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ふわふわっ

 多数決と民主主義の違いが分からない人って意外と多い気がします。

 私もそんなに詳しい方ではありませんが、「結局、民主主義って多数決でしょ。」という意見など聞くと、それが違っていることに気付かされます。

 多数決は民意を反映しようとする一つの手段に過ぎないはずです。

 皆の気持ちを最大限大切にする結果というのは満場一致ということになりますが、そうなることはほとんどなさそうですから、多数意見で妥協しようと多数決が用いられます。

 しかし、多数決が、不完全ながらも“民意を反映できるかどうか”は、意見交換(協議)にかかっていると思います。
 
 多数決には少数意見を無視する危険性がありますし、やり方によっては本当の多数かどうか不確かな事も想定されますから、本当にそれが一番の希望であり意見であるかを各人がしっかり確認するために、よくよく意見交換することが必要となります。

 そのところがぼやけてしまうと、多数意見の勝ちなんだからという、数に頼る多数決の論理が先走ってしまうと、それは民主主義のようでありながら、違うものになってしまうと思います。

 まさにそれは“数による暴力”となってしまいそうです。

 意見交換や協議の質こそが大切なのだと思います。

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思ったこと | コメント(8)
コメント
No title
ブログ見てちょうだ~~~~イ
松井大門 さんへ
見てきました(*^_^*)
なんかイイですね。
おはようございます^^)。
昔、ベストセラーになったイザヤ・ペンダサンの本の中で、
「古代ユダヤでは、物事を決める際は全員一致の決議は無効とされた」
と書いてあったのを思い出しました。タルムードの話です。

なにごとも考え方というのは、ひとによって相違があるのが当たり前であり、
もし全員一致なら、洗脳されているか、強制されているというわけでしょう。
世の中には、少数意見のほうが適切だということは十分以上あり得ます。
マスコミや世間の常識が、いつも必ず正しいというわけではありません。

日本人は「大和(やまと)民族」と言われます。
ということは、古来、「和」を尊ぶ精神があったということです。
これは、すなわち、日本人はつい多数意見に従いがちだということでしょう。
「多数決」の原理とは、現時点では、いうなれば妥協的最善策なのでしょう。
それゆえ、ひとは、これこそ絶対に真実だというものを欲するのでしょうか。

真実とは一つしかないものであり、その真理がひとを自由にするのだ、
と、わたしは数年前まで、何十年間も信じきっていました。
今でも旧新66冊の書名を順番に暗記してはいるのですが・・・。(;^_^
☆バーソ☆ さんへ
「日本人とユダヤ人」ですね。
じっさい、全員一致なんて夢物語だと思います。
人は一人ひとり違う感性を持っている訳ですから、不一致は当たり前ですよね。
意見を出し合って、何がベターかを協議していくしかありません。
多数決で導き出される結論は、所詮、妥協の産物だと割り切って考えないと、おかしなことになりそうです。
真実は一つであっても、人間の現実は多様だという事実に生きていますね。私たちは。
No title
おっしゃられているとおり、多数決は不完全だと思います。
協議によって満場一致を目指すのが民主主義だと思います。
今夜のおかずぐらいは多数決で決めてもいいですけどね。
おゆきどん さんへ
根回しと票読みは決して民主主義ではないと思うんですよね。
時々、暴力に近いものを感じることがあります。
力のある者や多数派は特にそのことを考える必要があると思います。
ちなみに今夜のおかずは、大体妻と私の協議で決まってしまうので、
語ともたちの意見ももっと聞こうかな。・・あ、「なんでも良い」しか言わないような気がする。
No title
今の世の中ノリという言葉で多数決が幅を利かせていますね
少数意見も聞きそれを踏まえた上で多数が通るならわかりますがノリが悪いとかで切り捨ててしまう事が多いのが気になります
はおっち さんへ
そう、少数意見の安易な切り捨てが気になります。
よくよく話し合えば、少数意見だと思ったものに多数が共感する可能性もありますから
予定調和の多数意見って、実質的には立場を抑えている少数者の意見という場合もありそうですよね。

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