四日市今昔

2012/06/01 Fri 21:39

煙突2

 私の両親は、私が生まれる前に四日市に住んでいました。

 それで、四日市教会に赴任するのが決まった時は、先輩面してあれやこれやと教えてくれたものです。

 四日市という単語が引き金になって、心のどこかにしまってあった懐かしさがこみ上げてきたのでしょう。

 もっとも、いろいろ教えてくれると言っても、50年以上前の話です。

「駅のそばに、こんな店があるろう。」「○○をこう曲がったところは、こんな景色やろう。」「○○が有名やき。」※現在は土佐弁を話す両親です。

 残念ながら、何を聞いても現在の四日市には当てはまりません・・。

 そういえば、2年ほど前、旅の途中で寄ってくれたことがありまして、

「懐かしいき、駅の方に行ってみるき。」

と、意気揚々と出かけたものの、

「全然分からんなっちゅう。別世界やにぁ。それもそうやにゃあ。」※鼠や猫語みたいですが、土佐弁です。

と言っておりました。

 気付くのが遅いよと思いつつも、50年以上離れていた訳ですから、タイムスリップしたみたいなものですね。

 ところで、最近電話で母と話していると

「四日市は臭いろう。」

と言うので、

「いやいや、今は規制が厳しくて、スモッグなんか全く無いし、臭いも殆ど無いよ。」

「・・・。そうやのうて、万古焼き(ばんこやき:陶器です)の煙が臭いやろう。」※万古焼き(ばんこやき)という陶器です。

「・・・。・・・?」

 しばしタイムラグ・・。

 あ、なるほど、私の両親が居たころは、スモッグも四日市喘息も、まだ無かった頃だったのね・・。

 そうか、万古焼の窯元の煙が思い出にあるのかぁ・・。

 昔は風情があったのだろうなぁ。

 今は四日市のコンビナートも下火になっていますから、その後の高度経済成長期の四日市ともまた違っているのでしょうね。

 そうしてみると、子供たちが大きくなった頃の四日市もまた、現在とは違ってくるはずです。

 その頃は、どんな風になっているのでしょうか。

 50年隔ててですが、親子3代にわたって四日市に暮らしているのが不思議でもあり、愉快でもあります。

 
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プライベート | コメント(2)
コメント
NoTitle
昔の(昭和)以降の四日市のことならお任せください・・・
と言ったものの先日高砂町尾上町に行ったところ
もの凄い変わりようで驚いている年寄りです
ハッピー高齢者 さんへ
またのすべてを把握という訳にはいかないでしょう。
でも、頼もしいですよ。
いろいろ教えてください。
私なんかまだまだ四日市3年目ですからね~。

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