雑用~渡辺和子さんの言葉

2015/06/13 Sat 05:48

白と陰

 渡辺和子さん(カトリックのシスター)の本はどれも素晴らしい内容のものです。最近では「置かれた場所で咲きなさい」が有名でした。私が彼女の著作の中で印象に強く残っているのは「美しい人に」です。この本を初めて読んだのは20年以上前のことですが、その時は世の人すべてに読んでもらいたいと思ったものでした。

 中でも“雑用”というお話が好きでした。

 彼女が修道女となって、アメリカ東部ウォルサムにある大きな修練院にいたとき、一日の大半が、掃除、洗濯、アイロンがけ、繕いものなどといった雑用ばかりに費やされていたそうです。当然と言えば当然ですが、100人以上の修練女たちの食事のためにお皿を並べていたとき、先輩から「あなたは、食堂でお皿を並べながら、何を考えていますか。」と問われて「別に何も・・」と答えながら心の中で赤面したというところから話は始まります。

 先輩は「一つ一つ、音を立てないように、静かに置いてごらんなさい。そして、そこに座る人が幸せになるようにと、心を込めて置いてごらんなさい。」と言って自分の仕事へ帰って行かれました。

 渡辺和子さんはこのことから、やりがいの見い出せないような単純作業を、やりがいのあるものにしていくべきことを学んだというのです。そうすると、単純で機械的な仕事に費やされる時間に意味が出来てくるのを感じたと言います。

 そして、“世の中に、つまらない仕事というのはない。雑用と呼ばれる職種もない。それは人間がつまらぬものにしているのであり、人間が用を雑にしている時、生じるものなのだ。”(「美しい人に」p156)という言葉が添えられています。

 つまり、雑用という用事など無くて、人が雑に用事をこなそうとすればそれが雑用になってしまうということでしょう。

 さらに渡辺和子さんは続けます。人生は苦しみや不幸が無ければ幸せかというとそうではない。苦しみや不幸に意味を見出せた人生が尊い人生なのだと。そして、“人生の終わりに「あなたの生涯にどんな意味がありましたか」の問いに答えられる人こそ、真に生きる責任を果たした人です”と結んでいます。

 不平を言うことも、言い訳をすることも、私たちの自由です。何を考えても良いし、何も考えなくても問題はありません。でも、どうせ自由なら、一つ一つの事柄に意味を見い出していくことを積み重ねて行けたらと思います。

 同じ長さの人生を、どれだけ深く味わえるかというのも、また一興です。

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未分類 | コメント(10)
コメント
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鍵コメントさんへ
コメントありがとうございます。
渡辺和子さんの本はどれ本当に良いですね^^
初めまして!
素敵な記事に出会えました。
置かれた場所で咲きなさい
この本を姉から貰って持っています。
忙しさに紛れてしまいまだ読んでいませんが
近日読み始めたいと思います!
アクアマリンちゃん さんへ
はじめまして。
コメントありがとうございます。
この「雑用」はちょっと古い本「美しい人に」に出ています。
もちろん、「置かれた場所で咲きなさい」も素敵な本です。
これからもよろしくお願いします。
No title
素敵な言葉でした。 つかぬことをうかがいますが、わたくしのような意味のないブログへはどのようにしてたどり着かれたのでしょうか?
No title
読んでみようかなぁ、と思いました。よさそうな本ですね。
もこ さんへ
訪問とコメントありがとうございました。
意味のないなんてとんでもない。楽しさを感じるブログですよ。
昨日、少し時間があったので、私の所へ良く訪問してくださる方のリンク先に
ちょこちょこっと訪問してみました。それで行き着いたのです。
よろしければこれからもよろしくお願いします。
TORU さんへ
コメントありがとうございます。
確か、文庫本も出ていると思ますよ。
No title
余命0日を宣告された、がん患者ですが
半ば奇跡的に、何とか一命を取り止め

何か一つくらい「良い事」をしてから
あの世に行きたいと思って
ブログを書いている癌ダムです。

ろくな生き方をしてこなかったせいか
今ひどい目にあっておりますが、それもまた人生、

それでも命を永らえているのは
神様か、仏様か、どうかは知りませんが
お前にはまだ、この世でなすべき役割がある・・・なんて事で、
生かされてるような気がします。

よろしければ、またご訪問ください。
癌ダム4G さんへ
ご訪問とコメントありがとうございます。
癌ダム4Gさんは生かされているのだなと感じます。
神様にとって必要な方なんだと思います。
これからもよろしくお願いします。

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