自動翻訳
2015 / 04 / 26 ( Sun )
自動翻訳

 四日市教会には外国の方がよく来られます。四日市に工場が多いことが関係するのかもしれませんが、留学生や語学の先生なども過去に来られているので、そればかりが理由という訳ではなさそうですが。

 昔、愛媛県松山市で牧師をしていた頃、日本語の苦手なアメリカ人夫妻が来られていて、説教を英訳していたという経験があります。もちろん、英語の苦手な私が英訳すると、とんでもない訳になりそうなのと、英語の達者な教会員さん数名おられたので、もっぱら彼らのお世話になっていました。三人にローテーションを組んでいただいて、私は木曜日の夜までに説教の原稿を仕上げるようにしていました。

 これは私の牧師人生に大きな影響を与えるものだったと思います。箇条書きしたメモ書きで説教する牧師もいますが、この時点で完全原稿を仕上げる習慣が身に付いたこと、木曜日までに説教の完全原稿を準備することです。

 完全原稿は当日の時間調整が楽で、話が長くなりすぎることも無くなりますし、大切なことを言い逃してしまうことも無くなります。何より、当日のひらめき具合とか体調に左右されることがありません。そして、毎週木曜日までに説教の原稿を仕上げる作業は当初、相当苦痛でしたが、週末に余裕ができるメリットは計り知れないものがありました。私もそうでしたが、牧師のほとんどは土曜日に説教準備をします。そうすると、翌日に礼拝本番が控えているため、半ば強迫観念みたいなものを感じながらの作業となりがちなのです。もちろん、思考を深め、瞑想したり、いろんな本を読んで刺激を受けたり、熟成期間が必要なので、そう簡単に準備はできません。そこで、私は通常の概念を覆して、説教準備開始を、その週からではなく前の週の金曜日から始めることにして乗り切りました。

 これは英訳の必要の無い教会に赴任しても習慣となり続いてきました。おかげで、突然の葬儀や自身の病気の時に、対処できた経験は大きいですね。

 話がそれてしまいましたが、四日市に来てから、またもや外国語訳の説教原稿が必要になってきました。今度は翻訳奉仕者が見つかりません。そこで、ヤフー翻訳やグーグル翻訳という、インターネットの自動翻訳機能のお世話になることにしました。

 しかし、皆さんご存知のように、結構でたらめな訳に仕上がってしまうのが難点です。「無理だろう」「使えんだろう」「話にならないだろう」などと酷評されますが、よく考えてみると、自分が好き勝手に書いた文章をそのまま翻訳するからそういうことになるのではないかと、思い至りました。そうです。自動翻訳することを前提とした、短くてシンプルな文章にしてしまえば何とかなるのではないかと考えたのです。

 自分の文章の難しそうな漢字や言葉の言い回しを優しくし、文章を短く分け、シンプルな文書に書き直して、自動翻訳してみたところ、「なんとなく分かるよ」「よくわかる」などと、それなりの好感触を得られるようになりました。

 三つ説教を準備するくらい面倒な作業ですが、語学の苦手な私に出来ることはこんなことくらいなので仕方ありません。それにしても、今は中国語とタイ語の説教を準備していますが、少し前なら絶対不可能だったと思います。そう思うと、ちょっとの努力で何とかなるのですから、すごい時代になったものだと嬉しくなります。

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by: * 2015/04/26 19:33 * [ 編集 ] | page top
--鍵コメントさんへ--

ありがとうございます。
こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします。
by: ショウゴ * 2015/05/01 06:01 * URL [ 編集 ] | page top
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