っているからです。

 阪神大震災の時、教会関係のボランティア活動、長田区役所前の公園で野宿しながらの活動もしました。

 でも、そんなものは何もしていないに等しいものに過ぎませんでした。

 かえって足手まといになってしまう現実さえ突きつけられました。

 組織としての動き、そして何より資金の必要性を痛感しました。

 個人の無力さを思い知らされました。

 今、できることしかできない、ごめん。そんな気持ちで佇んでいるのが現状です・・。

 でも、ずっとずっと祈り続けています。

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思ったこと | コメント(12)
コメント
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鍵コメントさんへ
出来ることを一つずつ・・ですね。
出来ないことは出来ないし。
ただ、出来ることなのに、
気付かないことのないうにしたいものです。
こんにちは
「できなかったことを知る」と言う事が
次のステップに 繋がるのだと思います
東南海地震も 起きるかもしれない、
できなかったことも きっと 
いつか 役に立つと 思います
何もないことが良いのですが。
なにもできない!
ホントに、私もそんな気持ちです。映像を見ては、又、記事を読んでは、ただ、ただ
涙を流していただけのような情けない1年だった気がします。心苦しいような、じれったい
ような・・・私なんかの祈りが被災された所に届くんだろうかと疑心暗鬼になったり・・・
「祈りましょう!」と言いながら・・・。
かといって祈りと募金以外に何もしていない

本文より

それでええんじゃないでしょうか!(笑)
また!それで良いと言ってください!

でないと我々一般人は・・・
ウツになってしまいます。

阪神大震災の時は私は京都の祇園に居ました。何をしてもほとんどムダでした。
東日本大震災の時は私は静岡です。
結局何をやっても何もならず・・・
気持ちが空回りしていて自分自身が嫌になります。

出来るだけの寄付で・・・
気持ちだけで良いと
仰ってください。
お願いいたします。

まだまだ復興はそうとう長い期間を要します。
応援する気持ちがとぎれないだけでも
良しとして~
くらいでいかがでしょうか?(笑)
みかん さんへ
東海地震、南海地震も気になります。
三重県にいる以上、明日は当事者かもしれません。
そこで必要な事は何かをわきまえて
発信することができるようになっていたいです。
ねこあいちゃん さんへ
ほんとうに心苦しく、じれったいという表現が適切ですね。
必要の前の無力な自分・・。
しかし、悲しみ心痛めていることこそが大切な気もします。
手打ちそば蕎友館 井出明久さんへ
コメントありがとうございます。
感動して、心が熱くなって、涙が出てきました。

> かといって祈りと募金以外に何もしていない
>
> 本文より
>
> それでええんじゃないでしょうか!(笑)
> また!それで良いと言ってください!
>
> でないと我々一般人は・・・
> ウツになってしまいます。

マイナス面ばかり見ていたらダメですね。
襟を正します^^

> 阪神大震災の時は私は京都の祇園に居ました。何をしてもほとんどムダでした。
> 東日本大震災の時は私は静岡です。
> 結局何をやっても何もならず・・・
> 気持ちが空回りしていて自分自身が嫌になります。

そう、みんな自分の無力さに打ちひしおれてしまいますよね・・。
でも、だからだめなんじゃなくて、だからと言ってそれがだめなわけじゃない。
出来ることをするしかないから、出来ることをする。
出来ないことは出来ないから、出来ることしかしない。
だから、出来ることさえすればよい。
ということですね。

> 出来るだけの寄付で・・・
> 気持ちだけで良いと
> 仰ってください。
> お願いいたします。
>
> まだまだ復興はそうとう長い期間を要します。
> 応援する気持ちがとぎれないだけでも
> 良しとして~
> くらいでいかがでしょうか?(笑)

心痛めながら、自分の無力さを思い知りながら、
祈り、募金しながら復興の日まで過ごす。
それですね。
被災された方々の“ために”は、無力ですが、
その継続の中で“共に”成長させて頂ける。
その関係性も貴いものですね。
東日本大震災
隣の人に少し優しい言葉を話そう 限りのある命を知って  そんなことくらいを思うことくらいしか出来ませんでした。東海地震にそなえてブロックの塀をなおしたことと 後は市の家の無料耐震を申し込むことにしました。 
お久しぶりです。
ショウゴさん、私は今回の震災でひとりひとりの人を思う力は大きいってことを実感しました。我々海外班も日本国内にお住まいの方々同様、無力感やじれったい気持ちをもっておられる方が多かったと思います。離れているからこそ傍に飛んで行って力になれないじれったさ。

そんな中、日本人が中心となって各地で募金集めが行われました。
私がひとりひとりの力が大きいと感じたのは去年、オーストラリア人の上司と私の2人ではじめた私達に何かできることはないか募金活動が最初の我々2人に勤め先の大学生が賛同してくれ、そのうち職員も加わり、付属病院も快く場所を提供してくれ、地域のコミュニティイも加わり、メインTVチャンネルの朝番組でも紹介していただけるような大きな輪になったからです。

学生はオーストラリア人だけではなく、アジアからの留学生も多数ボランティアに加わってくださったのですが、ベトナムや中国の過去に日本といろいろあった国の若者がほんとに一生懸命募金を集めてくれ、ほんとうに頭のさがる思いでした。募金の際、多くのボランティアは街頭で駅で構内で通りすがりの方から暖かいはげましの言葉をいただき、それが励みになりました。

規模がだんだん大きく膨らむにつれて延期、延期が続きました。でも、延期するたび輪が大きくなって身体障害者の方々も輪に加わってくださりました。みんなが自分にできることを少しずつ手伝ってくださいました。自分にできることでいいんだと思います。1ドルコインの重みも知る事ができました。

最後に、最近は日本のTV番組がネットで見れますが、震災後の数ヶ月はNHKの無料配信もあり、毎日の様に見てたのですが、その中で高校生くらいの子達が自分にできる事は?とボランティアに加わったり、被災地の自分も災害にあいながらも小さい子を集めて遊ばせてあげたり、とにかく自分にできることは何だろうと真剣に向き合っている姿を見て、涙がでてきました。そしてこんな若者がいる日本はすばらしいし、将来に希望がもてました。
長いコメントになってしまいごめんなさい。
ぴーちゃん さんへ
いろんな人にいろんなできることがある。
そんないろいろが積み重なって大きな広がりになる。
できることが大切ですね。
おゆきどん さんへ
コメントありがとうございます。
離れていればなおさら思いも熱くなりそうですね。
でも、海外だけでなく、国内でも遠距離だと同じ感覚と言えるかもしれません。
自分がはがゆいんです。
でも、実際現場に行ったところでできることはたかがしれてます。
その分の交通費を募金したほうがはるかに役に立つのが現実。
そう、募金が一番大切な働きかもしれません。
ただ、気になるのがその使われ方ですが、考え過ぎもよくありません。
いろんな人の思いを込めて、小さい大きいは別にして
出来ることを皆でしていくことが最善のことなのだと信じています。

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