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謙遜であれ
2016 / 10 / 27 ( Thu )
ススキ横

 信仰で一番大切なものは“謙遜”だと聖アウグスチヌスは言いましたが、それは永遠の真理だと思います。

 決して、信仰=信心深さ ではありません。

 謙遜に信じることを信心深さというなら、それはそれで間違ってはいないと思いますが、多くの人は、人間が神様を信じる度合いや熱心さを信仰だと思い込んでいるきらいがあります。

 それでは信仰がその人の功績に成り下がってしまいます。

 信仰は自分で生み出したり、築き上げたり出来るものでありません。

 神様が私たちを愛されたから、神様が私たちにお与えくださったから、私たちは信仰を持ちえます。

 神様の御前で謙遜にあること、神様からの恵みによって人は生かされているとわきまえること。

 対人関係においても、神様に与えられた関係性を受け止めること。

 それが無ければ、この世の論理と何ら変わらない理屈が横行するだけの話。

 誰より自分は優れているか。

 誰より自分は劣っているか。

 誰がより正しいか。

 誰がより立派か。

 どれだけのことを自分は誰かにしてあげたか。

 どれだけの借りを自分は作ってしまったか。

 そんなものは愛でも信仰でもありません。

 ただのこの世の論理です。

 自分もあなたも、欠点だらけの人間であることをわきまえて、ただ神様の御前で謙遜であることが出来れば、人生のすべてが返られていることに気付くと思います。

 聖アウグスチヌスは問いに答えました。

 「信仰にとって一番大切にものは何ですか。」

 「それは謙遜です。」

 「では信仰にとって二番大切にものは何ですか。」

 「それは謙遜です。」

 「では信仰にとって三番大切にものは何ですか。」

 「それも謙遜です。」
 



 

 
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