FC2ブログ

スポンサーサイト

--/--/-- -- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

生存能力

2007/05/26 Sat 15:55

 「全てを失った」
 「どうしてうまくいかないのか」
 そういう悩みや壁にぶち当たったとき、絶望しかないような気がしてしまうものです。
 しかし、面白いことに、聖書でおなじみの“ユダヤ人”の発想では簡単に絶望しないらしいのです。その辺の違いが、ディアスポラ(離散)やホロコーストなどを潜り抜けてきた生命力と生存能力なのかなと思います。
 ユダヤ人の発想法は幾つもあるようですが、最も興味深いのが“段階論”と“0の捉え方”です。
 “段階論”と言うのは簡単に言うと“急がば回れ”ということです。ユダヤ人の時間感覚と言ってしまえばおしまいですが、ユダヤ人は私たちよりはるかに気長に一つ一つを積み上げて徐々にステップアップしていくことを考えているようです。
ここには
「全能の神でさえ、この世を創造されるのに6日間もかかっているのだ」
「ヤコブは天に続く階段を見て召命を受けたのだ」
「モーセが率いたユダヤ人たちの群れはシナイ半島を40年間もさまよったのだ」
という聖書からの考え方が深く刻まれているからでしょう。
 また、“0の捉え方”というのは、数字の“0”は停止した状態だと考えるのが普通だとすると、ユダヤ人の考え方では“0”は動いている状態だと考えるらしいのです。
“2=1の証明”など有名ですから、そこから考えてみましょう。これは「a-b=0」を抜きにしたた考え方と言うところがみそです。

   2=1の証明(a=bとする)

        a²=ab
      a²-b²=ab-b²
(a-b)(a+b)=b(a-b)
       a+b=b
        2b=b
        ∴2=1

 もちろん、これはユダヤ人のジョークなのですが、この遊び心というか、余裕が窮地で生かされているようです。
 私たちなら、何もかも失って、ただオロオロし絶望する状況下でも、ユダヤ人たちは「0の状態か、ではこの0という状態をうまく利用して1を2に出来ないか考えてみよう」と前向きに考えるらしいのです。
 つまり、私たちが「無い」としか考えられない“0”を無限の可能性がある数字として捉えることができるのです。「“0”さえ神様から与えられた財産だ。どうやってこの“0”を使おうか」という考え方です。

 ユダヤ人ってほんとうに興味深い人たちだと思います。
スポンサーサイト
未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
コメント

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。