淡白な愛
2015 / 05 / 10 ( Sun )
つつじ

 今日は母の日。

 教会では母の日の行事があります。もともと、アメリカの教会から始まったものなので、教会で母の日をしなかったら嘘になります。残念なことに、父の日の方は後から誰かがとってつけたものなので、教会ではしていません・・。

 毎年、教会学校の子供たちに母の日カードを書いてもらっていますが、大体“thanks mother's day”とか“お母さんありがとう”となります。もっとも、“母の日おめでとう”なんて書くとナンセンスなカードになってしまうので、ほかに書きようがありませんけどね。

 でも、考えてみると、世のお母さんって、本当は“ありがとう”と言われるのを求めていないのではないかと思います。言われて嬉しくないはずはありませんが、わざわざ言ってもらいたいとは思っていないのではないかということです。

 年に一回、とってつけたように“ありがとう”と言われることより、何も言われなくても365日毎日、子供たちがお母さんのことが大好きなことも、頼り切ってることもよく分かっているし、そう感じているだけで良いという感覚なのではないかなと思わされます。それに、優しくしているのは感謝して欲しいからではなく、子供たちのことを心から大切に思っているからなのだと思います。

 そうしてみると、母の愛って謙虚な愛なんだなと思います。言い換えれば淡白な愛ですかね。

 母って偉大な存在です。

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コメント
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母の日。花の日教会の行事ですね
感謝したい母はいないですがこの年になりやっと母の言っていた事していた事が思い出され、もっとやさしくすればよっかた、と思われます。母に聞いて置くことが沢山あったのにと、悔やまれます。いつまでも母を超えることが出来ません


by: 無記名 * 2015/05/10 16:17 * URL [ 編集 ] | page top
--無記名さんへ--

そうですね。こちらの感謝はもちろん、無理解や反発、成長途上ということなど
全部わかって包み込んでおられたと思います。
母の大きさは大きすぎます。
越えられないと思ったり、後悔もありますが、
それはそれで当たり前なのかもしれません。
そういうことより、自分が親として子にどう接するか、どう理解するか
という事柄の前にあることを思わされます。
その部分で母への孝行が可能になるのかもしれません。
by: ショウゴ * 2015/05/11 05:48 * URL [ 編集 ] | page top
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