07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

ほっとできる場

2013年09月16日
ここだよ

 なんだか、批判や自己否定が多すぎる社会のような気がします。

 “成長するために、自分の欠点を正していかなければ”そんな意図や、“あなたに成長してもらいたいから、批判してあげているのよ”という思惑があるのかもしれません。

 もちろん、それは無意味だとは言いませんし、そういう捉え方が必要なときもあります。

 でも、年がら年中そんな考えを持っていたら、心も体も持たなくなって来そうです。

 自己否定は消極的な行為だと思いますが、これは前向きなことなんだという幻想を持っていたら、泥沼にはまってしまいます。

 人の欠点をあげつらうことも、その人の為になると誤解していたら、楽だし楽しいから、やめられなくなります。

 批判や自己否定がもたらすものは、成長ではなく、鬱々とする気持ちだけです。

 あなたの為だとか、自分の為だとか、成長する為だとか、幸せになる為だとか、そんなものはどうでもいいから、自分をそのまま受け止めてもらえる関係や社会が求められているのだと思います。

 たとえば、「学校に行きたくない」「仕事に行きたくない」「死にたい」「神も仏もあるものか」そんなことを家庭や友人たちの間や教会で語ったら、「そんなこと言うもんじゃない」とか「もっと前向きになりなさい」とか「がんばりなさい」というリアクションが多いのではないでしょうか。

 それはちっとも受け止めてもらっていない言葉、突き放されている言葉です。

 相手の心の苦しみを受け止めるのではなく、間違いを指摘し批判する言葉です。

 「そうか、学校(職場)にいきたくないんだね」「あなたは今、死にたいと思っているんだね」「神も仏も無いと思っているんだね」と、素直に自分の心をそのまま受けとめてくれる人間関係や、そんな場が少ないのではないかと思います。

 人をそのまま受け止めることは、難しいことかもしれませんが、そんなに難しいことでもないと思います。

 誰もが、そのまま受け止めてもらえる場を求めていて、誰もが、愛される場所を求めていて、誰もが、安心できる場所を求めているはずだからです。

 恐れと緊張しかない、いつ誰から何を言われるか分からない関係ではなく、ホッとできる場と関係を皆で生み出していきたいものだと思います。

 
スポンサーサイト
思ったこと | コメント(6)
コメント
No title
こんにちは,そういちと申します。
「あなたのため」とか言いながらの他人の批判やお説教は,ほんとうに私もうんざりだと思います。そのような人間関係がたしかに多すぎると,私も思います。
私は今,若い人の就職の相談の仕事をしています。この仕事は気をつけないと,相談者に対し,つい否定的なお説教をしてしまいます。気をつけねばと,記事を読んであらためて思いました。
ただ一方で,「受け入れる」だけでなく,具体的にその人の(たとえば「就職」という)課題に向けて,何か有益なものをお伝えしたいという気持ちも,相談を受ける側としてはあります。また,それが求められているということもあるわけです。
たとえばですが「会社へのこの応募書類をどう書くか」についてアドバイスすることがあります。それが「お説教」や「否定的な批評」にならないためには,とにかく具体的に役立つ何かを示すことだと思っています。それはやはり技量がいると思っています。「具体的に書きましょう」「これでは伝わってこない」なんて「抽象的」な批評は,あまり役にたたないのでダメです…

すいません,記事に触発されて考えていくうち,なんだか話がそれてしまいましたので,この辺で…。これからも読ませていただきます。よろしくお願いします。
そういち さんへ
コメントありがとうございます。
もちろん、受け止めることは大切ですが、
受け止めたあと、それぞれの立場で語るべき言葉や行動があると思います。
大切なのは、それぞれの立場からの言動の前に、
相手の心情を受け止めるということだと思います。
人と接するのには二段階あるということでしょうか。
これからもよろしくお願いします。
No title
心理カウンセラーの講座を受講した時に言われました
(似合わないですけどw)
寄り添う気持ちが大事だと
でないと心を開いてはもらえないと
この頃忘れがちです(汗)
気をつけなければ
はおっち さんへ
そんな講座を受講されていたんですね。すごい。
ほんとうに寄り添える人が増えたら、
世の中随分変わるだろうなと思います。
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
鍵コメントさんへ
そうしてください。

管理者のみに表示
« 一人月見 | HOME | 讃美歌が »