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そのまま

2014年11月02日
どんぐり

 子どもの頃、“どんぐり”って“木の種”だと思っていましたが、厳密には“果実”なのだそうです。

 言われてみれば、種らしくありません。

 でも、果実と言われてもピンと来ないのも事実です。

 種でも果実でもどっちでも良いじゃないかというのが、限りなく正論な気がします。

 第一、どんぐり自体、種か果実かなんて考えることも悩むこともありませんから。

 しかし、人間は、何と型にはめようとすることが多いことか・・。

 自分自身も誰かも、型にはめて考えようとする。

 品定めをする。

 品評する。

 優劣をつける。

 優越感、劣等感、無気力・・。

 どんぐりは自分の名前が人間によってどんぐりと名付けられていることも知らないし、気にもしていません。

 鏡を見ても、瞑想しても、自分自身のすべては分からない以上、自分は自分で良いのかもしれません。

 そのままの自分以上のものは、すべて不必要なもののような気がしてきました。

 
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思ったこと | コメント(6)
コメント
初めてコメントします。

今回、ドングリのことからお話が広がりましたが・・・。

「ドングリよ! お前は何ものなのか?」

種か、果実か、はたまた花か、
それを明らかにしようとする意味は、
優劣をつけようとしているのではないと思うのですが。

ドングリの正体・・・
物事の本質を見極める姿勢が 大切であると思います。

ひょっとして、ドングリにとっても、
「自分は 一体 何ものなのか?」
と、悩み続けているのかも知れません。

僭越ですが、
ちょっと、そんなことを感じました。
さあんチャキじじ さんへ
コメントありがとうございます。
我々もどんぐりも悩んでいるのかもしれませんね。
どんぐりの背比べかな^^;
昨日はあけなかったらブログが変っていて嬉しいでした
これからも楽しみにしています
ハッピー後期高齢者 さんへ
コメントありがとうございます。
なんとなくです^^;
これからもよろしく~
こんばんは~(^^)
この歌、面白いですね。

どんぐりころころ ドンブリコ
お池にはまって さあ大変
どじょうが出て来て 今日は
坊ちゃん一緒に 遊びましょう

どんぐりころころ よろこんで
しばらく一緒に 遊んだが
やっぱりお山が 恋しいと
泣いてはどじょうを 困らせた

順調に歩んでいると、突然、危険がある。
しかし、意外なところから助けがある。
喜びがあり、遊ぶゆとりができる。
でも、過去を懐かしむと、悲しくなる。

過去ではなく、現在を楽しむことがいいのでしょうか。
どんぐりは、地面にポツンと落ちるのもいいのでしょう。
一粒のどんぐりが地に落ちれば、多くの実を結ぶのですから。
☆バーソ☆さんへ
人生模様そのものですね。
確かに。
時間のつながりということも考えさせられます。
私もころころ生きよう^^

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