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花一面

2015/10/07 Wed 17:45

コスモす

 一つ一つの花が一緒に自己主張していると思う人もいれば

 一つの花が埋没していると思う人もいるだろう

 でも、本当はそのどちらも当たっているのだと思う

 私も一つの花

 
思ったこと | コメント(2)

栗と人

2015/09/08 Tue 18:13

くり

 学生時代、拾ったイガ栗をひょいと友達の背中に載せると、

「ヴあ゛ーーーーーーっちっちっちーーーーー!!!!!」

 と、叫ばれて焦ったことがあります・・。

 そこまで痛いとは思っていなかったので、大変申し訳ないと反省しましたが後の祭りです・・。

 しかし、栗って最も食べにくい果実ではないかと思います。

 トゲトゲの木の先にあるのでタラの芽も食べにくいと思いますが、あれは果実ではないので除外します。

 まず、あのトゲトゲです。底の頑丈な靴でしっかり踏んで、力を入れながら上手に踏みつけた足を左右に動かさないと取れません。

 農家の方は専用のごっついゴム手袋でイガを取るみたいですが、素人は靴ですね。

 しかし、そしたら今度は硬い殻です。切れ味の良い包丁で剥きますが、下手をすると手を切ってしまいそうで気を抜けません。

 イガクリ坊主とかいう専用のハサミもあるようですが、一年に一回有るか無いかのために1000円前後の出費は控えたいのが人情です。

 しかし、ご存知のようにそのまま食べることはできなくて、何らかの調理をしてやっと口に入れられます。

 実に厄介な季節の果実です。

 でも、人の心もこんな栗に似ているような気がします。

 肩に力を入れて二重三重に身を守ってる姿は栗そのものです。

 優しく包み込もうとしてくれている人の手さえも傷つけてしまう・・。

 逆にガードの固さで人を受け入れにくかったり・・。

 そういえば、イガが自然と取れるのは、茶色く育ちすぎてから。

 年輪を重ねて穏やかになるのも同じですね。

思ったこと | コメント(2)

それはあまりにもひどい

2015/07/20 Mon 09:43

鈴鹿


 なんと!

 9日ロイター通信によると、「アメリカの2016年度国防予算が日本の安保法制(集団的自衛権)を前提に組まれていることが判明した」とのこと。・・・・・・・!?

 確かに、米陸軍は9日、「予算削減に対応するために、2017会計年度末までに、兵士4万人と文官1万7000人を削減する」と発表していますし、アメリカの地元紙でも「日本で議論や投票が行われているが、既にアメリカは成立前提で予算を設定した」と報じています。・・・・・・・!?

 ええぇ~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 早い話が、米軍の軍事費を削減し、減らした部分に日本の自衛隊を派遣させ補填するということです。恐らく、日本の負担は次第に拡大させられていくでしょう。

 これでは日本はアメリカの持ち駒、都合の良い道具ではないですか。

 しかも、憲法違反と民主主義の破壊によってしか成立しない安保法案を求めている時点で、日本は舐められきっています。

 どうして与党は日本国民ではなくアメリカの方を向くのでしょう。

 「日本国憲法はアメリカから押し付けられた憲法だから改憲すべし」と言う前に、「これはアメリカが押し付けてきた憲法ではないですか。その憲法第9条によって集団的自衛権は行使できないのですよ。」とどうして言わないのか理解できません。

 どういう経緯があったにせよ、「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」の3つの規範的要素が盛り込まれた憲法があること自体が奇跡のようなものです。そんな、世界中の何処の国も持っていない第9条は、とにかく大切にすべきだと思いますけどね。
 

 
思ったこと | コメント(6)
人影

 多数決について以前書いたものがあったことを思い出したので、再掲してみます。これを載せたのは2013年6月14日でした。

 以下です。


 多数決と民主主義の違いが分からない人って意外と多い気がします。

 私もそんなに詳しい方ではありませんが、「結局、民主主義って多数決でしょ。」という意見など聞くと、それが違っていることに気付かされます。

 多数決は民意を反映しようとする一つの手段に過ぎないはずです。

 皆の気持ちを最大限大切にする結果というのは満場一致ということになりますが、そうなることはほとんどなさそうですから、多数意見で妥協しようと多数決が用いられます。

 しかし、多数決が、不完全ながらも“民意を反映できるかどうか”は、意見交換(協議)にかかっていると思います。
 
 多数決には少数意見を無視する危険性がありますし、やり方によっては本当の多数かどうか不確かな事も想定されますから、本当にそれが一番の希望であり意見であるかを各人がしっかり確認するために、よくよく意見交換することが必要となります。

 そのところがぼやけてしまうと、多数意見の勝ちなんだからという、数に頼る多数決の論理が先走ってしまうと、それは民主主義のようでありながら、違うものになってしまうと思います。

 まさにそれは“数による暴力”となってしまいそうです。

 意見交換や協議の質こそが大切なのだと思います。

思ったこと | コメント(2)
教会

 “自分のことは自分が一番よく分かっている”

 どこかしらで、時々耳にしているような言葉ですが、それを聞いて“そうだそうだ、その通りだ”と思う人もいれば、“自分でも気付いていない自分があることくらい理解しろよ”と冷静に批判する人もいると思います。

 いずれにしても、“自分は冷静に自分のことを見てますよ”という気持ちだと思います。 

 それこそ、少々、心理学やカウンセリングをかじっている人なら“ジョハリの四つ窓ぐらい知っているし”とか考えておられるかもしれません。

 ※“ジョハリの四つ窓”というのは、ジョセフ・ラフト(JosephLuft)とハーリー・インハム(HarryIngham)という二人の人が考案した理論で、心を四つの領域に区分したもの。人は、a.自分で知っている自分とb.自分は知らない自分があり、同様に、c.他の人に知られている自分と、d.他の人にも知られていない自分という見方が存在します。これを重ねると①自分も他の人も知っている自分、②自分は知っているが他の人には知られていない自分、③他の人は知っているが自分は知らない自分、④他人も自分も知らない自分という四つ(田の字)に区分できるというものです。

 実は私も、そう思っていました。自分に対しても他人に対しても、分かったつもりにならない謙虚さを持たないといけないと。

 ところが、そういう謙虚さを持って冷静に自分を見つめて、その上で自分でよく分かっていると思っていたものが、見方を少し変えてみると全然違う自分の心がそこにあることに先日気付かされたのです。

 ある方とじっくり話をしたときに、分かりきっている自分と思っていたところに課題が潜んでいることに気付かされ愕然としました。ちっともそんな見方をしたこともなければ、そんな見方をしようとも思わなかったせいですが、まったくの予想外のことでした。

 ややこしいですが、ほんの少し角度を変えただけで、今まで分かっていると思っていたのに分かっていなかった部分があることが分かったのです。

 人の心は難しいものですね。自分の心でさえこれですから、他の人の心なんて分かるはずがありません。改めて、更に謙虚に生きていかねばと思わされました。

 そして、私は心を入れ替えねばと、ふんどしの紐を締め直すのでした。

 あ、本当はふんどしなんて穿いてませんから・・。念のため。

思ったこと | コメント(4)
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