小国清子先生
2013 / 02 / 16 ( Sat )
香川豊島教会2013

 葬儀に出席するため、昨日一昨日と香川県に行ってきました。私が小豆島に居た頃、小豆島のお隣の豊島にある香川豊島教会の牧師さんだった方で、私はこの小国清子牧師から本当にたくさんのことを学ばせて頂きました。元気で達者な方だったので、91歳では若すぎます。悲しくてなりません。上の写真は香川豊島教会。

 おそらく、日本で最も素朴に、神様への感謝と喜びをもって伝道していた牧師さんの一人だったと思います。1958年に賀川豊彦先生に「豊島を頼みます」と声をかけられ、東京の田園調布教会から2年間という約束で香川豊島教会に赴任されたのですが、結局それから55年間もの長きにわたり、香川豊島教会の牧師をされました。

 人は自分でも気付かないうちに、欲という誘惑の罠に落ち込むものです。“一般社会では、人の地位や収入や功績などによって評価されるものかもしれないが、キリスト教の世界は違う”などと言われますが、それとなんら変わらない感覚をもって生きている牧師や信徒はたくさんいます。いわゆる大教会の牧師や神学校の教授は偉く、小さな教会に行けば行くほど牧師は軽く見られたりします。“そんなことはない”と反論する人もいるかもしれませんが、本心からそう言える人は少ないと思います。

 私もその点については実際に経験済みです。自己紹介などで“小豆島の小さな教会の牧師でした(です)”と言うと、“その歳でそういう教会しか任されないということは、たいした牧師じゃないんでしょ”という蔑んだ態度をされることが本当に多くありました。そういえば、私と小国牧師が名指しで“あなた方は島の伝道というものが分かってないんだ”と大きな教会の牧師になじられたこともあります。日本中の教会で伝道が不振だと言われるこの時代、究極の過疎地である島嶼部で簡単に伝道の成果が上がるはずもありません。それどころか、小国牧師は、豊島に幾つもある施設と関わり続けられていましたし、トラクト(キリスト教の小冊子)を配って歩くなどの奉仕をはじめ、ありとあらゆる活動を休む間もなくされていました。お隣の直島(小豆島と反対側)の直島伝道所も掛け持ちされていましたから、それはそれは大変だっただろうと思います。しかし、そんな中傷に左右されることもなく、喜びと感謝をもっておられる姿は、見た目の限りない素朴さに反して圧巻でした。私もがんばっていましたが、先生の足元にも及びません。

 おそらく小国先生は、キリスト教信仰では当たり前の“すべきことをしたに過ぎません”という謙虚な姿勢に貫かれていただけなんだろうなという気がします。自分の努力や功績ということは全く考えないで、全ては神様の賜物であり、神様の業であるという感謝にあふれていたのだと思います。この世的な功績を全く考えないで、豊島に骨を埋めた先生の人生。神様を信じ、神様に愛され、神様と人を愛し抜いた、ただそこに生きた本物の牧師が世を去られたことがとてつもなく悲しい。

 小豆島の経験も小国先生との出会いと関わりも私の財産です。私の心の奥底に、先生の信仰のかけらが深く食い込まれたような気がします。天国でまた会いましょう。
 
 
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コメント
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お二人がその様な出会いと交わりを紡いでいらしたことに、深く心を揺さぶられます。
自身の在り方、教会生活、そして信仰が問われます。お二人はきっと、天国で再会なさることでしょう。
想いを分かち合ってくださり、ありがとうございました。
by: ビタミン * 2013/02/16 20:18 * URL [ 編集 ] | page top
--ビタミン さんへ--

ありがとうございます。
人の評価に左右されない真実の価値というものを
小国先生の生涯を通して感じ取ってくださる方が
一人でも多く起こされることを願うのみです。
by: ショウゴ * 2013/02/16 22:59 * URL [ 編集 ] | page top
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私は島の方々への伝導ということがどういうことなのかわかりませんが、
毎日穏やかな笑顔で挨拶をいただくだけでも救われる人はいます。
だからキリスト教徒に導くことだけが伝導とは思いません。
島の方々に寄り添い続けキリスト教の精神で島の方々に接してくださったこの方の存在を
私は宝だったと思います。
by: おゆきどん * 2013/02/17 11:08 * URL [ 編集 ] | page top
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2013/02/17 16:28 * [ 編集 ] | page top
--おゆきどん さんへ--

ありがとうございます。そうなんですよね。
存在そのもので神様の愛を体現されていたと思います。
そして、その姿勢こそが何よりも大切なものだったと思います。
by: ショウゴ * 2013/02/17 16:38 * URL [ 編集 ] | page top
--鍵コメントさんへ--

ありがとうございます。
少しだけ疲れましたが、
霊的に燃やされています。
by: ショウゴ * 2013/02/17 16:39 * URL [ 編集 ] | page top
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仏教の中にもそれはとてもあることだと思います。地域の人に添ってみえるお寺さんはやはり数えるほどしかないのではないかと思います。やっぱり敷居の高さを感じるのであれば辛い感じがします。
by: ぴーちゃん * 2013/02/17 23:55 * URL [ 編集 ] | page top
--ありがとう。--

こんにちは。
貴重なお話をありがとうございます。
素敵な人生ですね。
by: yokoblueplanet * 2013/02/18 10:55 * URL [ 編集 ] | page top
--ぴーちゃん さんへ--

神様の視点に沿って生きるとは
この世的な評価とは無関係のものだと思いますよね。
by: ショウゴ * 2013/02/18 15:17 * URL [ 編集 ] | page top
--yokoblueplanet さんへ--

ありがとうございます。
そう思っていただけるととても嬉しいです。
by: ショウゴ * 2013/02/18 15:18 * URL [ 編集 ] | page top
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その方の偉大さを神様がわかっているので大丈夫ですね。

わたしたちは、見えるものにこころを奪われがちですが、見えない神にこころささげていれば、最後までばっちり~!

わたしも天国で小国牧師まさとお会いしたいです!
ショウゴさん、私のほうが先に行かせていただくとおもいますが、その時は、わたしも見つけてくださいねぇ!
by: ami * 2013/02/18 22:17 * URL [ 編集 ] | page top
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2013/02/19 00:47 * [ 編集 ] | page top
--ami さんへ--

> わたしたちは、見えるものにこころを奪われがちですが、

まさにそうですね。本当の豊かさを求めて生きていきたいと思います。

> わたしも天国で小国牧師まさとお会いしたいです!

ありがとうございます。ぜひお会いしてください。

> ショウゴさん、私のほうが先に行かせていただくとおもいますが、その時は、わたしも見つけてくださいねぇ!

私が行くのは地獄かもよ~
by: ショウゴ * 2013/02/19 09:59 * URL [ 編集 ] | page top
--鍵コメントさんへ--

コメントありがとうございました。
小国清子牧師の生涯はメッセージに満ちています。
私は数年間でしたけど、小豆島にいて讃岐四島伝道の活動を
小国牧師とご一緒出来たことを本当に感謝しています。
それで、差し出がましいこととは思いましたが、先生のことを書かせていただきました。
私も慢心することなく地に足をつけて歩んでいきたいと思います。
by: ショウゴ * 2013/02/19 10:12 * URL [ 編集 ] | page top
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